ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
  シーカー 作者:安部飛翔
ダイジェスト版
第2章ダイジェスト
【毒蛇の巣穴】地下21階
 数日経ち、事件はアンデッドとなったアレスタ教諭が引き起こし、凄腕の探索者達が解決したとされ4人の名は伏され、スレイに対する双刀以外にも、4人には相当な金額が支払われた。予定通りに正式なパーティ登録を解除した4人だが、臨時で短期パーティを登録し、中級者用の【毒蛇の巣穴】へと挑んでいる。スレイに加え3人も大幅にLvアップし、ルルナに至っては魔闘士へとクラスアップもしたのが理由である。尤も、物騒な称号や特性の幾つかは、実際に戦ったスレイだけが入手したのだが。
 実際に邪神シェルノートと戦ったスレイは良いが、おまけで急激にLvアップした3人は力を使いこなせず危険だった。時折高Lv探索者と低Lv探索者で探索した場合に起こる事態だ。通常円形闘技場での鍛錬で力を掌握する。勿論アッシュ達も円形闘技場で修練した、その際ルルナが見せた新特性魔闘術は洗練され完成された技術体系で感心させられた、尤も扱うルルナは未熟でだったが。闘士系の職業であっても習得できる者が限られている稀少な特性らしい。しかし上昇率の為か円形闘技場では賄い切れず、仕方なくスレイは短期パーティで実戦の中で鍛える事にして、今回の迷宮探索に臨んだ。試みは成功している。今もまたモンスターとの戦闘中だ。スレイは自分に向かってきたラミアの群れを全て狩り終える、他の3人も向かってきたラミア達を連携して倒し終わっていた、やはり魔闘術を習得したルルナの活躍が終始目立っていた。戦闘後スレイはルルナとエミリアに気遣い、無視されたアッシュが文句を言うが。
「男は心配するまでもなく自分でどうにかして当然だろう、それに自分の女を特に心配するのの何が悪い?」
 スレイの台詞に頬を赤く染め羞恥も見せる2人。そしてこのまま切り良くこの迷宮を攻略することにする。スレイはまずは今回はLv25を目指す事にし、そのまま4人で次の階層へと下りて行くのだった。

【毒蛇の巣穴】地下25階(最下層)“大蛇の間”最奥の広間
 既にスレイはLv25に到達し、アッシュ達3人も力を掌握していたが、既に最下層の最奥の広間の手前だ。広間にはA級ボスモンスター、ジャイアント・ワームが出る。なのでボスを倒してしまおうとスレイは考えた。3人に余力を確認するも、威勢の良い返事を聞き苦笑し、万全の状態を整えると、4人で一気に最奥の広間へと突入した。
 
 広間に入るとそこに居たジャイアント・ワームの巨大さに4人は唖然とする。直径10メートル全長は不明、地上部分だけでも20メートル。通常のジャイアント・ワームとは桁が違う。中級者用迷宮までのボスモンスターは、倒される度、毎回召喚の魔法陣で補充される。この巨大さは恐らくスレイの運勢が原因だろうと予測する。しかし気にせず、スレイは怒涛の如き攻勢で敵をズタボロにしていた、呆れた声を上げるアッシュ。しかし瞬時に再生する敵に驚く4人、こんな再生力を持つジャイアント・ワームなど聞いた事も無い。スレイは丁度良いと、炎の精霊王の加護の力を確かめるのに炎の初級魔法を使ってみる。周囲に何の影響も与えず敵のみを焼滅させる超火力。驚き喚くアッシュ、他2人も物言いたげだ。スレイはアッシュを宥め、落ち着かせ、カードを3人に見せた。非常識な単語を見てもの言いたげな3人だが、信頼している、詮索はしないでくれ、というスレイの言葉に何も言えず、そのまま4人は迷宮を脱出した。

 青空の下、全長300メートルほどの巨竜と150メートルほどの巨竜が飛翔する。どちらも漆黒に輝き親子を連想させる。そして300メートルほどの竜の巨体の上には一人のアルビノらしき色合いの少女がいた。
 ふと150メートルほどの竜が地上を見やり、一瞬で地上に向かって直滑降した。300メートルほどの竜は、少女を気遣い旋回しながら地上へ降りていく。

 地上では野盗と護衛の探索者達が戦闘を繰り広げていた、雇い主一家は馬車の中で震えている。このままでは明らかに野盗の餌食になるのは時間の問題だった。そんな窮地に上空から突然声が降ってくる。
「そこな悪党共!待つがいい!!」
 一同は何もない上空から少女が降って来るのを見て唖然とする、地に足をめり込ませながら着地した強さをそのまま美にしたような少女は、足を抜き取ると、啖呵を切って胸を張り野盗達を糾弾しポーズを取る。コケにされたと感じた野盗達は少女を弄び、奴隷商人に売り払う算段をする。と号令と共に襲い掛かる。
 野盗の台詞に、少女は薄汚いゴミの様に野盗達を見て、護衛の探索者達の前に出る。止めようとする探索者。だが軽く押され倒され呆然とした。そして荒唐無稽な活劇が始まる。
 少女の拳で数十メートルは吹き飛び、少女に地に叩き付けられ何十センチも地にめり込み、少女に触れただけで腕が折れる野盗達。あまりにも一方的な蹂躙。十分も経たず100人近くの野盗は全員戦闘不能となり、再起不能に見える者もいる。唖然とする一同。
 と、上空からとんでもないものが降りてきた。300メートル程の漆黒の竜、背中に少女を乗せている。竜気の効果か翼はそよ風すら起こさない、一同は腰を抜かす。そのまま竜が人を巻き添えにしない位置に着陸すると、少女が軽やかに地に下りる。
 途端竜は光り輝き姿を変える。通常の人のサイズへ、壮年の黒髪黒瞳の威厳ある男性の姿へ。服は竜人族の変化の常として亜空間を利用した着脱が行われ、当然のように纏っている。そしてそのまま男性は先に闘った少女に苦言を呈すると、一同に野盗を縛り上げる手伝いを頼む。
 だが一同はそれどころではない、竜から人へと姿を変えた事、少女の名前、それらから3人の正体に気付いたのだ。全員がひれ伏し、畏怖と崇拝の視線を向ける。
 竜皇とその二人の皇女と気付いた全員が言われるままに野盗達を縛り上げる、そして戦った少女を見てあれが闘竜皇女様かと呟く、そして野盗達を一瞬で回復させたアルビノの少女に癒しの竜皇女様と呟く。そして一同畏敬の念を向け、三人に畏まった。
 その後、野盗達は、治安維持も果たす探索者ギルドの支部に突き出し、出る褒賞金は探索者達で山分けする様に言い残し、3人は空の旅へと戻った。
 
 再び空の旅の中、3人は念話で会話する、スレイの成長を楽しみだと告げるイリナに、アッシュに会うのが楽しみだと言うエリナ、アッシュを馬鹿にするイリナにエリナはアッシュを馬鹿にするのは許さない、どうしてもアッシュの事を馬鹿にするなら絶交だと告げる。イリナの悲鳴が念話で響き、近くの感受性の強い存在達は暫くダメージを受けたのだった。

 【毒蛇の巣穴】攻略後、職業神の神殿を訪れ、再び同じ巫女フィーナに当たった事に驚くスレイ。自分だと不満があるかと悲しげな言葉を否定し、疑問を告げるスレイ。フィーナはほっとした様子で、実際のシステムを答え、また担当になったのは偶然だが、そう低い確率でも無いと告げる。そして、以前のクラスアップの後ジュリアからスレイの話を聞いていた事を告げ、ジュリアの事で相談があると告げるフィーナ、スレイは軽く引き受ける。そして儀式が行われる。そしてスレイは苦痛の声一つ漏らす事なく儀式を終えた。呆れたような感心したような声を上げるフィーナが、どんな特性が付いたか興味があるので教えて貰って構わないかと声をかける、特性が増えてない可能性に言及するスレイに、何気に失礼な言葉でそれを否定するフィーナ。スレイは気にしない事にして早速カードを確かめる。能力値の低かったものが軒並み上がっていた、全体ではA級相当だ。だが他の探索者の能力値と比較し、運勢を除けばS級相当と呼べるだろう。壁を突破した手応えを感じる。そして確かに追加されている特性を3つ見つけ、詳細をフィーナに聞こうとする。だがその前にフィーナから勢い良く問いかけてきた、思わぬ積極性に少々驚きながらスレイは刀技上昇と二刀流と無拍子という特性が追加されている事を答える。興奮したようなフィーナはそれぞれの特性について説明してくれた。
 そしてフィーナは話を続けた。ジュリアの事である。最近悩んでいるジュリアだが、自分が聞いても答えてくれないので、探索者として有名になってきたスレイなら役に立てるかもしれないので、もし可能ならジュリアの力になって欲しいと告げるフィーナ。だがスレイは少し違うところに反応した。自分が有名になっているのか尋ねるスレイ、色んな意味で活躍しているようだとからかうように告げ、“黒刃”の二つ名が付いている事を教えてくれる。また付いたその二つ名に凍り付くスレイ。フィーナはジュリアの事をお願いしていいか本題に戻る。軽く了承するスレイ。フィーナは嬉しそうに微笑み、お願いすると告げた。役に立てるかどうかも分らないのだが、とスレイは溜息を吐くのだった。

 職業神の神殿の入り口近くの一画にある酒場のテーブル席、ジュリアは1人物憂げな表情で溜息を吐く。ジュリアは悩んでいた、深刻な悩み事で考えを進める内に何故かスレイの事に悩みがシフトしていて、慌ててジュリアは元の悩み事に戻るのだった。

 悩ましげな美女とは言え、神殿騎士にちょっかいをかけるような馬鹿はそうそういない。ジュリアの周囲は空席で誰も近寄らない。だが周囲の注目を気にせず、スレイはジュリアへと歩み寄り声をかけた。スレイの声にジュリアは、少し驚いた表情で頬を赤く染め、弱々しげな笑みを浮かべ、用件を尋ねた。スレイは席に座るとフィーナからの頼まれ事だと正直に答える。意外そうな表情を見せるジュリア、スレイがまたクラスアップしたと気付いたのだ。ジュリアは表情を真剣なものに変えると、今度は彼女からスレイに能力値をまた見せてもらえないかと頼んでくる。困惑し、スレイは少し渋い顔をする。だがそのスレイの態度にますます期待が膨らんだジュリアは、必死な様子で説得し、息を飲み表情をより鋭く真剣なものにして、秘密を守ると職業神ダンテスへの誓いを告げた。流石に職業神の神殿騎士が、最も神聖な神殿において神に身命を以て誓うとまで言うのであれば信頼するしかない。スレイはカードに念じて全能力値を表示しジュリアへと見せた。そして驚愕するジュリア、周囲の席の者達も何事かと視線を向ける。これ以上はまずいとばかりにジュリアはスレイの手を取りひきずるように歩き出した。突然の事に困惑するスレイに、自らの悩み事は決して外に洩らしたくないが、愚かにも叫んで注目を集めてしまったので先の話は自分の部屋でしたい、時間はあるかと尋ねる。その声色は深刻な色を帯び、ただごとでは無いと思われたのでスレイは了承した。そして導かれるまま、神殿内の神殿騎士の宿舎、ジュリアの部屋へと連れこまれた。

 ジュリアの部屋、僅かに開いた扉から慎重に辺りを見回し扉を閉め鍵をかける。窓がしまっている事も確認し、その上で風の魔法を使い部屋を防音状態へと変え、ようやく安心したようにスレイを見た。そしてスレイのカードについての驚愕を零す。色々あったんだと溜息を吐きスレイは続ける。炎の精霊王の加護は派手すぎて使えず、人に隠さねばいけない事ばかり増えて困っていると。ジュリアは炎の精霊王の加護が使えないという言葉に思わず口を挟み理由を問う。スレイは軽くジャイアント・ワームと戦ったときの顛末を話した。ジュリアは精霊達に頼めばいいのではないかと言う。スレイは考えても試してもいなかったと答えた。呆れた視線を向けたジュリアは雑巾として使っていた布を持ってきて、実際制御できるか否か試すよう促す。スレイは納得し、念のため自分の真後ろにジュリアを庇い、精霊達に制御を頼み、炎の下級魔法を構成し呪文を唱え発動する。燃えた事に気付かぬ程一瞬で布は焼滅していた。完全な正確無比な精度と威力。心配していたような派手さは全く存在しない。自分の悩みはなんだったのかと思い、スレイは少し項垂れた。
 心配事が消えて何よりじゃないかとジュリアは早速相談を持ちかける。それは知人の娘が天魔病にかかっているという話だった、スレイは天魔病についての詳細をすらすらと諳んじてみせる。その博識に呆れるジュリア。そしてスレイは全ての得心する、孤狼の森、S級モンスターが生息しSSS級の神獣の天狼が棲む為、ギルドが禁足地指定している森。そこに治療の為の薬草は存在した。ジュリアはスレイに孤狼の森への同行を頼み、理由を告げる。SS級相当探索者にコネは無くS級相当探索者でもギルド子飼いは論外、知り合いも忙しく、何よりS級相当探索者でも力不足だろう、そこにスレイが現れた、スレイの偏った能力値なら或いはと懇願するジュリア。スレイは欠片も躊躇わずに了承した、そこには何の逡巡も感じられなかった。呆然とするジュリアにスレイは繰り返し了承の返事をする。ジュリアはただかすれた声で損得勘定や恐怖心は無いのか尋ねた。お金や名声に興味は無いし、恐怖心はどこかに落として来たと答えるスレイ、今頃どこかで誰かが拾い食いでもして腹でも壊してるんじゃないかとどこかの誰かを皮肉り冗談を告げる。

