【連載】

事例で学ぶiPhone/iPad活用術

97 富士山マラソンの救護チームがFileMakerとiPhoneでリアルタイムの状況管理

    丸山篤  [2012/12/11]

    11月25日、第1回富士山マラソン(旧 河口湖日刊スポーツマラソン、主催:日刊スポーツ新聞社 富士河口湖町 山梨陸上競技協会)が山梨県の河口湖周辺で開催された。

    この大会では、フルマラソンと河口湖1周(17.2km)の2つのコースが用意され、合わせて2万3,000人あまりがエントリーした。そして、この大会の救護を担当したのが「ABCRescue」で、医師、看護師、救急救命士などを含むボランティアによるチーム医療を展開し、ランナーの救護を行った。

    11km付近を走るランナーの列

    フルマラソンのトップランナーゴール

    救命・応急手当技術の普及を目指す

    ABCRescueは、マラソンや駅伝などのスポーツ大会において、救護ボランティアを行う非営利団体だ。現在、同団体の幹事長を務める板垣毅氏が、成蹊大学時代に授業で習得した応急手当普及員の資格を活かした活動を行うために設立したサークルが始まりだという。

    ABCRescueの理事長で、国士舘大学 体育学部 スポーツ医科学科、同大学院 救急システム研究科 教授 櫻井勝氏。大会では救護団長を務めた

    そして、板垣氏を大学で指導したのが、現在、ABCRescueの理事長を務める国士舘大学 体育学部 スポーツ医科学科、同大学院 救急システム研究科 教授 櫻井勝氏だ。

    応急手当普及員とは、心肺蘇生法(AEDの使用法を含む)や、その他応急手当などを一般の人に教える普通救命講習会の指導者ができる資格だ。

    大学生に救命法を教えた背景を櫻井氏は、「社会に出て世の指導者となっていく学生たちが、命の尊厳を知らずしてリーダー足り得ないと考え、命の教育と共に救命法を取り入れました。また大学が広域避難場所に指定されていることもあり、学生や教職員が応急手当の技術を持っていれば、有事の際にはそこに避難して来る人を助けられるのではないかという思いがありました」と説明する。

    その後ABCRescueの活動は医療系大学へと広がり会員数を増やし、現在では看護師や救急救命士を目指す学生を中心に200名ほどの会員がいるという。団体の目的は、広く一般市民を対象に救命・応急手当技術を普及し、指導者を育成することだ。

    3分以内の現場到着を目指す

    ABCRescue 幹事長 板垣毅氏。大会では運営統括 補助を務めた

    ABCRescueがマラソン大会の支援を行うようになったのは、成蹊大学の職員が谷川真理さんの運営するスポーツジムに通っていたことがきっかけで、「谷川真理ハーフマラソン」を支援したのが始まりだという。

    板垣氏は「この支援がきっかけで、マラソン大会の救護という存在を知りました」と語る。

    その後、徐々にスポーツ大会でのボランティア活動を広げ、これまで「谷川真理ハーフマラソン」、「河口湖日刊スポーツマラソン」、「アクアラインマラソン」、「谷川真理駅伝」「湘南藤沢市民マラソン」などを支援している。

    富士山マラソンでは、NPOのスポーツメディカル協会の監督のもと、当日の救護活動のほか、救護全体の実施計画、医師や看護師など医療関係者の手配、救護機材や医薬品の調達を含め、ABCRescueが大会における救護活動全体を統括した。

    救護本部でランナーの治療を行うABCRescueスタッフ

    救護本部で救護活動の指揮を行うABCRescueスタッフ

    ABCRescue 総務会長 板垣智巳氏。大会では救護指令補を務めた。同氏はABCRescueがサークルだったときからアドバイザーとして参加していたという

    当日、救護本部で救護活動の指揮を行った救命救急士で大会の救護指令補である板垣智巳氏によれば、富士山マラソンでは、救護スタッフを含む大会関係者および一般の人からのけが人発生の情報は、救護本部の電話に集約したという。本部では発生場所、ゼッケン番号、ランナーの状態、通報者の連絡先などを確認し、直近の救護部隊を派遣する。そして、派遣された部隊はランナーの状態を確認し救護本部に報告する。救護本部では救護団長である櫻井医師と協議し、処置の指示及びリタイア者用バス、救護車、救急車のいずれで収容するかを判断し、指示する。

    当日は医師7名、看護師・保健師24名、救急救命士22名などの医療専門家のほか、学生ボランティア163名を含む、総勢232名が救護活動に参加。救護所は16箇所設置され、コース上には、自転車で移動するAEDモバイル隊41隊(82名)、坂道など危険地帯を中心にコース上に立ってランナーを見守るBLS隊10隊(20名)、けが人を救護所まで運搬する救護車7台(7名)を配置。3分以内に現場に到着し、4分以内に除細動(AEDの使用)できることを目標に体制を整えた。

