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  シーカー 作者:安部飛翔
ダイジェスト版
第4章ダイジェスト
 会議の開催を宣言すると同時冷汗を流すゲッシュ、今回この場に集う面々に比べると流石にゲッシュも霞む。それでも何とか胆力を発揮し続ける。
「始めに、自己紹介の場と情報共有の場を設けたいと思いますが如何でしょうか?」
 妥当と受け入れる面々、スレイは加速と解除を繰り返し全員をじっくり観察させてもらう事にする。その際加速は誰にも悟らせない。この場の面々相手にそれを成すのは本来ならば不可能だが、スレイならば可能だ。
「それでは最初に、我が探索者ギルドの代表として私と共に参加しているメンバーの紹介をさせて頂きたいと思います。まずは私、先程聖王猊下のご紹介に預かりましたので皆様既にご存じでしょうが、探索者ギルド・ギルドマスター、ゲッシュ・アルメリア」
 そして自己紹介が始まる、ゲッシュ、クロウとサクヤ、ケリー、マリーニア、真紀、出雲、セリカ、フルール、と紹介されていき、場の一同は様々な反応を見せ、スレイも色々な評価をする。そして……。
「続いて市井のS級相当探索者、“黒刃”スレイ」
 自らの紹介に無造作に礼をするスレイ、周囲の視線が集まるが気にせず侍女を口説きに戻る。そんなスレイを置いて、ゲッシュがスレイの事情……邪神の分体を葬った探索者である事、ロドリゲーニの事などを説明していく。
 そして実力の証明の為にクロウに勝利した事を語り、クロウもまたそれが事実だと保証する。場がざわめくも、悠然としたまま侍女を口説き続けるスレイ。そこにゲッシュは最後の爆弾を投下する。
「そして、そのスレイの足下に居る蒼い狼。紛れも無くスレイのペットなのですが。その狼の正体は欲望の邪神ディザスターなのです」
 場の一同はゲッシュに何を言っているんだこいつは?という視線を向けた。スレイに目線で合図を送るゲッシュ。スレイは仕方無くディザスターを円卓の上に乗せ耳元で何かを告げる。疑問の表情を浮かべる一同だが、次の瞬間、その中の実力者達は向けられた圧倒的なプレッシャーに驚愕し、周囲の者はその反応に黙り込む。悠々とお茶を飲みながら、困惑しつつも職務をこなす侍女と語らうスレイ。ディザスターがプレッシャーを止めると同時また場が大きくざわめき出す。場の一同が平静を取り戻すには暫しの時を要した。

「スレイくん、君はいったいディザスター殿に何を言ったのかね?」
 こめかみに青筋すら浮かべてスレイを問い質すゲッシュだが、スレイは取り合わない。重ねて問い掛けるゲッシュにようやくスレイは肩を竦めて答える。
「『この場の分からず屋どもに少しお前の力を見せてやれ』そう言っただけだが?」
 諦めの境地に到るゲッシュは、会議を再会する為、自分達の紹介を終えた事を告げ、クロスメリア王国の代表の紹介をアルスに願う。了承し立ち上がるアルス。
「それではまず私から自己紹介させてもらおう。私はアルス・クロスメリア、このクロスメリア王国の国王であり、称号:勇者である者だ。故に“勇者王”などと過分な二つ名で呼ばれる事もあるね」
 まずは自らを紹介するアルス、その実力は本物でスレイは感嘆する、実力・経験共に卓越し、更には所有する三つの究極アルテマ級シークレットウェポン全てが格別の逸品だった。
 次にアルスの娘“姫勇者”カタリナが紹介される、標準的なハイエルフと同等の美貌を持った陽性の美女、これは必ずモノにしたいと思うスレイ。技量は今一だがこれは経験不足故だろう、才能という意味ではアルスすら超える物を感じる。
 続いて紹介されたのは近衛隊副隊長“狂風”ジルドレイ、剣士としてはそれなりといったところだが、これは他の称号:勇者にも言える事だが並のSS級相当探索者と比べれば経験の豊かさが違う、あとは勇者専門の装備である究極アルテマ級シークレットウェポン、そして称号:勇者全員に仕掛けられたギミック。後は風剣ミストラルの力がどれほどのものか?ジルドレイ個人に期待するべき点はそこだと考える。
 次は称号:勇者“闘仙”マグナス・スライカン、30代に見える落ち着いた風貌のスキンヘッドの黒い瞳の男、やはり技量はそこそこだが魔闘術は極めているだろう、究極アルテマ級のシークレットウェポン、神拳スパルタクスの力がどれほどのものか、やはりそこに考えは落ち着く。
 続いて紹介されたのは称号:勇者“火炎姫”マリア・フレイム、燃えるような赤い髪に瞳の20代後半に見える美女。二つ名通り髪と目の色合いもその扇情的な服装も表情も全てが炎の様に情熱的だ。スレイは笑いやはり彼女もモノにしたいと考える。火の属性に極端に偏るも実力はそれなり、火の精霊王の加護については隠すべきと思うもそれを餌にモノになどとも考えてしまう。だが究極アルテマ級シークレットウェポン、炎杖カグツチ―神殺しの神の遺骸を素材に火神がー見た瞬間脳裏に瞬時に浮かんだ情報を即遮断、危なく折角の楽しみを無駄にするところだった。ともかく火の精霊達さえ恐れて近付かない炎の気配を持つこれまた格別の逸品と確認して、評価を終える。
 続いて職業:勇者のヤン・ブレイブ、エミリー・ブレイザー、金髪碧眼のライバン・クロステッドが紹介されるも、人間にとっては対邪神の切り札とも呼べる職業:勇者だというのに随分と簡素な紹介だが、気にする必要もあるまいとスレイは思う。何せ経験不足に実力不足、称号:勇者と違い仕掛けも無い、封術も使い手がこれでは宝の持ち腐れだろう。装備である究極アルテマ級のシークレットウェポンは3人全員が同形な所為で見る目が無い物は見縊るだろうがあの勇者シリーズにはかなりの力を感じる、スレイの好奇心を刺激して止まない程だ、だがそれも宝の持ち腐れ、スレイは勿体無いと溜息を吐いた。
 そして紹介を終えたアルス、ゲッシュは次にシチリア王国とディラク島の代表の紹介を促す。ノブツナに確認を取り、まず先にシチリア王国の代表の紹介を始めるアイス。
「それではまず私から自己紹介をさせて貰おう。私はシチリア王国国王アイス・コルデリア。何故か理由は分からないが“氷王”などと呼ばれているらしいな。よろしく頼む」
 “氷王”の名に相応しい無表情のままに、しかしその目の奥にはどこか温かさを滲ませながら自ら名乗るアイス、これが故国の国王かとスレイをして感慨を覚える。
 続いてアイスは灰髪灰瞳の美女“魔狼”フェンリルを紹介する、シチリア王国の宮廷騎士団長と宮廷魔術師団長を兼任する彼女は、国に仕官する気など無いスレイとしては目を付けられたくない相手だがモノにしたいとは思ってしまう。実力は剣技も魔法も極めてるが故にどちらもそれなり止まり、組み合わせた場合は未知数、乗騎はシチリア王国の永久凍土に棲まう魔狼フェンリルと聞く、水氷魔法が得手の様だが何処か違和感がある、そしてシークレットウェポンは剣と杖でどちらも神話ミソロジー級。
 アイスは以上二名がシチリア王国の代表になると告げるとノブツナに紹介を繋ぐ。
「俺はノブツナ・シュテン、“鬼刃”ノブツナなんて呼ばれてるな。そこのガキみたいななりしたクロウって爺の息子で、一応ディラク島でも最大の国の国主をやってるからディラク島代表と考えて貰ってもかまわねぇ」
 伝法な口調の自己紹介に一部の者が眉を顰め、ノブツナの隣に座る美少女が恥ずかしそうに身を竦めた。だがスレイは感嘆する、“鬼刃”ノブツナ、そして期待以上だ、クロウと同等だが異質の刀術、何よりその究極アルテマ級シークレットウェポン、降神刀フツノミタマ、剣神の正規の最高傑作、それを勇者で無い身で与えられたイレギュラーな存在。
 続いてノブツナは娘のシズカ・シュテンを戦力にもならないのに付いて来たと紹介するが、父のお目付け役ですと述べノブツナに苦い顔をさせるシズカ。ストレートの黒い髪と瞳の白い肌の美少女で確かに上手く父親の手綱を引いていると感じさせる。神秘的な雰囲気でもマリーニアが大陸風なのに対しシズカはディラク風と対照的で、やはりモノにしたいと思うスレイ。性格的にはかなり生真面目で厳しそうだ。小太刀二刀流と方術の心得があると言うが、探索者でない以上はたかが知れているだろう。
 この二名がディラク島の代表と告げてゲッシュに後を託すノブツナ。ゲッシュは次に晃竜帝国の面々に紹介を願う、受けるドラグゼス。
「ふむ、それではまず私から自己紹介させて頂こう。私は晃竜帝国が皇帝、竜皇ドラグゼス・ドラグネス。当年きって205歳のまだ若造だが、よろしく頼むよ」
 黒髪黒瞳の壮年の威厳ある男竜皇ドラグゼスが種族の年齢感覚の違いを使ったユーモアを交えながら自己紹介する。威厳は相当、一部の地域で神聖視されているだけはある。しかし竜人族としては若い故に生来の力頼りからは抜け切れていない。竜化すれば天狼と並ぶぐらいの力にはなるだろうが経験不足は否めない。
 ドラグゼスはまず第一皇女のイリナを紹介する、煌く長い黒い髪と瞳の美少女だ。久しぶりに見るが“闘竜皇女”と呼ばれるだけあり強さが人の形をとったかのようではあるが、今のスレイからすると生来の力任せで未熟に過ぎる、だが彼女と戦った時の自分が知っていたのは剣の握り方と振るい方ぐらいで型の一つも知らなかったと苦笑する。
 続いてドラグゼスは第二皇女のエリナを紹介した、イリナの妹とは思えない楚々とした上品なアルビノの美少女だ。“癒しの竜皇女”の二つ名に相応しくアッシュの恋人には勿体無い程出来た少女に見える、現に職業:勇者のヤンが一目惚れしたようで面倒臭いと思うスレイ。とはいえ恋人が居る以上異性として興味は湧かない。そしてどうやら魂と肉体の不適合、これが治癒の力を持ち竜化が不可能な理由らしい。輪廻の輪に解けなかった癒神イアンナの寵愛者の魂が80%程を占めている。竜神に創造された戦闘種族の肉体と癒神の寵愛を受けた魂ではズレも出るだろう。もし何かあるなら恋人のアッシュが対処するだろうし、アッシュから頼まれたならその時手を貸してやればいい。
 以上三名が晃竜帝国の代表と締めて、再びゲッシュにバトンを渡すドラグゼス。ゲッシュはフレスベルド商業都市国家の面々に紹介を促す。
「どうも、始めまして。フレスベルド商業都市国家の議会で議長を務めさせてもらっているカイト・ギルスだ。一応S級相当探索者でもある。だから“商王”などという二つ名で呼ばれているね、よろしく頼むよ」
 赤い髪に茶色い瞳の明るい雰囲気の男カイトが明るく告げてウインクなどしてみせるも警戒心が湧く。先程はダマスカスの弓の所為でライナという男を連想したが、瞳の奥にはやはり暗い狡猾さが潜む。しかも裏の人間ながら名が知れて大きく暗躍出来ないライナとは違い、表の人間のカイトならば政争から謀略まで相当な手腕を発揮するだろう。しかも何やら小細工の武具まで持っている。迷宮の遺物の研究についても迷宮都市を擁するクロスメリア王国を超えている可能性もある。
 カイトはまず娘のアリサを紹介する、赤髪をポニーテールにした茶色い瞳の美少女だ、その明るい瞳はそれなりに狡猾そうだが陰の気は全く無く陽気な狡賢さだ。先ほどは挑発の為に胸に同情の視線を向けたが、見目麗しさは中々の物だ。だが今は女としての判断は保留する。ダリウスとの関係がどうなるか読めないからだ。
 続いてカイトの私兵であるSS級相当探索者“閃光”ダリウスが紹介される、黒髪に茶色い瞳の疲れたような表情のしかし隙一つ無い男。スレイは驚嘆する、特別有名では無い彼だが、刀ではなく大陸の純粋な剣を扱う者としてはスレイが始めて見る超一流の剣士だ。心が猛る。それと同時にアリサとこいつはどうなるかと余計な事も考えた。
 以上三名がフレスベルドの代表と告げて、カイトはゲッシュに場を譲る。次に聖王と中央の都市国家郡のSS級相当探索者の紹介を頼むゲッシュ。
「どうも始めまして、わたくしヴァレリアント聖王国の王とヴァレリア教の最高司祭を兼任させて頂いています、イリュアと申します。よろしくお願いしますね」
 眩いばかりの黄金色の長い髪と瞳のカタリナに匹敵する美貌の美少女が軽く礼をするとその豊かな胸が大きな司祭服の上からでも分かる程に揺れ、それに眼を奪われるスレイを含む男達。途端隣に座っていた金髪碧眼の美形の男が険しい眼差しで周囲を見て喉を鳴らす。“聖王”イリュア、なるほど確かにオーラが違う、それにその豊かな胸が神々しい光の如きオーラと清純さとギャップを生み、実に扇情的だ。是非ともモノにしたい。
 イリュアは喉を鳴らした男を仕方無さそうに見て、そのままその男、兄であり護衛の“聖剣”ヴァリアスを紹介する。やはり剣士としてはそれなりだが聖王の守護者のみが受け継ぐ五つの剣理を超えた聖剣技は是非とも見てみたい。がどうしようもないシスコンだ。
 次に紹介されたのは壮年にしか見えない茶髪茶瞳の男“拳聖”オウルだ。スレイはまたも感心した、流石はクロウが復帰するまで最古参のSS級相当探索者だった男。その闘術は超一流、更にクロウと同じく経てきた経験量が違う、間違い無く魔闘術も極めているだろう。それにシークレットウェポンのセスタスも酷く応用性に優れていそうで、オウルの経験と組み合わせればどれだけのものになるだろうか、何にせよ面白いと笑う。
 続いてイリュアが紹介したのは知者と名高い“賢者”アロウン、無造作に長く伸ばした茶髪に黒い瞳の男だ。二つ名に相応しい知性に富んだ目をし、どこかシェルノートの分体を思い起こすがあれほど邪悪でも突き抜けてもいない。一度色々と語り合ってみたいものだ、特にあの魔導科学製の眼鏡についてなど。それと時間魔法に特化した魔術師というのは極めて珍しい。迷宮での時間魔法を使った過去の遺物の研究がライフワークと言うので戦いの経験も豊富だろうが、性格的に多分望んで強敵と戦うような事はあるまい。
 イリュアが次に紹介したのは傭兵国家グラスベルの国王“傭兵王”グラナル、黒いざんばら髪に黒い瞳に無精髯の粗野ではあるが野卑ではない印象の男だ。スレイは再び加速。先ほども思ったがこの男野心家という点では自分と相似形に思える、まあ自分とは比較にならない程器が小さいが。そして一対一の決闘よりは戦場で兵を率いて戦う事に向いていそうだ。
 次に数々の功績でその名を知られる“英雄”ブレイズが紹介される、金髪碧眼の爽やかな正義感溢れる表情をした男である。やはりグラナルの天敵と言った感じで、野望を持つ者を阻む為に居るような男だ。だから英雄などと呼ばれるのだろう。とはいえスレイとは反発する気配は無い。まあ自分の野望はあまりに馬鹿げているから、恐らくブレイズも自分の野望を聞けば困ったように苦笑するだけだろうとスレイは思う。戦闘者としてはグラナルと似たような物、対極にして相似とはまた良く出来ている。