【???】???“???”???
 何処とも知れぬ場所、享楽の邪神ロドリゲーニはくしゃみをして、誰かが自分の悪口でも言っているのかと不思議そうにする。邪神の悪口を言う者など幾らでもいるだろうと呆れる絶望の邪神クライスター。そして封印の解除は大丈夫かと不安を見せる。それに自信満々に安請け合いするロドリゲーニだった。

 ジュリアは笑い、再度確認する、報酬と呼べる物も利益も無いのに構わないのかと。スレイは寧ろSSS級の神獣、天狼との戦いに興味を示してみせ、ジュリアを苦笑させた。だがただありがとうと告げ、笑うジュリア。そして突然、微かに頬を赤らめやたらと緊張を見せベッドに座り込む。ふと部屋の香料の良い香りにスレイは気付く。暫く待つとようやくジュリアは動き始めた。服を脱ぎ始めたのだ。スレイは微かに驚いた表情をする。ジュリアはリリアからスレイは相当な女好きと聞いていると語る。そして報酬は自分自身ぐらいしかないと考えたのだと。不足かも知れないが抱いてくれないかと告げるジュリア。スレイはジュリアを凄く魅力的だと告げ、心の伴わない関係は持つ気は無いと言う、そしてどうして自分が女好きなのか尋ねる。魅力的と言われ嬉しいと言うジュリア、女好きというのは色々とリリアから聞いていると答える。何故あいつは知っていると眉間を抑えるスレイに、リリアの情報網を舐めない方が良いと告げるジュリア。そして少なくとも自分の心は伴っていると告げた。何時からと尋ねるスレイ。さあ?と答えるジュリア。出会ってから何時の間にか良く考えるようになっていて、今理由も無いのに一緒に来てくれると聞いた時完全に自覚したと答える。まだ女性関係で躊躇うスレイの唇を塞ぐジュリア。それでえ充分だと彼女は言った。他人は関係無い、自分が抱かれたいから抱かれるのだと。スレイは何時の間にか殆どの肌を晒したジュリアの肢体にくらくらとする。ジュリアは再び口付け舌を絡め、スレイの身体を弄った。胸元の柔かい感触。刺激されるスレイ自身。限界だった、スレイはジュリアをベッドに押し倒す。ジュリアは少々驚くも、そのまま目を閉じ身を任せる。その身体に重なっていくスレイ。先ほどの仕返しのように口付けし、舌を絡ませ唾液を飲み唾液を飲ませる。胸を大胆に、しかし優しく痛みを与えないよう揉みしだき、太ももの間に足を入れ、身体を開かせていく。そしてスレイは報酬であるジュリアの純潔を存分に堪能するのだった。

 荘厳なる玉座の間。幾度目になるのか、数えるのも飽きた質問が繰り返される。側近である宰相魔猿王グルスの質問に、いい加減辟易とし、豪奢な玉座に座る小柄ながらも圧倒的な覇気を纏った十台半ばに見える美少女が溜息を吐く。既に二百年以上生きる魔王サイネリアは、心底うんざりとしてしつこいと、行くと言っているのだと、何度同じ言葉を繰り返せばいいのかと答えを返した。グルスは諦めず再度同じ言葉を繰り返そうとする。しかし横合いからの第三者の言葉で、ようやくその会話の繰り返しは終わった。いつの間にかその場に現れていた美女に、見事に反応が分かれる。歓迎の意を示すサイネリアと、渋い表情のグルスとに。妖艶で無邪気な雰囲気の絶世の美女であった。縦ロールの豪奢な金髪は腰に届き、赤い瞳は鮮血の如き深淵な深紅だ。美女に対しサイネリアはシャルロットと呼びかけ、愚痴を言う、そしてリュカオンとダートという二者の名を呼ぶ。期待の色が込められた言葉に、いつの間にか玉座の間に現れていた2つの影が返事を返す。ますます苦々しい顔をしたグルスは、諦めずに3人に向かっても反対の意思を示そうとした。しかし、一言。それまでは外見相応だったサイネリアが、魔王の圧倒的な力と威厳を示す。言葉の圧力でグルスは言葉を続けることも微動だにする事もできなくなっていた。そしてサイネリアは、グルスの、即ち闇の種族の保守派の立場に理解を示すような言葉を発する。それに縋ろうとするグルス。だが、サイネリアは、かつてとは既に変わり強大な力を手に入れた闇の種族の現状を語り、保守派が考えるかつてと現在は違うのだと告げる、そして、威厳を持ってグルスに成すべき事をなすように命じた。逆らえず玉座の間を後にするグルス。残った3人の内、シャルロットが目を瞠ってその成長を驚くような言葉を発する。茶化された事に膨れるサイネリア、シャルロットが遥かに年上でも子供扱いされる言われは無いと。そして今回集められたのは邪神復活の兆し有りという件についてかと、魔狼族の長にして最長老リュカオンが尋ねるのに肯定する魔王。続いて一族内でも特別な三つの角を持つ鬼人オーガ族の長ダートも人選について尋ねる、シャルロットは兎も角自分とリュカオンについては同等の者が何人か居るが、と。サイネリアは悪戯心だと笑う、魔狼フェンリル、鬼刃ノブツナがやって来ると聞いて、闇の種族の誇る魔狼王と鬼王を絡ませてみたいと思ったと。呆れる二人。だが人生にはユーモアが大事だと告げ、尚且つ闇の種族の力を見せ付ける絶好のチャンスだと笑うサイネリア。そして威厳を以って3人の号令を掛けた、3人は忠誠の念を見せ、一糸乱れず了承した。

 スレイが目覚るとジュリアが朝食の準備を行っていた。あの後宿に伝言を頼み、存分にジュリアと爛れた夜を過ごした。ふと宿にわざわざ伝言を頼んだ事に、宿の2人と家族になったかのような不思議な感慨を抱く、他にも関係を持った女性達に責任感や義務感を感じている。僅かな時で不思議なものだと感じる。と、ジュリアが朝食の準備が終わったと声を掛けてくると、ジャケットの穴の事を尋ねてくる、がスレイは気にせずそのままで構わないという。装備にすら無頓着なスレイに呆れるジュリア。その後スレイは朝食を摂りながら話を切り出す。痛いのは大丈夫なのか、と無神経な言葉に拳が飛ぶも軽く躱す。食後スレイはジュリアが本格的に料理ができる事に疑問を呈する。失礼な言葉を気にせず自信があると胸を張るジュリア。だが探索者なら軽いサバイバル料理ぐらいなら誰でも作れるのでは無いかと言う。スレイは自分の料理の腕を聞かれ、野営での野生的な食生活を聞かせジュリアを引かせ、ジュリアに機会があれば料理を教えてもらう約束をするのだった。

【孤狼の森】
 慎重に都市を抜け出した2人は、遠回りして孤狼の森の内部に侵入していた。だが一息吐く暇も無く敵が現れる、キラー・ビー、集団行動によってS級指定される集団のモンスターである。剣で戦うのはキツイというジュリアに、スレイはそうでも無いと思うが、この機会に炎の魔法に慣れておこうと、炎の中級魔法ホーミング機能付フレイム・バレットを使った。しかしあまりに派手な発動方式にジュリアが疑問を呈する。それは師の趣味だと、どこか疲れたように話すスレイ。ジュリアは呆れる。無意味ではなかったが、わざわざやる必要も無い部分も多かったというジュリアに、師の魔法の癖が染み付いたと愚痴を零すスレイ、おかしそうに笑うジュリアに罰が悪そうにスレイは歩き始める。そして薬草の場所を尋ねる。ただ森の中心部だと答えるジュリア。全く当てが無い事を知り、スレイは前払いで報酬を貰った以上本気ではないが、多少懲りて貰おうと、帰る様な芝居をする。慌てるジュリア。呆れたように苦言を呈するスレイ。ジュリアは本気で困ったように、知人には世話になっているから、と言い訳する。スレイは振り向きジュリアの横を通り過ぎると森の奥へと進む。不思議そうなジュリアに肩を竦めて、行くんだろう、と促した。礼を言うジュリア。報酬も前払いで貰ったし自分の女を放っておくというのも無いしな、と答えるスレイに、ジュリアは頬を染め恥ずかしげに言葉を漏らし、スレイに続いた。

 全くの無計画というわけでもなく方位磁針を持っていたジュリア、森の西の端から進入したから東へ向かって進もうと提案する。方位磁針が機能する事にはジュリアも驚いていた、特殊な地では役に立たない事が多いからだ。ふと南北へ通う獣道らしき開けた場に出てそのまま横切ろうとすると気配が変わる。S級モンスター鬼熊が3匹程群れて現れた。と、ジュリアは驚愕する。スレイが突然消え、現れた時には鬼熊の心臓に刀を突き刺していたのだ。それでも爪で反撃する鬼熊に、次の瞬間スレイは少し離れた地面に衝撃音を立て、這うように着地していた。バックステップで鬼熊の爪を回避したのだ。無拍子の特性の効果がスレイの予想以上の物だった為、最大速度が出てしまった。スレイは無拍子への評価を改める。と、次の瞬間にはまた消え去り、心臓を突き刺した鬼熊の首を刎ね飛ばしていた。あまりの神速、ジュリアは胸を高鳴らせる、スレイの戦う姿は魅力的だった。そんなジュリアにスレイが自分一人で片付けてしまうぞ、と声を掛ける。次の瞬間にはまた知覚すらできない神速で一匹の鬼熊の首を刎ねた。ジュリアは最後の一匹は譲ってほしいというと、無数の残像を後方に生み出しながらの高速移動で鬼熊の前に出る。爪での攻撃にバックラーを叩きつける。鬼熊の腕は潰れ、弾き飛ばされた。後を追い無数の残像を残しながら鬼熊に追いつき、ジュリアは大剣を真上から振り下ろし、鬼熊を真っ二つに切り裂いた。振り返るジュリア。スレイに戦いぶりの評価を尋ねる。力技に呆れたように、ジュリアの事は怒らせないように気をつけようと言うスレイ。不満そうにジュリアはぼやく、そして続けてスレイの戦闘を賛美し、いったいどうやってあんな真似をしたのか尋ねる。無拍子という特性と元々のスピードが相まって、あれほどの疾さに至れたと告げるスレイ。鬼に金棒と言うやつかと呆れたようにぼやき、末恐ろしいと告げるジュリア。ある程度相手の戦闘能力を把握し2人はそのまま先へ進む。

 前進を続ける2人にS級モンスターが次々襲い掛かる。現在は大量の猪のS級モンスター・ヴルスに四方八方から攻められていた。スレイは斬撃の衝撃波で、ジュリアはバックラーと大剣で力任せに対抗するも、切りが無い。スレイは魔法を使うので時間稼ぎをジュリアに頼む。どんな魔法なのか尋ねるジュリアに、師の使っていた雷魔法を炎魔法に応用すると答えるスレイ。ジュリアは頷き、力任せに周囲全てのヴルス達をバックラーで力任せに薙ぎ払う。一瞬の隙にジュリアは前以って用意していた防御魔法を呪文を唱え発動した。時間は稼いだと言うジュリアに、スレイは思考分割を持たないジュリアが防御魔法を用意していた事実に、先程までのは素の腕力だった事に驚き固まる。も、防御壁に突撃してくるヴルス達の様子に、あまり保たない事に気づき、すぐ呪文を唱え魔法を発動させる。天空に巨大な炎の魔法陣が展開し、魔法陣から無数の炎の龍が降り注いだ。炎の龍はヴルス達だけを焼滅させていく。高度に制御された魔法は、周囲の木々を燃やさず、2人に僅かな熱も感じさせない。圧倒的な火力の暴虐の後、元の静かな森と炭と化したヴルス達だけが残った。壮絶だと呟くジュリアの声が耳に痛い、わざわざ派手な魔法の使用を楽しむ辺り師の影響を確実に感じ落ち込むスレイ。そのまま2人は更に森の奥へ踏み入る。

