本番前日!の巻



「じゃあさ、カタカナ言葉言ったら、一回につき罰金100円っていうのはどう?」
「いいね!いいねえ!!」

僕ら三人は長野の山奥に向けて走る車の中で、なぜか上機嫌だった。
本番前日には現場に入りたいという僕らの我がままを監督は快く了解してくれて、
一泊する宿と、おまけに稽古できる場所まで提供してくれた。
監督の好意を無にしないため、前日は朝早くから現場に入り、
最後の追い込みエチュード
をすることにした。
現場までは、マネージャーの星さんが車で同行してくれることになった。
うーん…周りの人の協力があってResetは成り立っている。すばらしい!
そんな感謝の思いがあったにしても、僕らのご機嫌度はちょっと異様だった。
明日はReset本番…そんな不安を誤魔化そうとしていたのだろうか…
意味不明のハイテンションカタカナ禁止ゲームに熱中する。
「あの建物、変わってるねえ…」と森ちゃん。
「え?ただのスタンドでしょ」と僕。
「はい、寛ちゃん罰金」
「マジかよ!!」
「イエ〜イ、寛ちゃん罰金!」
とボバさん。
「イエ〜イは英語だよね」と森ちゃんニンマリ。
「・・・・・・」

そんな感じで森ちゃんが確実に小遣いを稼ぐ中、僕らは現場付近の宿に着いた。
宿…と言っていいのだろうか…
そこは山林に囲まれた古い公民館のような所で、
薄暗く、異様にダダッピロかった。
一階が食堂、二階が和室、三階が広大な会議室…ここに泊まるのか…。
二階の和室は三部屋ほどに分かれていて、いたるところにカメムシが棲息していた。
…こ、ここで寝るのか…。
とりあえず和室に荷物を置いて、腹ごしらえをしに一旦宿を出る。
近くに別所温泉があり、僕らはそこに向かった。
ボバさんは、この近くに親戚があるらしく、別所温泉は毎年行っているらしい。
「別所温泉はいいよ、五重塔とかもあって、リトル鎌倉みたいなんだよね」

そんなボバさんのナビゲートで、僕らは美味しい天ザルをタラフク食べた。
ああ…なんか幸せ…イカンイカン!遊びに来たわけじゃないんだ。
明日はReset本番、早く宿に帰ってラストスパートのエチュードをしなくては。
蕎麦屋を後にして宿に戻る…が、途中ボバさんが
今日の夜に飲む酒を買おうと言い出した。
「え?飲むの?飲んでる暇あるかなあ…」と僕。
「だって、夜中には浩介監督とかも宿に来るんでしょ。
ちょっとぐらい晩酌しないと」
とボバさん。
酒屋でビールをシコタマ買い込む僕たち…星さんが呆れて見ていた。
宿に戻る山道の途中で僕たちは車を降ろしてもらい、歩きながらエチュードをすることにした。
エチュードの設定は、関が原に向かって歩いている三人。
本番の状況に至る直前のエチュードだ。
「ゴン…いつになったら関が原に着くんじゃ」
車を降りた途端、森ちゃんは役に入っていた。
慌てて僕も台詞を繋げる。
「まだまだじゃ、頑張って歩け」
「ゴン…腹減った」
「さっきメシ食うたばかりじゃろ!我慢せい」

そんなエチュードをやりながら、僕らは宿に向かう細い山道を歩いた。
「お…向こうからイボイノシシが来るぞ!」と森ちゃんが前方を指差す。
見ると向こうからは、相当ご年配のお婆ちゃんがエッチラ歩いて来ていた。
「早う隠れんと襲われてしまうぞ!」
そう言いながら森ちゃんは木の陰に隠れた。
僕らもそれに習って機の陰に隠れる。
お婆ちゃんは怪訝な顔をして僕たちを見ながら歩き去っていった。
「年取ったイボイノシシじゃったの」とボバさん。
アホらしくて止めてしまいたくなる衝動をグッと堪えて、僕らはエチュードを続ける。
アホらしいと思いつつも途中からノリノリになってしまい、
道に迷った芝居をしたり、疲れて動けなくなる芝居をしたりしていたら、
帰りがすっかり遅くなってしまった。
星さんが、宿で一人心配してるのではないかと急いで帰ったが、
星さんはコタツの中でイビキをかいていた…カメムシにまみれながら。
長い間歩いたら、なんだか腹が減ってしまい、
帰ってきて早々また別所温泉に繰り出す事になった。
「さっき、外湯できる温泉チェックしておいたんだ」
と、はしゃぐボバさん。ホントにこの人ってば…。
僕たちは、またまたボバさんのナビゲートで、
い〜い温泉に入り、い〜い山菜定食を食べた。
朝から現場に来たのは良かったけど、
なんだか別所温泉を堪能して一日が終わろうとしている…。
…緊張感に欠けてるぞ俺たち…こんなことではイカン!