 最後にイリュアが紹介したのはその一同の中で紅一点である“毒蜂”或いは“毒蜘蛛”ミネア、黒髪黒瞳で何処か陰を感じさせる暗い雰囲気を持つカタリナに匹敵する美貌のだがカタリナと対極の陰性の美女だ。絶対にモノにしたいと思うがそれ以上にスレイは猛る。かつて大陸最大の闇と呼ばれた巨大暗殺組織があった、それを潰したただ一人の幼い少女。その組織にはオリハルコンの操糸術というあまりにも異常な戦闘術を開発した創始者、史上初めて念操絃者の称号を得たいや生み出した女が居た。唯一その技を受け継いだミネアだが何を思ったか組織はミネアを強力な毒のモンスターを大量に使っての新しい蟲毒の法の実験の被研体に選ぶ。反対したミネアの師は組織に謀殺された。或いは彼らでさえ恐れていたのかも知れない、オリハルコンの操糸術というあまりにも異端な技を。だが結果として組織はそれ以上の化物を生み出してしまう。新たな蟲毒の法の実験は成功してしまい、奇跡的に生き延びたミネアは当然師の仇である組織に牙を剥いた。だが例えオリハルコンの操糸術があったとしてもただ一人の少女が闇の組織に適う筈も無かった―新たな蟲毒の法の実験により得た蟲毒血が無ければ。絶対致死のその血は揮発した空気のみで組織の人間を殺し尽くしたという。ここに居る実力者達ならある程度耐えられるだろうが、それでも彼女に直接触れれば確実に死ぬ、自分とペット二匹を除けば。一般人ならば汗の揮発でもヤバイが彼女は自らの身体の分泌物を常に全て抑制している。何にせよ全ての始まりであるオリハルコンの操糸術、呪いのシークレットウェポン吸血のレイピアと蟲毒血を有効利用した小剣術、暗殺組織で叩きこまれた暗殺術。ただ殺す、恐らくその一点なら彼女は誰よりも長けているだろう。彼女と戦ってみたいとスレイは純粋にそう思う。
「以上がヴァレリアント聖王国と中央の国家群の代表となりますわ」
 そして紹介を終えるイリュア。と同時にアルスがSS級相当探索者をこれ程に集められる聖王の危険性を皮肉り、逆に勇者を抱え込むクロスメリア王国の危険性を皮肉り返すイリュア。それを遮りゲッシュがヘル王国の者達に紹介を始めるよう告げる。円卓の空気が凍り付く。闇の種族の国、ヘル王国。かつての聖戦に参加しなかった故に、世界中から敵として認知され、蔑視されていた国。その代表。人間どころか竜人族までも緊張を隠せない。しかし呼んだ本人であるゲッシュは変わらぬ態度、この差別意識の無さはどの勢力のトップよりも図抜けている。そしてスレイも変わらず侍女を口説き続ける。侍女もまた職業意識の高さで応じていた、プロである。
「どうも人間のそして竜人族の皆さん始めまして、わたし初代にして当代の魔王サイネリアと申します、よろしくお願いしますね」
 にこやかに告げる“魔王”サイネリア。だが周囲の者達はプレッシャーを感じる。ただ一人何ら感じずスレイはサイネリアを眺める、イリュアに匹敵する対極のオーラを持つ美少女。小柄な体格に大きな胸というギャップが堪らない、二人揃ってモノにすると誓う。だが竜皇と同じく力は天狼級ながら技量はそれなり。まあ史上始めて誕生した存在なのだから仕方の無い事かもしれないが。そんな変わらぬスレイを面白そうに眺めるサイネリア。
 彼女がまず紹介したのは闇の種族の吸血鬼族の長にして約5000年という歳月を生きる“吸血姫”シャルロット。豪奢な縦ロールの金髪に鮮血のような深紅の瞳のカタリナ達に匹敵する絶世の美女。かつての聖戦時より生きる生き字引、そして闇の種族から個人的に聖戦に参加した数人の内の一人。純粋な力では魔王に及ばないながらも年齢故の、経験・知識・技量などを考えると正直主である魔王よりも彼女の方が上かも知れない。
 次にサイネリアが紹介したのは魔狼族の長にして最長老、こちらも約3000年の齢を重ねる“魔狼王”リュカオン。咥内の空気を魔力で操作し人と全く同じ発声で挨拶してみせる。毛の色は漆黒だが天狼に匹敵する巨大さで同様に美しいが力は天狼より一段劣る、強さは年齢故の経験に期待したいところだ。ふとスレイはサイネリアにリュカオンはずっと影の中に潜っていたのか訊ねる。それに人目のある場所だけだと答えるサイネリア。サイネリアを呼び捨てにしたスレイだが、美人は呼び捨てにする主義だと言うと、サイネリアは面白いと笑って赦す。
 最後にサイネリアが紹介したのは鬼人族の長、闇の種族としては若い150歳の“鬼王”ダート、三つの角を持つ容姿は人間とほぼ同形の大男だ。力はリュカオンと同程度だが経験不足で自信も不足の為物足りない。
 以上四名がヘル王国の代表と告げたサイネリアが座ると同時、ゲッシュは会議の本題に入る事を告げた。
「さて、皆様に知らせを出した時とは状況が大きく変わった事もありますし、一通り現状の確認をしたいと思います」
 場がざわめき掛けた中、ゲッシュの状況が変わったという言葉に疑問を呈するアルス。それにこれから説明するとゲッシュが答えるとアルスは素直に引き下がる。アルスが率先して動いた事で場は落ち着きを取り戻す。アルスがこれを意図して動いたと理解しやはり役者が違うと苦笑するゲッシュ。
 そのままマリーニアの占術により分かった事を説明する。最上級邪神が封印を自力で破れるのに始めから本人にその気が無い事。上級邪神であと一年、中級邪神であと十年、下級邪神はあと数十年封印が保つので、職業:勇者の封術で再度封印を強化すれば良かった事。だがそこで問題が起きたと状況が変わった事についての説明に移る。
 歯切れの悪いゲッシュにアルスがディザスターは邪神としては何級なのかと疑問を呈し、下級だという答えが返り、ざわつく一同。そんな中スレイは着実に侍女を攻略しているが、そんなスレイを置いて会議は進む。
 ドラグゼスが何故下級邪神であるディザスターがここに居るのかと、いや下級邪神でないとしても何故邪神が封印から逃れてこの場に居るのかと力強い声で質問する。流石に、これは見逃せない、全ての大前提が崩れる。故にドラグゼスの視線はゲッシュを逃さないとばかりに見据えていた。勿論、他の者達とて同様だ。
 ゲッシュはそれにスレイとロドリゲーニの関係と、ロドリゲーニが行っている封印の解除の情報を開示し答える。ざわめく一同。当然だ、邪神が邪神の封印を解いている。これは誰もが戦慄する事態だ。
 そんな中落ち着き払った態度で最上級邪神や上級邪神の封印も解かれている可能性があるのか問うアイス。アイスによって場は僅かに静まる。ゲッシュはそれは無いと答えた。
 マリーニアの占術で分かっている事だが先程も言ったように最上級邪神は封印を破るつもりが無い事、上級邪神は皆自力で封印を破る事に拘ってるのでロドリゲーニも干渉するつもりがない事。その為中級と下級邪神の封印解除に限られると。
 僅かに安堵の雰囲気が満ちた場に、鋭い声でイリュアが残りの下級邪神と中級邪神の封印は解かれているかもしれないのか、と問う。再び緊迫する場。そんな中でも侍女との会話を楽しむスレイ。無論会議は真面目に続く。ゲッシュは力強く告げた。
「いえ。まず、一つ訂正させて頂きます。下級邪神はディザスター以外に、あと二柱ではなくあと一柱だけ。もう一柱は、かつての聖戦においてある男に滅ぼされたそうです」
 邪神が一柱既にただ一人の男によって滅ぼされていた。信じ難い事実に場がざわめく中、ゲッシュは更に中級邪神が三位一体の存在の為実質一柱だと続ける。そんな中全て既知の事だとばかりに頷くシャルロットを睨むサイネリア。そんな中侍女、エリシアが仕事に戻っていくが、殆どモノした手応えを感じるスレイ。あともう一押しして完全に堕としておきたいと考える。そんな事は関係なくやはり会議は進む。
「それで結局、もう下級邪神と中級邪神の封印は解かれたと考えるべきなのかしら?」
 今度はサイネリアが問う、やはりイリュアを意識しているのか?何せ聖王と魔王。あらゆる意味で対極の存在だ。実際イリュアもまたサイネリアを意識した視線を向けた。敏感にそれを嗅ぎ付けて、両方絶対モノにして二人を同時に、などと不埒な事を考えるスレイ。ディザスターはそんなスレイの戦闘欲も性欲も己が力の源の為全肯定する。ただやはり戦闘欲の方が強いかと思った。神々に埋め込まれた兵器としての戦闘欲求に加え、スレイ自身の本来の戦闘欲も合わさり、相乗効果でとんでもない事になっている。探索者として改造されながらも己が本来の欲望を持ち続けるスレイに疑問を抱き同時に面白いと感じ忠誠を深めるディザスター。そんなスレイの不真面目な態度にこめかみに青筋を立てながらゲッシュはディザスターに疑問の答えを問うた。
『ふむ。下級邪神、絶望クライスターの気配は感じるが、中級邪神、三位一体トリニティの気配は感じない。どうやら今はまだ中級邪神の封印の解除中といったところらしいな』
 ディザスターの言葉を回答とするゲッシュ。場の空気は微妙になる。歓迎出来る答えと歓迎出来ない答えが同時に返って来たからだ。そして既に邪神が復活しているというのに何も起きていない事に逆に得体の知れなさを感じる面々。少しでも良い材料を提供しようとゲッシュは、ロドリゲーニが人の身に転生した事で弱体化している事を伝える。ただしその代わりに封印解除などの特別な力を手に入れた訳だが。
 そこにディザスターは本当に味方と考えてよいのかと懸念を表明するアルス。スレイに対し忠実な姿を見ている限りは心配ないように思えるが、その力は警戒を解くには強大に過ぎる。
『我は主に従うのみだ。主が望むならお前達が相手でも、最上級邪神であるイグナートが相手であろうと滅ぼしてみせよう、例え我が存在の全てが喪われる事になろうとも』
 ディザスターの明確な答え。その強い意志の力に、名伏し難き感情を覚えるアルス。ディザスターの己が全てを賭すという覚悟の籠った言葉に安心を得ると同時、アルスは王たる身としてただ一人からでもこれほどの忠誠を受けられるならばどれほどの喜びかと思う。そして先程からふざけた姿しか見せていなかった為に疑問を持っていたスレイという人間に対し鋭い洞察力で以って一定の理解を得た。スレイは自分達とはあらゆる価値観の違う、そもそも計り難い異質な存在なのだろうと。
「それで、結局私達はどうするべきなのかな?」
「……そうですね。まず、既に復活している邪神、絶望クライスターに関しては、なんとかディザスターを中心に討伐し、次にまず最優先で中級邪神、そして次に上級と最上級邪神の封印の地を探し出して、中級邪神の封印解除前にロドリゲーニを討伐後、職業:勇者様達の封術で全ての封印を最盛期のレベルまで強化する。これが最善だと思います」
 ゲッシュの回答に皆が納得したように頷き、ノブツナが邪神は何処に封印されているのかと尋ねる。それにいずれかの未知迷宮に封印されている事しか分からなかったと答えるゲッシュ。呆れながらマリーニアの占術で何か分からなかったのかと再度問うが、ゲッシュは過去の職業:勇者達の封術の完璧さと、邪神達の強大さ故に占術でも捉える事が叶わなかったと告げる。理解不能と言ったノブツナに、それほどに無茶苦茶な力なのだと説明するも、結局何も分からずマリーニアも役立たずと断じられ、その通りの為黙るしかないゲッシュ。マリーニアも俯き、ケリーも姉の姿に悔しそうに唇を噛む。まだまだだなと肩を竦めながら助け舟を出すクロウ。
「まあ落ち着けクソ息子」
「なんだとっ、このクソジジィ!」
「ゲッシュ殿達を責めても仕方あるまい、分からぬ物が彼らを責めて分かる様になる訳ではなかろうに。それよりはもっと建設的に物事を考えるべきじゃろう?」
「うぐっ」
「ふむ、それではクロウ殿はこれからどうするべきだと思いますか?ここは一つ、ご教授願いたいですね」
 アロウンが尋ねる、嫌味に聞こえるがただ本気で興味があるだけ、好奇心の塊なのだ。
「まあ、まずせっかくSS級相当探索者や人外の強大な存在がこれだけおるんじゃ。未知迷宮を虱潰しに探索して封印の地を探し出すしかないじゃろう」
「まあ確かに、未知迷宮を最奥まで探索できる可能性があるのなんて俺達SS級相当探索者やそれ以上の力を持つ人外の連中ぐらいだろうしな。だが、ただ働きってのは無体だろう?報酬は出るのかい?」
「この阿呆。このような事態だからこれだけの者が集ったというのに、自らにも関係があるこの事態に報酬を求めるのも論外だが。大体未知迷宮を探索すればそれだけで十分以上の収入が得られるだろうが。その上さらに報酬を求めるなど、どれだけ馬鹿だお主は」
 報酬の話を持ち出しオウルに叱責されたグラナルは罰の悪そうな表情になる。
「しかし、いくらこれだけのSS級相当探索者や強大な人外の存在が居るとはいえ、封印の地を見つけ出せるかどうかは賭けになると思いますが?」
「そうさねぇ。それに私らだって最奥まで探索できるかどうか分からない迷宮だって存在するんだ。それこそ探索の数をこなすのなら戦力を分散させなきゃいけないが、分散させ過ぎても最奥まで辿りつけなきゃあ意味がない。さて、いったいどうするんだい?」
 ブレイズとミネアが否定的な意見を告げる。
「申し訳ないが、私は聖王猊下の傍を離れるつもりは無いので協力できない」
「それを言うなら俺だって、カイトのおっさんの傍を離れる気はないぜ?」
「それなら私も立場上、それほど国を空ける訳にも行きませんが」
 ヴァリアス、ダリウス、フェンリルが個人的な事を言い、一同の非難の視線を受ける。
「あらあら、随分と意見がバラバラね?かつての聖戦時に協力せずに傍観に徹したが故に今でも世界中から差別を受けているわたし達闇の種族としてはこの状況はとてもじゃないけど納得できないわよ?」
「くっ」
 サイネリアの皮肉に3人は唸る。そこにシャルロットが提案した。
「ふむ。妾はただ封印の地を探すだけではなく、いざという時に備え戦力の増強を図るべきだと思うのだが。どうかのう?」
「戦力の増強とは言っても、既にここに居る殆どの探索者が限界レベルですし各種族の方々も短期間での急激な成長など不可能でしょう?そうでないのは職業:勇者の方々や、ケリーとマリーニア、それにスレイぐらいのものだと思いますが」
「ふむ、そうだのう。その5人には、まあスレイ殿を除いた他の者達には安全の為に実力者を1人は付け普通に未知迷宮を探索すると同時にレベルを上げてもらい、他の探索者達と人外の者達は迷宮を探索しながらの技量の底上げかのう?」
「それだけで劇的な戦力の増強が図れるとは思えませんが?」
「やり方次第ではそうでも無いのだがのう……。まぁこれはある程度以上の者でなければ分からなくとも仕方無いかの。後はまぁどうやら妾も含め色々と面白い事を考えており、しかも一部は実用化さえしてるらしい連中にそれを提供させるのは当然として……。まぁ、後はここにはシークレットウェポン持ちが多いとはいえ使い方によってはそれ以上に役に立つ場合もある武具の収集、それに迷宮探索で手に入れた非常に効果的なレアアイテムの共有。更に各地の神獣などと交渉し助力を頼み。後は封印が破れた場合は封印の維持から解放された神々の助力もあると期待するしかあるまいて」