 白亜の大広間の中心、壇上に少女が立つ。その身体は黄金のオーラで覆われているかのようだ。脇には一人の男が立つ。少女に似た顔立ちの美形の優男。その眼は油断なく辺りを睥睨し威圧している。だがその威圧も、今回ばかりは無意味なものだろう。この場に集う5人もまた、青年と同等の超一流の探索者なのだから。聖王国ヴァレリアントの中心に座す神殿、その最高司祭である聖王との謁見の間に今世界に9人のみの現役SS級相当探索者の内6人も揃っていた。だが尚中心に在るのは聖王イリュア。しかしその会話は、場の神聖さを台無しにする剣呑な雰囲気の漂うものだ。どうあってもヘル王国を攻めるのを止めろというのかと、粗野だが野卑ではない壮年の男傭兵王グラナルが聖王に直接言い放つ、数年前の大陸中央の戦争の中で活躍し、傭兵国家グラスベルを作り上げたSS級相当探索者だ。グラナルにとって停戦状態の現在、傭兵国家を維持する為の唯一の収入源が、ヘル王国への嫌がらせに中央の国家から依頼される、ヘル王国を攻める仕事なのだ。異議を唱えるのは当然だった。対し聖王の兄にして護衛たる聖剣ヴァリアスはグラナルに怒声を上げる。一触即発の二人、そこに聖王がヴァリアスに一人の壮年の男がグラナルに叱声を浴びせる。渋々元の姿勢に戻る二人。聖王は壮年の男拳聖オウルに礼の言葉を述べる。感動する壮年の男、だが彼は現在現役で最古参のSS級相当探索者だ、既にその年齢は老人と言っていい。そんなオウルはグラナルの国を治める立場を斟酌してやってほしいと告げる。罰の悪そうなヴァリアスとグラナル。彼らであっても自分達とは比較にならない程経験を積んだオウル相手では分が悪い。聖王は頷き、この場の全員に今回の依頼で10年は小国家を維持できる程の莫大な報酬を出す事を約束し、グラナルにその期間で国のシステムの変革を促す。そしてもし純粋に戦いを望むというのならば、その場を用意できると告げる。そう真の敵である邪神との戦いという場を。邪神の名に、流石の5人がビクリと身体を反応させた。SS級相当探索者という、人の最強の高みに到ったと自負する彼らをして、萎縮させる重みがその名にはある。報酬に拘りは無いが当然参戦するとその名に相応しい清廉な返答をする英雄ブレイズ。そんな彼を気に喰わなそうに見ながらも、同意するグラナル。グラナルにとって過去の戦争で何度も敵国に属し、戦況を覆したブレイズは天敵だ。続いてオウルも当然のように同意するが、智謀と魔術で上り詰めた賢者アロウンが勝算を尋ねる。彼は蛮勇を持たない。が、聖王が必勝の策があると確約した事に、世界の理として聖王が偽りを告げれない事を知る彼は、邪神への好奇心を全開に喜び依頼を受ける。最後の一人暗い雰囲気の圧倒的な美女、毒蜂或いは毒蜘蛛ミネアが残る。肌に指先一つ触れるだけで悉く死を辿ると言われる毒を宿し、暗殺技能とオリハルコンの操糸術を極めた、表と裏両方の戦いで殺しという一面においてはSS級相当探索者の中でも飛びぬけた実力者だ。自らの毒を倦むミネアは対邪神に参加する者に自分の毒に耐えられる男は居るか尋ねる。肯定する聖王。驚き参加を承諾し、相手の紹介を請うミネアに聖王は悪戯気に笑って自分で見つけるように告げる。一瞬驚いた顔をするも快活に笑うミネア。楽しげに笑い合う聖王とミネアだが、聖王の自らもクロスメリア王国を訪れるという発言に場が静まり返る、例外はただ一人妹の性格を知る兄であるヴァリアスのみだ。公式訪問するのかという問いにお忍びだと、そして昔から得意なのだと告げる聖王。一瞬唖然と全員が固まるが、次の瞬間には全員が面白そうに笑っていた、流石の胆力だろう。そして聖王と6人のSS級相当探索者達の、お忍びでのクロスメリア王国への訪問が決まった。

 先程の派手な魔法について不味かったか尋ねるスレイ、見張りのギルド員には見られただろうと答えるジュリア。謝罪するスレイ。スレイの謝罪にジュリアは苦笑し、探索者ギルドがわざわざ危険を冒してまで虎の子のお抱えのS級相当探索者を派遣する事は無いと告げる。SS級相当探索者についてスレイが尋ねると、皆ギルドに所属してはいても既に独立してるも同然で、個人での国家との関わりが深いので要請ぐらいしかできず、そして今回は要請する事すら無いだろうと言った。なにせわざわざ自分の実力を勘違いして決まりを破る馬鹿を助ける必要など無い、と。自らが馬鹿という言葉に笑うスレイ。今後は信用できる者以外の前では先の魔法は使わない方が良いと忠告するジュリア。ギルドも動かないとはいえ、備えの為に労力は使うだろうから、はた迷惑な探索者への罰則は結構な物になるだろうと。気をつけると答えるスレイ。とスレイの双刀がシークレットウェポンではないかと尋ねるジュリア。良く気づいたなとスレイ。それだけの力を発していれば分かるさと告げる。どうやら最下級の伝説レジェンド級のようだが、と尋ねるジュリアに、またしてもスレイは良く分かったなと驚く。特殊な能力を使う様子が無いからだと答え、それとも君がつかわず隠しているだけかな、と尋ねるが、スレイはそんな事は無いと答える。そしてアスラを差し出しスレイはジュリアに今回だけでも使うか聞く。だがジュリアは自らの剣もオリハルコン製の上質な物ではあるから必要無いと断り、スレイは納得し頷き、刀を鞘に納める。2人は会話を続けながらも森の奥へと進んでいった。

 突然開けた場所に出た。泉の周辺に様々な草花が生い茂る。ジュリアは目を輝かせて間違い無いと薬草を見付けて叫ぶ。行き当たりばったりで着いた事に呆れるスレイ。ジュリアは胸を張り、運勢:Sなら方位磁針程度の備えがあり、よほど困難で稀少な対象が目的でもない限り大抵は目的の場所に辿り着けると言う。スレイは自らの運勢と迷宮での事を省み納得し、そしてこれもまた自分の運勢の賜物かな?と嘯いた。ジュリアが疑問の声を上げようとした時、突然圧倒的な圧力が襲い掛かり上空から体長10メートルの巨体が降り立つ。ふわりと軽い着地に、神獣らしく神気を使ってると予想する。2人の前に降り立ったのは純白の体毛の、巨大な狼だった。金色の瞳が威圧感放ち2人を見つめる。天狼と思わず畏怖に呟くジュリア、対しスレイはプレッシャーは感じるが、平然と立っている。プレッシャーは物理的な圧力すら伴うが、軽く耐えて、スレイは影響を全く受けない。天狼が先程からの森での2人の行動を誰何する。心に直接響く重々しい念話、威厳ある思念に、ジュリアは畏怖し謝罪し、薬草を分け与えてくれるよう願い出る。一念の元断る天狼。疑問の声を上げるジュリア。天狼はいずれ我が子らの育成の為にある大事な薬草を無法者に分ける理由など無いと告げる。なおも請うジュリア。くどい、と、その身が無事で済む事に感謝し立ち去れと告げる天狼。尚も続けようとするジュリアの前に、つとスレイが立ちはだかり、双刀を抜き放ち、自分達が倒したモンスターは天狼の身内なのか尋ねる、自分達はただ返り討ちにしただけだが、と。自らの縄張りにある事は許しているが自らには関係無い存在だと答える天狼。つまり縄張りで無法を行った事が問題という訳か、と賭けを持ちかけるスレイ。自分達が天狼を倒したら薬草を分け与える、自分達が負けたら命を奪う。どの道互いに譲る気が無い以上これが最善だと。驚きの声を上げるジュリアと、面白そうな思念を発する天狼、勝てるつもりでいるのかと聞く。やってみなければ分からないさと答えるスレイ。賭けの対象に天狼の命を上げなかった事から自らを殺さずに倒すつもりかと尋ねるのに、スレイはそうだと答える。面白い余興に付き合ってやろう、ただし本当に命の保証はしないと告げる天狼。頷き呆然とするジュリアを促すスレイ。これ以外に方法は無い天狼と戦うぞ、と。どうする?自分一人で戦っても構わないが、と。冗談じゃない、とジュリアは告げる。スレイが一人で勝てると思っているなら傲慢に過ぎると、自分も戦うと言い放つ。条件を確認するスレイ、頷くジュリア。我を舐めすぎではないかと呆れたような天狼。スレイは何にせよ戦ってみれば分かると言い放った。

 刹那、消え去ったスレイと天狼、次の瞬間スレイの刀と天狼の爪がぶつかり合い、ジュリアの方へと吹き飛ばされてくるスレイ、地面に叩き付けられる寸前で身体を捻り着地し、地面を数メートルにわたり削り静止する。速すぎる戦闘の推移に呆然とするジュリアだがやるべきことを理解し、スレイに回復魔法は必要か声をかける。まだ必要無いと答えるスレイ。ジュリアは速度に付いていけないので魔法での援護に回ると告げ呪文を唱え始める。スレイはまた消えた天狼と同時に刹那で消え去った。

 闘気と魔力を併用したスレイと素の天狼が存在する亜光速の世界、周囲の全てが静止している。思考加速し亜光速の思考でスレイは対応を考えると同時思考分割で敵との戦力差を分析する。速度は同等、力は劣る。天狼の攻撃を受け流すのに徹する。体感時間はかなり長いが、現実の時間は全く動いていないのと同様。自らと戦いながら考え事とは余裕だなと語る天狼、会話を行おうなんてそっちこそ余裕じゃないかとスレイ。念話を使うスレイに感心し、余裕ではなくスレイと同じく思考を加速し分割しているだけだ分かるだろうと告げる。意思を交わす間もスレイが一方的に傷つき、天狼有利で推移する。再度スレイが吹き飛ばされた。亜光速の世界から弾き出され、ジュリアが援護魔法と回復魔法を掛ける。ジュリアの援護魔法でスレイの能力は一時的に向上する。今の隙にスレイを倒せるだろう天狼は余裕か、状況を見守っている。回復魔法によりダメージは回復し、スレイはまた天狼と同時に亜光速の世界へと突入する。援護魔法の効果で、戦いは互角へと推移する。天狼は感心したように告げる、思考加速と分割は使いこなし、念話も使い、闘気と魔力の併用などもやってのける、人としても年若い身だろうに、これほどの力を身に付けるとは、と。無限に近い一瞬の中、意思の交感は続く。天狼はそろそろ決めると言い放つ。不味いっ、とスレイは刹那の判断でジュリアの前方に静止した。

 突然現れたスレイはジュリアに防御魔法の展開を命じる。ジュリアはすぐ防御魔法を呪文で展開する。スレイは不足だと双刀を携えジュリアの前に立つ。天狼が口を大きく開き出現した。周囲に影響を全く与えない完全な指向性の咆哮が放たれる。威力は空間を歪め、2人に襲い掛かる。スレイは全力で強化した双刀で空間ごと咆哮を切り裂く。爆音。背後の森の一画が消滅するも2人は無事だ。スレイは両腕にダメージを負っていた。慌ててジュリアが回復魔法を掛け、傷は癒えた。スレイはイリナの咆哮とは威力も制御も段違いの咆哮に驚愕の声を零す。スレイがイリナと知り合いだった事に驚き、そして逆にスレイの化物具合に言及する天狼。回復まで待ってくれたのは余裕か?過ぎた余裕は身を滅ぼすぞと言ってのけるスレイ。天狼は笑い、フェアでは無いからと、スレイに本気を出すよう告げる。自らの全てが見破られている事に苦笑するスレイ。お言葉に甘えさせてもらおうかと言うと闘気と魔力を融合し純エーテル強化を発動した。循環する純エーテルは双刀も強化し、光が眩く輝く。純エーテルの強化に驚きの思念を発する天狼、どこか楽しそうな様子だ。スレイが戦闘の再開を告げると同時、スレイと天狼は完全に同時に消えていた。

