陰謀
学園の女子寮
アイリスは布団をかぶって寝そべっていた。
隼人を徹底的に痛めつけた後、早退して自室にこもっていたのである。
脳裏に浮かぶのはみんなの前で恥をかかされた隼人への怒りばかり。
そのとき、ドアがノックされた。
「お姉さま、大丈夫ですか?」
「……キミの気持ちはよくわかる。あの魔民が全部悪いんだ。とにかく、ドアを開けてくれ」
信頼する二人の友人の声。
アイリスがドアを開けると、目の前には緑色の髪をした美少女パッセと、青い髪をした少年ブルーリンがいる。二人とも心配そうな顔でアイリスをみていた。
「よかった。お姉さまが出てきてくれて」
「しかし、あの魔民があんな恥知らずなことをするとはな。おなじ男として恥ずかしいよ 」
ブルーリンの言葉を聴いて、隼人に辱められたことを思い出す。
「あいつは最低の男よ。とても騎士とは認められない。お願い。助けて」
涙ぐみながら2人の手を握る。
「俺たちにできることがあれば、何でもするよ」
「お姉さま、安心してください」
アイリスを元気付ける二人。
「本当?お願い、あいつを殺して!!あいつさえ死んだら、新しい騎士を呼べるの」
真剣な顔で頼み込む。
二人はお互いに顔を見合わせると、大きく頷いた
学園の地下牢に拘束されている隼人。
(いったいなにがあったんだ。あいつの手から何か温かいものが流れ込んできて……。その力はまだ感じるけど)
体内に力のうねりを感じる。今までに感じなかった感覚である。
その時、一人の少女が食事を持ってきた。
「隼人さん、大丈夫ですか?」
心配そうな顔で覗き込むユリス。
「ああ、でも体が変な感じなんだよね。不快じゃないけど、力に満ち溢れているというか……」
腕をふって確かめる。
「あ、それなら心配なんですよ。魔民も一応神力を持っていますからね。たまに神力が調子良いと魔民はそんな感覚になるみたいですよ。2~3日経てば元に戻ります」
隼人を安心させるために詳しく説明する。
「そうか。魔民にも力だけはあるんだな。なら、なにか不思議な力が使えるとか?」
軽い気持ちで言ったら、ユリスの表情が焦ったものに変わる。
「め、滅多なことをおっしゃらないでください。そんなこと貴族様に聞かれたら、殺されてしまいます」
怯えた表情を浮か
魔民にも神力があるので、神法が使えるではないかというのは、実は以前から噂をされていた。もしそんな事が事実だと証明されてしまえば、魔民は奴隷どころか根絶やしにされてしまう可能性もある。
「それに、私たちは杖と契約できないんですよ。だから、最初からなんの神法も使えないんです。だから、きっとそれは隼人さんの勘違いですよ」
そう言うと、食事をおいてユリスは出て行った。
(でもこの力は実際に感じるんだよな。よし、試してみよう。宙に浮け!)
念じても何も起こらない。
(火よ燃え盛れ、風よ吹け、地面よ割れろ、水が飲みたい。透明人間になれ!)
