複式簿記がやってきた!

明治初期簿記導入史と商法講習所
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明治初期の小学校簿記教科書の発展


1.「馬耳蘇氏記簿法」を採り入れた問題集


 「馬耳蘇氏記簿法」…学制頒布後、文部省が刊行した小中学校の記簿法の教科書。当時、福沢諭吉「帳合の法」や加藤斌「商家必用」があったが、文部省は自ら小、中学校教科書を編集刊行して「その体裁を表示」しこれを整備する方針であった(明治9年2月制定 報告課編纂書籍取扱心得)。初等教科書としては大冊に過ぎたが、実用書として会社等で広く長期にわたり利用された。
馬耳蘇氏記簿法試験問題 / 高松 久次郎編
東京 吉田直次郎刊 明12.2
和46丁 23cm
Nishikawa-51
(内容)「馬耳蘇氏記簿法」の第一巻の例題だけを集めたもの。取引内容を箇条書きにし、検査問題に続く。検査応答あり。表形式の部分は回答なし。

簿記提要(人民必携)復式之郡 / 山田 十畝著
大阪 吉岡平助 明13.4
2冊(121,115p) 19cm
Nishikawa-62
(内容)所蔵は第二篇「複式の部」のみ。本文はブライヤント、複記温習はマルシュの「エレメントオブブックキーピングインドーブルエントリー」(「馬耳蘇氏記簿法(複式)」の原著)の問答を抜粋している。付録の勘定書、二算法もマルシュのもの。下巻は横書きで、上巻の本文に対応した「複記簿冊雛形」「複記第一式」…「複記第四式」「勘定書雛形」で構成される。横書き、アラビア数字。
(本文)「他日高等簿記の著述ある可きも原理に至りては一に此の複式に異ならず会社所用の簿記に至りては大に此の書の簡便を酌むもの夛からん然らば此の書も亦た目下に益する所少なからざるべし」

簿記講習全書(試験例題) / 戸田 十畝著
大阪 北村孝次郎 明18.7
186,50p 19cm
Nishikawa-86
(内容)「記簿総則」「実地応用試験例題」「為替手形約束手形」の3編からなる甲と、別冊として乙の「諸簿面記入式様」がある。ブライヤントの式に準拠。
(本文)「我邦簿記の書を公行する既に少なからずと雖も商家日用に供するものは実に二三の書に過ぎず予が先年著訳せし簿記提要の如きも亦た世に行はるる所の一たり何ぞや速成を要する今日にありて順路を徐行するに暇あらざるを以てなり…此書は速成簿記学の階梯なることを忘却することなかれ」






2.日本人編集の教科書へ


「馬耳蘇氏記簿法」は文部省が学校教科書として出版したものであるが、授業時間その他の事情に合わず、難易度も高かったため、もっと簡単な教科書の編集が急がれた。下記は西川先生が「日本簿記史談」の中で取り上げた小学校教科書類。

記簿法獨學 / 栗原 立一著
名古屋:賣弘書林(片野東四郎),1876.8(M9)
1冊;23cm
Eb-380**
(内容)初めて日本人が編集、小冊簿記書の最初のもの、一欄式仕訳帳。金銭出納簿、日計簿、差引精算簿、総計算表を例示。縦書き、日本数字。
(著者)愛知県士族、愛知県師範学校教師。愛知師範学校が簿記書の先駆けとなったのは、校長の伊澤修二が熱心だった(「記簿用筆算を設るの件」を文部省に建議、学校管理用帳簿等の整備を行った)ことによる。
(本文)「今余が此小冊子を著す所以の者は幼童小子をして其方法の一班を窺はしめ他日此学に入るの階梯となさんと欲するなり」

小学記簿法独学 / 城谷 謙訳
京都:文求堂,明11.12
和50丁;23cm
Nishikawa-31
(内容)単記法(日記帳、金銭出納帳、元帳)から複式(総勘定差引帳)へ展開。横書き、アラビア数字。
(例言)「此書は唯記簿法を示すものなれば此書を誦読するのみを以て記簿法を学ぶ者となすべからず学ばんと欲する者は?く先づ此帖に就て順次手数を歴て之を写すべし熟後種々思考して諸事の記簿法を試むべし」