 スレイは純光速に至り、思考加速と分割を以て天狼と渡り合う。天狼も神気を以ってスレイと共に純光速へと至り、2人以外の世界は完全に静止していた。そして戦況が変化する。紅刀アスラが天狼の毛皮を切り裂いた。瞬間、紅刀アスラから流れてくる意思にスレイは驚きの思念を零す。どうしたと尋ねる天狼、その刀なら我が毛皮を切り裂くのも驚く事ではあるまい、と。戦闘は続く、と蒼刀マーナが天狼の毛皮を切り裂くと同時、今度は蒼刀マーナから意思が流れてくる。そして完全に繋がった双刀からスレイに情報が流れ込んでくる。双刀はディラク刀の形を持つ。剣神フツによりディラクの民のみに伝えられた製法、故にディラクの刀鍛冶達にドワーフ達は対抗意識を持つ。故にこの双刀を創り上げたのもまた剣神フツだと予想はしていた。それにしてはシークレットウェポンの中では平凡な性能に疑問を覚えてもいた、そして今疑問は解消され、双刀の特殊能力にスレイは狂喜する。伝説レジェンド級どころか究極アルテマ級すら越えていると。双刀の特殊能力、それは。紅刀アスラは敵の血を啜り、蒼刀マーナは敵の精神を喰らい、無限に成長する力だった。今までは主と認められていなかったが、今は刀自身がスレイに語りかけてくる。双刀は主と認めた者と完全に繋がり主の一生が終るまで仕え続ける。もはやスレイ以外はこの双刀に触れる事すらできない。主たる者が死んだなら、双刀の成長はリセットされる。使い手が成長すれば必然敵も強くなり、敵から血を啜り精神を喰らう双刀もより成長して行く。かつて勇者王により双刀は捨て置かれ、ギルドマスターの元へと渡ったが、その判断は間違いだった、そして双刀こそが主を選別していた。純エーテル強化、天狼を傷付けた事、これだけこなしやっとスレイは双刀に認められた。この先双刀とスレイは共に成長していく。最高の武器あいぼう達だとスレイは笑った。天狼に勝利宣言する。勝ち誇るのはまだ早いと反論する天狼。暫し変わらず推移する戦い、だが、天狼を何度か傷付けた後、戦況が変わる。天狼がよろめき、疑問の声を上げる。スレイは攻撃の怒号を上げる。純エーテルの強化のリミッターが外れる、スレイは超光速へと到り、まだ神気の強化に余裕を残していた天狼も同時に無意識に純光速へと到る。世界から隔離される二者。高位多次元機動で天狼を攻めるスレイ、と双刀の柄のディラク刀としては簡素な設えに、スレイに光速の数倍の思考よりなお疾い閃きが奔り、思考が追いつく間もなく身体が動く。最大威力の込められた双刀の一撃、咄嗟に爪で防御耐性を取るも、衝撃が無い事に驚愕した天狼は奇術の如く逆手に持ちかえられ寸止めされた双刀を見る。笑みを浮べるスレイ、一人時間差攻撃、刹那で隙を抉じ開けたスレイは逆手のまま怒涛の連撃を繰り出す、隙を作られ、為す術も無く倒される天狼。全ては始まりの一点へと収束し、スレイと天狼は通常の世界と時間軸へ回帰する。ジュリアは彼女にとっては刹那で突然現れた光景、双刀を天狼の首筋に当て、天狼に降伏を促しているスレイを見て混乱する。スレイの言葉に敗北を認め、薬草を譲る事を告げる天狼。スレイは天狼に勝利した。

 SS級相当探索者閃光ダリウスは自らが仕える2人商王カイトとその娘アリサの行動予定に立場を分かっているのかとひたすら叫び声を上げる。やれやれとカイトは分かっているから自分で行くのだと答える。アリサもまた自分達以外が行ったら色々理由を付けられて無料で高級なアイテムを提供させられると告げる。まったくこの父娘おやこは、とダリウスは頭を抱えた。少々強欲ではあるが正論ではある。ただ彼らのフレスベルド商業都市国家の現議長とその娘という立場を考えなければ。その上カイトは議長というだけではない。普通の商家の次男坊として生まれたカイトは自分の店を持つ為大胆な行動に出る。商品として伝説の武具やアイテムを扱う為、迷宮都市で探索者となったのだ。自らS級相当探索者になり、その功績と迷宮で入手した商品を売り上げた利益で“商王”とまで呼ばれるようになり。商人としても辣腕で、そのまま商業都市国家内でのし上がる。彼の創り上げた店は商会となり、この国家内でも最大手となり、彼自身の手腕で議会の議長にまで上り詰めた。成長を続ける彼の勢力は、国家の在り方すら変えるのではと恐れられる程だ。だが周囲の評価と裏腹に、彼は腰が軽く自分で動く性格だ。彼の護衛として雇われた自分が彼の独断専行を抑える今の状況を思い、ダリウスは溜息を吐く。溜息はいけない運気が逃げて行くと告げるカイト。ダリウスは絶対カイトが行かねばならないなんて事はないと諭す。関心を見せたカイトはダリウスを促す。ダリウスはカイトの下にも使える人材が居る事と、自らの威圧があれば、事はそう悪く進まないと告げる。だがその提案をアリサが容赦無く否定した。今回の面子の中でダリウス一人頑張っても意味が無いと。驚くダリウス。アリサは今回集まる非常識な面子、SS級相当探索者全員と元々クロスメリア王国に居る勇者達の前では、ダリウスでも力不足だと告げ、止めに竜皇と魔王もやって来ると付け加える。驚愕するダリウス。追い討ちにこれで自らが行かねばならない理由が分かっただろうとカイトが言う。更に物騒な、無法な真似をされたなら、フレスベルドの財力を用いて、流通を滞らせると脅すなどという台詞を付け加える。論外な面子に匹敵し、カイトも論外だった。そこまでの暴言を吐いてでも対抗するつもりとは。愕然とするダリウスに、アリサが近付いて励ます。今回は相手が悪いけど、決してダリウスの事を頼りにしてない訳じゃないと。更に気遣うようにいざという時に護ってくれると頼りにしてると告げる。救われた様にダリウスは感謝の言葉を告げようとする。と、いざとなれば盾にして逃げ帰れるでしょうし、と告げたアリサにダリウスは叫び声を上げた。いつも通りダリウスを弄って楽しんだ2人は、楽しげに笑っていた。

 暫し経ち、天狼の子に残す為、ジュリアはほんの僅か薬草を集め袋にしまう。スレイは回復魔法で傷は全て塞がるも、純エーテル強化の副作用で倦怠感があり、座りこんでいる。天狼は既に傷が塞がり、綺麗な純白の毛並みに戻り、悠然と立つ。どちらが勝者なのか分からない有様だ。ジュリアは天狼に礼を述べる。賭けに負けた我に礼を述べられてもな、と苦笑する天狼。確かに薬草はスレイが勝ち取った正当な権利だが、天狼の子にとって貴重な事は変わらず、天狼がスレイに全力を出す時間を与えて、手心を加えてくれたのも勝利の一因なので礼を言わねばと言うジュリア。薬草については本当に僅かな量で寧ろ感謝していると、時間を与えたのはスレイの全力を見たいという好奇心からやった事で期待以上の物が見れた、寧ろ満足感すら覚えていると告げる天狼。スレイも自らの限界を天狼のおかげで超える事ができたと礼を言う。双刀について、シークレットウェポンとしても異端の物だろうと告げ、鞘について尋ねる天狼。スレイは良く知らず、ギルドマスターに聞けば分かると思うと答える。天狼はすぐ確認する事を勧める、元々の鞘で無ければ成長した切れ味に耐え切れなくなるだろうし、鞘自体に隠された能力もあるかもしれないから、と。忠告に感謝するスレイ。そんなスレイに天狼は告げる。自らに勝ったからと言え過信するなと、世にはもっと強者が居ると。天狼に匹敵するのさえ竜皇や魔王だと思っていたジュリアは驚愕する。笑い天狼は自らと同等、そして自らより上位の者達の名を連ねていく。スレイはボソリと、闇の種族が傍観に徹していたとはいえ、それ以上の強者達が居ても邪神の打倒は叶わず封印が精々だたのだなと呟いた。それにただ1人下級ではあれども邪神の1柱を倒した人間の男が居たと答える天狼、続けて最上級のイグナートは格が違い、封印できた事すら信じられないが、と告げる。下級とはいえ邪神を倒した人間が居るという事実に驚くジュリア。美神ミューズの恋人だった男で、唯一闇神アライナの魂ごと消滅させる粛清から生き残った“天才”だった、がイグナートの前では一瞬で殺され輪廻の輪に帰ったがと答えた。天才という言葉に二者に相違が生じる。そして唯一邪神打倒の鍵だった男だが、結局イグナート前では無意味だったと天狼は溜息を吐いた。スレイは自らが会った事のある2柱の邪神について天狼に尋ね、両方上級の邪神だと知り、自らの運勢に嘆息する。2りは天狼に別れを告げると、飛翼の首飾りで森を出て、都市まで歩いて戻る。能力値を確認すると2人共レベルが上がり、特にスレイの伸びは顕著であった。そして2人は都市へと帰ったのだった。

 スレイは職業神の神殿の酒場でジュリアから近況報告を受けていた。無事、知人の娘は天魔病から快復したそうだ、だが、魔法が今までより扱えるようになり、新しい魔法を習得したがり大変らしい。学園での成績も魔法分野が急激に伸びているらしい。天魔病の逸話から将来はSS級相当の魔術師になるかもしれない。ギルドでは森の異変に多少騒ぎがあったらしいが、特にその後何かが起こった訳ではないので、静観の構えだ。と、ジュリアは語る。スレイもリリア経由でギルドマスターに双刀について尋ね、鞘は双刀とセットで、何らかの機能はありそうだが、調べても分からなかったと聞いた。尤もあれから双刀自体から知識が流れ込み、鞘の機能は強度が双刀に合わせて成長する物だと分かったが。そしてジュリアが何やら言い篭る、スレイがハッキリ聞くと、フィーナとデートしてやってくれないか、と告げるのだった。

 来てくれた事に礼を言うフィーナ、待たせたと詫びるスレイ。しかし待っていないと、ちょっと前に着いた所だしまだ約束の一時間前だと答えるフィーナ。楽しみで仕方なくこんなに早く出てきてしまったのだと。少しだけど待っていた時間も楽しかったと告げ。スレイもこんなに早く来たのに驚いたと言う。スレイは頷くと、行くかと告げる、今日1日で見せたい場所が沢山あるからと。今日1日しかデートしてくれないんですか?と尋ねるフィーナに、誘いがあったら何時でも歓迎さ、ただあんたの休みは滅多に無いんだろう、それに始めてこの都市を歩き回れるんだから色々見たいだろうと思ってな、と答える。それじゃあゆっくり行こうと言うフィーナ、今度スレイとデートする時に楽しみを取っておかないと、と。そんな好かれる事をした覚えは無いんだがと困惑気味のスレイ。勝手にスレイに幻想ゆめを持ってるだけだから気にしないでくれと言うフィーナ。幻想ゆめという言葉にスレイは疑問の声を上げる。そんなスレイにフィーナは本来の職業神ダンテスの教義、人の持つ本来の無限の可能性を拓く事を告げ、現在の探索者やクラスアップというシステムは対邪神の為だけに生み出されただけの筈、と言う。物憂げな表情をするフィーナは。探索者となりクラスアップをし、安易に力を求める姿勢がダンテスの教義に沿っているか悩んでいると告げ、スレイを見つめ愛の告白をする。フィーナが見たスレイの道はとても広く大きな輝きに満ちていたと、そんなスレイなら何か答えを与えてくれるのではないかと期待する内、恋焦がれるようになっていた、と。スレイは自嘲するように、自分はそのシステムを利用し、誰よりも安易に力を求める男だと言う。だがフィーナはそれでいいと言う、自分が勝手にスレイが答えを与えてくれるという幻想ゆめを見ているだけだと、そして自らの想いも勝手な物だと、スレイはスレイらしくあればいい、そう思うと。フィーナは表情を明るく快活にし、仰々しい言葉でデートの続きを催促した。嫁に来る訳でも無いのにその言葉は、と苦々しい顔をするスレイに、先の事は分かりませんよ?と笑うフィーナ。そして、デートが始まり、スレイも色々とプランを考えていたが、フィーナが今日は自分の行きたい所にいかせてほしいと言い、そのまま服屋へ連れていかれた。店員と色々交渉しスレイ用にミスリル絹の黒い上下の服のセット8000コメルを自ら宛の請求で買おうとするフィーナ。慌てて自分で料金を支払うスレイ。躊躇うフィーナに、スレイはすぐに料金を支払い店を出た。フィーナは疑問を投げ掛ける。スレイは僅かに眉間に皺を寄せフィーナに言う。スレイの物をフィーナの金で買おうとしないでほしいと。フィーナはこれが伝え聞く男のプライドって奴なんですね、と得心したように言う。しかしジュリアから聞いたがスレイは装備をずっと変えないままでしかも一部に穴が開いた物をそのまま使ってるとか、きちんと気を使わないとだめですよ、と説教する。わかったと告げ、次に行く場所を決めようとするスレイだが、スレイの手を掴み、歩き出すフィーナ。スレイは外出は初めてだった筈では、と尋ねる。都市のガイドブックを読み漁ってたから色々な店を知っていると答えるフィーナ。次に連れて行かれた靴屋で、スレイは牛鬼の革のスニーカーを買う羽目になり、5000コメルの散財をした。装備関係は落ち着いたが、喫茶店を見やりフィーナがあれをやろうと言う。スレイはカップルが2人で1つのコップから2本のストローでジュースを飲む光景に頭を抱え、勘弁してくれと告げるも、勘弁はしてもらえず、羞恥に耐えながら、フィーナと同じ真似をする事になった。一日中スレイはフィーナに振り回され、散財をするも、最後までフィーナを楽しませ、現在。職業神の神殿の巫女の宿舎のフィーナの部屋。不味い事だと思うも、嬉しそうなフィーナの顔に拒否できなかった。と、今日一日の散在を思いカードを見てみる。その残高に、頭が痛くなる。明日、迷宮に潜る事を決意する、とベッドに座ったフィーナが静かな瞳で見つめてきていた。どうしたと尋ねるスレイ。無理して死ぬような事だけは止めてくれと、自分もジュリアも他の人も既にスレイを大事に思っていると、スレイにとっても同じだと自惚れていると告げるフィーナ。分かったと告げるスレイ。死ぬことに恐怖は無いが、大事な物や果たさねばならない責任がある、命を粗末にするつもりは無い、それでいいか?と尋ねるスレイに、フィーナは、はい、と明るい笑顔で頷き返すも、突然頬を染め、視線を彷徨わせる。昼の告白も有り、スレイは彼女の態度の理由を理解し、自ら切り出す。自らの女性関係を告げ、だが今フィーナの事を抱きたいと思っていると。あわてたように回らない口で奇声を上げるフィーナに口付けすると、押し倒すスレイ。心の準備ができてない待ってくれと言うフィーナに、待たないと言うと、スレイはフィーナの着衣に手をかける。フィーナの事が好きだから強引にでも抱くと、他の誰にも渡すつもりは無いと。こんな時間に男を部屋に誘う意味も理解してもらわないとな、と告げる。頷き、昼間と同じく仰々しい台詞を言うフィーナ、今回は本当に俺の物にするから間違い無いなと告げるスレイ。できる限り優しくするから耐えてくれ、と言うと、スレイはフィーナの上に覆いかぶさっていった。

