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いまこそ小泉構造改革に学ぶとき

《 『Voice』 2012年10月号より 》

民主党政権の2つの誤り

 民主党政権ができて、はや3年が過ぎたが、この間、党内抗争や政局優先で、消費税増税以外の多くの社会問題が先送りされてきた。現政権に対しては、政策理念の不明瞭さ、公約違反の山、閣僚の頻繁な交代、財源制約を考えない予算のバラマキなど、批判は数えきれない。

 これとは対照的だったのが小泉純一郎政権であり、与党内で少数派にもかかわらず、5年半もの長期政権を維持した。「官から民へ、国から地方へ」という明確な政策理念を掲げ、与党内で大きな抵抗を受けつつも、郵政民営化の公約を実現した。経済活性化のための不良債権処理や財政再建のための公共事業費削減など、あえて国民の痛みを伴っても必要な政策を進め、構造改革特区など、地域主導の規制改革も盛り上げた。

 それにもかかわらず、小泉首相が惜しまれて退陣したのちは、「構造改革で格差が拡大した」という流言が広がった。しかし、小泉政権のどの政策が、どのようなメカニズムで所得格差を拡大させたかという検証はまったくなされていない。

 民主党も岡田克也代表時代には「小泉首相の足ではなく首を引っ張る」と、改革競争を挑んでいたこともあり、政権成立時に掲げた政策のなかには、小泉改革と共通した点も少なくない。「コンクリートから人へ」に象徴される行財政改革、子育て世代への支援、官僚主導に代わる政治主導などの政策に、多くの人が期待したにもかかわらず、実現しなかったのには、2つの要因があった。

 第一は、政治主導を「政治家主導」と勘違いしたことである。個々の省庁の大臣・副大臣等が、専門的知識をもつ官僚を排除して、自ら政策を行なえるはずはない。真の政治主導とは、総理直轄の「官邸主導」で政策の優先順位を定めることである。業界団体や族議員の圧力に晒される各省庁に対して、国全体の利益の視点からの政策を、総理を支えるチームのリーダーシップに基づいて実施するのが官邸主導の政治である。

 これを具体的に進める場として、小泉政権では経済財政諮問会議が活用された。民間出身の経済財政大臣を中心に、民間議員とそれを支える専門家や、各省庁から出向した改革派官僚が事務局を形成し、改革案を次々と打ち出した。これに対して与党内から、「選挙での国民の審判を受けない民間人による政策決定」として、激しい批判があった。しかし、総理が不人気となれば距離を置き自らの再選を最優先する国会議員とは異なり、任命された総理だけに忠誠を誓うことが民間人の利点である。

 現に、債務危機に苦しむイタリアで、国民に不人気であっても、国全体にとって必要な構造改革を集中的に進めているモンティ内閣は、首相以下の閣僚が、任期後の再選を目的としない民間の専門家である。

 小泉総理と同様に党内基盤の弱い民主党の歴代総理は、この経済財政諮問会議を、自民党時代のイメージが強いという子供じみた理由で棚上げし、その代わりに何ら機能しない多くの審議会をつくった。これでは官邸主導政治は機能せず、各省庁に政策を丸投げせざるをえない。その結果、予算要求に結びつく政策だけが採り上げられ、歳出の拡大に歯止めがかからなくなっている。

 民主党の第二の誤りは、議席の数合わせのために、思想のまったく異なる社民党や国民新党と連立政権を組んだことにある。この結果、民主党の意図しなかった派遣法の大幅な規制強化や郵政民営化への逆行などを強いられ、改革政党としてのイメージを大きく損なった。

 先進国では公的事業の民営化に際して、絶対に避けるべきこととされているのは、公的独占体を私的独占体に変えることである。巨大な資金量をもつ郵便貯金について、政府が株式を保有したままで、預金の限度額をさらに引き上げ、住宅ローンなどへの事業拡大を認める改正郵政民営化法は、民間に対する優越的な地位をさらに高めるものとなる。こうした国家資本主義は、本来の民主党がめざしたものではなかったはずだ。

問題の核心は「労・労対立」

 小泉政権の市場原理主義で、勝者と敗者とのあいだの所得格差が広がったといわれる。この代表例として、酒の小売りとタクシーの参入規制撤廃が挙げられる場合が多い。

 酒の小売店について、既存の店から一定の距離内では新規営業を認めない参入規制が撤廃されたことで、零細酒屋が倒産に追い込まれたとされる。しかし、その結果、コンビニなど、他の零細店でも、酒類が自由に売れるようになった。参入規制の撤廃は、既得権をもつ者ともたざる者との格差をなくすことが忘れられがちである。これはタクシーについても同様であり、規制改革で1万人近い新規雇用機会が生まれた。これらの人びとにとって、運転手の職を得たことで、平均世帯との所得格差はむしろ縮小した。

 タクシー規制改革の真の問題は、その中途半端さであった。台数が大幅に増えたにもかかわらず、価格規制が維持されたために需要が増えず、空車が列をなして運転手の収入は減少した。これは参入自由化を契機に、値下げで顧客を増やした航空やバス事業との大きな違いであった。

 労働者派遣の原則自由化は、小泉内閣以前の1999年に、すでに実施されたもので、その際、先送りになっていた製造業派遣が2004年に解禁された。規制改革で正社員と非正社員との格差が拡大したという論理には、二重の誤りがある。

