福島のどうぶつたち がんばってて ごはんをはこぶよ

国や行政が見捨てるなら、私ごとき軟弱者でも、ごはんをはこびに行くしかないではありませんか。皆さま、どうかご支援をお願い致します。・・・天に祈るは、取り残された犬たち猫たち、給餌や保護に尽くされているレスキューの人々に幸あれ! by マオアキラ

posted by kaze-amb
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野上ふさ子さんとはじめてお会いしたのは、二十数年前になるだろうか。
当時、毎日のように家に猫が捨てていかれるようになり、大変な苦しみのなかにいた。
そういう時、ある猫の雑誌の記事に、『捨て犬猫の防止のために都庁に座り込みをする』というものがあり、とにかくみんなが捨てないようになってほしいの必死の気持ちをかかえて出かけてみた。

推理作家の仁木悦子さんが主宰の会であることを行ってはじめて知ったくらい、こうしたどうぶつ関係の活動は知らなかった。
そこで今もお付き合いの続いている当時ガロなどで活躍されていたかじゅこ松島さんにもお会いし、多くの方が視野の広い活動をされているにとに期待と救いを感じたものだ。
だが行政側との話し合いは虚しく、その場にいるだけで傷付く感覚を受けた。
その傷が、ここで私に声をかけてくださったO・J子さんという方の熱意にひっぱられるようになった。
O・J子さんは、世界の動物愛護の状況にも詳しく、本当に動物問題を憂えていい方向にしていきましょう、という意識を高く持っておられた。

そしてこのO・J子さんが、野上ふさ子さんと運動家のO・R氏と愛護活動をはじめられたのである。
野上さんもO氏も高い知識をもたれた方で、私はこのお二人の登場に対して、『画期的』という感歎の思いを持ち大きな期待を抱いた。

だが私は運動そのものに深く入って行くことはしなかった。息子たちがまだ小さかったということもあるが、私自身に団体活動をする能力と意欲というものが根っからなかったのである。むしろちょっとしたことで傷つき、拘り、人間関係の維持ができないのである。
また、私のよく言えば潔癖、普通に言えば融通のきかない神経質さを嫌われ煙たがられ、覚えのない濡れ衣を着せられたり、思いもよらぬ決めつけをされそれが真実であるかのような流布をされる事態に窮することさえあった。

そういう自分自身にも他者にも落胆し失意におち、短期間でいっさいの活動めいたことから遠のいた。引き籠りになったのである。
以後、野上さんから複数回お電話をいただいたがお会いすることはなかった。

再会は四年前だった。
今は退会したが、当時私は日本ペンクラブの会員になっていて、あとから野上ふさ子さんも入会されたのである。そこの環境問題の部活で野上さんが話をされると知り、ペンクラブの会場に出かけたのである。どうぶつ問題について野上さんに言いたいことがあったからだ。
もうかれこれ二十年以上ぶりの野上さんは穏やかで静かな微笑みを浮かべておられた。
会の後の二次会で隣の席にいた私はどうぶつ問題に少しふれたが、深い話にはならなかった。もともと活動そのものを意に介しない私と、活動・運動の高みを目指しておられた野上さんとは接点がなかったし、無理に論じ合うことはなかったのである。

それから野上ふさ子さんのお名前に接したのは、先ほど、ネットの中での『訃報の記事』であった。

野上ふさ子さん、長い間、どうぶつ問題にご尽力されましたこと、心から感謝申し上げます。お疲れ様でございました。
どうか、安らかにお休みくださいませ。



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