アシガルンバへの道!の巻
「ボバクラブの人たちですね」
区民会館のおばちゃんにそう聞かれて、僕と森ちゃんは揃って頷いた。
ボバクラブ…それは僕らが「足軽」の打ち合わせをする場所を借りるときのユニット名だ。
別に、好きでつけた名前ではない。
すぐ借りれる所がなかなか無かったので、
ボバさんが前に借りたことのある近所の区民会館を使わしてもらうことにしたのだが、
その時の名前がボバクラブだったのだ。
この日は、当のボバさんは仕事で忙しくて参加できず、
とりあえず僕と森ちゃんだけで打ち合わせを始めることにした。
「2階の第三和室です」と鍵を渡されて、僕らは2階に上がった。
そこはおじいちゃん、おばあちゃんたちの憩いの広場になっていて、
みんな、おしゃべりをしたり囲碁を打ったりしている。
その奥の襖の前に小さな看板が立てられていて、「ボバクラブ様」と書かれていた。
僕たちは、お爺ちゃんお婆ちゃんの間をすり抜けながら、そそくさと奥の第三和室に入った。
第三和室は10畳ぐらいの旅館チックな部屋で、
思わず「疲れたね〜」とか言いながらゴロンと寝転びたくなる衝動に駆られる。
そんな思いをグッと堪えてテーブルと座布団を出すと、僕らは打ち合わせの体制に入った。
しかし、お互いに筆記用具を出してノートを広げてみても、
打ち合わせの内容なんて浮かんでこない。
「座って話すのもアレだから、なんかエチュードでもやる?」と、僕が苦し紛れに言うと、
「よし、やろう」と森ちゃんも乗ってきたので、
出したばかりのテーブルと座布団をカタして、僕らはエチュードをやることにした。
「お題、なんにしようか…」と僕。
「そうだねえ…じゃあさ、
関が原の戦いに向けて寛ちゃんが僕に槍の使い方を教わってるってのはどう?」
「いいね、いいねえ」
「あ、あそこにいいのある!(と、隅っこにあったホウキを持ってきて)これ槍ね」
「いいね、いいねえ!」
「オリャ!!」
「痛いよ森ちゃん…」
そんな感じで、僕らはアシガルンバへの道を歩みだした…。
前々からの課題でもあった、1600年当時の言葉をどうするかという問題は、
方言を使うことでリアリティーを持たせる事にした。
方言を使うというと一見大変そうに思えるが、
標準語でアドリブを繋いでいくよりは、思い切って方言で喋るほうが、
カタカナ単語や現代語といったNGワードを出してしまう危険性も低い筈だ。
だが、台詞で喋るにしても大変な方言を、即興で使うとなると、
もう方言指導の人にみっちりコーチしてもらうしかない。
しかし、24時間体制で一ヶ月以上も僕らに付き合ってくれる
ダイアローグコーチを探すのはとんでもない手間だ。
大体その前に、どこの方言で喋るのかも決まってないのに…。
そこで思いついたのは、僕の故郷の福井弁を使うことだ。
そうすれば方言指導は僕がすればいいのだし、
越前の国を治めていた大谷吉継の配下にいたことにすれば、
関が原に西軍として参戦する裏付けにもなる。
背景作りも、越前の国の百姓というところから始めた。
越前の山中の小さな村に住む三人の幼馴染…。
三人の役名は監督がつけてくれた。
森ちゃんはロク。ボバさんはマタ。そして僕はゴン。
命名に深い意味は無く、当時の百姓にありそうな名前だからだそうだ。
僕らは迫り来る本番に向けて、区民会館の和室で背景作りとエチュードを続けた。
区民会館が借りられないときは、僕の車の中でやった。
車の中が3人の息で、
どんなにオッサン臭くなってもエチュードを止めることはなかった。
エチュードを繰り返すごとに三人の背景も見えてきた。
ボバさんのマタは、ちょっと頭の弱いオットリ型。母と二人暮しだ。
僕のゴンは、お山の大将タイプ。私生活も上手くいっていず、娘と子供に逃げられている。
そして森ちゃんのロクは、そんな二人の相談役で物静かな優しいヤツ。家族は弟と妹の三人暮らし。
役の背景がしっかりしてくればエチュードにも幅が出てくる。
秀吉様の武勇伝を、ゴンが自分の事の様に話しているエチュード。
密かな友達であるヤスについて話しているロクのエチュード。
ゴンの家族が逃げ出してしまった朝のエチュード。
マタに、足軽大将の中田様から教わった武術を教えているエチュード。
僕らは沢山のエチュードを積み重ねていった。
だが本番当日の、関が原の戦いが始まる直前に関しては、
エチュードは勿論のこと、話し合いすらしなかった。
それがResetのルールだからだ。
本番にやるストーリーは、
絶対に打ち合わせなしのブッツケ本番であること。
だから僕らは、三人でどんなに念密な背景作りをしても、
決して本番当日のことは口にしなかったのだ。
そして、本番も数日後に押し迫ったある日…
浩介監督が、僕らのエチュードを見たいと言ってきた。
監督に、分からないことがあったら何でも聞いてくれと言われていたのだが、
僕らは殆ど監督に相談することもなしに、
三人の独走状態で本番を迎えようとしていた。
いくらそれを容認してくれていたとはいえ、
余りにも監督に失礼だったことに気づく…
よし、今までの成果を監督に見てもらおう!
僕らは意気揚々と浩介監督の所へ向かった。
その日はスタッフルームが空いていたので、そこで監督にエチュードを見てもらうことにした。
監督を前にして、なんのエチュードをやるのかヒソヒソと打ち合わせをする。
森ちゃんが目を輝かせながら、スイカを盗むエチュードをやろうといった。
「オレ、前々からやりたかったんだけど、
三人が若い頃に、隣村のスイカを盗む相談をしているエチュードってやってみない?」
なぜスイカなのかよく分からなかったが
「いいね!いいねえ!」と、僕らもノリノリでそのエチュードを監督の前でやることにした。
やりだしてみると、これが結構面白く、
僕らは時間の経つのも忘れてスイカ強奪作戦のエチュードを続けた。
ふと監督を見ると、
楽しくやっている僕らとは対照的に、エライ難しい顔をしている…なんで?
僕らは不安になり、エチュードを止めて監督に感想を聞いてみた。
「どうっすかね?」
「…どうって…。お前ら、今スイカがどうのこうのとかやってる時期じゃねえだろ。
もう本番三日前だぞ。当日の事とか、ちょっとは打ち合わせしてんのか?」
「いや…監督が当日のことは話し合うなって言ってたから…何もしてません」
「しないったって限度があるよ」
「・・・・(言葉もない三人)」
「それに、なんで誰も俺に相談してこないんだよ?。
前んときは、俳優一人一人が俺と打ち合わせしたんだよ。そうゆうのしないと、
いくら当日ブッツケって言っても、いい絵撮り逃したら取り返しつかないだろ」
「・・・・・・・・・(更に言葉もない三人)」
「まあいいや。じゃ、今からちょっと個人面談するか?」
「はい…お願いします」
「よし、じゃ森下からな」と言って、監督と森ちゃんは別室に消えていった。
残された僕とボバさんは、進路指導を待つ生徒のように、俯いたまま黙っていた。
アシガルンバまで…後三日。