「終章(エピローグ) 〜追想の主題」を語る
山犬
「終章」という楽曲は、シングルのメイン曲にもカップリング曲にもなったことがない。そして、アルバムのタイトル曲になったこともない。
なのに、CHAGE&ASKAの代表曲として有名である。CHAGEと言えば、真っ先に出てくるのはこの「終章」という人も多いだろう。ファーストアルバム『風舞』に収録となった初期の楽曲であるにもかかわらず、現在でもCHAGEの人気曲投票を行うと必ず上位にランクインする。
どうして、ここまで「終章」という楽曲は、多くの人々に浸透しているのか。おそらく、CHAGE&ASKAファン以外の人々には不思議で仕方ないのではなかろうか。
私がこの「終章」という楽曲を知ったのは、1989年発表のオリジナルアルバム『PRIDE』の2枚目にミニベスト盤として4曲入りのCDが付いており、その3曲目に「終章」が入っていたからである。
1990年代に入ってからCHAGE&ASKAを聴くようになった私にとって、「終章」がデビューアルバムに入っていた楽曲であることは到底信じられなかった。アマチュアがこれほど女心と別れを見事に表現した楽曲など作れるはずがないと思えたからである。
さらに驚くべきことに、この「終章」が作られたのは、少なくともデビューより1年以上前のことらしい。1978年のポプコン福岡大会にCHAGEは、ソロとして「夏は過ぎて」で出場しているが、発表する候補として挙がっていたもう1曲が「終章」だったというのである。乗りと勢いを重視したため、「終章」は、大会では歌わなかったが、デビューに至る過程で、のちにCHAGE&ASKAのプロデューサーとなる山里剛は、この楽曲を気に入り、CHAGE&ASKAの成功を予見していたと言われる。CHAGE&ASKAが「流恋情歌」「ひとり咲き」というASKAの楽曲でデビューへの階段を駆け登っていく中で、ややもすればCHAGEは、ASKAのサポートコーラスに収まってしまう危険さえあった。しかし、それをさせなかったのは、やはりこの「終章」によるところが大きいのではないだろうか。
「終章」は、男性が女主人公に別れの言葉を切り出す機会を伺っていることを女主人公が察知するところから物語が始まる。
この楽曲の構成は、メロディーとCHAGEの歌声、そして詞から徐々に状況が浮かび上がってくるという独特の構成になっている。
我々は、女主人公が今までの楽しかった思い出を語るところから、彼女が時間を何とか元に戻せないかと試みていることに気づく。そして、男性の姿や表情ではなく、声の部分だけを感じているところから、電話で話しているのだという状況を読み取る。
そして、サビでは、鏡台の前でぼんやりと座り、自らの映る姿をかき消すかのように口紅で文字を書く姿が見えるのだ。
男性は、いつからか彼女を冷たくあしらうようになった。別れ際にかけた男性の優しい言葉がそれまでの冷え切った関係を物語っている。
この女性は、世間一般にあるような悲しい涙の別れは望んでいなかった。彼女が望んだのは、友達と笑顔で手を振って別れるような前向きな別れだったにちがいない。しかし、現実は、一方的に電話で別れを告げられて、切られてしまうというありふれた別れだった。
彼女は、何とかそんな別れをありふれたものにしたくないと、まるで劇的な小説の終章が終わるように、鏡に「エピローグ」と書こうとするが、涙で目はかすみ、手は震えて読める文字にすらならない。
つまりは美しい別れなど、あるはずがないのだ、と辛い現実をつきつけられるのだ。
「終章」は、プロデビュー後、瀬尾一三作曲の「〜追想の主題」がラストに加わり、服部克久の編曲によって壮大さを増す。「〜追想の主題」は、インストルメンタルであり、ストリングスによって寄せては返す波のように悲しみと思い出が女性の心を往来する様子を見事に表現している。
『PRIDE』に収録となった「終章」は、楽曲として完成の域に達しているように思えるのだが、CHAGE&ASKAの手にかかると、そうとは言い切れない。なぜなら2002年11月に発表されたセルフカバーアルバム『STAMP』では「終章」がまた別の顔を見せているからである。この「終章」は、CHAGEが優しく語りかけるように歌い上げ、悲しみを誘い出す音色を効果的に使うアレンジによって、かなりの変貌を遂げている。「〜追想の主題」もなくなっている。『PRIDE』バージョンの「終章」が若く活動的な女性が男性に強く激しい未練を抱いている印象が強いのに対し、『STAMP』バージョンの「終章」は、華奢な美人が静かに未だ男性を想い、悲嘆に暮れている情景がくっきりと浮かんでくる。歌い方とアレンジにより、ここまで女主人公の印象を大きく変えることをできるのだ、という音楽の力を思い知らされる作品となった。
既に多くのアルバムに収録となってきた「終章」だが、CHAGEは、常にこの楽曲を原点として歌い継いでいくだろう。そうであるならば、今後、「終章」がさらなる進化を遂げて、我々の前に現れることも充分にありえるだろう。
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