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小泉内閣メールマガジン
 

小泉内閣メールマガジン ================================== 2001/06/21
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□ 目次

[らいおんはーと 〜 小泉総理のメッセージ]
● 感動のスポーツ

[大臣のほんねとーく]
● 私がタケノコ医者であったころ(坂口厚生労働大臣)
● 赤れんが棟(森山法務大臣)

[小泉内閣の動き]
● 男女共同参画会議(01/06/19)
● タウンミーティング―小泉内閣の国民対話―が始まる(01/06/16)
● 地方分権推進委員会最終報告の概要(01/06/14)

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[らいおんはーと 〜 小泉総理のメッセージ]
小泉総理大臣小泉総理大臣プロフィール

● 感動のスポーツ

 小泉純一郎です。

 私は、スポーツは大好きです。野球もやっていたし、スキーもやる。水泳
も好き。自分でやるのも楽しいけれど、見るのも楽しい。スポーツではドラ
マのようなことが実際におきる。これがスポーツの魅力です。

 野球でも、逆転サヨナラはすごく感動するでしょう。松坂投手の人気は、
高校野球で炎天下に延長戦を投げ抜いて勝ってきた、あの感動が残っている
からだと思う。

 貴乃花関の優勝決定戦もすごかった。前日にけがをして、肩を抱えられて
花道を去っていった時には、千秋楽は休場するのではないかと思いました。
あの時の相撲は、何か異様な雰囲気で、緊張感と、そして、痛々しさもあっ
た。ケガをおして、みごとに投げ倒して勝った。プロスポーツという勝負の
世界の厳しさを耐えてきた根性にみんなが感動したんです。

 私も表彰状を渡すとき、この気持ちをそのまま伝えたくて、自然に言葉が
湧き出てきた。杯も重かった。しかし、この優勝はもっと重かった。

 感動することは、大事だ。自分にもパワーがみなぎってくる。常に感動で
きる心を持って、皆さんに感動をあたえられるようなそんな政治をしていき
たい。
大相撲表彰式写真をクリックすると拡大写真になります


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[大臣のほんねとーく] 
坂口厚生労働大臣坂口厚生労働大臣プロフィール

● 私がタケノコ医者であったころ(坂口厚生労働大臣)

 藪医者に至らない医者のことをタケノコ医者という。私が大学院の在学中
で、衛生学を学びながら一方で小児科臨床を1年半ばかり研鑽したある日、
上司の助教授に呼ばれた。

 「宮川村は三重県一の短命村、その調査に一年ばかり行ってはどうか。」
行ってはどうか、は「行ってきたまえ」の命令に等しい。

 平均寿命35歳の短命村へ、結婚間もない私でしたが、妻を残したまま、
赴任した。

 調査とは名ばかり、宮川村の一番奥に旧大杉谷地区があり、約千名の人口
に一カ所の診療所があった。その診療を行いながら、短命の調査研究をやれ
というのだ。

 赴任したのは五月の中頃だったと記憶している。診療所は村立で看護婦さ
んが一人、事務員さんが二人、私の食事や洗濯をしてくれる人が一人、四人
で私を迎えてくれた。診療所の二階が私の住処で、お茶を一杯入れてもらっ
たところで、患者さんの第一号が来たという。

 泣き叫ぶ子供の声に驚いて診察室に入ると、小学校六年生ぐらいの男の子
が床を転がるようにして「痛い、いたい」を連発している。聞けば、耳にコ
ガネムシがはいったという。

 右耳を覗くと、大きなコガネムシがお尻を外にしながら、外耳道いっぱい
に入っている。「どうしましょう」看護婦は私の腕を試すように見ている。
ピンセットでコガネムシのお尻を摘もうとすると、ツルッとすべって、ムシ
はさらに前へ進もうとする。前に進むと、少年は悲鳴をあげて転がった。

 小児科でも耳鼻科でも、コガネムシが外耳道にはいった治療など、習った
ことはなかった。四〇キロ四方、医者なるものは私一人しかいない。「どう
すべきか」患者や家族より、自分の方が心細くなってきた。

 「水を入れたら死なないか」私の言葉に従い、看護婦は水を入れたが、水
がコガネムシの頭の方へ入っていく隙間はなかった。

 一呼吸して、看護婦は手際よく小さい注射器を取り出し、「麻酔液を入れ
ましょう」そういってコガネムシのお尻に注射針を刺した。すぐにムシは動
かなくなり、痛みのなくなった少年は起きあがり、看護婦は巧みにコガネム
シを引き出した。

 以後一年半、私の滞在期間中「婦長さん」と呼び、常に頭が上がらなかっ
た。このときだけでなく、何度も「婦長さん」に助けられて、急場を凌いだ
ことがあった。

 私にとって、医学部のどの教授から教えられたことよりも、この「婦長さ
ん」から教えられたことの方が多かった。お世話になったから言うわけでは
ないが、激務の中で知恵をしぼる看護婦さんの待遇はもう少し考えなければ
ならない。

