「On Your Mark」を語る
山犬
1994年、CHAGE&ASKAは、デビュー15周年を迎える。その15周年記念三部作として「HEART」「NATURAL」、そして「On Your Mark」が1枚に収められてシングルCDとして発売になった。
3曲をそれぞれ別のシングルCDとして発売したら3曲とも大ヒットしただろうと言われるこの三部作は、見事にミリオンセラーを記録する。
しかし、映画「ヒーローインタビュー」の主題歌として一般的に知れ渡った「HEART」に比べ、「On Your Mark」は、3曲目という扱いだったため、「アメリカンフェスティバル'94」のテーマソングとして起用された以外は、楽曲がメディアでオンエアになる回数は少なかった。
だが、「On Your Mark」は、CHAGE&ASKAにとって15周年記念三部作のトリを飾ったことだけでは語り尽くせない特別な歌である。
一つは、宮崎駿監督の手によって「On Your Mark」のアニメーションムービーが作られたこと。一つは、日本人初出演となったMTVアンプラグドライブで「CASTLES IN THE AIR」という英語詞版で披露したこと。
さらに、2000年8月26日夜に行われた韓国で日本人初となる記念すべき大規模コンサートで「On Your Mark」を歌ったASKAが感激のあまり涙して歌えなくなったこと。
そのどれもが歴史に残る出来事だった。
まず、CHAGE&ASKAと宮崎駿というコラボレーションは、あまりにも斬新な組み合わせだった。どちらも、創作者としてそれぞれポピュラー音楽とアニメ映画の第一人者ではあるものの、それまで全く接点がなかったからだ。
CHAGE&ASKAは、コンサートのオープニングでオリジナルのムービーを流す演出を長年に渡ってやってきていた。「On Your Mark」を制作したとき、プロモーションムービーをあの宮崎駿監督に作成してもらうことはできないだろうか、と2人で考えたのが発端となる。
当時、宮崎駿監督は、CHAGE&ASKAがどのような音楽を作っているか、ほとんど知らなかったという。だが、彼らの音楽を宮崎駿監督に聴いてもらったところから話は急速に進展を続け、ついに「On Your Mark」の音楽に乗せたムービー作成に至ったのである。未来都市を舞台にCHAGE&ASKAに似たキャラクターを主人公にしたSFアニメは宮崎作品の中でも異彩を放つ。失敗を繰り返し、何度もやり直しをしながら、進歩と前進をしていく人間の姿を描いた世界観で、楽曲も映画も共通しているのだ。
そして、そのアニメのストーリーもまた、歴史に残る名作となった。原発事故により地上が放射能で汚染されて人間が住めなくなり、人々は、地下に都市を作って暮らしているという設定。武装したカルト教団とそれを壊滅させる警官隊。空想で何度も失敗するシナリオを描きながら、カルト教団や国の組織から翼のある少女を助け出す2人の英雄。2人は、人間は住めないが、自然豊かな地上の空へ少女を希望を乗せて解き放つのである。
そんなプロモーションムービー制作以降、この「On Your Mark」には歴史的な出来事がついて回ることになる。
日本人として初めてMTVアンプラグドライブに出演したとき、中盤で「CASTLES IN THE AIR」という英題で、英語詞に乗せた「On Your Mark」を披露して、会場を盛り上げたことも歴史的な快挙である。
そして、語らずにいられないのは、やはり2000年8月の韓国コンサートだろう。当時の金大中大統領の日本文化開放政策により、6月末には第3次開放政策で2000席以内の屋内施設に限られていた日本人アーティストのコンサートを全面解禁となった。
アジアでの多大な実績を残してきたCHAGE&ASKAが日本人初の大規模コンサートを開くことになるのは、ごく自然な流れだった。
ASKAは、それまで立ちはだかってきた歴史という厚い壁を乗り越えてライブを韓国民と共有できる喜びから感動のあまり歌の途中で声を詰まらせてしまう。そのとき歌っていた曲こそが「On Your Mark」だったのだ。
「On Your Mark」の意味は、スタートの合図「位置に着いて」である。宮崎アニメのムービー、MTVアンプラグド、韓国での歴史的コンサートと「On Your Mark」は、CHAGE&ASKAが最先端を切り開くスタートの役割を果たしたと言っていいかもしれない。
曲は、荘厳なアレンジから始まり、文節ごとに刻まれるリズムが心地よい。内容は、CHAGE&ASKAの歩みと重ね合わせられなくもないが、そうとらえるよりはむしろ成熟期を迎えた2人の恋人同士を歌ったラブソングととらえるべきあろう。
世の中、順調に行き出したと思えば、窮地に追い込まれたりする。それの繰り返しで成り立っているものだと頭では理解できても、くじけずに前に進むのは容易ではない。
それでも走り続けることで、夢や目標に近づいていけるし、そこに力が生まれてくる。ASKAが当時、よく語っていた「走り続けるものの中に力は存在する」というのもその一つではないだろうか。
楽曲は、時代の最先端を疾走するCHAGE&ASKAのイメージとぴったり重なり合う心地のよいリズムを刻んでいく。特にCHAGEの高音が冴え渡るサビのハーモニーは鳥肌が立つほどだ。
CHAGE&ASKAは、この15周年を過ぎても様々な新たな道を模索しながら走り続ける。その背景にはいつもこの「On Your Mark」が流れていたに違いない。
Copyright (C) 2001- Yamainu Net. All Rights Reserved.