セニアカー
忘れもしない。
あれはそう、先週の金曜日。
御蔵山から平尾にかけてのポスティングをした日だった。
一軒一軒、お家のポストにチラシを入れて歩き回る私のお仕事だ。
御蔵山は山のこっち側、平尾は山の向こう側。
このルートは山を上って下る、坂道の多い過酷な道。
400枚のチラシを片手に、3時間歩き回った。
澄んだ青空と照りつける太陽の下、背中に汗を滲ませながら、最後のチラシを配り終えた。
膝が嗤っている。
ここから営業所には今越えてきた山を戻らなければならない。
少しその場で休みたかったが、次の仕事がある。
ふぅと一息ついて、一歩ずつ帰り道を歩き始めた。
足が重い。鉛の靴を履いている気分だ。
山を登り始める辺りに差し掛かった、その時だった、あれが現れたのは。
前方の十字路を右から左に横切る老人。
年のころは米寿を迎える頃だろうか。
山を登る坂道を、モーターの回る音と共に。
自分でも歩くことは出来るのだろう。座席の背面には杖が携えてある。
セニアカーだ。
ご老体に易くはない斜面を、車輪が力強く進んでいく。
そのときは何も思わなかったが、十字路を左に曲がったとき、違和感を覚えた。
・・・追いつかない。
歩くのは人より速いほうだ。
ご老人より遅い訳がない。
じきに追いつくだろう、そう思った。
次の角を左に曲がる。
私も左に曲がる。
追いつかない。
セニアカーはコーナーを攻めているわけではない。速いラインを意識して走っているわけでもない。
ただ普通に走っているだけだ。
確かに私は満身創痍だ。
いつもより歩行速度が出ていなかったかもしれない。
それにしても、納得できない。
相手は80歳を過ぎたご老体だ。
セニアカーも特別速いイメージはない。
むしろ遅いと思っている。
追いつかない。・・・が、離されもしない。
ずっと私の10m前方を走っている。
意地になってきた。
走れば簡単に追い抜けるだろう。
私は24歳だ。
華麗にオーバーテイクできる自信がある。
そうではない。
重要なのは歩いて追い越すことだ。
そこに拘らないと意味がない。
俄然燃えてくる気持ち。
そんな矢先、
見てしまった。
歩道の左側に光る四角いアレだ。
照りつける太陽に水分を奪われている私にとって、
それはまるでオアシスのように見えた。
その前で立ち止まってしまった。
コインを入れ、ボタンを押し、出てきた缶の栓を開け、思う。
セニアカーはもういなくても良い。
追い越すことは出来なくても、
永遠と10m先を走行されるよりは、
いつもの帰り道をいつも通り歩いたほうが、気が楽だ。
前方を向いた。
まさかだ。
20m程先の道路の端に停車している。
何をしているかはわからない。
驚きと同時に、心に浮かんだ。
今なら距離が詰められる。
それどころではない。
追い抜ける。
はやる気持ちを抑え、一歩足を踏み出した。
まだ止まっている。
どんどん距離が縮んでいく。
まだ止まっている。
その差10m程まで縮まったそのとき、
動き出してしまった。
さっきと同じ距離感。
悪夢だ。
状況は何も変わらない。
手にジュースが増えただけだ。
少し坂が急になった。
うぃーんというモーター音が少し低くなる。
速度が落ちるかに見えた。
落ちない。
モーターがより力強く車輪を回し、地面をつかみこんでいる。
なんというトルク感。
敵ながら天晴れだ。
・・・
セニアカーが右に曲がる。
私の帰り道は直進。
セニアカーが視界から消えた。
負けたのだ。
疲れがドッと湧き出てくる。
気持ちが折れてしまった。
帰り道が長く感じる。
携帯電話を取り出した。
迎えを呼んだ。
溝渕さんが迎えに来てくれた。
助手席に座った私は、敗北感を吐き出すように、こう言った。
「もうダメだ」
溝渕さんは言う。
「大丈夫!」
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