新世紀ヱヴァンゲリヲン  〜欧空の軌跡〜
Prologue 〜They have borne the doubt.〜


「こうして君と直接話すのも、久しぶりだな」
「手荒い招待ですな、キール議長」

暗い部屋の中心で、ネルフ副司令の冬月は椅子に手錠と足かせで縛り付けられていた。
その冬月の周りを陽炎のように浮かぶモノリスが取り囲んでいる。
冬月は何者かの手によって、この部屋へと連れて来られてしまったのだ。
今頃ネルフ本部では冬月が拉致されてしまった事は知られているだろう。

「我々が呼び出したのは、聞きたい事があるからだ。碇ゲンドウ、やつは何を企んでいる?」
「はて、何の事でしょう?」
「とぼけるでない、先の使徒戦で初号機がS2機関を取り込んだ事だ」
「あれは報告の通り、私達も予想しなかった事態です」
「果たしてそれは本当か?」
「どういう事でしょうか」
「”神の子”は我々の手にある、君達が新たに神の子を立てる必要は無い」
「ええ、それは私達も心得ております」
「このまま碇から離れて我々の所に来ないか、冬月先生?」

キールが冬月に声を掛けると、重い沈黙が部屋の中を満たした。
返事をしない冬月に苛立ったように、周囲を取り囲んでいたモノリスが次々と姿を消し、最後にキールのモノリスだけが残った。

「しばらく時間を与えよう、だが猶予が過ぎたら容赦はせんぞ、覚えておきたまえ」

そう告げるとキールのモノリスも居なくなり、部屋は完全な静寂と暗闇に包まれた。
独りになった冬月は深いため息をつく。

「ユイ君、私は碇に従うのが正しいのだろうか……」

冬月が過去に思いを馳せていると部屋の扉が開かれ、光が中に差し込んだ。
そして入って来た加持が冬月の手錠と足かせを外す。

「副司令、お迎えに上がりました」
「君はキール議長の側に付くのかね?」
「いいえ、俺はどちらの味方でもありませんよ」

冬月の問い掛けに対し、加持は首を横に振った。

「キール議長と何を話されたんですか?」
「彼に聞けば良いではないか」
「ははっ、教えてくれるはずがありませんよ」

通路をしばらく歩いた加持と冬月は、話をしながら突き当りのエレベーターに乗り込んだ。
上昇を続けるエレベーターの中で、加持と冬月は硬い表情で黙り込んでいた。
そのままエレベーターは地下駐車場へと到着し、冬月は加持の運転する車で第三新東京市近郊の廃ビル近くに行き、そこで加持から解放された。
冬月が自分の携帯電話で連絡すると、しばらくして黒服に身を包んだネルフの諜報部員達が駆け付ける。

「お体は大丈夫ですか」
「ああ、どこも怪我はしておらんよ」

諜報部員の言葉にそう答えると、冬月はすぐにゲンドウの待つネルフの司令室に顔を出す事を了承する。

「まったく、人使いの荒いやつめ……」

ネルフ本部へと向かう車の中で、冬月は少しでも休息を取るために目を閉じた。
キールは自分達の目的に勘付いている、決別の日は近いと冬月は感じていた……。



冬月と別れた加持は、何食わぬ顔でネルフへと戻った。
諜報部員達の疑いの眼差しが自分に向けられているのは分かっているが、加持はそれを受け流す。
元々胡散臭いと思われていたのだ、今さら気になる事ではない。
しかし自分に冬月誘拐の容疑が掛かり、ミサトまで拘留されてしまったと聞いた加持は、ミサトの作戦部長室まで謝りに行った。