今まで漫画で見てきた超常能力を思い浮かべても、まったく何もおこらない。
その内に疲れ果て、床に座り込んだ。
(まったく……何も起こらないなんてな。、なら、小さいことからはじめよう。動け)
牢内の小石を見て念じるが、反応しない。
(まてよ。あの時、アイリスのスカートはいつの間にか俺の手の中に移動した。ひょっとして……『俺の手の中に来い』)
そう念じると、手のひらの上に小石が出現した。
(やっぱり……。俺の能力って『物品移動』か。よし、なら次は、元の場所にもどれ)
そう念じると、小石は隼人の手の中から消えて床に転がった。
(はは、面白いな。もっとやってみよう)
牢の中で小石を使った練習に熱中する隼人だった。
アイリスの部屋。
公爵家次女にふさわしく、学園内で一番広く豪華である。
ライム公爵家はトーキン王国内でも1、2を争う大貴族として知られていた。
そこにはアイリス以外にも四人いる。
「それで、どうすればよろしいのですか?」
ブルーリンの隣にいた真っ赤な髪の大柄な美女がアイリスの前に跪く。
「……あの奴隷を、貴方たちの手で抹殺してほしいの。イグニス」
憎しみにぎらつく目をしたアイリスが頼みこむ。
「ですが、彼は神に選ばれた騎士なのでは?」
困惑した表情のイグニスと呼ばれた美女。彼女はブルーリンの幼馴染で、小さい頃から騎士道精神を叩き込まれてきた。いくら魔民だからといって、罪のない少年を殺すというのには抵抗がある。
「イグニス。僕からも頼むよ。彼女に協力してやってくれ。殺すのが無理なら制裁でもいい。あいつが自殺したくなるようにな」
冷たい表情で頼み込むブルーリン。
「坊ちゃんまで。気高く公平な貴族であれという、私の教えをないがしろにするのですか?」
険しい顔で睨まれて少し気まずい顔になる。
イグニスはブルーリンより5歳上で、侍女として彼に付けられた娘である。
幼い頃から遊び相手や教育係で常に共にいて、まるで実の姉弟のような関係である。
彼女が騎士として召喚されて嬉しい反面、生真面目な姉が来たことに内心やれやれと思ってもいた。
「しかし、彼はお姉さまに無礼を働きました。それもよりによって貴族たちの目の前で。これは許されざる蛮行です」
黄色い髪のノームが端正な顔を歪めて憎らしげにいう。
「それだって、たいしたことではないではないか。子供のいたずら程度だ。……アイリス様も少し落ち着いてください。この世界でもっとも尊敬される光の神法の巫女として、いささか狭量ですぞ」
興奮している少女たち抑えようとしているが、彼女たちは納得してなかった。
「あの魔民はお姉さまの清らかなパンツを衆人環視の前にさらすといった無礼を働きました、到底許せません」
パッセが憤慨して言うと、ノームも同意する。
「貴族の方々を護るのがわれら「召還騎士」の誇りです、貴族に仇なす者を赦しては置けません。イグニスさまがお断りになるのなら、私が一人でさせていただきます」
一歩も引く姿勢を見せない。イグニスは彼らの表情を見てあきらめた顔をする。
「……そこまで言うならやむを得まい。だが、本当に彼が貴族様に弓を引くものがを確かめてからだ。もしそうなら、私が制裁を加える」
イグニスの言葉を聴いて、少年少女たちは笑みを浮かべた。
次の日、朝食の場
「それで、何か情報が集まったかい?」
ブルーリンがパッセに聞く。
「黒髪奴隷たちの話だと、ユリスとかいう女が甲斐甲斐しく世話をしているようよ。彼女を餌にすれば、あいつを歯向かわせるようにできるんじゃないかしら」
パッセが悪巧みを考える。
「それがいいわ。私のこの髪飾りを……」
アイリスがブルーリン、パッセ、ノームに耳打ちすると、彼らも笑いを浮かべた。
昼食時
隼人は一人で食堂の隅で食べていた。周囲には誰も近づかない。
なんとか地下牢からは出してもらったが、奴隷たちにも畏怖され嫌われているのだった。
「しかし、こんなんじゃ友達もできないな。貴族や騎士たちからは憎まれているし、使用人奴隷たちからは騎士だとして避けられているし……ユリス以外は目もあわせてくれないよ」
独り言を言う隼人。使用人奴隷たちからしてみれば、曲がりなりにも隼人は騎士として扱われている。側にいて何かのとばっちりでも受けたら面倒だと避けられているのだった。
孤独に一人ご版をたべていると。前のほうで騒ぎが起こった。
「使用人の分際で、騎士にスープをかけるとは何事か!!!!」
黄色い髪の騎士が少女を怒鳴りつけている。
「も、申し訳ありません。すぐに拭きますのでご勘弁を……」
頭を下げる少女。
「もういいではないか。彼女も悪気があったわけでは……」
赤髪の騎士がとりなすも、怒りは収まらない。
「勘弁ならん!」
いきなり少女を突き飛ばす。
