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2012年12月2日03時00分

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火山の脅威、向き合って生きる 九州

写真:2011年2月の新燃岳の爆発で火口から約3・2キロ先に落下した噴石。重さ約400キロ=宮崎県えびの市のえびのエコミュージアムセンター拡大2011年2月の新燃岳の爆発で火口から約3・2キロ先に落下した噴石。重さ約400キロ=宮崎県えびの市のえびのエコミュージアムセンター

 活火山が17あり、噴火活動が盛んな九州。住民は火山の脅威と向き合いながら、共生をはかってきた。霧島連山・新燃岳と桜島、雲仙・普賢岳のふもとを歩いた。

■新燃岳―住民の危機意識を重視

 【安田朋起、斎藤徹】霧島連山の一つ新燃岳を校門のほぼ正面にのぞむ宮崎県高原町の狭野(さの)小学校。原田敏彦校長(58)は昨年1月26日に始まった噴火を「あんなにこわい思いをしたことはない」と振り返る。

 ゴオーッという地鳴りがやまず、ガタガタと窓や障子が揺れ続ける。夜の暗闇の中、約9キロ西にある火口のまわりだけが赤くなっていた。噴火3日目に降灰で臨時休校になり、その2日後には火砕流を警戒して町が出した避難勧告区域に。学校再開は約2週間後。自分で身を守れるように、火山や土石流の専門家を呼んで防災教育に力を入れた。

 6年生の下村明日香さん(12)は「避難したことは忘れない。また噴火したらこわい」。47人の児童は今も登下校中にヘルメットを手放さない。屋根のある逃げ場も一人ずつ決めてある。

 鹿児島県霧島市の国民宿舎「霧島新燃荘」は、火口の西約2.8キロにある秘湯の宿。昨年2月1日、宿の上を重さ約400キロもの噴石が飛び越え、近くの山林に落ちた。立ち入り規制が外れ、営業を再開したのは1年半後の今年7月だ。

 客足はほぼ戻った。管理責任者の岩元宗孝さん(64)は「噴火したらとにかく逃げる。場所はえびの高原の方。火砕流のおそれがある方には行かない。お客さんにも言っている」。

 新燃岳としては約300年ぶりの本格的なマグマ噴火だった。前回の噴火では火砕流が発生し、多くの家屋が失われ、死者も出た。「今回、大きな人的被害が出なかったのは運がよかっただけ。それほど活動の規模は大きかった」と井村隆介・鹿児島大准教授(火山地質学)。今回は30人ほど負傷したが、灰の除去中に屋根などから転落した人がほとんど。建物の被害も窓ガラスが割れた程度だった。

 噴火は昨年9月から起きていないが、山体は噴火前と同水準までふくらんだまま。再噴火するか、このまま終息するか。気象台や大学などが観測を強めているが、予測は難しい。「残念ながら、これが今の科学の限界。だからこそ普段から火山を見ている住民の肌感覚の危機意識が何よりも大事」と井村さんは言う。

 科学への過信は桜島でも戒められている。58人が亡くなった1914年の大正大噴火の数日前、噴気や山鳴りなど異変が相次いだのに対岸の測候所は観測データから「噴火はない」と回答。信じた住民は逃げ遅れ、自分の判断で島から避難した住民は助かった。

 鹿児島市の東桜島小学校の片隅に立つ石碑は、教訓をこう伝える。「住民は理論に信頼せず、異変を認知する時は、未然に避難の用意、尤(もっと)も肝要……」

■普賢岳―ジオパーク認定、記憶継承に活用

 【安田朋起】風化しがちな噴火災害の記憶を受け継ぎ、火山と共生するうえで期待されつつあるのが、ユネスコが支援するジオパーク(地質遺産)だ。

 貴重な地形や地層などにお墨付きを与え、観光などで地域活性化をはかるのが狙い。1990〜95年に雲仙・普賢岳の噴火に見舞われた長崎県の島原半島が2009年8月、日本初の「世界ジオパーク」に認定された。

 198年ぶりの噴火で火砕流や土石流が相次ぎ、集落が壊滅した。復興を進める島原市は火山地質学が専門の理学博士、大野希一さん(43)を専門職員に採用。観光コースの開発とあわせて、出前講座や防災教育にも力を入れる。「火山との共生とは、自分が住む大地の来歴をよく知り、危険性を正しく伝えること。住民の意識を高めていきたい」。新燃岳や阿蘇山の周辺自治体も世界ジオパーク認定をめざしている。

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