小学記簿法 / 遠藤 宗義編
甲府 山梨県師範学校 明11.12
和24丁 23cm
Nishikawa-21
(内容)金銭出入帳、日用帳、大帳に限って教授。例題、各帳簿、試問からなる。それ以外の帳簿は「記簿専門の師につきて学習すべし」。縦書き、日本数字。
(本文)「我国従来記簿の法ありと雖も其法煩冗にして欧米諸法の簡便なるに如かず今馬氏記簿法及び帳合の法等を参酌し以て小学生徒に授けんとす」

小學簿記法 / 山田 尚景編輯
東京 : 山田尚景 , 明13.2
19丁 ; 23cm
Eb-96**準貴重資料
(内容)凡例、略説、単式、複式からなる。縦書き、日本数字。
(本文)「現今簿記法の書世上に夥多ありと雖も精なるものは繁に簡なるものは粗にして未だ小学用に便なるものを看ず」「該書は学科多くして学期の少なき小学校用に便せんか為め編輯せるものにて十数時間に習了し得んを期す」

小学記簿法 単式 / 吉田 忠健編
京都 杉本甚助 明13
和2冊(36,59丁) 22cm
Nishikawa-64
(内容)ブライアント、マルシュ、チャンブルの著書(「帳合之法」「馬耳蘇氏記簿法」「商家必用」?)を折衷し、編者の意見を加えたもの。初編2冊は単記、後編2冊は複記(所蔵は初編のみ)。横書き、アラビア数字。
(凡例)「学者を教育するは高尚の学科も要用に属すと雖も小学校に於ては日用の学を急にすべき地なれば記簿法の如き日用の業は最も先に学ばざる可からず是れ此著ある所以なり」

*普通小学帳合法(容易) / 篠塚 武編
会津若松 田中善平 明13.5
和55丁 23cm
Nishikawa-60
(内容)残高式元帳、十・百・千を用いた古来の記数法(縦書き)。問答、手扣帳例題、帳合法設題からなる。
(緒言)「頃日翻訳諸書を参考にして大いに悟る可きあり仍て今茲に朝夕手扣帳より春耕秋収等の民間に妥当なるもの数十題を蒐輯して小冊子をなすに至る」

小学簿記学教授書 / 熊野 秀之輔著
京都 福井正宝堂 明17.2
和53丁 22cm
Nishikawa-79
(内容)単式。「米国イヂフホルツム氏の価値交換論に従ふ」。横書き、アラビア数字。
(著者)「公務の暇一小冊子を著し」
(緒言)「簿記の書続々梓に上ると雖概ね皆其法を記するに止まりて其理を講するもの少し」
(その他)内務省版権免許

高等小学簿記法 / 佐久間 文太郎著
大垣 垣安慶介等 明20.9 訂正再版
和31丁 23cm
Nishikawa-92
(内容)単式・複式の区別を概略説明後、単式に於いて商売のはじめから決算に至るまでの方法を例示。最後に演習問題。帳簿は日記帳、元帳、金銀出入帳及び品物帳の四種のみ。横書き、アラビア数字。
(緒言)「簿記法の書世に夥多なりと雖其精密なるものは繁に過ぎ簡易なるものは粗に失し且演習問題等を掲げざるものあり」「本書を教授する時間は毎週二時間にして二十週に卒る目的を以てせり」
(その他)文部省検定済

高等小学簿記教科書 / 桑原 秀吉著
東京 文盛堂 明20.8
1冊19cm
Nishikawa-113
(内容)総論、例題、復習問題、応用問題、付録(雛形)日記帳、仕訳帳、元帳、試算表、資産負債表、損益表。横書き、アラビア数字。
(その他)洋本。上下を合冊?表紙(成美堂)と表題紙(文盛堂)の出版者が異なる。

*高等小學校用簿記學教科書 / 三浦 千代次郎編
東京 : 原亮三郎
大阪 : 金港堂原亮三郎 (大賣捌) , 明21.6
2, 26, 23丁 ; 23cm
Nishikawa-136
(内容)簿記法の起源、目的、種類の説明、諸帳簿として日記帳、元帳、金銀出入帳、仕入帳、売物帳、手形帳、まとめとしての試算帳、棚卸帳、総勘定元帳。横書き、アラビア数字。
(序文)「蓋し此科書の缺乏を憂へ此科を教授する教員諸君の一時の需に応ぜんと欲するにあり敢て後来を望む所にあらず…此科書編輯に拮据して日に進を月に善を加へて…他の教科書と其隆を比せん」
(その他)文部省検定済