 研究成果とレアアイテムという切り札を提供するという提案に嫌な表情をする一部の者。
「ついでじゃ、属性面での戦力の増強が図れるじゃろうから我ら闇の種族はとりあえず最初に【闇の迷宮】に挑ませてもらおうかのう」
「なっ、未知迷宮の知識をお持ちなのですか!?しかも属性面での戦力の強化とは!?」
「ああまあ、これも年の功というものかのう。【闇の迷宮】には異界の闇の神々が封じられているであろう?闇を扱う我ら闇の種族にしてみれば、その力を吸収し、己が強化に使うのも可能なのじゃよ。尤も我ら闇の種族単独では流石に神たる身に対抗は難しいから、助力を頼む事になるじゃろうがの」
 周囲の反応を無視し、悠然とスレイを見るも、エリシアと話すスレイを見て不機嫌になるシャルロット、そこへドラグゼスが尋ねる。
「それでは、我々竜人族が属性の強化の為に、最初に探索するべき未知迷宮なども心当たりがおありかな?」
「うむ、御主等竜人族は【竜帝の迷宮】に挑むのが良いとおもうぞえ。異界の竜の神々が封じられておるからの」
「なるほど。ゲッシュ殿、探索者ギルドに【竜帝の迷宮】の情報はありますか?」
「え、ええ。未知迷宮でも屈指の難易度の高さの物として有名ですので、ほんの表層階に限られますが、一応は」
「それではその情報を後程教えていただけますかな?」
「は、はい。それは当然」
「まあ、待て。【竜帝の迷宮】についても、妾の方が有用な情報を与えられると思うぞえ?とりあえず一つ忠告じゃ。あそこの神は皆強力じゃから、当然竜人族単独で挑むのは止めるべきじゃろう。あと、あそこの最下層の神はこの世界で強大な力を手に入れた上に狂っておるからのう。注意せねばならんぞえ」
「……シャルロット殿、失礼ですが、何故それほど強力な神が居るという迷宮の最下層の情報まで貴方はご存知なのでしょうか?」
 思わず疑念を抱き質問するドラグゼス。他の者達も同様に不思議に思い耳を傾ける。
「簡単じゃ、妾は約5000年前当時の最盛期の魔導科学の知識も持ち、今なお魔導科学の研究者でもある。……まぁ、ここ暫くはサボっておったがの。でじゃ、持っておった装置の一つに占術の真似事を出来る装置があっての。ただ酷く限定的な上不安定なので知る事が出来たのは当時特に知る必要も無かった知識でしかもとっくに壊れてしまったがの。しかも妾でも修復不可能な当時の神々の手による遺物と来た物じゃから既に手に入れた情報以外は提供しようが無い」
「なんと!?」
「え?シャルロットってそうだったの!?」
 驚愕するドラグゼスと主の筈のサイネリア。一部の者は狡猾に視線を光らせる。
「ちなみに、役に立つ物なら提供しても構わんが、趣味の代物じゃから、あまり戦闘で役に立つ物は……あるといえばあるが、お主らの趣味には合わんとおもうぞえ?それに、お主らでは神々の遺物を研究しても何も分からぬように、妾の知識や妾の製作した装置を研究しても何も分からぬぞ?」
 その言葉に、一部の者達は露骨に落胆の表情をした。
「ついでじゃ、聖王殿?お主も光神ヴァレリアの神子故に、肉体の改造は受けれない身であろうが、逆にそれ故に異界の光の神々が封じられし【光の迷宮】に挑めば、光の神々の力を吸収し、どのような物かは分からぬが相当な力が得られる筈じゃ」
「なっ!?戦う術の無い聖王猊下に迷宮探索に挑めというのかっ!!」
「その為のお主であろうが?」
 シャルロットの指摘に黙り込むヴァリアス。
「尤もお主では力不足じゃから、やはり助力を得るべきであろうな?」
「貴様っ!!」
「ヴァリアスッ!!……ありがとうございますシャルロット殿、提案感謝します」
 僅かに挑む様にイリュアが礼を言うが、シャルロットは軽く受け流す、流石5000歳の超おばあちゃんの知恵袋だなと失礼な感想を持つスレイ。
「さて、それでは他に何かあるかのう?」
「神獣の助力を願う交渉は、誰が行うんだ?」
「それはまあ適時、適当にのう」
「いい加減だな」
 スレイに問われやや嬉しそうなシャルロットに気付かず、呆れてスレイがぼやいた。
「そうそう。スレイ殿、お主には是非とも【邪龍の迷宮】に挑んでもらわねばな」
「俺が?何かあるのか?……俺は今、レベルをなるべく上げたくないんだが」
「まあ、あの迷宮とお主に関しては必然がある、とだけ言っておこう」
 スレイは納得し沈黙する。むしろ周囲の方が疑惑の視線を送る。
「私からもいいかね?」
「ふむ、何かのう?」
「いや、やはり情報交換の一環としてここに居る者達の力をこの眼で確認してみたいと思ってね?探索者に関しては全員ステータスを開示してもらい、能力値では実戦での力は把握できないし人外の方々もいるから選別した一部の方々で手合わせをなどと思ってね」
 そう言いながらもアルスの視線は強くスレイに向けられていた。
「ふむ、なるほどのう。それは良い考えだの」
 シャルロットも賛同し、まずは探索者達がステータスを公開する事になった、その際シャルロットからの提案で自己紹介の時を配慮し逆の順番で公開して行く事になった。
 ヴァリアスのステータスがまず公開される。SS級相当探索者なのに預金は0コメルな事にスレイが疑問を唱えるが、迷宮都市以外で探索者カードのシステムは使えないだから当然だろうと胡乱げな目で見られ流石にスレイも罰が悪い、しかし彼に関しては結局「聖剣技」のみが興味の対象だと再確認できた。
 オウルのステータスが公開されると誰もが唸り特にクロウやノブツナは驚愕の色を隠さない、スレイもまた思わず笑みを浮かべる、「闘術を極めし者」とは、それに……。
「オウルはグランド家に師事した事があるのか?」
「いや、師事したことはないぞい。ただいくつかの分家に道場破りをして、ついでにいくつか技を盗ませてもらったがの」
「なるほど」
 オウルの穏やかな物腰に似合わぬ物騒な会話に何人かが顔を引き攣らせていた。
 アロウンのステータスが公開されると、稀少な時間魔法の使い手という事に誰もが感心の声を上げるも、本人はここに居る光速を超越し時系列の束縛を破ったような者達には時を止めてさえ意味が無いと自嘲する。
 グラナルのステータスが公開され、一国の王達はその軍勢を率いる事に特化した特性に感心を示す、全く感心を示さないノブツナはシズカに皮肉を言われていた、スレイは魔獣騎乗の特性にこそ興味が湧いたがオウルによりグラナルの乗騎はグリフォンついでにブレイズの乗騎はペガサスとネタバレされてしまい少し落胆する。
 続いてブレイズのステータスに、聖獣に騎乗するブレイズと魔獣に騎乗するグラナル、人を惹き付けて纏めるブレイズと人を力で率いるグラナル、英雄と覇王、実に対照的な2人だと王達は頷き合う。
 ミネアのステータスを見て、思わず身を乗り出し獰猛な笑みを浮かべるスレイに周囲が驚きを見せる、気にせず思う、やはり良いこいつは最高だ堪らない、心が猛る。
 そしてここに居る圧倒的な実力者達でさえもミネアの能力には予備知識があったにも関わらず畏怖を隠せないでいた。
 次に特に見る面の無いカイトの能力値、だがそれすらも己を侮らせる材料に使おうとしているのをスレイを含めた一部の者達は見抜いている、一部の者達に見抜かれている事もカイトは承知だ、駆け引きの視線が交差する、スレイにとってはどうでも良かったが。
 だがそれでもスレイは膝を着き項垂れていた、運勢:EX、迷宮探索に限定するとされているが人にはまだ到底解明できていない探索者の能力値、神々が脳裏に刻む情報も断片的に過ぎず他の意味があってもおかしくは無い、それ以前にレアアイテムを高確率で入手できるというのはカイトにとっては大きい、立場からは考えられない事だが未だにレアアイテム入手の為にカイトがダリウスを引き連れ迷宮探索を行っているのは有名だ。
 入手したレアアイテムが市場に出回る事は無い、自らの切り札として温存してるか、自らが個人的に所持する研究機関に提供でもして新たな技術の開発に利用しているか、場の警戒は深まる、がスレイはただその運勢に対する言い知れぬ敗北感に打ちひしがれていた。
 ダリウスのカードを見て、瞬時に心が滾ったスレイはすぐに立ち上がる、ミネアが稀少な珍味ならばダリウスは正統な高級料理だろうか、しかし超一流の正統な剣術の使い手と分かってはいたがまさか「剣術を極めし者」とは、何より能力値が極めて高い、さしものクロウとノブツナも唸っている、2人と同じくダリウスもただのSS級相当探索者という枠を越えていた、だが同時にスレイは別の意味でも瞳を輝かせ仲間を見る目でダリウスを見る、運勢:F、同類だ。
 次にノブツナのステータスが公開される。
 流石の能力値だが有名であるが故に新鮮な驚きは無い、がやはりスレイは滾る、何やら能力値、特に敏捷が幾ら駆け引きで覆せるとは言え低くは無いかという反応をする者達がいるが苦笑せざるを得ない、あの称号の意味が分からないとは、と。
 ふと進歩が無いだのクソ親父だのクロウとノブツナの間で争いが勃発し、シズカに諫められていたが流石にこれには周囲も呆れる他無かった。
 フェンリルのステータスに、ほう、と僅かばかりスレイは認識を改める、先ほど感じた違和感は氷属性の加護だったか、氷雪の制覇者という称号といい、どうやら水氷、特に氷属性に特化しているようだと思い、属性戦になれば相性が良ければ自らよりも強い相手にも勝ち相性が悪ければ自らより弱い相手にも負けかねないリスキーな能力だな、面白い、と完全に楽しんでいた。
 次に職業:勇者の3人のステータスが公開された、反応としては剣技上昇・格闘技上昇・戦技上昇が重複しているのが珍しいというのと、かつて邪神を封じたという封術への関心程度だろう、あとはカイトが博識な所を示し勇者の名を関するシークレットウェポンは封術による世界の狭間の力を別の事に利用できるという知識を披露する、だが総じて評価は没個性、器用貧乏と言う物だった、悔しげな3人だがそれ以上にスレイは憤って何より落胆していた、職業:勇者とは本来生まれた時点では可能性の塊の筈だ、それがここまで可能性を殺されているとは……スレイの憤りは周囲の空気すら緊迫させ、暫しステータスの公開は滞る、それに気付いたスレイはようやく憤りを収めていた。
 次にアルス以外の称号:勇者4人のステータスが公開される、まだ未熟なSS級相当探索者達は自分達と変わらない能力値に究極アルテマ級のシークレットウェポンこそが自分達と称号:勇者を分ける唯一の部分では無いかと語り合う、称号:勇者達は何も反応しない、いや一々反応する必要が無いのだ、真の意味での実力者達もまたその意味を分かりただ沈黙を保つ、ただ1人カタリナの時にはスレイ含め真の実力者達は息を呑んでいた、まだ未熟、だがバランスが取れながらSSS級相当寸前の能力値、何よりその才能は規格外の一言に尽きる、これは将来アルス王以上の化物になると確信する、そして聖十字斧槍ホーリー・クロスストライクもまた究極アルテマ級のシークレットウェポンの中でも最上位の物だ、思わずカタリナという果実が実るその時を想像し唾を飲む。
 次にアルスが自らのステータスを公開する、かの勇者王でさえこの程度かと一部の者達は落胆するがスレイは思う、何も分かっていないと、剣と盾を使った戦闘術において超一流の騎士、しかもその剣と盾更には鞘までが究極アルテマ級のシークレットウェポンでも最上位だ、特化した所の無い様に見える能力値はそれがアルスの物ならばそれだけ隙が無いという事だ、他の者達の癖のある強さとは違う王道を極めた強さ、スレイの心は躍る。
 一度スレイは称号:勇者達について情報を整理する、確かにバランス型の称号:勇者達は一見速度特化の相手に相性が悪いように見えるが、その点は克服済な事を先程実力を測った際に確認済だ、そもそもバランスに優れるという事は彼らは皆優秀な魔法の使い手でもある、駆け引きを用いて相手が加速する前に加速魔法を使えればそんな不利は覆せる、その上彼らはカタリナを除き皆経験豊富な者達だ、しかも駆け引きなど必要の無い手妻の種まで仕込んでいる、探索者の認識外の危機感知に使われる超感覚と繋げられた手妻、まあ常に自動発動するようにしていては勿体無いだろうしその辺りも考えロックする仕組みもあるのだろうが、今回ばかりは始めからそのロックも解除してあるだろう。
 そして考えはカイトに及ぶ、彼の方があのような狡猾さが鍵になる手妻についてはむしろ彼ら称号:勇者達よりも長けているだろう、或いは同等かそれ以上の仕掛けを専門の研究施設でも造って研究させているという事も十分考えられる、……なにせあのような小細工のアイテムも持っている事だし。
 次にクロウのステータスが公開される、流石に誰もが感嘆を隠せない。
 次はサクヤだ、こちらもまた別の方向性での圧倒的な能力に誰もが感心する。
 ケリーのステータスには刀神の弟子という前眼鏡もあり物足りないという反応だ、しかしケリーがクロウに鍛えられたのは僅か一ヶ月、成長の本番はこれからだろうに分かってないなとスレイは思う。
 次に公開されたマリーニアのステータスにはマリーニア固有の称号と特性である占師と占術に注目が集まる、能力値としては白姫の弟子として不足だと思うのだがそれだけで評価が引っくり返るのだからな、とスレイは僅かに呆れた。
 スレイのステータスが公開されると同時場は騒然とする、様々な意味で湧き立つ面々、マリアなどは炎の精霊王の加護の特性に目の色を変えている。
 スレイはそんな様子にニヤリと笑い、敢えて挑発的に言い放つ。
「ふん、能力値などに囚われている内は話にならんな。実戦においても確かに重要ではあるが結局は一要素に過ぎん。それだけに拘っているからあんたらは其処止まりなんだ」
「実際これだけ能力値で勝っている儂が負けている以上、事実と認めるしか無いの」
 激発しかけた空気はクロウの言葉で沈静化する、が。
「だ、だが、確かにレベルと職業に比して異常なステータスだというのは分かるが、この能力値でクロウ殿に勝つなど無理があるだろう!!いったいどんなイカサマをした!?」
「ヴァリアス!!」
 問い詰めるヴァリアスを叱責し嗜めるイリュア。
「やれやれ青いな。先刻も言っただろう?能力値で勝敗の全てが決まるなどというその考えが未熟と、まだ理解できないか?」
「なっ!?確かに私とて能力値だけで無く相性も勝敗に影響することぐらい分かっている!!だが圧倒的な速度差は埋めようが無かろう!!クロウ殿と貴殿の速度差、それをどう説明するのだ!?」
「ヴァリアス!!いい加減お止めなさい!!」
「いやいいイリュア、折角だ、そこの未熟者に俺が教授してやろう」
「貴様!!聖王猊下の御名を呼び捨てにするとはっ!?」
「ん?ああ、すまない。昔から美人とはすぐに親しくなりたくてな、一方的に馴れ馴れしくしてしまう性分なんだが、不愉快だったか?」
「あら?うふふ」