 まず、派遣社員は非正社員全体の1割にすぎず、大部分のパートタイム社員の増加は規制改革とは無関係である。これは経済の長期停滞の下で、大企業が終身雇用と年功賃金の正社員を抱え込むことができなくなり、雇用保障のいらない非正社員を、徐々に増やした結果である。

 正社員と比べて賃金の低い非正社員の増加で、労働者間の賃金格差が広がるという論理は、雇用機会増加の効果を無視している。企業が新たに正社員を雇えない状況では、景気が好転しても非正社員を雇うか、または正社員に残業させるかの二者択一となる。ここで非正社員として就業できた者は賃金所得が増えることで、失業者も含めた労働力人口でみれば、所得格差はむしろ縮小する。

 このように、規制改革で賃金格差が拡大という論理は、就業機会の増加で所得が増える労働者を無視したものである。これら弱い立場の労働者にとっては、規制の再強化によって職を奪われるのは死活問題であり、それで見かけ上の賃金格差が縮小したとしても何の意味もない。

 国際労働機関(ILO)条約では、労働者派遣の原則自由化と同時に、その保護の強化が明記されていた。しかし、現行派遣法は派遣事業者への規制法にすぎず、むしろ、常用労働者との代替防止という、派遣労働者保護に反する規定すらある。派遣社員にとっては、就業可能な職種を他国並みに拡大することと、契約期間中の雇用打ち切りには、直接雇用と同様な賃金補償を盛り込むなど、派遣先企業での均等待遇の強化が最も必要とされる。

 それにもかかわらず、格差是正を建前とする民主党の雇用政策は、派遣などの非正社員を抑制し、その正社員化をめざすという根拠の乏しい論理に基づいている。ここでは、規制強化による雇用機会の減少で非正社員が失業するリスクや、現在の労働条件を改善させる地道な取り組みは、ほとんど無視されている。

 すでに30日以内の短期派遣禁止を定めた派遣法改正が成立し、今秋から実施される。これによって正社員化が進むよりも、短期にしか働けない人びとの雇用がなくなるという批判に対して、政府はこっそりと高齢者、昼間の学生、主婦等を規制対象から除くこととした。これでは、誰を対象とした法律なのか意味不明であり、結局、規制緩和への歯止めという民主党の面子を立てるだけの派遣法改正となった。

 より重要な法改正は、8月に国会で成立した、5年を超える有期雇用者を雇用保障のある無期雇用に転換させる労働契約法の改正案である。これは派遣を規制しても他の有期雇用に転換するだけという批判に対して、全部をまとめて規制すればよいという乱暴な論理である。しかし、この法律が実施されれば、有期雇用者は、5年以内で契約を打ち切られる可能性が高い。これは、「不安定雇用なら、ないほうがまし」という、正社員の立場からのものであり、肝心の有期雇用者にとっては、大きな失業のリスクを負うものとなる。

 派遣をはじめとした有期雇用を、終身雇用の代替的な働き方として敵視する考え方は、経済社会環境がどう変化しようと、現行の正社員の働き方を守ろうとする大企業の労働組合の立場を反映している。この意味で、「非正社員問題」とは、「正社員問題」と表裏一体の関係にある。

 働き方の多様化と解雇ルールの明確化は国際的な流れとなっている。雇用保障の強いドイツでも金銭補償による正社員の解雇が容認され、イタリアでも、その方向への法改正が、最近、合意された。

 日本の労働基準法では、30日前に予告すれば解雇は自由である。他方で、組合の支援で裁判に訴えられる大企業の労働者については、裁判官の判断次第で解雇が無効・職場復帰となる可能性が高い。日本の解雇規制の問題点は、厳格すぎるというよりも、裁判官の判断に全面的に依存するため、その結果が予測し難い不透明性にある。また、裁判に訴えられる労働者と、そうした余裕のない労働者間の不公平性も大きい。

 このため、裁判に訴えずとも、労働者を保護できるように、金銭賠償による解雇ルールを定めることが、2008年に制定された労働契約法の目的であった。しかし、「カネさえ払えば解雇してよいのか」という反対論で実現できなかった。これはしかるべき金銭補償もなく解雇されている、現状の中小企業労働者の利益を無視したものといえる。

 過去の高い経済成長の時代には、大企業の終身雇用・年功賃金と企業別労働組合の日本では、欧米のような労使対立はほとんど存在せず、円満な労使関係が維持されてきた。しかし、長期の経済停滞期では、正社員と非正社員や大企業と中小企業など、大企業の内部と外部との労働者間の利害が矛盾する「労・労対立」が強まっている。これらの弱い立場にある労働者を救済する仕組みは、ほとんど存在していない。

 これらの人びとに対して、労働市場の流動性を高めることで、条件の悪い企業から労働者が転職できるよう支援することが必要である。また、民間を活用した職業訓練とともに、有期雇用であっても、同一企業で長い期間働くほど、雇用契約打ち切りの際の補償金をルール化することが望ましい。これを正社員の金銭補償付き解雇と合わせれば、正社員と非正社員との働き方の壁を引き下げる大きな手段となる。

著者紹介

八代尚宏(やしろ・なおひろ)

国際基督教大学客員教授

1946年、大阪府生まれ。68年、国際基督教大学教養学部卒。旧経済企画庁、上智大学教授、日本経済研究センター理事長などを経て、2005年から現職。著書に、『新自由主義の復権』(中公新書)などがある。

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