怒濤の関ヶ原ロケハン!の巻



「関が原〜関が原〜」
車内アナウンスを聞きいて、僕は初めて関が原という名前の駅があることを知った。
駅の外に出ると、そこには地方独特の殺風景な景色が広がっていた。
小さな駅に、大きな駐輪場。整備された道路に田園風景…
どんよりと曇った鉛色の空が、そんな風景を更に無機質にしている。
多分、田園に囲まれたローカル線の駅というのは、どこもこんな感じなんだろう。
ただ、駅前のロータリーに立てられた、観光用の大きな布陣図が、
ここが関が原であることを主張していた。
現在の関が原の地図の上に描かれた400年前の布陣図…
西軍と東軍に分かれて戦った武将達の名前が、その陣営のあった場所に記されている。
僕ら三人は、その巨大な布陣図の前に立っていた。
後ろには、ハンディカムを持った浩介監督…。
監督が発する異様な圧迫感に、僕らは後ろを振り向けないでいた…。
撮影前に関が原に行ってみたいという思いは三人とも一緒だった。
そんな思いを、浩介監督は快く受け入れてくれた。
お前らが行きたいって言うんなら連れてってやるよ。ただしカメラ回すけどな」
そう言って監督はニヤッと笑った。
気のいい観光課のおじさんが運転するバンに乗って、僕らはとりあえず昼食をとることにする。
最初に体調の異変を訴えたのは、ライターの斉藤芳子さんだ。
バンで移動中から吐き気と頭痛に襲われていたらしい…。
やはりイワクつきの土地なんだという思いが、みんなの胸に重くのしかかる。
次の標的は森ちゃんだった。
ファミレスに着いたとたん頭痛を訴えだした。
…ああ…森ちゃん。以外と繊細なんだね。
僕はいつも、ヤバイ場所に行っても大丈夫な方なのだが…今回はきた。
僕もミンナと同じくファミレスに着いた途端、唐突な吐き気、
そして劇的な頭痛を体験した。う〜ん、初体験。
そして強靭な肉体を誇る、あの鈴木浩介監督さえもが
頭痛を訴えだしたのだ!これはただ事ではない!!
でも、ボバさんは何もなかった。


そんなディープな昼食を終え、僕らは一路、関が原ウォーランドへと向かった。
関が原ウォーランド…名前からして只ならぬ雰囲気をかもし出しているのだが、
実際行ってみたら、その名に恥じぬ、立派な只ならぬ場所だった。
場内に入ると、まず聞こえてくるのがホラ貝の音や武士たちの雄叫びだ。
それが何度もリピートされていて、まるで呪文のように聞こえてくる。
そして目の前に広がる…テーマパーク…と言ってよいのだろうか…
芝が敷かれたその広大な敷地には、
鎧兜を着けた武士の等身大フィギアが所狭しと立っていた。
戦っている武士や、やられてる武士。生首を手に刀を振り上げている武士…。
中には幾つもの生首を棒にぶら下げて運んでいる武士もいる。
陣営を模した場所には家来を従えた大将が座っていて、
その傍らには戦利品のように生首が山積みされていた。
…一体、誰の趣味?…
聞くところによるとこの場所は実際に関が原の戦いがあったど真ん中らしい。
という事は、400年の時を越えて、ここに設置されているフィギアと
全く同じ位置で同じ格好をした武士がいた可能性もあるという事だ。なんだかなあ…。
頭痛のレベルメーターが、カチャリと音を立てて上がった。
展示コーナーに入ってみると、実際に使われていた武器や甲冑が飾ってあった。
当時の兵士たちの息づかいが聞こえてきそうな品ばかりだ。
中には、ひとまわり小さい少年兵の鎧とかもある。
筆舌に尽くしがたい思いで、僕らは黙り込んでしまった…。
十万人以上もの人々がたった半日の殺し合いで死んでいった…
そして、その背景には死者の何十倍もの人の心が傷ついたのだ。
殺されていった人々の親、兄弟、子供、愛する人…。
資料には決して残ることの無い、そんな人達の思いを少しでも感じられただけ、
ここに来て良かったのかも知れない…。
関が原ウォーランドを後にして、僕たちは石田三成の陣営跡地に行ってみる。
そこは、ちょっとした展望台になっていて関が原が一望できた。
広大な土地だった。どこまでも広がる田園に点在する農家…そして巨大な工場が横たわっている。
この地が400年前、十万人以上の人の血を飲み込んだとは思えないほど
今、目の前に広がっている関が原には、その名残すら感じられない。
「あの赤いの、なんだろうね」とボバさん。
よく見ると、田んぼのアゼ道に赤い花が咲いている。
それも一箇所ではなく、そこらじゅうのアゼ道沿いに咲いていた。
下におりて行って、作業をしている農家のおばちゃんに、その花のことを聞いてみた。
花は彼岸花で、九月中旬ぐらいに満開になるらしい。
…奇しくも関が原の戦いがあった九月十五日と重なる…。
彼岸花は、あたり一面に均等に咲いてるわけではなく、
所々にイビツに固まって、まるで寄り添うようにして咲いていた。
「なんか地中から伸びてる手みたいな花だね」とボバさんが言った。
言われてみれば、そんな風にも見えないこともない。
遠くから見れば、戦の後の血痕のようにも見える。
「アゼ道を利用して育てて、副業で販売とかしてるんですか?」と、おばちゃんに聞いてみた。
おばちゃんは笑いながら、こう言った。
「育ててるわけじゃないよ。
勝手に生えてくるのよ、この時期になると」
僕たちは凍りついた…。
やはり偶然じゃない…ここに咲いている花は…彼岸花は…
400年前にここで亡くなった人達の思いなんだ…その時、誰もが心でそう思った筈だ。
みんな…生きて帰りたかったんじゃないだろうか…。
生きて帰りたい…その思いが、僕ら三人の心に深く染み込んでくる。
浩介監督が、突然デジカムで彼岸花を撮りだした。
そして独り言のように「よし、ラストシーンは彼岸花だ」と言った。
僕は思わず「え?じゃあ、今撮ってるのラストに使うんですか?」と聞く。
浩介監督はファインダーから顔を上げると
「だとしたら今日がクランクインだな」と言って笑った。
う〜ん…なんか感動的だ。
夢中で彼岸花を撮っている浩介監督…それを見守っている僕ら…
そして、そんな僕らを沢山の彼岸花が見守っていた…。

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