 イリュアは面白そうに笑う。
「スレイ殿はお口がお上手ですね、私、機嫌が良くなりましたので全て許します」
「せ、聖王猊下!?」
「まあ俺の場合は純粋に特性の賜物だな。闘気と魔力の融合、それは即ち純粋なエーテルによる強化だ。熟練度に応じ+3~+5までの能力値の強化を可能とする。だからクロウと同等の速度で純粋に刀術の技量で勝利した。ただそれだけの話だ。なあ、クロウ?」
「儂としては積極的に肯定はしたくないが、否定できない事実じゃな」
「なっ!?」
 クロウに刀術の技量で勝利した事、純エーテル強化、あまりの事に全員が驚愕する。
「さて、あんたにはもうちょっと教授しておかないとな。なにせあんたの、いやあんた以外も一部を除いた者達の称号:勇者達への評価が不当だったのでな」
「何?」
「まずだ、能力値の差を引っ繰り返す要素と言うのは相性以外にも存在する、それが経験量の差、それに裏付けされた駆け引きと、まあ当然技量だな。だいたいあんたの聖剣技だってそういう類の物じゃないのか?」
「いかな技とて、そもそも使えなければ意味があるまい!!」
「ふむ、そうか。聖剣技というのはそこまでの反則技ではなかったか」
「あ」
「まあ、そもそもだ、称号:勇者というのは本来の探索者の完成形というだけあり、その完成度が求められた。そして確かに一点特化した力が無い為に用意されたのが究極アルテマ級のシークレットウェポンだ。だから究極アルテマ級は全て勇者専用となっている……まあ、例外もあるがな」
「だ、だがっ!いかに究極アルテマ級のシークレットウェポンが強力とは言え速度を上げるような効果はあるまい!少なくとも私は知らぬぞ。そして速度差を覆せなければ、いかに強力な武具とて意味はあるまい!!」
「ふむまあ、確かに速度を上げる究極アルテマ級のシークレットウェポンなんて俺も知らないな。まあ、だからと言って速度差を覆す方法が無いなど早計だと思うが?」
 意味ありげにアルスを見る、苦笑するアルス。
「けどまあ、神々にとってはそんな事は関係無かったんだよ。何せ全ての己が戦力たる探索者達を光速の数十倍の速度域までは引き上げる事ができたんだからな」
「え?……あ?」
「そう、時間神クロノスだ。あいつがいる限り速度に特化した探索者なんて神々にとってはあまり有用でない手駒で、総合力に優れていた方が余程に優れた手駒だった訳さ」
「だが、今、この世界に神は顕現しいない。しかも探索者個人の戦いではそのような事関係無いだろう!?」
「まあな、だからこその駆け引きだ。断言する、称号:勇者の連中は確実に加速魔法を習得している。戦士職のジルドレイも闘士職のマグナスもだ。その速度差を埋める為にな」
「なっ?だ、だがっ!無詠唱の特性を持つマリア殿を除き、他の面々は皆、加速魔法を発動させるのに詠唱が必要な筈。対し、加速魔法など無くとも光速の数十倍の速度域に突入出来る者達は、刹那にその速度域へ移行できる。やはり速度差は埋めようが無いだろう!!」
「それが青い。そこを埋めるのが駆け引きだ。その速度域へ移行されたら対抗できないなら、移行させない、もしくは自らが移行するまで時間稼ぎをする、その為の言葉だろう。特にそこの商王のおっさんなんぞ、得意そう、というか最早超絶的に卑怯そうだ」
「ははは、褒め言葉有難く受け取っておこう」
 本気で照れたように笑って返すカイト。
「ついでにだ、駆け引きなどできない場合はどうするか、という質問に先んじて答えておこう。世の中には加速薬、特に迷宮には光速の数十倍の速度域に突入可能な超高度な加速薬もあるだろう?」
「か、加速薬があっても、あれだって飲むのに時間が……」
「馬鹿だな、飲むより余程速い方法があるじゃないか?」
「え?」
「魔法の膜等で包んで体内に仕込んでおけばいい。しかも俺達探索者は認識外のいかな速度でも自らにとっての危険には反応する超感覚がある。この超感覚と魔法の膜等を連動すれば意識せずとも敵が光速の数十倍の速度域に突入すると同時に自らも加速できる。まあ仕込む場所については魔法薬という時点で気にしなくていいとは思うが念を入れて腸あたりかな?ちなみに超高度な加速薬のその価値に関しては称号:勇者の立場を思い出せ」
「あ。……クロスメリア王国国王にその近衛隊」
「そういうことだ、なあ?」
「やれやれ、大した慧眼、感心するよ。認めよう、我々にはそのような切り札がある」
「陛下!?」
「そのような!?」
 マリアとマグナスが慌てたような表情になるが、アルスは片手で軽く2人を制する。
「いや、この場の面々ならスレイ殿の推測を聞いた段階でほぼ確信に到っているだろう。ならば敢えてここで肯定して我らの力を知らしめておこうじゃないか。それに事実がどうあれ、スレイ殿の推測を聞いた段階で、彼らもまたその手段の実用化を検討、研究に入るだろう。或いはもうそうしている所もあるのかもしれないね?何にせよこの場では認めてしまうのが最善だ」
 その言葉を聞き苦笑しつつも余裕の表情を浮かべるカイト。アルスに感心するスレイ。
「ところでスレイ殿。その双刀、紅刀アスラと蒼刀マーナというのは以前私がゲッシュ殿に売ったものだね?少し見せてもらっても構わないだろうか」
「止めておいた方がいいぞ」
「痛っ!」
「こいつらは主を選ぶ刀だからな。緊急時以外最早主である俺以外に触れる事はできん」
「確かにステータスには双刀の主なんて称号もあったね。しかしその双刀は伝説レジェンド級だったと思ったのだが、そんな機能があるとは」
 不本意な双刀を僅かにを引き抜いて見せる、途端凄絶なオーラが場を覆い尽くした。
「わ、私が手に入れた時にはこれほどの力は無かった筈!?」
「こいつらは主を決めたその時から無限を超えて成長していく刀でな。紅刀アスラは敵の血を啜り、蒼刀マーナは敵の精神を喰らい、それこそ強度や切れ味など刀にとっての重要な要素を際限なく成長させていくのさ。だから以前と別物なのは当然だ」
 あまりの能力に絶句する一同。
「なんにせよ、俺の頼もしい相棒達さ」
 それから暫く、自然と主導権を握ったアルスが一時の休息を宣言していた。
 周囲の者達が情報の整理に終始する中、スレイは悠然と寛ぎ、エリシアを口説く。
 「よう、坊や。始めましてだな?」
 「……あんたは?」
 気軽にスレイに声を掛けたのは傭兵王グラナル。
「なっ、仮にも一国の王に対してあの態度っ!?」
 常識的なシズカが近くで騒いだが二人は気にも留めない。
「おう、すぐ先刻、紹介があったばかりだと思うんだがな?まあいい、俺は傭兵国家グラスベルの国王、傭兵王グラナルってんだ」
「いや、それは当然知っている。俺に何の用だ?という意味で聞いたんだ」
「いや、何。お前さんに同類の匂いを感じたんでな、ついつい声を掛けちまった」
「俺をあんたと一緒にするな」
「いやいや、隠すなよ。お前さんも俺と同じでその心に野望を抱いてる口だろう?ちなみに俺は俺の国を大きくして、いずれこの大陸に“覇”を唱える野望を抱いてる訳だが」
「まあ、確かに。今の俺には自分が野心家だという自覚があるし、あんたとは一種の相似形だとは思うが、一緒にするな。俺の野望はあんたほど小さくない」
「へぇ、そいつはまた。それじゃあ聞きたいね、お前さんの野望ってのはなんだい?」
「なに、実にシンプルさ。男ならだれでも抱くような野望だ。最強と女、誰よりも強くなり、あらゆる美女・美少女を己が下に侍らせる、まあ一応他人ひとの女に手を出す気はないが。その2つだけだ」
「ははははははっ、おいおい。個としての最強と、たかが美女・美少女を侍らせるなんて野望で、この大陸の天下統一を謳う俺の野望を小さいだって?」
「おいおい、何か勘違いしてないか?俺の言う最強と女の意味が分かってないようだな。いいか、俺の言う最強というのは人だけじゃない、他のあらゆる種族そして神々更には邪神……“真の神”果ては世界全て、いやこの世界だけじゃない無限を超えたあらゆる世界それらの世界の外の果て無き果てに到るまでに在る全ての存在に法則に理に概念に宿命に運命に常識、それら全てを超える、もし必要ならばそれら全てを俺1人でぶち壊し己が道を貫き通す、そういう最強だ。女も、人の女には手を出さないがそれ以外なら無限を超えたあらゆる世界とその外の果て無き果てに到るまでに存在する俺の美的感覚に叶う美女・美少女ならあらゆる存在を俺の女にする、そういう意味の侍らせるだ。分かるか?言い換えれば世界そのものを超えた圧倒的な戦力に俺単騎が成り、さらにはおよそ想像も付かない人数の美女・美少女達を俺個人に侍らせるって言っているんだ。この野望に比べて、たかが一世界の一大陸の天下統一なんて“覇”を唱える程度比較にならん程小さいだろう?あんたに敬意を払わない理由もソレだ。全てを敵に回そうと1人勝利する俺が、たかが一国の長に過ぎない国王に敬意を払う理由が無い。お前の野望が小さいとはそういう事だ」
「おいおい、どんだけ夢見がちな坊やだ?本気で言ってるとしたら頭がおかしいとしか思えないな?確かに俺の勘違いだったようだ。お前さんはただの馬鹿だな、しかも救いようのない大馬鹿だ。構う価値すらなかったか」
「待て」
「あん?なんだ。もう俺はお前さんに用事なんてっ……!?」
 スレイの瞳に捉えられた瞬間、凍りついたようにその場に固まるグラナル。
「なんだったら今この場で、“結果”で以って俺の野望の実現性を証明してやろうか?」
 誰もがグラナルと同様に動けず動揺する中、スレイはグラナルの武具に目を向ける。
 覇王の名を冠するシークレットウェポン、それがグラナルではなくスレイに反応し輝いていた、それに気付き驚愕するグラナルとその場の一同。
 仮にも一度所有者を選んだシークレットウェポンが宗旨替えするなど、歴史上一度もそのような事実は無い、あまりにも非常識に過ぎる、だがスレイは興味無さげに告げた。
「引け、俺はたかが“覇”などに興味は無い。分相応な主に仕え続けるんだな」
 静かな言葉に気圧された様に、覇王の名を冠したシークレットウェポンはその輝きを大人しく収めていき場に静寂が戻った。
 あまりに非常識な一幕に誰もが理解する、スレイは自分達では測れない存在だと。
 そしてアルスが遂に休憩の終わりを告げた。
「ふむ、それではそろそろ選別した組み合わせでの手合わせを始めようか、当然言い出した者として既に私が選別は済ませている、異論はないかな?」
「あ、ずりぃぞアルス!またいいとこ取りするつもりだな!!」
「ふむ、そうは言うがちゃんと君には因縁の相手がいるだろう?」
 噛み付くノブツナに落ち着いてクロウを示すアルス。
「まぁ、そりゃあそうなんだが」
「小細工が披露できず残念だな?」
「うぉっ!?君は……」
 場の注目が三者に集まる中、何時の間にか背後にいたスレイがカイトに声を掛ける。
「何か私に用かい?」
「いや、折角用意してきたその小細工の見えない矢、どうやら披露する機会が無さそうで残念だな、と嫌味を言いにな」
「はは、小細工とは酷いな、これでもウチの研究機関の最先端技術の結晶なんだがね?オリハルコン製の矢に光輝魔法による光学迷彩を施し光の透過に加え、他にも様々な技術を用いて闘気と魔力を透過する加工に、狂気や聖気や竜気や龍気その上精霊の力や闇の力更には妖気まで透過する迷彩を施した矢だよ、しかもオリハルコンに私の精神波のパターンを登録する事で私だけは常に認識可能だ、これ一本で国の一つは軽く買えるね」
「随分とまた大盤振る舞いな説明だな?」
「はは、何、どうせ近々公開する予定の商品だ、何より商人としての勘が言ってる、君とは有効的な関係を築くべきだとね。それに君はこういう小細工も有効だと認めそうだ」
「まあ確かにな、創意工夫というのは人間の無限を超えた可能性その開拓の一翼だ。探究心は人をより高位の階梯へと押し上げる。まあ常に自滅の危険性も孕んでいるが」
「しかしどうして披露の機会が無いと?売り込みの場としては上々だと思ってたんだが」
「あのアルス王が幾ら優秀とは言え戦闘者としては面白味の無いあんたを選ぶと思うか?なんにせよ残念だったな、開発費はそれこそ国一つどころの話じゃないんだろう?まあその分色々な新技術を生み出していそうだから利益の方が軽く上回るだろうが、多少計算よりは費用回収は遅れる訳だ?」
「ははっ、確かにアルス陛下の趣味には私は叶いそうに無いね。だがまあ問題無い、今回は駄目でも披露の機会ならすぐに作るってみせるさ」
 その後、今の会話が誰にも認識されてない事にカイトは気付き、背筋を凍らせながら、スレイは決して敵に回してはならない存在だという認識を強めた。
「さてそれでは場所を練兵場に移そうと思うのだが」
「あ~、ちょっと待って待って」
「貴殿は、フルール殿?」
 フルールがスレイの元から飛び立ちアルスの眼前にやってくる。
「確かに城の練兵場だったらここよりは広くて丈夫なんだろうけど、でもさ、ここに居る人達が本当の全力で戦うにはまだ狭いと思わない?普通の戦いでも、いや普通の戦いこそ被害が甚大になりそうだよ?それに光速を超えた段階に到れば世界が隔離してくれると言っても、その壁すら越えて実際に被害を出す力の持ち主達だっているし、現にスレイとクロウの戦いの時闘技場の被害凄かったもん」
「……それは本当かねゲッシュ殿」
「え、ええ」
「ふむしかし私としては現状用意できる場は練兵場ぐらいな物だが、フルール殿には他に心当たりがおありのようだね?」
「うん、勿論。それじゃあディザスター」
『なんだ?いくら同じ立場になったとは言え、主でもない者が我を気楽に呼ぶな』
「それじゃあスレイ、ちょっとディザスターの力を貸してもらってもいいかな?」
「ああ、構わないがちょっと待ってもらえるか?最後にちょっとばかり挨拶をしておきたい」
 そしてスレイはエリシアの元に歩み寄り、離れた場所に連れ出し告げた。
「エリシア、あんたの淹れたお茶は実に美味しかった。何よりあんたの仕事ぶりには感心させられた。もしまたここに来る機会があったら是非あんたの淹れたお茶をまた飲みたいと思う」
「は、はい!ありがとうございます!雇われている私などが本来言えた台詞ではありませんが、またのご来訪、是非お待ちしています」
 内心で完全に勝利宣言しながらそのまま他の者達の元へ戻るスレイを名残惜しげに見送るエリシア。
 ふと、探索者ギルドの代表として来ている女性陣、真紀、出雲、セリカ、マリーニアが呆れた視線をスレイに向けていた。
「ん、なんだ?」
「いえ、確かにあんたの野望とやらは聞いたけど、まさかあんな場で、しかも王城の侍女まで口説くなんてね」
「うん、今回のスレイには流石に驚いた」
「本当に、どんだけ女の扱いに手慣れてるのよ」
「そうやって犠牲者を増やしていくんですね、貴方の手口は良く分かりました」
「まあ、言ってる事はその通りだが、責められる筋合いは無いぞ?」