 現在の保険点数は看護婦さんの頭かずだけを決めている。その仕事内容を
評価すべきだ。医師と看護婦、その教育に違いはあるが、それにしても評価
が違いすぎないか。看護婦さんが辞めて行くのは何故なのか。

 今、私の考えなければならない仕事の一つである。

森山法務大臣森山法務大臣プロフィール

● 赤れんが棟(森山法務大臣)

 中央官庁がずらりと並んでいる霞ヶ関の大通り。その北の端、皇居の桜田
門につき当たる角に、赤れんがのきれいな建物があります。灰色のビルディ
ングばかりの中でひときわ目立つ美しい姿です。

 これが法務省の赤れんが棟です。法務省の仕事の大半はその後ろの20階
建てのビルでやっていますが、赤れんが棟は明治時代の姿を残す文化財であ
り、このあたりを通る人々の目を楽しませています。

 明治の新政府は先進諸国に追いつき追い越さなければと懸命の努力をしま
した。法律の整備もその重要なテーマで、外国の専門家の助言を受けたり、
日本からの多くの留学生を送ったりしてがんばりました。そして日本も野蛮
国ではない、「法治国」なのだということを示そうと懸命だったのです。

 外国の賓客が皇居を訪ねる時必ず通るこの場所に、立派な西洋式の建築に
よる司法省(今の法務省)や大審院(今の最高裁判所)を建てたのも「法治
国」であることを誇示するためであったと言います。

 赤れんが棟は昭和20年の戦災でひどく痛み、改修して使っていましたが
平成3年に本格的な復元改修をして、今創建当時の姿を取り戻しました。

 他のビル群とは雰囲気の違うこの建物を見る度に先人たちの懸命な思いが
察せられ、彼らが精一杯に背伸びしながら、必死で近代化に取り組んだ姿が
しのばれます。

 今ここは法務史料展示室、図書館などとして使われ、明治以来今日までの
わが国法制の歩みを示す資料、著名な事件資料などが保存され、一般公開さ
れています。

 先のハンセン病国家賠償請求訴訟の熊本地裁判決、そしてこれに対し「控
訴しない」と決めた法務大臣の決裁文書も、法制史に残る歴史的文書として
いずれここに保存され、小泉内閣の劇的な決断を後世に語り継ぐことになる
でありましょう。

 ※ 一般公開されているのは、法務史料展示室です。
赤れんが棟写真をクリックすると拡大写真になります


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[小泉内閣の動き]

● 男女共同参画会議(01/06/19)
 http://www.kantei.go.jp/jp/singi/danjyo/0619danjyo.html
  仕事と子育ての両立支援策に関する専門調査会の最終報告

● タウンミーティング―小泉内閣の国民対話―が始まる(01/06/16)
 http://www.inpaku.go.jp/town/
  タウンミーティングの今後の開催日程等

● 地方分権推進委員会最終報告の概要(01/06/14)
 http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tihoubunken/614gaiyou.html
  分権型社会の創造に向けた道筋

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[あとがき]

 1958年の日本シリーズは、西鉄対巨人、三原監督対水原監督の野球フ
ァン注目の一戦でした。
 しかし、3戦目まで一方的な展開となり、西鉄は3連敗、さすがの三原監
督も、もはやここまでと覚悟しました。観念した彼は、3戦目の夜から4戦
目にかけてなんと麻雀を打っていたと言われています。野武士集団らしい豪
快なエピソードではないでしょうか。
 ところがその早朝、麻雀に興じる三原監督の耳に屋根をたたく雨音が聞こ
えてきました。
 この恵みの雨によって、エース稲尾は休養をとることができ、彼はその後
4連投・4連勝、その大活躍によって球史に残る劇的な結末を迎えることと
なりました。
 この時三原監督は天が味方したと思ったそうです。選手の才能、努力、そ
してそうした人間の力を超えた運命のような大きな力による演出があって、
歴史に残る名勝負が生まれるのかもしれません。
 貴乃花対武蔵丸の一戦も優勝決定戦に至る過程は、名勝負というにふさわ
しいドラマティックな展開でした。小泉総理にとっても心に残る大一番とな
ったことでしょう。
 さて、今回の大臣ほんねとーくは、先のハンセン病訴訟において総理と共
に大きな決断をされた、坂口厚生労働大臣と森山真弓法務大臣にご登場いた
だきました。お二人のお人柄に接していただけたのではないかと思います。
(晋)


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総編集長: 内閣総理大臣 小泉純一郎 
 編集長: 内閣官房副長官 安倍晋三  
発行: 内閣官房内閣広報室(〒100-8968 東京都千代田区永田町1-6-1)
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