    第2救護所のメンバー

    AEDモバイル隊

    コース上を走るAEDモバイル隊

    患者を救護車から運び出すスタッフ

    FileMaker GoとiPhoneで適切な「トリアージ」をサポート

    しかし、1kmの範囲内に数千人のランナーが走ることもある富士山マラソンにおいては、同時に複数の患者への対応が求められる。そのため、救護活動では「トリアージ」が重要になるという。

    トリアージとは、患者の症状によって治療の優先度を付けて対応すること。すなわち、より重症の患者を優先して治療を行う。そして、富士山マラソンでは、ボランティアのトリアージをサポートするため、FileMaker Goを利用したiPhoneアプリ「RASforFMGO(非公開)」を導入した。

    このアプリは、「呼びかけに反応するか」、「呼吸はあるか」、「呼吸の状態」などの質問に二者択一で回答することで、フローチャート方式で対応方法をアドバイスする。回答した内容は、iPhoneのGPS情報とともに本部のPCに転送され、赤、黄、緑の重症度を表わす色とともに画面上に表示され、データはFileMakerに保存される。そして、回答から医師の指示が必要だと判断されると、自動的に本部への電話を促すポップアップ画面が表示される。

    「RASforFMGO」のメニュー画面

    質問内容

    重症の場合は心肺蘇生の指示が出る

    本部PCには、重症度によって色分けされた救護対応一覧が表示され、どこで発生したかを地図上にマッピングする

    システムは救護対応記録も入力する

    iPadで救護対応記録を入力するスタッフ

    冷静な対応にも効果

    このシステムを導入した背景を板垣(毅)氏は、「非常に広く土地勘のない場所で、ピンポイントで患者が発生した場所を知る方法としてGPS機能がほしかったこと、トリアージは個人差があるので、能力を均一にしたいという目的がありました」と語る。

    また、トリアージにおける判断ミスを防ぐ狙いもあるという。

    「初期の心停止では、呼吸の様な動きがあり判断が難しい場合があります。そのため、心停止を『意識も呼吸もある』と勘違いすることがあります。しかし、さっきまで走っていたランナーであれば、呼吸や脈が早くなければおかしいはずです。こういったことをシステムでチェックすることで、より適切なトリアージを実現します」(櫻井氏)

    そのほか、システムが備える自動ダイヤル機能も重要だという。1分1秒を争う状況のなかで、iPhone持つ自動ダイヤル機能をシステムに組み込むことで、電話番号を探す手間を省くとともに、パニック状態での番号の押し間違いなどのミスをなくし、短時間での通話開始を可能にする。

    「ボランティアの人は、対処法を講習会で学んでいても、いざ重症患者を前にするとパニックになります。そのとき、誰かとつながっていることが非常に重要です。『君がいる場所はGPSでわかっているからね。すぐに応援を出すからね』と、電話で伝え励まし続けることで、除細動で重要な1~2分の処置を落ち着いて行うことができます。私たちは、一人の死亡者も出したくありません。適切な治療を行うためにトリアージを導入しました」(櫻井氏)

    今回のシステムを開発したのは、「イエス ウィ キャン」だ。同社は、iPhoneやiPadで撮影した写真を地図に表示する「Yes!マッピングシステム」を持っており、今回のシステムは、その技術を応用した形だ。同社 常務取締役 川口洋一氏は「システムは一から作りましたが、GPS情報をマッピングするなどのベースの技術はありましたので、既存のノウハウをどう応用するかを考えて作成しました」と説明する。

    また、システム化にあたっては、FileMaker Goが無料化された点も大きかったという。今回のシステムは、ボランティア100名以上が、自身のiPhoneにFileMaker Goをダウンロードして利用したが、それぞれにライセンス料が必要になるとコスト負担も大きくなり、システム化することは難しかったという。

    応用範囲は広い

    トリアージシステムの今後について板垣(毅)氏は、「将来は、トリアージの結果を踏まえ、対応手順を動画や写真で説明するシステムにできればと思っています」と語る。

    また櫻井氏は、「現在はABCRescueが中心でマラソン大会をサポートしていますが、大きな大会になればなるほど、地元の人を中心にサポートしていくのが理想です。そのときに1つの基準として、トリアージシステムが必要になります。また、こういったフローチャートとGPSを組み合わせれば、手順を間違えずに作業しなければならない他の用途にも利用できると思います。さらに、手順をサーバで記録しておけば、事後検証にも利用できます。人間は自分の判断に基づいて行動すると間違いを起こすことがありますが、こういったシステムを利用すれば、単純なミスを防ぐことができるでしょう。決してミスが許されない時にこそ、機械の判断力と人間の決断力のコラボレーションが必要だと考えます」と述べた。

    富士山マラソンのゴール付近。手前に並ぶコンテナが救護本部

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