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2012年12月7日(金)付

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総選挙・論戦後半へ―自民党への風の意味

まだまだ流動的な要素は多いが、驚きの数字である。朝日新聞の調査で、自民党が単独で過半数を確保する一方、民主党は100議席を割り込む公算が大きいという総選挙序盤の情勢がわ[記事全文]

アスベスト判決―広い救済に政治は動け

救いの手を差しのべたいという裁判所の思いと、容易に乗りこえられない法の壁と――。その両方を痛感する。建設現場で建材に含まれるアスベスト(石綿)を吸って肺がんなどになった[記事全文]

総選挙・論戦後半へ―自民党への風の意味

 まだまだ流動的な要素は多いが、驚きの数字である。

 朝日新聞の調査で、自民党が単独で過半数を確保する一方、民主党は100議席を割り込む公算が大きいという総選挙序盤の情勢がわかった。

 他のメディアもそろって同じような調査結果を報じている。

 05年の郵政総選挙では自民党に、09年の政権選択総選挙では民主党に、民意のうねりが押し寄せた。

 よく似たうねりが再び自民党に向かっているのだろうか。

 本紙の調査では、投票態度を明らかにしていない人が小選挙区で半数、比例区で4割にのぼる。09年はそれぞれ4割、3割弱だった。

 どの政党を、どの候補を選べば政治は良くなるのか。

 悩み、迷っている有権者の姿が浮かび上がる。

 総選挙に「大いに関心がある」という人は44%にとどまり、前回、前々回の54%から大幅に減った。

 選挙や政治に関心をもてない有権者が増えているさまも読み取れる。

 最大の責任が、3年前、あれだけの巨大議席を与えられながら、いまの政治の閉塞(へいそく)を招いた民主党にあるのは明らかだ。

 民主党は評価できない。「第三極」の新党も物足りない。

 「自民党過半数」の調査結果は、行き場を失った有権者の消極的な支持とも見える。風向きしだいで議席が大きく動く小選挙区制の特性も働いていよう。

 有権者がいま、政治に望んでいるものは何だろう。

 調査では、日本の政治に求められているのは「政治の仕組みを大きく変えること」か、「いまより政治を安定させること」かも聞いた。

 36%が前者を選び、54%が後者を選んだ。

 選挙後、どの政党が政権を担ったとしても、参院の議席配分をみる限り、衆参の「ねじれ」が続く可能性は大きい。

 2大政党が足を引っ張り合う政治を脱しなければ、少なくとも来夏の参院選までは安定した国会運営はおぼつかない。

 米国との関係や、領土問題で揺れる近隣諸国との外交を立て直すためにも、政治の安定が不可欠である。

 どの政党や候補者が、混迷から抜け出す具体策を示しているか。本気でやり抜く能力と覚悟があるか。

 有権者は目を凝らし、耳を澄ませている。

 投票まであと9日。有権者の思いにこたえる政策論議に期待する。

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アスベスト判決―広い救済に政治は動け

 救いの手を差しのべたいという裁判所の思いと、容易に乗りこえられない法の壁と――。その両方を痛感する。

 建設現場で建材に含まれるアスベスト(石綿)を吸って肺がんなどになった労働者が、国とメーカー42社を訴えた裁判で、東京地裁は国の責任を一部認める判決を言いわたした。

 国は、石綿吹きつけ工事の危険性を1974年から、切断などの作業についても81年から知っていた。それなのに防じんマスクを着用させるよう徹底した措置をとらなかったのは、「著しく不合理」と判断した。

 事業者にマスクを備えつける義務は課されていた。だが実際に使われなければ意味がない。下請け・孫請け構造のもと、情報は伝わらず、しわ寄せは働く者一人ひとりが引きうける。

 判決は、いまに通じる労働現場の矛盾に言及し、「だからこそ国がしっかり規制する必要があった」と踏みこんだ。

 多くの人の正義感にかなう判断といえよう。国民の健康・安全にかかわる行政が、つねに心にとめるべき指摘である。

 一方で、法的には個人事業主として扱われる「一人親方」などは、労働法令の保護が及ばないとされ、賠償対象にならなかった。建材メーカーに対する請求も、それぞれの製品と被害との結びつきがはっきりしないなどの理由で退けられた。

 裁判という厳格な手続きがもつ限界と言わざるをえない。

 地裁ももどかしさを感じたのだろう。「メーカーやゼネコンが一定の責任を負うべきではないか、というのは立法政策の問題だ」と述べ、国会での「真剣な検討」を望んでいる。

 患者らは、石綿によって利益をあげた業者と国による補償基金の創設をとなえており、それと重なる見解と読める。政治がこの課題にどう応えていくか。取り組みを注視したい。

 石綿は多くの建材や断熱材、摩擦材に使われ、わが国に繁栄をもたらした。その影に、健康を奪われた労働者と家族、工場の周辺住民らがいる。いま苦しんでいる人だけではない。発症までの期間が長く、被害はさらに増えると予想される。

 6年前に救済制度は設けられたものの、金額・範囲とも十分とはいえないのが現実だ。

 この問題にとどまらず、高度成長期の負の遺産が、いろいろなところで噴き出している。

 逃げるわけにはいかない。

 正面から向きあい、苦しむ人と連帯し、社会としてのまとまりを維持する。それが、果実を享受してきた者の務めである。

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