 スレイの言い草に諦めた顔の三人とまだ険しい視線のマリーニア。無視しスレイは呟く。
「圧倒的な知識、しかも自分の物で無くとも経験まで伴ってるのは相当に使えるな、相手の性格から嗜好から何まで推測し、導き出した最適なタイミング最適な口説き文句の効率。後はシチュエーションまでこの知識を利用し自分で演出すればもっと効率が上がるな」
『主よ、……なんというか、能力を絶賛無駄遣い中だな』
「何を言う、俺の野望は何度も聞かせただろう。女を堕とす為に能力の全てを駆使するのは、むしろ俺の本道だ」
「まあ、確かにそうなんだろうけど~」
「とは言えだ、勘違いするなよ?俺は女性を簡単だなんて思ってない、むしろ逆だ。女の方がよっぽど狡猾で、男の方がよっぽど単純で馬鹿だ、当然俺も含めてな」
『いや、主よ、さっきと言っている事が……』
「何を言う、頭の良い馬鹿なんてありふれているだろう?頭の良い男ってのは大体その頭の良い馬鹿だぞ、当然俺が筆頭だ」
 黙り込む2匹。
「黙るなよ、これほど分かり易い理屈も無いだろう?自らの相手に見目の良さ、なんて物を第一に選ぶ比率の高さの男女比。それだけ見ても分かるだろう?他の男の女を除いた美女・美少女を全て俺のモノにするなんて言ってる俺なんて、その筆頭じゃないか」
『主……』
「スレイ……」
「逆に女は本能レベルで狡猾だぞ?かなりの割合の女が、ちゃんと優秀な、つまり使える男を無意識に選んでる。散々堕とすだの何だの言ってるが、結局俺は俺の有用性を、つまり能力を効率的にアピールしてるだけだ。俺が居ればいかな危険からも護られるし、色々便利だし、望む事は大抵叶います、ってな。多少、ミューズの魂の波動の後押しもあるが、それもアピールの効率を上げているだけ。結局、俺という男が、誰よりも強く、誰よりも優秀で、誰よりも使えるから、女は俺に恋愛感情を抱いてくれる訳さ。一目惚れしてくれる連中なんてそれだけ直観に優れてるんだろうな。尤も女自身は裏にあるそんな計算は自覚してないし、実際それこそが本来の生物としての当然の本物の恋愛感情って物だから俺としては全然問題無い。つまりちゃんと俺に恋愛感情を持ってくれて、俺が独占さえできる訳だしな」
「あー、お三方、そろそろ良いかな?いい加減本題に入りたいところなのだが」
 流石に待たされ続けたアルスが近寄ってきて促すように言う。
「おっと、ごめんごめん。それじゃあディザスターいいかな?」
『ああ、それで力を貸すとは何をすればいいのだ?』
「いや、ちょっと君の記憶を借りるだけさ」
「それじゃあ、行くよ」
 途端、世界が歪んだ。
 そして現れる広大な無の空間。
 闇に包まれながら全てが見通せる矛盾。
 ただ地面のみがどこまでも果てが無いかのように続いている。
 その場に移動させられた一同はスレイを除き全員がただ困惑し、ざわめいていた。
「こ、ここは?」
「世界の墓場さ」
「世界の墓場?」
「そう、ディザスターが創造し、破壊して、再生して、また破壊する、そんな事を繰り返した、数え切れない程の無数の世界の墓場。そこに全員を移動させたんだ。ちなみにこの広大な地面や君達が呼吸している空気は、ここに漂う元々は世界を構成していた要素を使って僕が創り上げた即興のものさ」
 あまりの話の規模の壮大さに理解が追いつかないスレイを除く一同。
「しっかしディザスター、君の世界の壊し方って随分適当だねぇ。ほら、ごらんよ。超巨星が一個残って、今こっちに向かってきちゃってるじゃないか?もうかなり近いよ?」
「ふむ、フルールくん。アレは危険なものなのかね?」
「まあ、そりゃああのままこっちに来てぶつかれば、一部を除いて全員お陀仏だね。そうだ、なんなら竜の姿のブレスで破壊に挑戦してみる?本気の本気でブレスを吐ける機会なんて滅多に無いでしょ?」
 ドラグゼスの質問に答えるとフルールは何処か挑戦的にドラグゼスを嗾けてみた。
「ふむ、そうだね。やってみるとしようか」
 ドラグゼスは面白そうにフルールの挑発に乗って見せ、そのままその場で竜化する。
「少しお待ちいただけますか、皆さん」
 そこで突然、アロウンが待ったを掛けた。
「少しばかりお時間を頂きたいのですが、構いませんでしょうか?」
「いや私は構わないが」
「それでは、失礼」
 言うと同時、アロウンは時の魔杖を掲げ、杖に秘められた力を解放する。
「?これは?」
「皆さんの意識のみをあらゆる時と肉体の束縛から解放しました。これから行われる竜皇陛下の挑戦も、そして実力者達の戦いも、とてもではないですが私を含め一部の方の実力では追い切れない速度域での戦いがある事でしょう。何より戦闘に関わりの無い方もこの場にはいます。ですがこれで全員が全てを観賞することが可能となりました……っ!?」
 と、アロウンの言葉が詰まり、視線が一点、スレイ達の元で凝固する。
「あなたはっ!?」
「ふむ、正直必要無いと思ったので、勝手だが無効化キャンセルさせてもらったぞ。ペット達も同じようだ」
 淡々と告げる言葉に、アロウンはただ絶句する。
「しかしそれは実際に戦う者達の戦術にも影響が出て来ないか?」
「い、いえ、あくまで意識のみですので、実戦で活用する事は不可能でしょう」
 そんな中、そろそろ驚くのにも飽きたと言った感じでアルスがマリアに命じていた。
「ふむ、マリア。せっかくのアロウン殿の好意だ。無駄に加速薬を消耗してしまっては勿体あるまい。ロックを掛けて、その者の戦いの時にロックを解除するようにしてくれ」
「はい、分かりました」
 自分達でも可能だが、無詠唱の特性を持つマリアにやらせるのが一番という事か。
 そしてドラグゼスは、舞台が整ったと理解し、超巨星へと向き直り光速の数倍の速度域へと突入する。他の者達も全員がその速度域を知覚できる思考速度となっていた。
 加速した巨竜、ドラグゼスは大きく顎を開き喉の奥から光が溢れ出る。次の瞬間。
 周囲を震わせる圧倒的なプレッシャーと共に、広大な光速の数倍の速度の特殊な光のブレスが放たれ、暫しの時間を置き、超巨星へとブレスが着弾する。
 そして、ほんの僅か、欠片ほどの欠落が超巨星に生じていた。
 唖然とする一同。フルールが呑気に明るい声を上げる。
「おー、大したものだね!あれなら大陸の一つくらいは軽く吹き飛ばせるんじゃないかな?」
「ふむ、面白そうだな。俺も挑戦してみるか」
 純エーテル強化により一気に光速の数十倍の速度域へと到達したスレイは、軽く刀の柄に手を添える。
「“今”のスレイじゃあ、まだあれを破壊するのは無理だと思うよ?」
「さて、どうかな?どうもここに来てからやたらと調子が良くてな。それにちょっと試したい事もある」
 そう言い放つと、スレイは意識を集中する。試してみたいのは単純な事、普段の無駄を削ぎ落としたスタイルとは正反対の無駄を極めた“一撃必殺の極み”の極致への挑戦だ。
 身体を右側に捻り徹底的に溜め込んだ力を爆発させマーナを抜き放ち、蒼い斬撃波を放つ。その力を利用しそのまま左側に身体を捻り、先程以上の力を溜め込み、刹那、今度はアスラを抜き放ち先程以上の速度と力の紅い斬撃波を放った。
 蒼い斬撃波よりも強大な力で解き放たれた紅い斬撃波は、蒼い斬撃波を超えた超絶の速度で以って蒼い斬撃波に追いつき、蒼い斬撃波と紅い斬撃波がクロスし融合し、紫色の×字型の極大の威力を秘めた斬撃破が、超絶の速度のままにその大きさを拡大させつつ超巨星に迫り、そして×字型に斬り裂き、超巨星を四つの塊へと分断していた。
「ふむ、こんなものか」
 ただただ唖然とする周囲、だがまだ終わってはいなかった。
 スレイの放った斬撃波は超巨星を四分割した後、更に威力が極まり、放ったスレイですら捉えきれなくなりそうな更なる速度域へと加速し、まだまだ拡大を続け、そして極大の威力を超越し更なる先へと至らんとした刹那……突然、消失した。
 後には、虚空に突如として現れた、時空間も次元も位相もなにもかも切り裂いた末の、あまりにも巨大な×字型の裂け目のみが残る。
 その×字型の裂け目の先には、ただただ虚無が覗くのみ。
 ふとその虚無の先から、深淵を覗き込み深淵から覗き込まれるような、得体の知れないプレッシャーがその場の全員を襲う。
 咄嗟にフルールが時空の力を用いて防御結界を張る。
 あらゆる脅威から完全に遮断された空間。
 それでも尚、スレイ、ディザスター、フルールの三者を除き、狂いそうな程の畏怖と驚愕に襲われ続ける一同。
 まして恐怖という物を麻痺させる機能を持った探索者や戦闘種族までもが、全く以って抵抗できていない。
 これでフルールの防御結界が無かったらどうなっていたことか。
 そこへディザスターがスレイへ声を掛けた。
『ふむ、主。すまないがそこをどけてくれないか?』
「ん?ああ」
 軽く答え、身体を横にずらすスレイ。
 そしてディザスターは、地に伏せたまま、ただ軽く片目を開き、虚空を睨む。
 ただそれだけで四つに分断された元超巨星の塊は刹那に消滅し、更に虚空に開いた裂け目までもが消失していた。
 時の束縛を越え、視覚とは違う領域で、その様子を知覚していた者達は、ただただ畏怖と驚愕の感情に支配されるのみだ。
『主よ、主は未だ自らの成長速度を把握し切れていないようだ。なるべくならこのような自らの限界に挑むような無茶は止めて欲しい。なにせアレらは特に強いとも思わんが、ただひたすらに相手するのが面倒臭い相手なのでな。それに、もしこの場にいるのが我と主とそこの小竜だけならばアレら相手でもどうとでもなっただろうが、流石に他の者達を完全に庇えたかどうかは怪しいところだ』
「ふむ、そうか。まあ確かにただのお遊びに過ぎないこんな大道芸じみた真似に、そんな余計な手間暇を掛けるのも馬鹿らしいな」
 強いとも思わないというディザスターの言に多少萎えかけるも、あくまでそれが“今”の自分よりは遥かに強いディザスター基準だと思い直し、興味が再び湧き上がる。
 その為、言葉とは裏腹に、先ほどの得体の知れないプレッシャーを放つ相手への、戦闘意欲的な未練を表情に僅かに残しながらも、スレイは納得し、頷いた。
 なにせフルールの結界により時空間的に完全に遮断され得体の知れないプレッシャーは届かなかったというのに、それでも未だ他の者達は抑えきれない恐怖に身を震わせている。
 もし直接浴びていたなら、おそらくは深い狂気に囚われ壊れていたであろう。
 流石に自らの戦闘欲求に、関係ない人間まで巻き込む訳にはいかない。
 そう考えつつも、自らがそのような感覚を全く感じて居ない事に、自分が人として壊れているという自覚を深めるスレイ。
 それと結局、無駄を極めた先の、一撃の威力を求めた上での、溜めの時間を徹底的に掛けての“一撃必殺の境地”など自らの求めるところでは無く、自らが理想とする戦闘スタイルには程遠い事も分かった。
 結局は無駄は無駄に過ぎないという事だ。
 威力など求めず溜めなど必要とせずとも、全ての攻撃が最速にして最適にして最善。
 のみならず当然の如く自然に“一撃必殺の境地”の極大の威力を発揮する。
 それくらいでなければ自らの戦闘技術とするには意味が無い、そう確信を得る。
 その意味では今回のこの試みも、まあ無意味では無かったのだろう。
 目指すべきはより練られた技量の境地、いや力の高み、いや違う。
 理を超えそれを為すのだから、自らの存在そのものの進化だ。
 構えも溜めも無しに“一撃必殺の境地”と言える己が極大威力の斬撃を、間すら空けず幾らでも続けて使える様にならねばならない、それが結論。
 戯れではあったが、色々な意味で得た物は多い。
 そうして、スレイにとっては意義深かったが、他の者達にとっては畏怖するしかないスレイとディザスターとフルールの力を見せ付けるだけの、その一幕は終わりを告げる。
 暫しの間、誰もが驚愕し続けるだけの時間が続いた。
 何時まで経っても開始されない手合わせ。
 スレイは地にあぐらを掻き、ペット二匹と共に先ほども食べていた魔法の袋に何時の間にか円卓の間から全て詰め込んできたお菓子を食べて寛いでいる。
 王城の高級な茶菓子だけあり実に上等な代物だ。
 そんな中スレイは少しばかり不穏な光景に気付く。
 周囲が硬直しているのをいい事にヤンがエリナに言い寄り、エリナにすげなくあしらわれ、それでも尚言い寄ろうとし、イリナによって追い払われるという寸劇が繰り広げられているのだ。
 先程の気配を感じた後で色恋にうつつを抜かせるとはある意味大した物だがもっと別の事にその情熱を使えと、厄介事の種を感じたスレイは思う。
 何せヤンはお飾りとは言え職業:勇者にしてクロスメリアの一代大公、竜皇の娘たるエリナに問題は無いだろうが、アッシュとの仲を知ったヤンによってアッシュに問題が起こる可能性がある。
 まあ、その場合は自分が一肌脱ぐしか無いのだろうが。
 しかしヤンには女を口説くならもっとスマートにやれと軽侮の念を抱く。
 エリナは正直何かした訳では無いのだが厄介事の種を蒔いてくれた事に疲れを覚える。
 だがまあ“友人”のアッシュの為に手を貸すというのは悪くないな、と少々心が浮き立つ、そんな友人の少ないスレイだった。
 その時、流石に焦れたフルールがパタパタとアルスに飛び寄って声を掛けようとする。
 すると、そんなフルールに気付いたアルスが、フルールが何か言う前に尋ねてきた。
「聞くのだが、アレで、間違いなくディザスター殿は“下級”の邪神なのだね?」
「うん、というかアレでもまだ力のほんの一部に過ぎないよ」
 フルールはアルスの言葉をあっさり肯定すると本題を告げる。
「さて、ご覧の通り竜皇や魔王が思いっきり暴れても問題ない舞台を用意したんだから手合わせを始めようよ」
 フルールが気楽に言った、確かにこうしていても仕方が無い。
 アルスは気を取り直し威厳のある声で告げる。
「それではまずケリー殿とライバンに手合わせしてもらおう!」
 その指名に多くの者が疑問の表情を浮かべる。
 お飾りの職業:勇者と未熟な刀神の弟子の手合わせに見る価値があるのかという顔だ。
 スレイも同感だが、どうやらアルスは職業:勇者の目を覚ます切っ掛けにしたいらしいとその考えを読み取る、ケリーにとっても実力が伯仲した相手との戦いは成長の切っ掛けとなるから悪くは無いだろう現にクロウがどこか楽しげに笑っている。
 居心地の悪い空気の中、ケリーとライバンが中央に進み出る。
「それでは、始め!!」
 そして始まった戦いは、ステータスではライバンが上ながら、クロウの薫陶を受けたケリーが技量で凌ぐという展開を見せる。そのままケリーは戦いの中成長を見せ、ギリギリのところでケリーが勝利した。自ら敗北を認めたライバンはどこか爽やかな表情を見せる。
 ほうっ、と少しばかりスレイは興味を示す。
 あいつ、もしかすると職業:勇者の本来の力、それを引き出す為の素材と成り得るか?