体重が軽い少女はとばされ、反対の席に座っていた金髪の貴族に倒れ掛かった。
「大丈夫?」
隣の席の緑髪の少女が介抱のため貴族に駆け寄る。
その時さり気なく金髪の少女から髪飾りを抜き取り、重なっている黒髪の少女のエプロンのポケットに放り込んだ。
「も、申し訳ありませんでした!!!」
土下座して必死に許しを請う黒髪の少女。
あまりの騒ぎに近寄ってみた隼人のみたものは、黄色の騎士と青色の貴族に攻められて真っ青になっているユリスの姿だった。
「騎士にスープをかけ、貴族に倒れ掛かるとは、奴隷にしてはいい度胸だな」
「ここまで無礼を働いては、許せぬだろう」
杖を抜くノーム。
「まって、別にいいわ。怪我はなかったんだし」
その時、倒れていたアイリスが立ち上がり、ノームをいさめる。
「でも!!」
「貴族は寛容であれ、よ。もういいから行きなさい」
やさしげな表情で許す。
「ありがとうございます!!ありがとうございます!!」
涙を浮かべ、一礼をしてユリスが仕事に戻ろうとすると、パッセが今気づいたように言った。
「お姉さま、さっきまでしていた髪飾りがないですよ」
「本当だわ。その辺に落ちたのかしら?」
アイリスが地面を探そうとすると、あわててユリスが言った。
「も、もったいないです。私が探します」
とういって地面にはいつくばって探し出す。
「そう。ならお願いするわ。私たちは食事に戻りましょう」
そういって席につく一同。その間もユリスは必死に探していた。
「申し訳ありません。お探ししたのですが、まだ見つけられませんでした……」
騒ぎが収まってしばらくした後、ユリスが申し訳なさそうに言う。
「困ったわね。あれはお父様からいただいた大切な物なのよ。見つからないと……」
悲しげな顔をするアイリス。
「あなた、もしかして見つけているのに、自分のものにしようと隠しているんじゃないでしょうね」
パッセが疑いをかける。
「そ、そんな。私はそなんこと……」
「確かめさせてもらうわ。ノーム、押さえつけて!!」
自分の騎士に体を押さえつけさせて、あちこち探るパッセは、エプロンのポケットから見事な宝石がついた髪飾りを見つけ出した。
「やっぱり……」
「下賎な魔民がしそうなことよね」
「これは許せないな……」
アイリスたちが鬼のような顔をしてユリスをにらむ。
「……信じられないな。このようなことをするとは、所詮魔民か……」
イグ二スの言葉にも冷たい響きがある。
「ち、ちがいます。何かの間違いです!」
必死になってアイリスに取りすがるが、すげなく振り払われる。
「……残念だわ。あなたは盗みなんかしないと思っていたのに。奴隷の分際で盗みなどを行えば、どうなるかわかっているよね。この『陽光』のアイリスの名において、あなたを死刑にするわ」
冷たい表情で宣言する。
ユリスは絶望のあまり涙を流した。
「ちょっと待てよ!!さっき一緒に倒れた弾みで髪飾りが外れて、たまたまポケットに入ったかもしれないじゃないか!」
あまりの一方的な物言いにたまらず、隼人が割って入る。
(かかったわね……)
内心でほくそ笑むアイリス。
「奴隷は黙ってなさい。貴族の判断に逆らうなんて、何様のつもりなの!!」
杖を振って光の鞭を作り出し、床をたたいて威嚇するが隼人は引き下がらない。
「そもそも、もしユリスが盗んだのだったら、さっさとこの場を離れるさ。わざわざ一生懸命探したりするもんか!」
指を突きつけて言い放つ。
「隼人さん……」
かばってもらった事にうれしくて、かすれた声をだすユリス。
「……なるほど。確かに盗んでおきながらいつまでもこの場にとどまるのはおかしいな。アイリス殿、明白な証拠もないことだし、それくらいで……」
「だまりなさい!!!それとも、その奴隷女のために命を懸けて貴族に逆らうつもり!!」
イグニスの言葉をかき消すように大声を張り上げ、高飛車に隼人を挑発する。
隼人は引っ込みがつかなくなってしまった。
「俺は何の力もないけど、助けてくれたユリスを見捨てる事はできないんだよ」
精一杯の強がりをする。
いつの間にか周囲には生徒たちで人垣ができており、逃げることもできなくなっていた。
「隼人さんいいんです。貴族様にさからってはいけません。アイリスさま、申し訳ありませんでした。なんでもしますので、どうか御許しを」
必死に隼人の袖を引張りながらユリスが頭をさげるが、アイリスたちはここぞとばかり責め立てる。
「奴隷の分際で、偉そうに正義の味方ぶるの?命をもってつぐないなさい。私たちの騎士と決闘よ!」
パッセが指を突きつけて宣言する。たちまち食堂は大騒ぎになった。
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