 郷里の妻と息子を心配し、ぐだぐだとする現在最も有名なSS級相当探索者鬼刃ノブツナを、娘のシズカが容赦なく叱咤する。母は鬼姫トモエと呼ばれるS級相当探索者、兄に至っては智謀では父など比較にならず、神童ノブヨリとまで呼ばれる身、刀しか能の無い父を残すよりずっと安心だと。容赦の無い娘の突っ込みに、黒髪に黒瞳で三白眼の40代ながら20代に見える男、鬼刃ノブツナが情け無い顔をする。娘に妻に似て容赦が無くなってきたなと言うノブツナ。何時も繰り返される父娘のやり取りに、厭きた灰髪と灰瞳の美女、シチリア王国宮廷騎士団長兼宮廷魔術師団長たる魔狼フェンリルがシズカ殿の仰る通り細君トモエ様の勇猛さもご子息ノブヨリ様の知者ぶりも我が国においてすら知られる事、また貴方の国は他の国と比較にならない程成長しディラク統一も間近、今更何を心配するのか、と述べる。と、氷王アイスがノブツナに対する気遣いと共感と庇うような台詞を告げる。流石にそれには3人共驚きに凍りついた。氷王アイス。非情な厳格な治世と、常に凍り付いた表情から呼ばれるようになったシチリア王国の国王の二つ名だ。探索者でも無いのに二つ名を持つ、氷の如き主からの気遣いの言葉にフェンリルは耳を疑った。しかしノブツナは、アイスの言葉に共感し、感動した表情を見せ、理性とは別に妻と子を心配してしまうのはどうしようも無いよなぁ、と同意を求める。それに答えるよう、アイスもまた慈母と慈愛の姫などと呼ばれる妻子が心配で仕方無いと相槌を打つ。家族の事で意気投合した二人は一献やり始める。アイスの言動に疑問を投げかけるシズカに、フェンリルはあのような主の姿は初めてだ、知りたく無かったと答えた。と、アイスがフェンリルに自らの子供らと同じぐらいの年齢で探索者になった有望な若者が居るという話があったなと切り出す、引退した身とは言えクリス爺とアース爺が1年半で戦闘なら自分を超えたと太鼓判を押したとか、名は何といったか、と。スレイだと答えるフェンリル。ノブツナは18歳で探索者になるのは別に珍しくないと思うんだが、その2人は?と聞く。5年前まで我が宮廷騎士団に勤めていた騎士と宮廷魔術士団に勤めていた魔術師で元A級相当探索者だと答えるアイス。それを僅か1年半で超えるとは武においては息子に見習わせたいところですな、とノブツナ。そんなに凄いんですか?と尋ねるシズカに、実物を見た事は無いですが、才能のみなら私さえ比較にならないなどと2人は言ってましたね、と答えるフェンリル。そしてフェンリルは静かに、話に出たスレイという青年を、今回の事のついでにスカウトするかと考える、対しシズカは純粋な好奇心で私と同じ年でそんなに凄いんだったら私も会ってみたいなーと呟いた。

 早朝、目を覚ますと、フィーナが疲れ果てたように掛け布団にくるまり、スレイに抱きつき眠りについていた。昨晩のことを思い出す、最初は痛がるフィーナに遠慮し優しく加減していたが、治癒魔法で痛みが消えた後は、限界までフィーナを抱き続けた。体力が違うのだからフィーナが疲れ果てるのは当然だ。制御できない欲望に、少し後悔する。そしてスレイは手紙を書くと、そのまま窓から飛び降り宿舎から立ち去った。
 
 宿に戻るとすぐにフレイヤとカウンター越しに遭遇する。フレイヤは苦笑して、一つ注文してきた。サリアに謝ってやってほしいと。安請け合いするスレイ。どうやらサリアにも心配を掛けたようだしな、と。あら、わたしだって心配していましたよ、色々と。と告げるフレイヤに勘弁してくれ、埋め合わせは今度すると言うスレイ。あら?わたし高い女ですよ?と艶やかに告げるフレイヤに、本当に勘弁してくれ、とスレイはぼやいた。

 朝、サリアはスレイを見るなり、つーんとそっぽを向いた。スレイは優しく話しかける。
「サリア、昨日はごめんな。どうやら心配をかけたみたいで」
「ふーんだ、ちゃんと帰って来ないスレイお兄ちゃんなんてスレイお兄ちゃんじゃないもん」「本当にごめんよ、変わりに今日の朝はサリアと遊んであげるから機嫌を直してくれないかな?夜もなるべく早目に帰ってくるようにするから」
「本当?もう帰ってこなかったりしない?」
「ああ、もしかしたら用事があって帰ってこれないこともあるかも知れないけど、その時はちゃんとサリアに教えるよ」
「うーんとね、それじゃあね、朝は色々遊んでね?それで夜は絵本を読んでね」
「ああ、分かったよ」
 朝食後、約束通りスレイは朝の間はずっとサリアと遊んだのだった。

【猛牛の迷宮】地下25階
 昼にスレイは、上級迷宮の段階を飛ばし、未知迷宮の【猛牛の迷宮】へと挑戦していた。 今のところはミノタウロスや牛鬼など、迷宮の名に相応しく、大陸のモンスターと島国の妖怪というアンバランスな構成のA級のモンスター達だ。もはやA級のモンスターなどスレイの敵でなく、怒涛の勢いで地下25階まで来ていた。換金用の部位やアイテムを集めるのは忘れない、急な出費で懐が寒いし、何時急な出費があるか分かったものでは無い。それでも驚異的なスピードで突き進むスレイは特異な雰囲気の広間へと踏み入った。
 事前の情報通りかと、すぐに臨戦態勢に入り闘気を巡らせ確かめる。闘気は全く使えない。この迷宮は地下75階までは探索されている。神々の結界で地下25階には闘気が使えない広間が、地下50階には魔力が使えない広間があり、地下75階には闘気も魔力も使えない広間がある。地下25階と50階の広間の情報は、攻略したパーティから齎されたが、地下75階の広間の情報は、なんとか逃げ出し脱出したパーティから齎された。その為情報はあっても地下75階を攻略したパーティは居ないという事になっている。
 闘気も魔力も無しでS級のモンスターの群れと戦うなど、流石にS級相当探索者のパーティでも攻略不可能な難易度だ。SS級相当探索者達がパーティを組んだとしても難しいだろう。考えながらも闘気での強化を放棄、魔力操作のみの強化を果たしたスレイの前にミノタウロスと牛鬼の群れが現れる。スレイは魔力操作のみのトップスピードである亜光速で群れを縦横無尽に斬り裂いて行く。魔力を用いてる為、亜光速でも物理法則に縛られず存分に暴れられる。そして怒涛の刀舞と炎の魔法により敵の一掃を図るも、生き残ったモンスターの群れを見て疑問に思う。A級モンスター・ミノタウロスの一部だ。良く観察し、装備を見て納得する。完全な耐火性能の装備をしていたのだ。
 ミノタウロス達がA級モンスターたる理由は様々な装備やアイテムを使いこなす知性である。耐火装備をしていたのは一部だが元々の数が多かった、かなりのミノタウロスが残っている。スレイは水弾を生み出しミノタウロス達に当て、続いて思考分割で用意していた雷撃を高速詠唱で解き放つ。元々水弾の電解質を含んだ水で濡れていた所に、雷撃を受けたミノタウロス達は大ダメージを受け全滅した。スレイはそのまま探索を続ける。

【猛牛の迷宮】地下50階
 時々S級モンスターのエアレーや牛頭鬼も出るようになってきた。だが闘気と魔力の併用の純光速で鎧袖一触に敵を葬り去り、思考加速と思考分割でその速度を完全に制御し迷宮を突き進むスレイは、あっさり地下50階の広間に辿りつくと、魔力が阻害され闘気術のみになるのを感じ、敵の出現を待ちながら考える。自分の宝への縁の無さを。適当に道を選んだというのに、自然と最短ルートを突き進み、結局宝の類には出会えていない。しかも探索者になってから常にそれだ。運勢:Gの業の深さを知る。
 と、大量のモンスター達が出現する。分類はA級のミノタウロスと牛鬼、S級のエアレーや牛頭鬼が半々だ。スレイは闘気術のみのトップスピードの亜光速で敵の只中を通り抜けてる。物理法則に縛られた亜光速の動きは、空間を歪める程の衝撃波を発生させ、モンスター達をズタボロにする。S級モンスターは何体か生き残っているも、遠距離より刀を振るい発生させた衝撃波で追撃し、一気に敵を全滅させた。しかし闘気術のみで物理法則に縛られ亜光速を出した反動はスレイの肉体に返ってくる。内側も外側もボロボロで、特殊な素材の装備だけが無事な状態だ。スレイは広間から出て治癒魔法を掛けるため、次の階へと下りていった。
 
【猛牛の迷宮】地下75階
 治癒魔法で回復したスレイは、再び純光速で敵を倒しながら、アイテムの回収のみは忘れず迷宮を突き進んだ。出現モンスターは全部S級となり、エアレーや牛頭鬼の他モレクという新しいモンスターも出現したが、関係無く突き進む。そして問題の地下75階に辿り着く。広間に入った瞬間、闘気も魔力も全く使えなくなったのを理解する。そして登場したS級モンスター達が大集団でスレイに襲いかかる。強化が無しでもスレイの敏捷はSSSだ、雷速の動作は可能である。小手調べに刀を振るった衝撃波で攻撃を仕掛けてみる。しかし流石にS級モンスター、大してダメージを与えられない。スレイは覚悟を決める。
 双刀は敵の血を啜り精神を喰らいたそうに妖い惹かれる輝きを強め鼓動のように瞬いている。愛刀の輝きに後押しされ、敵の只中に雷速で飛び込む。スレイが飛び込み生じた衝撃波に耐えた敵モンスターを、双刀を振るい的確に仕留めていく。敵の攻撃を受け流しスレイは死の舞踏を舞う。敵を斬れば斬る程双刀の妖しい輝きは増し、スレイの動きも洗練される。刀術に関わる特性が実戦の中で噛み合い洗練昇華され、スレイ独自の刀術が生まれる。
 力は敵の方が強いため、攻撃のベクトルをずらし受け流す。スレイは敵の力を受け流すのみならず、力を操作し自らの攻撃へと活かせるようになっていた。敵モンスターは全てスレイの戦闘力を高める為の糧となり血の海に沈んだ。そして換金用の部位やアイテムを回収する。すぐに階段を下り、広間を脱出した。そして魔法で身を清める。最後に感じた違和感と能力値の確認の為、スレイはカードを取り出した。そして新しい特性を見つけ、違和感に納得する。敵の力全てを利用できる特性。化勁について認識すると情報が脳内へ刻まれる。他にもそれら特性を全て噛み合わせる事で、スレイは自分が全く新しい刀術を編み出している事に気付き、剣士として成長を実感する。喜びを感じながら治癒魔法掛け、魔力回復薬で魔力を回復させ、今度は強化を使わず迷宮を進んでいった。
 
【猛牛の迷宮】地下100階“軍神の間”最奥の広間
 最下層の最奥の広間の手前で立ち止まりスレイは眉を顰める。EX級の敵のプレッシャーを感じたのだ。更に地下75階と同じ違和感も漂っている。このままなら闘気も魔力も無しでEX級の敵と戦う所だった。無茶な難易度設定に、神々の正気を疑う。が気付けて良かった。スレイには純エーテル強化という切り札がある。そのまま闘気と魔力を融合し純エーテルを纏うスレイ、静かに双刀を抜き放つ。双刀はますます妖しい輝きを強めていた。そしてスレイは広間へと突入していった。
 