 何せこちらにはスレイもディザスターもフルールまでいる。
 その気になれば、その者自身に芯があるならば、まだ鍛え上げ、食い潰された才能をどうにかする事もできるかもしれない。
 ふむ、密かにあいつのレベルを上げるのは邪魔しつつ、技量は上げるような状況を作り出しつつ、暫し様子見、見込みがありそうなら拉致るか。
 裏で色々仕込んで、それ次第では……などともはや犯罪者の思考をするスレイ。
 そしてアルスが結果を告げた。
「それまで!ケリー殿の勝利だ!!」
 ライバンは剣を引くと右手をケリーに差し出した、ケリーも納刀すると右手を差し出す。
 そして2人は握手を交わし笑い合うと、そのまま背中を向け各陣営へと戻っていく。
 その時ライバンに、アルスが声をかけた。
「ほう、いい顔をするようになったな、それによく“歪”の力を使うのを堪えた」
「ええ、勝ちたい相手が出来ましたから。それに“歪”の力は人相手に使う物ではないとなぜかあの時理解できました」
 嬉しそうな顔で告げるライバンに“勇者”であることに奢った表情は無くなっていた。
 これは上手い事化けてくれたなとアルスは嬉しげに笑い、さて他の2人はと見る。
 ヤンはエリナに視線を向けたまま放心して、エミリーはライバンを馬鹿にしたような表情、これからライバンは伸びるだろうが、他2人はどうなるかとアルスは溜息を吐いた。
 一方ケリーはクロウから思いっきり背中を叩かれていた。
「ようやったのう、ケリー」
 嬉しげなクロウだがケリーはそれどころではない。
「ちょっ、いた、痛いですってば。強く叩きすぎです」
「いやあ、すまんすまん。弟子の成長が嬉しくての。カードを見てみるといいぞい」
「カードをですか?」
 疑問の表情を浮かべながらも、ケリーはカードを取り出して見る。
「これは!?」
 ケリーは「刀技上昇」「二刀流」と二つの特性が増えている事に驚きを感じる、と同時に納得もしていた。
 戦いの最中、突然湧き上がった今までに無い感覚、それはこの二つの特性を得た事によるものだと理解したのだ。
「だが未熟なのは変わらん、これからビシビシ鍛えてやるから覚悟しておくのじゃぞ?」
「は、はい!!」
 師の言葉と、先程出来た自分と実力も年も近い、負けたくない相手の存在に、ケリーは満面の笑みを浮かべる。
 スレイも目的ではあるが、あまりにも高みにありすぎる。
 そういう意味で等身大のライバルが出来た事はケリーにとって大きな意義があった。
「ん?」
 アルスが思わず疑問の声を上げる、軽い物とは言え地に走っていた筈のいくつもの亀裂が消えている。
 他の者達も気付いた様で不思議そうな表情で地面を見ていた。
「あ、地面の亀裂だったら僕が修復しておいたから気にしないで。地面にだったらいくらダメージを与えても僕が修復するから気にしないで戦ってね」
 思わず硬直する一同。
 何と言うか今日は常識外れの出来事ばかり体験して、全員が精神的な疲れを感じている。
 アルスは咳払いし気を取り直したように告げる。
「それでは次はマリアとそれにフェンリル殿にお願いしたい」
 前に進み出る両者、フェンリルは力を見せ合う手合わせだという事で、互いに最上級の加速魔法を使う事を提案する。了承するマリア。その後更に準備を願い出るフェンリルに、最善の状態の相手を叩きのめしてこそ意味があるとやはり頷くマリア。そしてフェンリルは乗騎である魔狼フェンリルと氷精霊スレッジを召喚する。そんな中フェンリルの呼んだ魔狼フェンリルが特殊個体である事から、スレイは乗騎として神峰アスール火山の創造と破壊の炎を司る世界にただ一羽の不死鳥の特殊個体を捕まえにいこうという話になる。そんな中フェンリルは自らのシークレットウェポン氷剣アブソリュート・ゼロの絶対零度の刃で敵を斬り裂き所有者の力次第で周囲一帯のあらゆる粒子の運動を停止させられる能力と、氷杖ステイシスの水氷魔法の魔導触媒の杖である能力を明かす。対してマリアは分かり切っているとは思うがと前置きし自らが火炎魔法が得意な事と、そして炎杖カグツチの、異界の炎の神の遺骸から異界出身のこの世界の火神アグニが創り出したという出自と、神殺しの炎と謳われる炎で最低でも半径数十キロ四方を焼き尽せる能力を明かした。離れた場所で自らの世界の神の名を聞き呆れる真紀達。そしてアルスが戦いの始まりを告げる。
「では、始め!!」
 戦いはあっさりと決着が付いた。一気に己が全力の攻撃を繰り出したフェンリルと、炎杖カグツチを以って生み出した炎の壁でそれを受け止めたマリア。フェンリルの攻撃は炎の壁に全て阻まれ、攻撃を止めたフェンリルは自ら敗北を宣言した。
「それでは続いて、オウル殿とマグナス!」
 先程の戦いに倣い、まずはオウルが自らの能力を解説する。シークレットウェポン聖拳スラッシュ、ただ使用者の闘気と魔力を完全に徹すシンプルなだからこそ奥深い能力。そしてマグナスもシークレットウェポン神拳スパルタクスの敵のあらゆる防御を擦り抜け数十キロ先まで届く光の拳撃を放てるという本当に単純な能力を説明する。そしてアルスが再び戦いの開始を告げた。
「それでは、始め!!」
 開始と同時双方共に魔闘術による魔装で己が全身を覆う、そして始まった戦いは、序盤は速度で勝るマグナスが一方的に攻める展開であった。しかし攻撃を受けながらも倒れないオウルに観戦者達はオウルが時の魔杖の力を利用しマグナスの攻撃を見切り、圧倒的に劣る速度で僅かに動ける範囲で攻撃の芯を外してみせている事に気付き、その超絶の技巧に唖然とする。だがスレイはそれ以上の事に気付いていた。マグナスに対し最初で最後のチャンスを逃したな、と呟いたと同時。衝撃と共に吹き飛ぶマグナス。完全密着状態でスラッシュの能力を利用し闘気と魔力を絶妙に徹した上、寸勁と浸透勁まで利用しての一撃にマグナスは吐血する。誰もが疑問を抱く中、クロウが代表するように声を上げるのに、スレイは魔法の専門家でありながら気付かなかったサクヤを揶揄するように魔装の中身を見るように告げる。そして明かされた事実に誰もが驚愕する。オウルは魔装の中に魔法陣を構成していた、最早完成していた技術体系である魔闘術の歴史を変え得る新たな可能性、あまりにもその意味は大きかった。敢えて戦いの中で魔法陣に魔力を通して発動させるという縛りで戦っていたオウルに対し、激昂するもダメージの大きさに動けないマグナス。
「これまで!オウル殿の勝利だ!!」
 慌てて戦いの結果を宣言するアルス。両者の魔装が解ける。マグナスは肉体のダメージ以上に精神的なダメージを負っていた。肩を貸しながらオウルを睨むジルドレイ。これで敵を作るような無茶を平気でやらかしてきたオウルだ、ヤンチャが抜けなくていかんなと頭を掻くが、スレイのギラギラとした目に気付き、思わず声を掛ける。そして交わされる物騒なやりとり、その後あまりのスレイの強烈さに後味の悪さを忘れてる事に気付き苦笑するオウルだった。
「それでは続いて、ミネア殿とカタリナ!」
 思わず顔を蒼褪め慌てて抗議するカタリナだがスレイはその様子を見てむしろ評価を上げていた。自分の未熟を自覚する者は成長する。二重の意味で惜しいと思う。まだ完成したカタリナとミネアの戦いが見れない事と、今のカタリナではミネアの本領を引き出せない事。アルスはエリナの治癒魔法があるから大丈夫だろうと取り合わない。即死したらどうするのかというカタリナにミネアが解毒薬を使うといい安堵するも、毒を使う必要も無いだろうというミネアの言葉にカタリナは火が付いた様に戦意を滾らせる。そして実力差に関係無く勝ちに行かせてもらうと、ミネアは五年後なら良い勝負になりそうだと言ったが、三年で追いつくと宣言するカタリナ。ミネアとスレイはカタリナのその将来性に感嘆していた。そしてミネアは自らの能力の解説を始める、物心付いた頃から様々な実戦を積み、キャリアは三十年にも及ぶと言う事、そして称号:勇者達の仕掛けと同じ事をしかも複数回連続で出来る臓器を自らが潰した組織により埋め込まれている事、そしてその生い立ち故に既に狂って狂気を飼い慣らしている為“狂化”を最大値まで使用しても理性を保てる事。スレイ達以外の誰もが絶句する。それでもなお勝利してみせると強い意志で宣言してみせるカタリナにミネアとスレイは思わず笑みを浮かべた。そしてアルスが宣言する。
「それでは、始め!!」
 そして始まった戦いでは、カタリナがその圧倒的な才能の片鱗を覗かせるも、やはりあっさりと勝負は付いた。蜘蛛の糸のように時空間、次元、位相のあらゆる座標に張り巡らされたオリハルコンの糸、カタリナのストライクも何時の間にか絡め取られている。そして超振動しストライクをボロボロにすると同時カタリナを吹き飛ばすオリハルコンの糸。吹き飛ばされた先でカタリナに突きつけられる吸血のレイピア。
「それまで!ミネア殿の勝ちだ!」
 アルスの宣言にただ呆然とするカタリナ。ストライクは元の形を取り戻していくが、傷付いたカタリナのプライドは治らない。そんなカタリナにアルスが父として助言する、そしてこの敗北をも糧にして成長し、再戦しての勝利を誓うカタリナ。アルスは次を呼ぶ。
「それではヴァリアス殿、ダリウス殿、前へ!」
 呼ばれて進み出る二人、ヴァリアスは恥じながらも自らの力不足を認め最上級の加速魔法を使わせて欲しいと願い出る。受け入れるダリウス、ヴァリアスは魔法を使用した。
「それでは、始め!!」
 そして始まった戦いでは、最初二つの聖剣技を見せ、ヴァリアスがダリウスを驚かせる。しかし気配を変えたダリウスは一気に持ち主にとっては羽のように軽く、受ける者にとっては山そのものの重さの斬撃を繰り出せる神剣マルスで以って、その超絶の剣技で猛攻を掛け、反撃の隙を与えない。そのダリウスの凄まじい技量に感嘆するスレイ、クロウ、ノブツナと言ったこの場でも最高の剣士達。そしてとうとう躱しきれずダリウスの一撃を剣で受け止めたヴァリアスは比喩でなく山が光速の数十倍で突撃してきたかのような衝撃に両腕が折れ意識を失い吹き飛ぶ。ダリウスは咄嗟に後ろに回り込むとヴァリアスを受け止め衝撃を殺した。そしてアルスが宣言する。
「それまで!ダリウス殿の勝ちだ!!」
 走り寄ったエリナが一瞬でダリウスの軽傷とヴァリアスの重傷を治癒する。気付けされ覚醒したヴァリアスは落ち込みイリュアの元へと戻っていく。ヴァリアスの意を汲み声を掛けないイリュア。対しダリウスの向かう先には、ギルス父娘が戦闘前に二人に吐いた暴言にどのような嫌味を言おうかと手ぐすね引いて待っていた。その格差に肩を落とすダリウス。とても勝者とは思えぬ姿であった。
「それでは続いて、リュカオン殿にイリナ殿!」
 呼ばれて進み出る両者だが、竜化する気配の無いイリナにリュカオンは困惑を隠せない。とてもではないが今のままでイリナが自分の敵になるとは思えないのだが……。イリナが望む以上は仕方あるまいと臨戦態勢になる。離れた場所ではドラグゼスとエリナが頭を抱えていた。
「それでは、始め!」
 開始の号令と共にリュカオンは全く動けないで居るイリナに闇の力で3000年の経験を駆使した絶妙な力加減で軽く触れる、吹き飛ぶイリナ。そのまま地面に埋まるも、勢い良く跳ね起きたイリナのダメージを感じさせない姿に、加減したとは言え予想以上の出鱈目な頑丈さに唖然とする。しかし今のままでは敵にならないのは変わらない為竜化する様説得する。と返って来たあまりにシンプルな答えに笑ってしまったリュカオンは、速度は合わせてやるからやはり竜化せよ、と説得を続け、吹っ切れたイリナもまた実力差は理解した為せめて全力を出すと応える。そして竜化したイリナ。その体長はイリナの方が遥かに大きいが、秘めた力はリュカオンの方が大きい。そしてリュカオンが加速魔法を使わない最高速では互いに純光速と同等だった。そしてぶつかり合う両者。咆哮合戦もまたブレス合戦もリュカオンが勝利するも、前転しブレスを躱すと同時に本能で繰り出した尾の攻撃でリュカオンにダメージを与えるイリナ。イリナが見せた本能にリュカオンは笑い、イリナに対し敬意を示し本気を見せる事にする、そして繰り出される妙技と呼ぶべき巧みな魔法に翻弄されるイリナ。そしてリュカオンはその全てを布石に体毛によって創り出した巨大な魔法陣で圧倒的な威力の闇の魔法を繰り出す。
「それまで、リュカオン殿の勝利だ!!」
 慌てて駆け寄るエリナとドラグゼス、エリナの力で回復したイリナはリュカオンにいずれの再戦を申し込むが、その後エリナの表情に顔を蒼褪め、エリナに耳を引っ張られ、小言を聞かされながら退場していった。

 先程からの観戦で猛るスレイは、この世界の墓場に来た事で、調子が良過ぎて思い出してしまった過去のロドリゲーニの台詞を振り返る。

