毎日フォーラム・ファイル:インフラ 目立ってきた首都高の老朽化
2012年09月21日
◇開通から50年、有識者会議が対応策検討
東京オリンピック(1964年)に合わせて建設された首都高速の老朽化が進んでいる。1号線の開通から今年で50年を迎え、高架部分が全体の約8割を占めることから、同じように老朽化が指摘されている全国の道路橋梁とともに、整備は待ったなしの状態だ。初期に開通した区間には、現在の耐震基準に合わない部分もあり、国土交通省と首都高速道路会社はそれぞれ独自に調査、研究する有識者会議を立ち上げて対策を模索している。
首都高速は、1951年に東京都の予備調査が始まり、旧首都圏整備法に基づき設置された首都建設委員会が53年に「首都高速道路に関する計画」を国と都に勧告。59年に首都高速道路公団法が施行され、1号線から8号線の計約71キロの基本計画が出された。翌60年に五輪のために整備を急ぐ区間を決定され、62年に首都高1号線(芝浦〜京橋間4.5キロ)が開通。64年の五輪までに4路線(32.8キロ)が開通した。
異例のスピードで開通できた背景には、当時増え続けた自動車交通量にインフラ整備が追い付いていなかったことから建設への国民の理解が得られやすかったことと、初の五輪に向けた整備機運の盛り上がり、道路や川、堀などの上空を徹底的に活用したことなどがあったとされる。最初の開通した路線は、羽田空港から日本武道館、国立競技場、選手村などを直結した。
現在の総延長は301.3キロで昨年4月時点では、建設後40年以上の区間は都心環状線や羽田線、目黒線などで89.6キロ(29.7%)、30年から39年経過している区間は深川線、三ツ沢線などの49.1キロ(16.3%)で、建設後30年以上が半数近くを占めている。