 違和感が襲うも純エーテル強化は解かれず、スレイはその場に立つ。奥へと視線を移す。奥には四目六臂で人の身体に牛の頭と蹄を持つ、巨大な化物が佇んでいた。EX級、神々に召喚された異界の神たる蚩尤。蚩尤はスレイに目を向けゆっくりと口を開く。
『また小うるさい探索者か、ここを探索者が訪れるのはいったい何百年ぶりであろうな?しかも今回は尻の青い小僧っ子が1人だけか。群れるのがお得意な探索者のくせに1人でここを訪れるとはな、ここを訪れた者は群れていても例外なくあの世を送ってやったというのに、よほど命が惜しくないと見える。まあ良い、お主も先達達の後を追わせてやろう』
 脳裏に意味が自然と叩き込まれる。どうやら数百年前にはここに辿り着いた者達が居るらしい。そして皆、蚩尤にその命を奪われたようだ。尤もだ、蚩尤から漏れる神気に邪気は強力で人が敵うとは思えない。だがスレイは負ける気がしない。自らの刀術と純エーテル強化そして成長した双刀が勝利への確信となる。躊躇いも無い、蚩尤の邪悪さは感じられ、蚩尤の台詞からもここを訪れた探索者達を殺している。刹那、光速の数倍の速度域に突入、無拍子と特殊な歩法で時系列を超越、敵の懐に入り込む。スレイは構えも溜めも無く全開の威力で攻撃を連続で放つ。EX級だけあり、スレイと完全に同時に蚩尤も神気で光速の数倍の速度域に突入している。2人は同時、ヴェスタの防衛本能で世界から隔離されていた。蚩尤が無数の楯でスレイの連撃を防ぐ。だが僅かにスレイの速度が上回る。押し込まれ、ついには肩を斬り落とされる蚩尤。罵声を吐くと同時蚩尤は無数の戦斧で反撃する、だがスレイは全てを防ぎ逆にカウンターで大きなダメージを与える。悲鳴を上げる蚩尤は無数の弓矢でスレイを射て来る。それもまた全て防ぐと同時、全く動作の入りを見せずスレイは蚩尤の背後に回った。防ぐ暇など無かった。蚩尤の頭が容易く刎ね飛ばされる。そして静止し、両者は始まりの一点、通常の時系列へと回帰する。一方的な戦い。EX級の異界の神たる蚩尤を、スレイは完全に圧倒して勝利した。自らの成長を実感するも不足も自覚する。下級の邪神ですらEX+級、まして最上級の邪神憤怒のイグナート。頭抜けて強力な邪神。その力は如何ほどのものか。スレイは気を引き締め、アイテムと換金部位を回収、そしてカードを取り出し能力値を確認した。Lvが上がるのみでなく、なぜか魔術師系の無詠唱の特性がある事に疑問を覚えるが、成長を確認したスレイは迷宮を脱出した。

 クロスメリア王国、王城内、練兵場。
 1人の青年が壮年の男にいなされ続ける、疲れ果てた青年は悔しげに叫び声を上げる。
「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょうッ!!なんでだよッ!!俺は生まれついての勇者だぞッ!!なんで勇者に成り上がった紛い物なんかにこんなッ!!俺が負けるはずなんて無いんだッ!!」
 禁止されている闘気術を用いて、壮年の男に斬り掛かる青年。しかしまたあっさりと壮年の男はあしらうと、青年は今度は気絶し動かなくなっていた。介抱し救護所へ運び込むよう指示し、次の者を呼ぶ。進み出た少女もまた先程の青年と同じく傲慢な表情を浮かべている。壮年の男は内心溜息を吐き、どこか疲れた表情で、再び同じ作業に戻るのだった。

「それで、どうかな?我が王国が誇る生まれつきの生粋の勇者たる3人の問題児達は?少しは教育の成果はあったかな?」
 クロスメリア王国、王城内、玉座の間。玉座に座る勇者王アルスが問うた。50代ながら20代の青年に見える。アルスに質問された壮年の男、近衛隊副隊長狂風ジルドレイは、呆れたように答えた。
「どうもこうもありませんや。相変わらず3人共やんちゃが過ぎる上、生まれついての勇者なんてプライドに縋り付いてちっとも変わりやしません。あれじゃあ使い物になりませんぜ」
「使い物にならない、か。それでは困るのだがな?なんとしてでも使い物になるようにして貰わなければ。なにせあの3人は我が国の象徴となって貰わねばならない生粋の勇者であり、ましてや邪神復活の兆し有りなどという報告を受けた今では、唯一邪神封印の術式を使える、実質的にこの世界の切り札と呼べる存在なのだから」
「そいつが困ったところなんですよねぇ。なんで神さん達も、俺たちみたいな努力で得た実力で以て勇者の称号を得た者に封印の術を与えるんじゃなく、生まれついての職業が勇者なんて存在を創って、そいつらに封印の術を与えたりしたんだか」
 そして目の前の主君勇者王アルスと、闘仙と火炎姫の二つ名を持つ部下2人の称号:勇者3人の能力値を思い出す。明らかに職業:勇者の3人よりも邪神を封印する役割に相応しい能力を持っている。
「そんな生まれや環境でまともに成長するなんて、それこそ奇跡でも起こらにゃならんでしょうに。現にほら、あいつらは3人とも度が過ぎるプライドなんてもんのせいで、どうしようもありゃしない」
「まあ、古い文献を遡れば我等が神々も大概だしな、何か下らない理由があるのかもしれんな。それはともかく、やはり難しいか」
「ええ、いくらズバ抜けた素質を持って生まれたと言っても、言っちゃあ何ですが、陛下やカタリナ王女、それに俺どころかマグナスにマリアの二人にさえ戦士としちゃあ及びませんよ。実質今のこの宮殿での最高戦力は、今挙げた称号:勇者の5人であって、生まれついての職業:勇者の3人どもは下手するとS級相当探索者にさえ劣っている可能性も高いですね」
 そう言ってジルドレイは更にレベルが99まで上がるのだって確定しているっていうのに未だにあのレベルの低さ、それもこれも生まれた時に職業:勇者と判明した事に狂喜した親の教育の所為だと愚痴を零す。アルス王は溜息を吐く。
「逆にカタリナ王女、なんですかあの化物は。女の身で18才で出奔して、たった5年で勇者としての称号を得て帰って来るわ、能力値だけなら陛下すら超えてるわ。経験の差でまだ何とか俺の方が戦いでは上手ですが、そう遠くない内に俺でさえ勝てなくなりそうな勢いなんですが、いったいどんな育て方をしたんですか?」
「それは喜べばいいところなのか、それとも怒るべきところなのか?」
「まあ、喜んどいてくださいよ。間違いなくカタリナ王女は本物だ、あの3人とは格が違う」
「これはもう、今回の会合で集まる面子に刺激を受けて、急に目を覚ましてくれることにでも期待するしかないか?」
「そのぐらいしかないんじゃないですかねぇ。ヤンもエミリーもライバンも、一度外の奴等に手痛くやられて世間というものを知らなきゃどうしようもないんじゃないかと。……ただ手痛くやられすぎて再起不能になってもらうのも困りますが」
 2人はなんとか3人の職業:勇者の扱いについて話し合う、邪神復活の兆しがある今彼ら3人が切り札である事は間違い無いのだから。そう世界は未だ邪神を殺した男の転生を、“前期・対邪神殲滅兵器”“特性:天才”という存在を知らずにいた。

 その日スレイは日頃の礼代わりにリリアと共に都市をデートしていた。デートコースの選択はリリアに委ね、スレイは財布役に終始する。都市を回り楽しみ、そして現在とある装飾店。展示された装飾品の数々に紛れ魔法のアイテムが混ざっていた。値段もかなり安い。スレイはリリアに尋ねる。
「リリア、ここはどういう店なんだ?」
「あ、気がついた?ここの店主のおじさんなんだけど、少し前までは探索者をやっててね。でも夢は自分の店を持って自分の作った装飾品を売るっていう、職人希望の探索者さんだったのよ。そうして少し前の探索で、資金も溜まったのでお店を始めたらしいんだけど。自分の作った装飾品を売るついでに、探索者時代に集めたもう必要の無いアイテムも処分目的に一緒に売りに出してて、かなり安くてお得なのよね。店を開いたばかりでまだお客さんも少ないから、結構な穴場なのよ、このお店」
 納得しつつ、リリアの情報通っぷりに、そういえば自前の情報網を持っているなどとも言っていたな、と案外情報屋が天職なのではないかと考える。と、突然奇声が上がった。
「あ~~~!!貴様!!あの時の、何故またリリアさんと一緒にお前がいる!?」
 そこにはあのダグという男がいた。取り巻き5人も引き連れている。頭を押さえるスレイにどうでも良さそうなリリア。
「何故と言われれば、デートしていたからだが?」
「リリアさん、貴女ともあろう人が、何故このような者とデートなど!?」
「別に、私が誰と一緒に何をしてようと私の勝手でしょ?あなたには全く関係の無いことよ」
「何をおっしゃるのですか?貴女はいずれ私の妻となる方だ、その貴女が他の男とデートだなどと、黙っていられる筈が無いでしょう」
「あら?私が何時貴方の妻になるなんて決まったのかしら?以前貴方の父親の公爵様を通してされた求婚には、丁重にお断りの返事をお父様がしていたはずですけれど」
「ハハハッ、面白い冗談を仰る。建国以来の伝統ある我が公爵家に断りの返事など、いくら照れ隠しとはいえ、笑えませんよリリアさん」
「現に以前騒ぎを起こした時、あなたのお父様である公爵様は、あなたの馬鹿な行いにお怒りになられて、暫く部屋に軟禁されたと聞いているけれど」
「何故ですか!?何故私が駄目で、そこの冴えない男ならいいと言うのですか!!?そこの男が最近“黒刃”などと呼ばれて調子に乗っている探索者だからですか!?それならほら、私も最近探索者になりましたよ!Lvだって着実に上がっているし初級職としては最高位の騎士になりました!そこの男は剣士職なのでしょう!?私ならいずれはそこの男だって超えてみせます!!」
 探索者カードには確かにダグの名前が記され、Lv16、職業:騎士と書かれている。
「ふぅ、馬鹿ねぇ。そんな物見せられても、どうせ貴方がそれだけのLvになれたのは、後ろの人達とパーティを組んで経験値を分けてもらっていたのでしょう?」
 言葉に詰まるダグにひたすら冷たい表情で探索者なんて関係無いと言い放つリリア。
「私はね、あなたの事別に嫌いではないわよ?」
「そ、それでは私とッ……」
「でもね好きでもないの、言ってしまえば無関心、貴方のことなんてどうでもいいのよ。貴方は何か勘違いしているみたいだけれど、想いの価値は互いに等価ではないのよ?想いを寄せたから相手が当然答えてくれるなんて、そんな事はありえないのよ」
 永久凍土の如く冷たく硬い言葉に凍りつくダグに追い討ちを掛けるよう、リリアはスレイが好きだと、多分始めてみた時から一目惚れだと、貴方のおかげで気付けたと言い放つ。
「何故、何故その男なのですか?せめて理由だけでも」
「一目惚れに理由なんか無いわ」
「も、もういいッ、貴女のことはどのような手段を使ってもいずれ必ず手に入れて見せる!!それより今は邪魔なそこの男を排除しなければッ!お前達、やってしまえ」
 自らを取囲む男達にスレイは忠告する。
「どうしてお前達がそこまであの男に従うのかは分からないが、もう止めにしないか?実力差が分からない訳じゃあるまい」
 黙って近づいて来る男達に大した忠誠心だ、仕える相手を間違えたなと告げる。と、何の予備動作無しにスゥっと輪から抜け出す。全員スレイを見失う。そのまま5人はあっさりとスレイに気絶させられていた。
「ひ、ひぃっ?!!」
 ダグが怯えて逃げていくと同時、店の奥から店主が現れ、店内に倒れた男達を外へと放り出し、水を浴びせて追い払った。リリアが謝罪する。
「店内で騒がしくしてしまい申し訳ありません」
「お客様は神様だ。お前達は確かに客であちらは違った、ただそれだけの事だ。何も気にすることは無い」
 そして店主はポンとリリアの頭に手を置いて、まあ頑張れ、と激励した。リリアの頬は赤く染まる。店主は、店の奥へと戻って行った。リリアはスレイに告げる。
「スレイくん、後で話があるの。この後スレイくんの部屋に行ってもいいかしら?」
「わかった。先程の話だな?」
「ええ。それじゃあ、この話は後にしましょうか?」
「そうだな、丁度良い品物も見つけた事だしな」
「指輪?それがどうかしたの?」
「いやなに、リリアにはこの都市に来てから色々と世話になっているからな、そのお礼にプレゼントをしようと思ってな。この指輪にかかってる魔法は護身用の物で、自動で発動してかなりの長時間に亘って結界でリリアのことを守ってくれるはずだ、それともう一つ」
 今度は目の前に二つの、これもまた明らかに魔法の品と分かる首飾りを掲げるスレイ。
「これは通信用の2個セットの首飾りだ、互いに首飾りをかけた者同士なら、念じるだけでかなりの遠距離まで念話が通じるようになっている。リリアが何か危険な目に遭った時、指輪の結界の中から俺に念話で助けを求めてくれればいつでも俺が助けに行こう」
「えっ?」
「会計を頼む」
「よくこれらのアクセサリの効果が分かったな」
「まあ、昔から色々な本を読み漁っていたからな」
「しかも、女の子へのプレゼントでこれらの品物を選ぶセンスには脱帽だ、かなりのポイントが稼げるだろう。お前、その歳でよくもまあそこまで気が利くな、よほど女慣れしてるのか?」
「まあ、散々幼馴染達に教育されたからな」
「ふむ、そうか」
「それじゃあ店主、首飾りの一つは俺がこの場で身につけるからそのままで、他二つの商品を包装してくれないか?」
 そのまま渡された首飾りを身につけ、包装された品を受け取ったスレイは料金を支払う、安いとは言え魔法の品、所持金は一気に減っていた。そのままリリアの元へ戻ると包みを渡すスレイ、リリアは満面の笑みで礼を言う。
「ありがとう、スレイくん。今日からすぐに身につけるから、何かあったら助けに来てね」
「ああ、わかった」
 リリアの笑みに、やはり女の笑みには勝てないなと、スレイは笑った。