 あの夜、スレイに対する脅しが恐怖を喚起し全て喰らう為の芝居であった事、そして天才であるスレイにとって恐怖という感情を失う事は、神々によって埋め込まれた兵器としての戦闘欲求を暴走させないメリットがある事、スレイという天才が完全に完成する事を邪神達こそが誰よりも望んでいる事。そして目的を知ったスレイがロドリゲーニに対する嫌がらせとして何もしない道を選ぼうとしている事を悟ったロドリゲーニは、スレイの記憶を奪ったのだった。

 そしてこの場に来てヴェスタの抑制から解放された魂の内圧でアライナによって魂に掛けられた枷が幾つか外れるまでスレイはその会話を忘れていた。今も壊れ続けているその枷。既に引き返せないところまで戦いの道を突き進んだこの時まで。だがどの道今の自分なら戦いの道を選ぶだろうとスレイは思う。そしてスレイに恐怖を返す時に記憶を戻すつもりだっただろうロドリゲーニの予定が狂ったのは気持ちがいい。そしてスレイを完成させる為にいずれ必ずロドリゲーニ自ら恐怖を返しに現れるので、それを待てばいいだけだと確信する。疑問を投げかけるディザスターにそれを伝えるスレイ。それだけでロドリゲーニの狙いが神々が植えつけた戦闘本能をスレイに完全に制御させてから恐怖を返しスレイを完成させる事だったと悟るディザスター。ロドリゲーニが自ら現れる以上、スレイのやるべき事は恐怖を取り戻した際に完全に支配し制御出来る様に精神力を養う事だと言いつつ、スレイはディザスターがそれ以外にも何か考えているようだがと看破する。思わず口篭るディザスター。そこにフルールが間の抜けた声を上げ、“無駄”に緊迫した空気を打ち崩す。そしてスレイはディザスターに信頼しているから好きに動けと伝えた。その後長閑な空気を醸し出す三者に、緩んだ空気を引き締めるよう咳払いするアルス。
「それでは、クロウ殿、それにノブツナ、前へ」
 呼ばれると同時、世界ヴェスタでも最高峰の剣士二人とは思えぬ掛け合いを始める両者。そこにアルスがクロウに加勢するような形になりふて腐れるノブツナ。そんなノブツナの様子に呆れつつも、アルスは開始を告げる。
「それでは、始め!!」
 クロウは闘気術と魔力操作の併用で、ノブツナは降神刀フツノミタマの能力“降神”で同時に光速の数十倍の速度域に突入する。交わされる刀。美しく超絶的な技巧に満ちた二人だけの刀の舞踏。両者の力は完全に拮抗し、より高い領域へと戦いは昇華されていく。どこまでも続くかに見えるその美しい剣舞は、しかし両者共に体力の限界が近付き終わりが近付いて来る。互いに互いの限界を感じ、最後の力を振り絞り、己が最高の攻撃を繰り出す両者。交差する二人。そしてクロウの双神刀がノブツナの胴体を両断せんばかりに両脇に当てられ、ノブツナの降神刀がクロウの眉間に突きつけられていた。全くの同時。互いに納得が行かないながらも、引き分けと認めるしかない両者。
「それまで!両者引き分けとする!!」
 そのまま見ていた者に感動すら感じさせるような美しい剣舞を演じた二人は、その余韻を台無しにするような捨て台詞を投げ合い、互いの陣営へと戻っていく。やはり父子、大人気の無さがそっくりだ。観戦者達の興奮が冷め遣らぬ中、アルスは次の対戦者達を呼ぶ。
「それでは続いて、サイネリア殿、真紀殿、前へ!!」
 異世界の勇者と自らの世界の魔王の戦い。互いに楽しそうに中央に進み出る。真紀が過去に戦った魔王に対し己の方が上だと自信満々なサイネリアに、真紀は本気で対応に苦慮する。確かにサイネリアは強いのだろう。だがアラストリアの魔王はそもそも存在の格が違った。今でこそそれ以上の化物を三者知っているが、その三者は別として、確かにアレは違う領域の存在だったのだ。しかし下手な挑発などしてもつまらない。なので沈黙を保つ。サイネリアは疑問の表情を浮かべつつも真紀に提案する。一発勝負をしないか、と。サイネリアの最大最強の一撃を真紀が防げれば真紀の勝ち、防げなければ真紀の負け。挑発に乗りその提案を受け入れる真紀。勝手な話の流れに呆れたようにしながらもアルスは告げる。
「それでは、始め!!」
 開始と己を強化するサイネリアとそれに釣られる真紀。強化はその最大最強の一撃の為だろうとスレイは分析する。そしてサイネリアはただ一言『闇よ』と告げた。サイネリアの前方に現れる漆黒の半径一メートル程の闇の球体。スレイはそれを高位の闇の概念と見抜く。ゆっくりと真紀に向かって進む球体。真紀は自らの最大最強の魔法剣の一撃で以って攻撃し、地に凄まじい傷跡を刻むも、漆黒の球体には何ら影響が無い。魔法を使ってみるもやはり同様。実体を疑い地を抉り土をぶつけてみるも土は確かに闇に呑まれて消えた。ルール上は問題無いので術者であるサイネリアを直接襲うか一瞬考えるも、自らの流儀に反する為、真の誇りは捨てず表面上のプライドを曲げ、真紀は自らの敗北を宣言した。同時に闇の球体は掻き消える。いったい何だったのかと素朴な疑問をぶつける真紀に、闇神アライナから直接加護を受ける自分だけが使える『真の闇』の塊だと答えるサイネリア。直接概念に働きかける力でもなければこの攻撃を防ぐのは不可能だと告げた。素直に敗北を受け入れそれもまた己が糧とする真紀。
「それでは、この勝負、サイネリア殿の勝利とする!!」
 そうして異世界の勇者と魔王の戦いは魔王の勝利に終わる。仲間達の元に戻った真紀は疑問をぶつける。ヴェスタに行ったその時から思っていたが自分達はアラストリアの魔王と戦った時と比べて弱くなっていないかと。同意する二人。特に何の他意も無い素朴な疑問なのだが聞きつけたサイネリアは三人の元に突撃しようとしてシャルロットに羽交い絞めにされる。そこへフルールが三人の元に訪れ追い討ちを掛ける。アラストリアの魔王はかつてのアラストリアの最高神の片割れである闇の神で、光の神に魔王に貶められたのだと。そのアラストリアの魔王に勝った真紀達が本来闇の種族という一種族の王としての魔王に負ける筈など無いと。更に激昂し最早ダートとリュカオンも加わり三人がかりで抑え付けられるサイネリア。弱体化の理由をヴェスタに行った事が原因と勘違いする三人だが、フルールは勘違いを正す。逆なのだと、アラストリアの魔王と戦った時こそ異常なまでに力が高まっていたのだと。そしてそれが本来の三人の力なのだと。そして理由はアラストリアの光の神に掛けられたリミッターの所為だと真実を告げた。自らとほぼ同格の相手を倒せる力、だからアラストリアの魔王を相手にした時だけしか全力を出せないようにリミッターを掛けたのだと。憤る三人にスレイに協力してもらってどうにかするからと三人を宥めるフルール。一方配下達に抑え込まれているサイネリアは、アラストリアの魔王が自分よりは格上だと認めたとしても、アライナより格上だとは絶対に認められない、だからアライナに与えられた『真の闇』をどうにか出来るなど認められないと、『真の闇』をどうにか出来るのは闇殺し(ダーク・ブレイカー)の称号を得た者だけだと吼える。がそれはどうかと告げるシャルロット。アラストリアの魔王がアライナより格上だとでも言うのかと本気の怒りを向けるサイネリアに、シャルロットはその点は否定し、いずれアライナが顕現した時に三人が直接実感すればいい事だと告げる。そうではなく『真の闇』を防ぐ手段はまだあると告げるシャルロットに正気かと問うサイネリア。それに対しすぐに分かる事になると楽しげに笑うシャルロット。そして遂にその時が来た。
「それでは最後は私とスレイ殿で締め括ろうか!」
 勢いよく跳ね起き猛るスレイ。その欲望はディザスターすらも困惑させる。それでいながらその欲望を己が掌で弄び楽しむ度の過ぎた自己制御、あまりにも早過ぎる成長に更にディザスターの困惑は増す。前世であるオメガと比較してスレイの成長速度は段違いだった。転生とはこれほどに変化を齎すものなのか。予想を上回る成長にスレイの先が読めなくなり不安を感じるディザスターだが、スレイはそんなペットの気も知らず、ただ楽しげにアルスにシンプルにただ戦いどちらが勝つかだと語り、その上で戦う以上常に勝つのは自分だと勝利を宣言する。あまりの傲慢さに唖然とするも、すぐに気を取り直し挑発し返すアルス。そして互いに始まりを宣言した瞬間。アルスは自らの肉体が動かぬ事に驚愕する。スレイは何時の間にかアルスの及ばぬ光速の数百倍の速度域に在った。時の魔杖で加速された意識のみがその事実を認識する。そしてその意識でさえ認識できない動作で以って気付いた時には既にアスラを抜き斬撃を繰り出しているスレイ。アルスはただ己がシークレットウェポンを信じる。刹那振るわれたアスラが力のベクトルを数千倍に増幅された上で完全に反射されるも“閃き”のままに反射された力を最大限殺し、既に構えていた左手のマーナでアスラを受け止めるスレイ。磨きぬかれた天性の“閃き”があって成し得た“奇跡”だ。アルスと会話する為に速度を落とすスレイ。そんなスレイにアルスはこれが自らのシークレットウェポン、イージスの盾の力だと告げる。そんなアルスにイージスの盾の由来を逆に語るスレイ。持ち主である自らよりも深い知識を持つ様なスレイの口調に驚愕するアルス。スレイは全知を一部解放しイージスの盾の能力を“識る”。あらゆる種類の力、いかなる方向からの攻撃であろうと、最低でも数千倍以上にして反射する干渉膜を主の全身に纏わせる絶対防御の盾。今のスレイに破る手段は四つ。全て今先刻の“閃き”で得た物だ。面白いと笑うスレイにアルスは右腕のダメージを指摘し、また反射された攻撃に対処してみせたのは見事だが破る手段は無いだろうと疑問を呈する。それに右手を振るい既に完全にダメージが回復してる事を見せてアルスを瞠目させるスレイ。しかしそれでも千日手、勝負が付かず引き分けが精々だろうと告げるアルスに、スレイは今からその絶対防御をぶち破って直接手段を見せてやると告げる。流石に顔を引き攣らせるアルス。そんなアルスに無造作に近付くスレイ。ふとアルスは首筋に痛みを感じ首を押さえるがそこには何も無い。気のせいで済ませようとしたアルスに、絶対王権の鞘の回復能力を突然指摘するとスレイ。同時に今度は逆の首筋に痛みを感じ再び手で押さえるアルス。そしてその手に血が付着している事に驚愕する。何をしたのかと問うアルスにスレイは概念操作だと答える。驚くべき事にイージスの盾は本来ベクトルなど持たない概念にすら強引にベクトルを見出し反射するとんでも無い代物だが、力の大きさと向きのベクトルのそれぞれの概念操作を組み合わせ、ベクトルの矢印部分を消す事で斬るという意思と斬ったという結果のみを残したのだと、干渉するベクトルがなければ反射も操作もしようが無いだろうと告げるスレイ。あまりの暴論と実際破られたという事実に理不尽に対する抗議を口にするしか無いアルス。一方概念操作という力を見たサイネリアは、先程の“真の闇”を破る手段が他にもあると口にしたシャルロットに、これを知っていたのかと問い掛けるものらりくらりと躱すシャルロット。そんな外野は無視してスレイはあと三つのイージスの盾の破り方を実演してみせる、本来物理的現象であるトンネル効果を強引にこのステージまで引き上げて、干渉膜を透過するという方法。外宇宙全知全能かつ外宇宙全知全能無効化能力持ちとなった今のスレイだから可能な、イージスの盾の力を無効化するという方法。そして単純に全能の力でそう“思う”だけで傷つけるという方法。あまりの無茶苦茶さにただ驚愕するアルスだが、これらの力を使わず速度を合わせてやるから戦闘あそびの続きをしようというスレイの言葉に猛り吼えた。絶対王剣の鞘で無数の小さな凝縮された結界でスレイを覆う、感心したように頷くも蹴り一発でそれらを砕くスレイ。より小さく強固に凝縮された無数の球状の結界を周囲に敷き詰めるアルス。強引に蹴散らすかと考えるもそれを否定、“技”を見せ付けてやろうと、隙間など無い筈のその空間を、全く結界に触れる事無く、超絶の歩法でアルスに迫るスレイ。アルスも驚きはしても停滞はしなかった。絶対王剣エクスカリバーの攻撃を敢えて自らに叩きつけ、力も速度も数千倍に増幅したそれをスレイへと撃ち出すアルス。それをアルスと同じ速度域にあるままで“閃き”による直感で斬り裂いてみせるスレイ。覚悟を決めたアルスは盾と剣を使った、スタイルこそ違えどクロウにもノブツナにもダリウスにも引けを取らぬ自身のある剣技で、スレイを迎え撃つ。交差する二人。静止した中、アルスは自らに刺さる双刀を見て呆然としていた。盾と剣の間をすり抜けるように自らへと突き刺さった双刀は、探索者の強靭な肉体でも急所となりえる場所を数マイクロメートル外し、貫通していた。対しアルスの剣と盾は双刀の最小限の干渉でスレイを掠る様に逸らされている。スレイがその気になれば絶対王権の鞘の能力でも蘇生できずに死ぬと告げられ、負けを勧告されるアルス。アルスは完敗だと認め、清清しく笑ってスレイを賞賛してみせた。その器の大きさに感心してみせるスレイ。