学校用簿記 / 山西 安邦著
東京 集英堂 明21.10
和35丁 23cm
Nishikawa-139
学校用簿記,同附録 / 山西 安邦著
東京 集英堂 明21.11 訂正再版
和2冊(35,18丁) 23cm
Nishikawa-140
(内容)「簿記法の区別」「貸借」「費用簿記法」「商用簿記法」で構成。「商用簿記法」が複式。Nishikawa140は139の訂正版。付録は各例題の日記帳、計算表、元帳、試算表、損益表、資産負債表を載せている(横書き、アラビア数字)。
(その他)文部省検定済


*小学校用簿記学 / 森島 修太郎著
東京 金港堂 明27.5 3版
55p 22cm
Nishikawa-213
(内容)単記と複記に分かれ、例題を空の表に埋めて回答する方法。横書き、アラビア数字。
(著者)明治十年商法講習所卒業と同時にその助教となった。のち三菱商業学校教師、三菱為替店(三菱銀行前身)支配人等を経て、再び母校に復した。
(緒言)「此書は思想力の未だ充分発達せざる少年生徒に向て簿記学を教えんとするの目的なると紙数の増加するを恐るるとを以て一々細説を加えず只帳簿記入の手続中自然に其道理をも会得せしめんとするものなれば…」
(その他)文部省検定済

*高等小学簿記学教科用書 / 柴垣 馥著
大阪 吉岡書房 明24.12
108p 20cm
Nishikawa-191
(内容)複式から単式へ(単式から複式へ進むと複雑で時間を冗費するため)。横書き、アラビア数字(一部縦書き、日本数字も)。
(著者)高等小学校教師
(緒言)「本職の傍ら本編を草し以て予と感を同ふするの高等小学校習学の便に供せんと欲するなり」

<まとめ>明治初期の主な特徴
 初期の教科書は必ずといっていいほど単式簿記(小遣帳、金銭出納帳、仕入帳、売上帳など)から入り、その後に複式簿記への展開がなされている。これは福沢諭吉「帳合之法」、小林儀秀「馬耳蘇氏記簿法」の応用であるとともに、小学校の簿記教科書なのでわかりやすさ、入りやすさを求めたものと推測される。
 これらの教科書は「馬耳蘇氏記簿法」に基づくものが多く、帳簿組織もそれに似ている。ほとんどのものが、その書が導入部分にすぎず、更に学びたい者は商業学校で学ぶことを勧めている。また、実際の小学校教師や師範学校教師が執筆した例も多く、それまでの教科書が実際の授業に合わないことや、より教えやすくするためのものとして書かれた。誤りはどんどん修正し、次の執筆に続け、と緒言で書いている著者も見られ、当時の簿記教育の盛り上がりが伺える。
 中期から後期にかけては佐野善作「商業簿記教科書」(明治三十年、Nishikawa-253,254/Ee-6)をはじめとして、東京高等商業学校を中心とする教授らの「簿記書」が発展した。その一方、簿記の教科書が本格的な洋式(左横書き、アラビア数字)になるのは、公文書にインクの使用が認められた明治四十一年まで待たなくてはならない(茂木英雄「商業簿記教科書」:甲種商業学校用教科書)。

<参考>「小学校」とは?
明治四年に設置された文部省は、明治五年の学制により、国民全般を対象とする初等教育の普及のため、全国に小学校の設置を始めた。
 実際は明治八年に24,100校が設立されたが、就学状況は35%であった。尋常小学校を上等小学、下等小学とにわけ、6歳から9歳を下等、10歳から13歳を上等とした。中学校も同様で14歳から16歳を下等中学、17歳から19歳を上等中学とした。教育内容の規定には、上等小学の教科として「其地の形情に因ては学科を拡張する為め、左の四科を斟酌して教えること」として四科目の中に「記簿法」を挙げている。また、下等中学の教科として「記簿法」、上等中学の教科として「記簿法」及び「経済学」が掲げられていた。


<参考文献>
・ わが国における簿記教育の歴史的展開?簿記教科書の内容を中心として? / 石垣 康雄
   (明治大学経理知識.63(1984.3),64(1984.4))ZE-18
・ 『日本商業教育成立史の研究?日本商業の近代化と教育』 / 三好信浩(風間書房 1985.3)Oh-B742
・ 『日本簿記史談』 / 西川孝次郎 (同文館出版、1971.1)

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