 宿のスレイの部屋で2人きりになるとリリアが落ち着き無く辺りを見回す。
「お、男の子の生活してる部屋の割には綺麗に整理されてるわね」
「まあ、物が少ないからな」
「何を笑ってるのよ」
「まあ、リリアが俺に話を切り出せないで緊張しているところにかな?」
「し、仕方無いでしょう。こういうの全く慣れてないんだもの」
「すまない、先程の話だが、その話の前に言っておきたいことがある」
 そして真剣な表情のまま自らの女性関係について話すスレイ、がリリアは拍子抜けしたような表情だ。
「なんだ、それだけ?」
「それだけ、とは?かなり重大なことだと思うんだが」
「そのぐらいのことならもうとっくに気付いてるわよ。全員じゃないと思うけど、貴方と相手の態度を見れば何となくね」
「リリアはそれで構わないのか?」
「その話は、まず私の話をすませてからよね?それじゃあ言います、私ことリリア・アルメリアはスレイくんの事が好きです、始めて見た時から一目惚れでした、私と付き合って下さい」
 言った後、脱力し倒れそうになるリリア。
「おい、大丈夫か?」
「っはぁーっ、緊張したー」
 そしてリリアは答えを求める。
「それでスレイくん返事は?」
「俺は複数人の女性を好きだと言って、しかも関係まで持っている。いや、それだけじゃない。この都市に来る前の過去にまで遡れば、俺が関係を持って責任を取らなければいけないような女性はかなり多数存在する。リリアは本当にそんな俺でいいのか?」
「ああ、そのことね、すっかり忘れてた。それじゃあ言うね、全然構わないわそんな事。だって私、自分の相手としてスレイくんしか考えられないし、スレイくんが私とも真剣に付き合ってくれるならそれで構わない」
「どうしてそこまで?」
「それだけ、スレイ君が魅力的ってことよ。私のお父様だって、あれで妾を5人くらい持ってるのよ?たまたま私の母親は正妻だったけど、お父様は全員を平等に愛しているわ。それでね、あのね、私が聞きたい答えは私と真剣に付き合ってくれるか、私のことが好きかどうかだけなのよね。どうなのスレイくん?」
「それはリリアのことは好きだ、真剣に付き合いたいとも思ってる、だが……」
「はい、そこでストップ!私の聞きたい言葉はもう聞けたわ。それ以上の言い訳は必要無い、私を含めて全員を平等に真剣に愛してくれるならそれで構わない。だから、ね」
「絶対に死なないで、それだけが私が貴方に願うことよ」
 口付け、リリアを押し倒すスレイ。
「リリア、悪いがもう止まれない、お前が欲しい。その気持ちが強くてもう限界だ、いいか?」
「いいか?って言ったってもう止まれないんでしょう?聞く意味が無いんじゃない?ただ、私はそこまで覚悟してここに来たつもりだから構わないわ。ただ、なるべく優しくしてね?」
 そのリリアの言葉に、スレイはリリアの初めてを存分に味わい尽くすのだった。

「こりゃ、何をへばっとるか、情けない」
 十代の少年が、倒れるケリーに水を掛け上から覗き込んでいた。しかし彼は既に齢84だ。老人、クロウは何度もケリーを気絶させてはこうやって叩き起こすと繰り返していた。弟子入りしたといえこんなスパルタ教育は予想外だ。なんとか治癒魔法で回復する、おかげで治癒魔法の腕も飛躍的に上がっていた。クロウ“刀神”の名を冠された元SS級相当探索者の扱きはまだ終らない。
「それじゃあ気絶前は、1000本勝負の内まだ794本しか終わっていなかったから、あと206本、続きをするぞい」
 容赦無い無茶苦茶な内容、ただひたすらに打ち合いを続けるそんな鍛錬、クロウから一本取れれば免許皆伝だという無理な条件。クロウは手加減し、助言もしてくれる、がそれを実践してみせろとは無理がある。だいたいステータス差がありすぎる。クロウのステータスは規格外だ。クロウの息子で現在最も有名なSS級相当探索者鬼刃ノブツナのステータスも資料で見た事があるが同じく規格外な代物だった。化物親子め、と悪態を吐く。ケリー自身はS級相当探索者では上位だと自負があるが、目の前の化け物からハンデ付きでも一本取れるとは思えない。しかも慣れない二刀流を扱わされている。絶対二刀を使わねばならない訳ではない、両手で同じだけ剣を使える事が目的だ、その上で武器があり片手が空いているなら勿体無いから両手で武器を使えと言う。以前片手の剣を放り投げ、一本の剣を両手で握り全力の一撃を放った際は褒められた、がそんな邪道を用いても掠る事すらできないのに悔しさは倍増だ。速成の為、日常でもケリーは全て左手を使わされている。治癒魔法の使用は上達を速めるのに役立つから推奨されていた。そして夜は型稽古だ。型とその意味を徹底的に叩き込まれ毎晩徹底的に繰り返す。意味を理解して型を極めれば応用などいくらでも利くらしい。このような日々が始まりおよそ1ヶ月。切っ掛けは姉マリーニアの占術での始まりの迷宮の事件の現場検証だ。最初はそのような事件に姉を使う理由が分らなかった。邪神が関係すると聞いたが眉唾だと思っていた。しかし姉は確かに邪神の力を感じ衝撃で気絶した。目を覚ました姉の顔は蒼白だった。そんな姉とケリーにギルドマスターは世間的には死亡している元SS級相当探索者刀神クロウと白姫サクヤ夫妻への弟子入りと表舞台への再びの誘いという任務を与えられたのである。明日で弟子入り期間は終わる。再びの現役復帰の回答を聞かされるのも明日だ。そしてケリーは再びクロウへと打ちかかっていくのだった。
 
 マリーニアは魔法理論をサクヤに習っていた。20歳程の美女であるマリーニアに対しサクヤは十代の美少女に見え、教える者と教わる者が逆に見える。だがサクヤの教える内容は今まで彼女が学んできた魔法理論とは圧倒的にレベルが違った、そしてあらゆる方法を用いて強引に短期間でその内容を詰め込まれている。クロウとは別の意味でスパルタであった。だがマリーニアとサクヤではあまりに能力に差が有り、正直心が折れそうになる。唯一サクヤに勝るのは固有の能力である占術ぐらいだろう。しかしサクヤは小剣も扱えばそこらの達人程度のレベルでは無いというのだからデタラメだった。しかし明日までに出来る限りの事は学ばなければならない、また機会があるとは限らないのだから。
「ふふっ」
「あ、あの何か可笑しかったでしょうか?」
「いいえ、そうじゃないわ。ただ家は息子が1人だけで、その息子は刀一筋。そしてお嫁さんも薙刀の扱いが得意の武闘派で、それに孫達が成長する前に私と夫は世間一般には死んだという事にしてこうして隠居しちゃったから、夫と違って誰かに物を教えるというのが始めてなので、ちょっとそれが面白くって」
「え、そうなんですか?サクヤ様ぐらいの方になればそれこそその薫陶を受けたいという人は後を絶たなかったんじゃないんですか?」
「ええ、それはまあそういう人も多かったですけれど、若い時分は私も自分の研鑽や魔法の研究に没頭してて断ってばかりだったのでね。なので、貴女が私の始めての、そして唯一の弟子という事になるでしょうね」
 緊張を覚えるマリーニアにサクヤは宥めるように寧ろ自分の方が嫉妬していると言う。
「え?サクヤ様が私に嫉妬?」
「そう、あなたの持っている占師の能力はとても得難いものだわ。それに、もう既に“星詠”なんて二つ名を持っているのでしょう?その方向性を極めれば、その分野では私が遠く及ばないような存在になるでしょうね」
「そ、そんな」
「それに貴女はまだ若いわ、これから色々と経験を積めば、能力値では測れないような人の力も理解できるようになる筈よ?能力値で勝る相手に勝つ方法だってこの世には色々とあるわ、私の始めての愛弟子だもの、貴女の成長には期待しているのよ?」
「は、はい!!期待に応えられるように精一杯頑張ります!!」
 そうしてマリーニアはサクヤの教えに没頭するのだった。

 結局ケリーはクロウから一本も取れずマリーニアは学ぶべき事を残したまま期限を迎えた。人里離れた山の中、木製の大きな家の中、食卓で2人は同じく席に着く師2人の返事を待つ。と、クロウが細長い布に包まれた物体をケリーに投げ渡す。
「これは?」
「まずは開けてみい」
 ケリーが包みを開けると、二振りのディラク刀が入っていた。
「まけにまけて、お主は免許皆伝じゃ。免許皆伝の証にそのヒヒイロカネ製のディラク刀“桜花”と“散葉”をくれてやる」
「し、しかし結局俺はクロウ様から一本も取る事ができませんでした、このような物を貰う資格は……」
「まあ、そう言わずに受け取ってあげてください。こう見えてこの人貴方の事を気に入って認めていますのよ、最近の若い者にしては骨があるって。それに結局息子は自分独自の刀術を編み出して、武器も自分自身の為のシークレットウェポンを自分で入手してしまったので、ある意味クロウの刀術を純粋な意味で継ぐのは貴方という事になりますわ、だから自信を持ってくださいな」
「は、はい!!」
「ふんっ」
 今度はサクヤが空中から一冊の書物を取り出しマリーニアに差し出した。
「これは?」
「その書物は、特殊な魔法を使って私の知る限りの魔法理論を全て詰め込んだ物です。空間魔法と文字の圧縮を行い、何時でも私の及ぶ限りの知りたい知識を読む事ができるようになっています。結局全てを伝えきる事はできませんでしたが、貴女は私の唯一の弟子ですわ。その書物を私と思って、これからも精進してくださいな」
「あ、ありがとうございます!」
「それじゃあ、行くぞい」
「え?」
「え?じゃないじゃろう、え?じゃ。御主等、当初の目的を忘れてるんじゃあないじゃろうな?」
「あ!」
「ようやく思い出しおったか、御主等はゲッシュの坊主に頼まれて、わし等を連れ出す為に来たんじゃろうが」
「そうでした、すみません、あまりの喜びに我を忘れていました」
「それじゃあ、お二人共、探索者ギルドに来てくださるのですか?」
「ええ、昨日の夜にクロウと話し合ってそう決めたわ」
「邪神が出てくる可能性があるとなってはのう、ここで何時までも隠棲決め込んでる訳にもいかないじゃろう。それにまあ、良い機会じゃ。息子の成長も確かめたいし、邪神をただの一部だけとはいえ退けたという小僧の事も気になるしのう」
「それに、久しぶりに孫達にも会いたいですしね。再び表に出る良い機会だと思ったのですよ」
 伝説に謳われる“刀神”が、再び歴史の表舞台に立った、それが顛末である。

 次の日の早朝、リリアは血の付いたシーツを恥ずかしそうに洗いそのまま帰って行った。フレイヤは全て分かっているような笑みを見せていたが。スレイはふと関係を持った女性達の事を考える。目的を果たして、責任がある状態で都市を離れる事ができるのか自問する。またこの都市以外にも責任ある女性は居る。不誠実さに苦笑いしながら、魅力的な女性に好かれる事は喜んでいた。ろくでもない男だと自覚する。ただ全ての女性に対し本気だというのだけは言い切れた。