「あんた、今までどこをフラフラして居たのよ!」
「よお、葛城」

怒った顔で突っかかって来たミサトに対して、加持は軽く手をあげて答えた。

「『よお』じゃないわよ、全くもうっ!」
「俺のせいで、お前まで迷惑をかけてしまったな」
「……バカ」

プイッと横を向いて膨れた顔のミサトを、加持は抱き締めた。

「ちょっと、何するのよ!」
「そのままで良いから、黙って俺の話を聞け」

加持はミサトを抱いたままの体勢で、ミサトの耳元にぼそぼそと囁いた。
ミサトの目が驚きのあまり大きく見開かれる。

「それって、本当の事なの?」
「ああ、俺の推測だが、正しければ何らかの動きがあるはずだ」
「すぐには信じられない話だけど、完全に否定できるものではないわね」
「……シンジ君を、頼んだぞ」
「ええ」

加持の言葉にミサトはしっかりとうなずいた。

「あら、自由の身になったら早速なの?」

やって来たリツコに声を掛けられたミサトと加持はパッと体を離した。
ミサトは加持に人差し指を突き立ててリツコに言い訳をする。

「こ、こいつが強引に迫って来たのよ!」
「葛城だって、まんざらでも無い様子だったじゃないか」
「はいはい、私はミサトと大事な話があるから部外者は出て行って」
「じゃあな、葛城」

リツコがため息交じりにそう言うと、加持は明るく陽気に手を振りながら部屋を退出した。
ミサトは苦虫を噛み潰したような顔でその加持の後ろ姿を見送る。

「それで、大事な話って何?」
「あなたが独房に拘束されている間、ドイツ支部の伍号機が暴走事故を起こしたのよ」
「なんですって!?」
「その後暴走は収まったけど、オーバーヒートした伍号機は使い物にならなくなってしまったわ」
「初号機は凍結中だって言うのに、何て事なの……」

リツコの話を聞いたミサトは空を仰いでため息をついた。

「それで、伍号機のテストパイロットが弐号機の補充パイロットとして派遣されることになったわ」
「事故を起こしたパイロットを乗せるなんて無茶ね」
「でも戦力としては申し分無いと言うのが、上層部の判断みたいよ」

そう言ってリツコは持っていた書類をミサトに渡した。
書類には『真希波・マリ・イラストリアス』と名前が書かれている。
ミサトは書類の内容を一通り読んだ後、感心した様子でため息をつく。

「確かに身体能力においては、アスカを超える部分があるみたいね」
「肉弾戦は得意みたいだから、あなたの作戦にも幅が出るんじゃないかしら」
「だけど、単機での運用ならともかく、実戦ではチームワークも必要になって来るから、問題児は勘弁してほしいわ」
「あら、あなたは立派にパイロット達の指揮官を務めているじゃない」

ミサトが頭をかきむしりながらぼやくと、リツコはからかうような口調でミサトに言った。
そしてリツコはその他の連絡事項をミサトに話した後、自分の仕事へと戻って行った。

「これが加持の言っていた動きになるのかしら」

ミサトは厳しい表情でマリの写真を見つめながら、そうつぶやくのだった。



それからしばらくして、来日したマリはネルフ本部内の一室でシンジ、アスカ、レイの3人と対面を果たす。

「今日付けで本部の監督下に置かれる事になったパイロット、真希波・マリ・イラストリアスよ」
「どうも〜、よろしくお願いします!」

ミサトに紹介されたマリは陽気にあいさつをしたが、シンジは引きつった作り笑いを浮かべ、アスカは面白く無さそうな顔でにらみつけ、レイは何の反応も示さなかった。
歓迎しているとは言い難いムードに、ミサトが苦笑しながら声を掛ける。