「敗者の私が告げるのもなんだが、ケジメだ。……勝者、スレイ!!」
 勝負は決したが周囲は静まり返っている、あまりのスレイの異常さに誰もが微動だに出来ずに居た。踵を返しペット達の元へ戻ろうとするスレイの前にミネアが立ち塞がり、何か問おうとする。それに先んじて蟲毒血も無効化可能だと答えるスレイ。ミネアの表情が華やぎ何か言おうとするも、それを遮るように男と女の駆け引きってのもたまには楽しみたいからもっと過程を楽しもうじゃないかと告げ、そのまま唖然とするミネアを残しペット達の元へ戻っていく。そこにどこからか拍手の音が聞こえてきた。誰もが驚愕する中一人億劫そうに宙を仰ぐスレイ。そこには大きな岩の塊が浮かび、その上に座し笑みを浮かべる派手なメイド服を着た金髪金眼の絶世の美少女が居た。美少女は明るい笑顔で告げる。
「いやー、見事、見事。素晴らしい力だったよ。流石はこのボクのご主人様候補って所かな?“天才”くん。お久しぶりで始めましてだね」
 黙ってただ本気で女としてその少女を検分するスレイ。そんな中“あの”ディザスターが驚愕の表情を浮かべ、ただ一言思念で呟いた。
『求道の……ジャガーノート……』
 そして“場”に、圧倒的な気配が満ちた。
『地に伏せろ』
 言葉と同時、その場の者達が全ての感覚を奪われ、ただあるだけの、生きているだけのモノと化す。
「やれやれ、生物はどんな存在でも脆いねぇ」
 くすくすと笑うジャガーノート。
「ふん」
「え?」
 だがそれを鼻で笑われ、思わず呆然と声の主を見る。
 スレイが平然とその場に立っていた。
 見るとディザスターとフルールも変わらぬままだ。
「ディザスターはともかくその小竜……時空竜フルールというのか、しまったな、ヴェスタの中じゃ認識できなかったのは仕方ないけど、外に出て気付かなかったのは迂闊に過ぎたか。でも“天才”くん、君は何故そんな平然とっ!?……分から、ない?」
「はん」
 やっと気付いたかとばかりにまた鼻で笑うスレイ。
 ジャガーノートは困惑していた、そう“分からない”、ごく一部の例外を除き、彼女にそのような事がある訳がないのだ。
「それでこの場に何の用だ、ジャガーノート?まあお前は予想外に極上の美人だし、もし俺の女になりに来たというのなら大歓迎なんだが、俺とお前は初対面だしな?尤も先程奇妙な事を言っていたが、ご主人様候補、だったか?」
 その言い草に笑い出すジャガーノート。
「いやー、いいねー。初対面の相手に、しかもボクの正体を知っていてその態度。前よりずっとボク好みだよ。うん、いいね。君がボクの望む所まで育ってくれたら、君の女にでも奴隷にでもなんでもなってあげるよ。元より君をボクのご主人様に相応しく育てあげるのがボクの目的だしね。……ヴェスタのただ一人の寵児、“天才”くん」
「はん、またそれか。ヴェスタの寵児、ねぇ?まあ今の俺なら意味が分かってしまうんだが。しかし今の俺じゃあ不足だと?嗚呼、全く以って不本意だ。いいだろう、教えてやるよ、例え相手が誰だろうと何だろうと、戦えば勝利するのは俺だという真理をな」
「へぇ、面白い。是非ともその真理とやら、教えてもらおうかな?」
「が、その前にだ」
「へ?」
「とりあえずだ、説教させてもらおうか。俺の好敵手てきともあろうものがそんな有様では話にならん」
「は?」
「まずだ、全能を制御するのは当然の事だが“思い”発動するならともかく、“言語”などというランクの低い物に強引に落とし込んで発動してどうする。俺に効く訳が無いだろうが」
「え?え?」
「ん?なんだ?俺の戦いを見てたんじゃなかったのか?」
「い、いやー。実は今出てきたばっかりで、最後の方をちょっと見ただけだったり」
「なるほどな、道理で先程困惑していた訳か」
 1人納得したように頷くと続ける。
「それとだ、たかが念体。せいぜい本体の1割程度の力か?そんな身体モノで俺の前に出てくるとは良い度胸だな。ちゃんと封印を破ってから出てくればいいものを」
「ちょっとちょっと待った!!」
「ん?なんだ?」
「なんか先刻から聞いてるとまるで、君がこの状態のボクに勝てる……つもりでいるように聞こえるんだけど。まさか、ねぇ?」
「なんだ、取り得は顔だけか?どうも耳も頭も悪いらしいな。俺は最初から徹頭徹尾そう言ってるつもりだったんだが」
『主っ!?』
「スレイっ!?」
 スレイの言葉に思わず叫ぶディザスターとフルール、だがスレイは悠然と佇むのみ。
 宙に浮かぶ岩に座りながら、顔を俯けるジャガーノート。
「どうした?頭でももっと悪くしたか?」
「くくくくくっ、ふふふふふふふっ、あははははははははっ!!」
「なんだ気でも狂ったか?」
 顔を上げ思いっきり笑うジャガーノートに、哀れな者でも見るような視線を向けなお毒舌を吐くスレイ。
「いやー、最高だよ。うん、ここまで虚仮にされたのは悠久の時の中でも始めてだ。ああ勘違いしてる馬鹿ってのは面白いね。いいよ?ボクに勝てるっていうならやってみたら?でも面白くはあるけど頂けないなぁ、仮にもボクのご主人様候補ともあろっ……!?」
 圧倒的な凄みを以って、スレイを威圧し、喋っていたジャガーノート。
 だが言葉は突然止まる、いや止められる。
 ジャガーノートの認識すら超えた外から突然目の前に現れたスレイによって。
 身を捻りなんとか躱すジャガーノート。
 だがスレイの疾さと技巧は、単純な力と速さのみを計算し躱したジャガーノートの予測を超え、ジャガーノートに傷を付けていた。
「なっ!?」
『なんとっ!?』
「すごいっ!!」
 自らに付いた傷に驚愕するジャガーノート。
 目の前の光景に感嘆するディザスターとフルール。
 ありえないとジャガーノートは心で叫ぶ、そうありえる筈が無い。
 自分がいったいどれほどのランクの全知全能だと思っている。
 例え念体とはいえそんな自分に傷を付けられるのは……。
 ただ驚くだけのジャガーノートに対し、スレイは不満そうに告げる。
「ちっ、どうやら“現在いま”のヴェスタの束縛と下らん枷から完全に解放された俺と、念体に過ぎないお前でちょうど互角といったところか、つまらん。まあ、戦えば力の差なんて関係無く俺が勝つんだからこんなことで腹を立てるのも馬鹿らしいか。だがまあとりあえずは場所を変えようか?」
「え?」
「俺達が互角という事であれば全知全能も当然無効化も全てが互いに相殺し合い無意味という事だ、となれば結論は今俺がやってみせたように純粋な戦いという訳になるが、純粋な戦いという事になるとかなりの力のぶつかり合いになる。正直どれほど力を制御しても、俺達が全力でやりあった場合、この舞台じゃ小さすぎるし、連中が邪魔だろう。純粋な力は全能ほどなんでもアリじゃないからな……まあ、全能も意思持つ俺達が扱う場合は思うのと“思う”のに差を付ける制御はそれなりの難易度ではあるが」
「な……んだって?」
「なんだ、まだ気付いてなかったのか。いくら見てなかったとはいえ鈍すぎるぞ。大体お前の“言葉”を通した全能が俺に通じなかった事、お前が俺を見て“分からなかった”事、お前の存在そのものが俺に影響を与えていなかった事、俺がお前を傷つけた事。ヒントが幾つあったと思う?まあ、いい教えてやろう。今の俺は不本意ではあるが、そのお前の念体と同等の全知全能かつ全知全能無効化の領域に在る。どうだ?これで疑問は全て氷解しただろう?」
「そんなっ!?いくらなんでも速すぎるっ!!君がヴェスタを出た時点ではっ!!それに確かにここで時系列を無視して長い時間を過ごす事も可能だろうけど、こちらに来てボクはすぐにここが君達の主観時間でどれだけ経っているのかも確かめたんだ!!そんな僅かな時間でっ!!」
「まあ、俺がお前が思う以上の“天才”だったという事さ、単純だろ?」
「さて、で、どうするジャガーノート?俺としては早く舞台を移して全力でヤりあいたい気分なんだが」
「……いや、止めておこう」
「逃げるのか?」
「いや、違う。確かに君の言う通りボクは君を見誤ってたらしい、謝るよ。だがそれならそれで予定を速める事ができる。言った筈だろう?ボクの望みは君をボクのご主人様に相応しく育て上げる事だ。だから決めた、ボクは少しばかり限界を超えて封印を解き、本当のボクで君と戦うよ。どうやら君ならボクの期待に、いや期待以上に応えてくれそうだ」
「ふふん、いいな。お前の本体との戦いか、最高に面白そうだ。ただ報酬が欲しいな」
「おや?君にとっても楽しい事なのに、それに対して報酬を求めるのかい?」
「何、先程お前自身も提示していた報酬さ。そしてお前の望みでもあるらしい。ただ、少しばかり俺好みに条件を加味させてもらう。俺がお前に勝ったなら、お前は俺の物になれ、ただしただ俺の女になるとか、お前の望みのように俺に仕えるとかそんなレベルじゃない。身も心も、髪の先から爪の先、それに血の一滴、そして魂の全てに到るまで俺に捧げ尽くせ。ただ俺を愛するだけの女になれ。どうだ?」
「く、く、あははははははっ。なるほど、それは確かに今の君好みの条件っぽいね。いいよ、分かった、我が名と魂に誓って誓約するよ君がボクに勝ったなら、その君の望み通りの報酬を捧げるとね」
 スレイの提示した条件を笑って快諾するジャガーノート、スレイはニヤリと笑う。
「それじゃあまた会おう、未来のボクのご主人様?いや未来のボクの全て、かな?ボクに勝ってくれるのを期待しているよ」
「何度言わせる、誰との何とのどんな戦いだろうと、戦えば勝利するのは常に俺だ。だから期待も何もない。それはただの決定事項だ」
「ふふふ、あははははははは」
 スレイのあまりにも傲慢な台詞を聞きつつ、ジャガーノートは笑いながら消えていった。
 欠片の未練もなくスレイは踵を返し、地に降り立つと、ペット達の元へと戻る。
『主よ冷や冷やさせるな、流石に挑発し過ぎだ。まあ、主が見せた力には感心したが』
「そうだよスレイ、あんなに相手を挑発して。僕もスレイには驚いたけど」
「挑発?何の話だ?俺はただ事実を言っていただけだが」
 スレイの真顔に、本気であれらの台詞を、ただ真面目に言っていただけだと理解し、絶句するペット二匹。
「まあいい、それよりディザスター枕になってくれ、それとフルールは抱き枕だな、暫く寝るぞ」
『主?』
「あれ?他の人達は?」
「寝てるんだから、そのまま寝かせといてやれ。ほっといてもその内起きる。それに俺は2つもいい事があって気分が良く寝れそうなんだ、正直今は面倒臭い」
 確かにジャガーノートの“命令”は決して永続的な物ではなかったからその内効果も消えるだろうし、ジャガーノートの念体も消えた以上は何の心配もない。
 だが彼らは決して寝ている訳ではなくジャガーノートの“言葉”通り『地に伏せる』だけの他の全てを無くした物となっているのだ。
 今のスレイであれば一瞬でジャガーノートの“命令”を消去できるであろうに、それを面倒臭いとは……。
「ねぇねぇ、2つのいい事って何?」
「うん?そうだな、まずはジャガーノートが俺の女、しかもただの女じゃなく俺にその全てを捧げる女になる事が確定した事だな」
「……勝つの、前提なんだね」
「だから常に言っているだろう、何時になったら覚えるんだ?戦う以上俺が勝つのは絶対だ」
『もう一つのいい事とはなんだ?』
「ああ、それはな、実はジャガーノートの念体を斬った時にアスラが成長したものだから、ちょっと強引に情報を引き出してみたら、こいつ、どうやら血だけじゃなく、存在を維持する為に循環する流体ならなんでも啜って成長できるらしい。これで肉体を持たない相手を斬りまくって成長する事もできるし、何より肉体を持たない高位存在を斬って成長できる事も分かったからな。双刀の力のバランスが崩れないと分かって安心した」
『それは確かに嬉しい情報だな。しかしまた、何故アスラは今まで血を啜るだけが成長する条件みたいな情報を主に渡していたのだ?』
「んー、紅刀としての拘りだと。やっぱり血の真紅じゃないと格好悪いとかなんとか」
 アスラの、武器でありながらあまりにも人間臭い拘りに絶句するディザスター。
 これで二匹のペットは黙り込む事になる。
 そうしてスレイは他の者達への“命令”の効果が消えるまで、悠々と睡眠を楽しむのだった。

【???】???“???”???
 ジャガーノートがスレイに手を出した事に怒り憤慨するロドリゲーニ。
 それに分かっていた事だろうと呆れるだけのトリニティだった。


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