気を取り直して宿に戻った。
早速、三階の会議室でラストエチュードを始める。
設定は、関が原出陣の前夜…決意を固める三人。ラストを飾るに相応しいエチュードだ!
「いよいよ明日じゃ…」
僕の台詞を皮切りにエチュードが始まった。
しかし、なかなかテンションが上がってこない…。
いや、森ちゃんとボバさんはいつも通りなのだが、
僕だけテンションがどんどん下がってきてしまったのだ。
常に攻撃的で、みんなをグイグイ引っ張っていく筈のゴンなのに、
何故か言葉が出なくなってしまった。
自分でも原因が分からなかった…急に淋しい気持ちになってしまった。
明日は関が原に出陣だと言ってはしゃいでいるロクとマタを見ていたら、
その行末に悲しくなってしまったのかもしれない。
だが、ただ単に
別所温泉で遊びつかれて眠くなったのかもしれない…。
会議室は異様に寒いので、とりあえず下の和室に降りて
コタツに入りながらミーティングをすることにした。
「寛ちゃんどうしたの?」
「うーん、分かんないんだ…ちょっとテンション上がんないんだよね」
「そっか…ちょっと飲む?
とボバさん。
「え?」
何を言い出すんだこの人は!
とビックリしつつも、
えーい、ままよ!という思いで僕たちはビールを飲みだした。
…星さんが呆れて見ていた。

そのうち、僕は眠くなってしまったので、思い切って寝ることにした。
「えー?寛ちゃん寝ちゃうの?浩介さん達もうじき来るよ」

しかし、時計は12時を回っている…明日は6時半起きだ。
心を鬼にして、僕は寝ることにした。
ああ…こんな中途半端で寝ちゃっていいのかな…
…明日どうすんだよ…おやすみ…ムニャムニャ…。
泥のような眠りの途中、浩介さんの「あれ?津田寝てんの?」という声がしたような気がした…。
そして、本番当日の朝…。
僕は目覚ましよりも早く起きた。
6時10分…みんな、まだ寝ている…いや、一人起きている人がいた。
森ちゃんだ
…森ちゃんは窓の外を見て、凍りついていた…。
「どうしたの?森ちゃん」
と、僕も窓の外を見ると…
…そこは…そこは、一面霧の世界だった。
山々は深い霧に覆われ、まるで水墨画のようだ。
関が原の戦いがあった1600年の9月15日…
前日から降り続いた雨のため、その日の朝は深い霧に包まれていた…。
まるで今のように…。

この偶然に、僕と森ちゃんは言葉も無かった。
7時をまわる頃、続々とスタッフの人がやってくる。
衣装さん、メイクさん、録音部さん、そして12人のカメラマンさん。
こんな朝早く、こんな山奥まで、この映画のためにやってきてくれた。
僕たち3人しか登場しないこの映画のために…。
僕たちは胸がいっぱいになった…。感動と緊張で、用意された朝食も喉を通らなかった。
…いや、一人だけバクバク食べている人がいる…ビッグボバだ…。
「あれ?寛ちゃん食べないの?いや〜昨日、監督達と2時まで飲んじゃってさあ〜」
「…2時?…」
…あんた…往年の日活俳優か…。

そして僕達は、かつらを付け、衣装をまとい、現場へと向かった。
歩けば怪我をしそうな鬱蒼とした森林…そこで、浩介さんが仁王立ちで待っていた。
「よし、始めるぞ」
僕らは森林のさらに奥の方にスタンバる。
そこから歩き出して、アクティングエリアにフレームインするのだ。
幾つものカメラが遠くのほうで僕らを狙っている…よく見ると樹木の上にもカメラが設置されている。
あそこが戦場だ…。
「本番行くぞー!」浩介監督が怒鳴った。
お互いの荒い息が聞こえる。
「ヨーイ!スタート!!」
さあ、踊り狂うぜ!アシガルンバ!!

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