 スレイは都市を一人で歩いていた。たまには一人になりたい時もある。贅沢な話だが、そんな気分で、その状況を満喫していた。と、都市の真っ只中に怒声が響きわたる。
「いたか!?」
「いや、こっちの道にはいなかった、市民への聞き込みはどうなってる!?」
「何件か怪しいローブを着てフードを被った人物の目撃情報はありますが、流石にそんな相手には誰も関わりたいとは思わないようで、せいぜいそのぐらいしか」
「くそっ、早く見つけないと、あの人の性格上どんな騒動を起こすか分からないぞ、早く見つけ出すんだ!」
 クロスメリア王国騎士団である、これは珍しい事だ、独立志向が強いこの都市に王国の騎士が入ってくる事は滅多に無い、探索者ギルドとの交渉が面倒だからだ。これだけ入り込んできているとなると、余程の大事なのだろう。が、気にせずスレイは通り過ぎる、と。
「そこの方、危ないですからどきなさい!」
 頭上から女性が一人落ちてくる、近くの建物から飛び降りて来たのだろう。よほど自分の身体能力に自信があるらしい。が、身体は自然と動いていた。着地しようとした女性の足を払う。
「え?」
 女性を強引にお姫様抱っこの形で受け止めた。呆然とした女性の顔が覗く。豪華さをくり抜いたらこうなるだろうという絶世の美女だった。と美女はすさまじい勢いで顔を赤く染める。
「な、何をなさるんですの!!」
「いや、美女が上から降ってきたもので受け止めてみた」
「うふふふふっ、貴方面白い子ですわね」
 上機嫌な様子になった美女は、自らをエスコートするように言い放つのだった。

「それで、あんたの名前は?」
「そうねぇ、リナと呼ぶことを許してあげるわ。それじゃあ貴方のお名前は?」
「スレイだ」
「そう、スレイって言うのね。でもさっきの、それだけ若いのに相当できるのね。わたくしをあのようにしたのは貴方が初めてよ」
 意味ありげな意味深な言葉、やたらと親しげな態度、腕を組み胸もわざと押し付けている。周囲から嫉妬の視線が集まるがそれは気にならず、ただ親しげな態度に困惑する。
「うふふ、貴方誇っても良くってよ。わたくしをあのように驚かせたのなんて、お父様やジル以外じゃ貴方が始めてだもの」
「それで、どんな場所の案内がご所望なんだ?」
「そうですわね。なるべくならここ最近、半年ぐらいの間にできたような新しいお店がいいですわ。わたくしも半年前まではここに居ましたのよ?」
「そうだな、俺も約1ヵ月前に来たばかりなので、この都市のことはまだ良く分かっていないんだが」
「あら?そうなんですの?てっきりその年齢では珍しい、熟練した探索者なのかと思ってましたわ」
「なぜそう思ったんだ?」
「そうですわね。なんと言いますか、風格というかプレッシャーというか、そういう物が一般の人と全然違ってて、大きな力を感じるんですわ。結構正確ですのよ、わたくしのこの勘。そうですわ、貴方のその風体からして探索者なのは間違ってませんわよね?カードを見せて頂いてよろしいかしら?」
「悪いが、結構秘匿したい部分などもあってな。名前、Lv、年齢、職業だけならかまわないが」。
「わかりましたわ。確かに出会ったばかりの相手に、そこまで見せたりできませんわよね。それでは見せて頂けますかしら?」
 スレイはカードを取り出して見せた。
「えっ!?」
 驚愕の表情を浮かべるリナ。
「あ、貴方!たった約1ヵ月で43までLvを上げましたの!?いったいどれだけの無茶をしてきたの!?」
「確かに相当な無茶はしてきたと思うが、そんなに珍しい事か?俺の友人達はエルシア学園の卒業生だが、もともとのLvが15くらいだったのが、この約1ヵ月で40ぐらいになっているぞ」
「それはそれで確かに早い成長ですけれど、まだLv40くらいまでなら納得できますわ。けれど、そのLv40を越えているということが問題ですのよ。通常Lv40を越えた辺りからLvを上げるのは難しくなってきて、10上げるのに年単位という事も珍しくありませんのに。わたくしでさえ……」
「あんたでさえ、なんなんだ?」
「いいえ、なんでもありませんわ。とにかくそれだけあなたの成長速度は異常だと言うことですわ。年齢だって18だなんて、物腰が落ち着いているのでてっきりもっと上、わたくしと同じくらいだと思ってましたわ。だいたい年上の人間に対する口の利き方がなっていませんのよ」
「あいにく、相手が誰であっても、基本的に態度は変えないことにしている。不愉快だったらすまないが、無理に俺と関わらない方がいいんじゃないか?」
「本当に、口が減りませんわね。ですがまあ、無理に取り繕った言葉よりはずっとマシですわ。それじゃあ話を戻しますけれど、この都市の最近の人気スポットや新しくできたお店なんかはわかりませんの?」
「新しくできた店舗やらは把握できていないが、最近の人気スポットなら、だいたい把握しているぞ。友人達や知り合いと一緒に行くことは多いからな」
「わたくしを案内して楽しませてくださいな、ちょっと変わった探索者さん」
「わかりました、それではご案内致しましょう、お姫様?」
 一瞬、リナがビクリと反応するも、すぐに元に戻る、そして2人の都市巡りが始まった。

 知る限りの流行・人気スポットを見て回った後、リナは鋭くスレイを睨んでいた。
「なんだ?さっきから。言いたいことがあるならさっさと言ってくれないか?」
「いえ、良くこんなデート向きな人気スポットばっかり知っていたものだと思いまして、貴方、実は相当な女ったらしなんじゃなくって?」
「いや、そんなことは無いと思うが」
「やっと見つけましたよ姫さん。全くあんたってやつぁ、いつもいつも人に苦労させてくれる。さぁ、とっとと帰りますよ」
 と現れる40代程の壮年の男、男はリナに向い手を伸ばすもスレイが横から掴み止めた。
「なんですか姫様、この小僧は?ヤンチャをするのはいいですが、あんまり他人を巻き込まないようにして下さいよ。おい、小僧、邪魔をするな。俺はこれからこのお転婆姫様を連れて帰らなきゃいけないんだからな」
「あんた達がどういう関係かは知らないが、ちょっと過保護すぎるんじゃないか?こいつだってちゃんと帰るべき時には自分で帰るだろう。保護者が必要な少女と呼ぶにはちょっとばかり薹が立ってる気がするんだが」
「なんですって!?」
「あははははっ、こりゃあいい、最高だ!!」
 リナが怒りの表情を浮かべ、男が大笑いする。だが、と続ける。
「悪いがお姫様の我侭と、ヤンチャな坊主の相手をしている暇は無くてな、少し眠ってろ」
「ちょっと、ジル、お止めなさい!」
 ジルの放った一撃を逆に捻りジルの体勢を崩すスレイ、慌ててジルは体勢を立て直す。
「小僧、お前何もんだ?」
「ちょっと待ちなさいジル、その子はわたくしが都市を案内させただけの子よ、何を警戒しているのか知らないけどお止めなさい!」
「スレイという者だ、今は一介の探索者をやっている」
 ジルが剣を抜き、合わせスレイもアスラを抜く。
「シークレットウェポンのディラク刀だと?しかもその禍々しい妖気、本気で何もんだお前さん」
「だから、ただの一介の探索者だと言っているだろう」
 そうして一瞬、2人は交差した。
「ちっ、浅いか」
「くっ」
 一方的に傷ついたジルが切り札の狂化を発動しようとしたその時。
「っ!?」
「!?」
 巨大なハルバードが振り下ろされ慌てて飛びのく二人。ハルバードは十字の巨大なクレーターを作り、二人の動きを止めていた。
「お止めなさいと言っているでしょう」
 リナはハルバードを肩にかつぐ、恐らくは魔法の袋を使ったのだろう、普段使う道具の思わぬその利便性にスレイは驚きを感じる。
「もう、わかったわ。ジル、わたくしは今日はこれで帰りますから剣を収めなさいな。それとスレイ、無謀なのはあまり感心しませんわよ?」
「スレイって言ったなお前さん、決着ケリはまた会った時に付けるとしようや」
「ああわかった、それで構わない」
 スレイはあくまで静かに言葉を返すと、リナに向き直る。
「あまりお転婆なのは止めておくんだなお姫様?それではな、今日はそれなりに楽しかった」
 その場から立ち去ると、スレイは言葉とは裏腹に意識せず愉しげに笑いながら呟いた。
「あれが、近衛隊隊長・姫勇者カタリナとそのシークレットウェポン、究極アルテマ級、聖十字斧槍ホーリー・クロスストライク。それに近衛隊副隊長・狂風ジルドレイとそのシークレットウェポン、究極アルテマ級、風剣ミストラル、か。まったく、今日はとんだ厄日だったな」

「ねぇ、ジル。貴方が一方的に怪我をするなんて手加減したのかしら?」
「いや、とんでもねぇ、本気も本気でしたさ。思わず切り札の一つ狂化を使いそうになったぐらいでさぁ。流石にミストラルの能力までは使う気はありませんでしたが、あいつぁ間違いなく本物だ。あの年頃であれとは、本気でいったい何者なんで?」
「ただの一介の探索者だそうですわ、この都市に来てから約1ヵ月だっていう、ね。ちなみにLvは43で中級職の剣鬼でしたわ、能力値までは見せてもらえませんでしたけど。でも、そう、ジルが本気でやって、ジルに傷を付けたんですの」
「い、1ヵ月でLv43ってのぁどんなでたらめな奴ですか!しかもLv43でLv99の俺に傷をつけるたぁ……。うちの職業:勇者どもにもちったぁ見習わせたいですな」
 そう言って、ジルドレイは明らかに先程の青年よりレベルは上でありながら、自らに傷一つ付けられない問題児3人を思い出し溜息を吐く。
「しかし俺は姫様以上に化物らしい人間を初めて見ましたよ。しかも今の姫様の態度、どうやらついに遅い春がやってきたみたいですな」
 にやにやと笑うジルドレイ。
「まあ、それも当然ですか。切り札を使えば今はまだ負ける気はしませんが、あれがそのまま成長したらどんな化物になるやら、楽しみなような恐いような。年齢は少々若すぎる気がしますが、というかむしろ姫様が行き遅れなんですが、それなりに年齢が近くて姫様に釣り合いが取れる相手なんて始めてですからねぇ」
「遅い春?化物?行き遅れ?そう、あなたはわたくしのことそんな目で見ていたんですのね?覚悟はいいかしら」
「ち、ちょっと待っ」
 そうして、人気の無い公園に男の悲鳴が響き渡るのだった。

 中央の国家群のとある街道に3人の少女が佇み傍には小さな白い竜が浮かび周囲には野盗の群れが倒れ付していた。3人と一匹は言い争う。話の中身は3人の少女真紀・セリカ・出雲は日本からアラストリアという異世界に勇者として呼ばれ、魔王を倒し、一人の我侭でその魔王より強敵が居る世界を望み、二人がそれに巻き込まれ、互いに文句を言い合っている様だ。下級邪神にも匹敵する自らの力をこの世界ならと誇示しようとする白い小竜フルールだが、この世界に渡るのに力を使い果たし、結局それは果たされない。しょんぼりしながらも、野盗の一人が持つ探索者カードを見せ、この世界の探索者システムについて説明する。手抜きのゲームというセリカの言葉に賛成しつつ、邪神と戦う為作られた急造の成長システムだから仕方無い事を説明し、探索者と呼ばれるのは神々が作り上げた効率良い成長の為の迷宮群である事も説明。またランクの不自然さについても神々が自らを至高のEX級に最初に定めた結果、その枠を超えた者が出てきてしまった所為でEX+や規定不能などが生まれた事。そして神々と邪神についての説明をする。また職業システムについてもセリカは手抜きと感じるが、これで圧倒的な個に対抗する為には効率的なシステムなのだと諭す。そして自らが総合的にSSS級相当という事で、EX級の存在について知ろうとする真紀に、フルールはSS級相当の人間でも一芸に秀で、3人以上の者も居るし、とりあえずは迷宮都市に行こうと告げる。ただ、最後に一つ、徹底的なまでのその脅威を説明し、邪神にだけは手を出さないように告げる。流石に息を呑み頷く3人。そして異分子がこの世界ヴェスタに紛れ込んだのだった。

【???】???“???”???
 異分子の混入に気付くも気にしない邪神達、クライスターの解放は終わり中級邪神の解放に向かうロドリゲーニは一番最初に欲望の邪神ディザスターを解放していた事を告げる、スレイの前世であるオメガに仕えた裏切りの邪神の解放に疑問を呈するクライスターに、ロドリゲーニは舞台を整えているのだと告げる。また他2柱の上級邪神は自ら封印の解放を試みているようだし、最上級邪神イグナートに到っては、自らに相応しい敵の到来を待ち、大人しく何時でも破れる封印の中に居るだけだし、これで楽しい遊戯が始まる、楽しみで仕方無いと告げ、去る。クライスターは思惑に乗るのは気に入らないが仕方無い、精々派手に踊ってやるかと告げるのだった。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。