「ほらほら、仲間なんだから、いがみ合ったりしないの」
「弐号機のパイロットは、アタシ以外に考えられないわ!」
「まあまあ、そんな固い事言わないで」

アスカがマリに人差し指を突き付けると、マリはアスカの手を握ってそう言った。
マリに手を握られたアスカは怒ってその手を振り払う。

「馴れ馴れしいのよ!」
「うえーん、2番目の子がいじめるよ」
「ちょ、ちょっと!」

いきなりマリに泣きつかれたシンジは驚いた。

「こらっ、シンジから離れなさい!」

アスカはそう言ってマリをシンジから引き離した。
そのやり取りを見ていたミサトは安心した表情を浮かべる。

「この分なら心配なさそうね」
「ケンカをしているのにですか」
「ああやって、ぶつかり合って人はお互いを理解して行くのよ」
「なるほど、勉強になりました」

ミサトが微笑みながらレイに告げると、レイは納得した様子だった。

「アンタにはどちらが弐号機のパイロットに相応しいかどうかを、後でみっちりと話を着けてやる必要があるみたいね!」
「あはは、お手柔らかに頼むよ」

顔合わせが終わったシンジ達は、そのままシンクロテストへと移行した。
アスカにはわずかに及ばなかったものの、匹敵するシンクロ率を叩き出したマリにシンジ達は息を飲む。

「ふん、いくらテストで成績が良くったって、実戦で足を引っ張っちゃ意味ないわ!」

アスカは腕組みをしながら顔を膨れさせてそう言い放った。
ライバル意識をむき出しにして突っかかっているのはアスカの方だとシンジ達にも分かった。
シンクロテストを終えた後、アスカはマリに込み入った話があると言って、シンジとレイを先に帰した。



シンジ達と別れたアタシは、あのマリと言う女を人の目が届かない場所へと誘い出した。
第三新東京市の地下には、隠された小さなシェルターがあると加持さんに教えてもらっていたのだ。

「それで、あたしに話って何かな?」
「話があるのはアンタの方でしょう?」
「あはは、解っちゃったか」

アタシはこの女に手を握られた時、「話がある」と合図を送られたのを感じ取っていた。
この女の笑顔は気に入らない、初めて会った時のシンジと同じ空っぽのような気がするからだ。
そんな事をアタシが考えていると、突然アイツの眼つきが鋭くなる。

「式波・アスカ・ラングレー大尉に密命を下す。エヴァンゲリオン初号機パイロット碇シンジのを身柄を確保し、ユーロ基地に帰投せよ」
「な、何ですって!?」

アイツの口から発せられた言葉を聞いたアタシは自分の耳を疑った。
それはアイツの雰囲気の豹変とは比べ物にならないくらい驚くべき事だ。

「酸欠の金魚みたいに口をパクパクさせちゃって、面白いね」

うろたえるアタシの姿を見て、アイツはチェシャ猫のように笑った。
どうして? なぜ?
アタシの頭の中では疑問がグルグルと渦巻いている。

「あたし達は、命令の意味なんか考える必要ないんだよ、ただ作戦を遂行するだけの駒なんだからさ」
「くっ、分かっているわよ」

アタシは下唇を噛みながら答えた。
そう、アタシの階級は大尉、末端の兵士に過ぎない、上官の命令には絶対服従だ。

「でもここから遠く離れたユーロまで、どうやってシンジを連れて帰れっていうのよ?」
「U.N.A.(国連軍)の偵察機『ソーラー・エンゼル』、アレなら可能じゃないかな」

ソーラー・エンゼルとは、翼部分に太陽光で充電するパネルを装着した最新鋭の偵察機だ。
長距離飛行に適応するために厚い装甲や武器弾倉などが取り払われて軽量化が図られているが、無補給で航行可能と言う今までの常識を覆すものだった。
それならば敵の警戒網が解れば避けながら飛行できるかもしれない。

「どう、やりがいのある任務ミッションでしょ?」

アイツはそう言ってアタシに笑いかけた。
確かにアタシならやり遂げられるかもしれない。
アタシは自分の胸が高ぶるのを感じた、でも……。

「あのワンコ君を穏便に本部から連れ出せるのは、大尉しかいないと思うけど?」

アイツはアタシの迷いを見抜いたのか、試すような口調でアタシに言った。
準備が周到にされている所からも、軍の上層部の覚悟も生半可なものではないだろう。
アタシが拒否しても作戦を強行しようとするに違いない。
もしそれが原因で、シンジの身に危険が及ぶとしたら……。
ここでアイツを消して、司令にすべてを打ち明けシンジの身を守ってもらう選択肢もある。
でもアタシは軍の命令に従う決意をしたのだった……。

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