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投稿者: GOD    [2012年 11月 28日 (水) 21時 07分] ---- ----
▼一言
ある人がアンチ小説の作者(二次創作の作者)に対して反論作品(三次創作)を書いている作者がいるのですけど俺は、この反論作品のファンなんですが……。
でも近頃、反論作品の作者に批判してくる読者がいるのですが、その読者は反論されているアンチ小説作品のファン何ですが、そのファン批判内容が『負の感情が含まれている』とか『アンチ小説作品を書いている作者に対しての悪意しかないとか』って書かれているのですが、それによって反論作品を書いている作者さんはその批判で『自分の反論作品(三次創作)はやっぱり書くのはやめるべきか』と悩んでいるのですよ俺はその反論作品が好きなのですが、でも反論されているアンチ小説(二次創作)のファンの人はその反論作品(三次創作)を嫌っているですが。
反論作品(三次創作)を書くのをやめるべきなのでしょうか?反論されているアンチ小説の作者さんからは反論作品を書いてもいいと許可を得ているのですが。
俺は、その反論作品(三次創作)が好きなので書くのはやめて欲しくないです。
投稿者: くろすけ    [2012年 11月 27日 (火) 04時 16分] ---- ----
▼一言
正当性。正義。大いに結構だと思います。けれど、ネットだろうがリアルだろうが、どんな場所であれ、どんな理由であれ、相手を傷つけるのなら、それは“暴力”になると言う大事なことを理解出来てない……悲しくて、それでいて可哀想な読者(ユーザー含む)が、今の「小説家になろう」には溢れかえっているのが現実なんですよね。

無論、作者側も叩かれる理由はあるのでしょうが……一部のユーザーの意見や在り方は私から見ても、作者側の恥部等を理由に“暴力”を正当化させて自分の嗜虐心を満たす為の“餌”にしてようにしか見えませんでした。正直、そんな風に捉えてしまった自分も嫌になりました。

同時にそんな風に捉えられるような言葉を平然と使い、人をどんどん貶めて、時には関係のない、ただ見ていただけの人の心も傷つけるようなことをする存在が、モニターの向こうでは自分と同じ“人間”なんだと言う事実に絶望すら感じました。

どんな正当性を主張し、指摘し、それが拭いようのない事実だったとしても、結局作品を書く作者の“次”に繋げなければ“感想”としては意味がないんです。ただ貶めるだけ。ただ嗤うだけ。自分たちだけが嗤うために貶す。それだけです。次に繋げようなんてしない、ただただ暗い連鎖が続くんです。

私には“彼ら”の考えが分かりません。理由も分かりません。分かったとしても理解も出来ないでしょう。そして、そんな存在が蔓延っているのに何もしない答えもしない運営の考えも分かりません。

作者様には分かるでしょうか?
非難と批判の違いはおろか、根本的な道徳すらも理解しようとせず、ただただ嗤うだけに人を傷つけ、それを正当化する“人間”の動機を。その理由を。分からないでいた方がいいとさえ思う、その行動の訳を。



前と同じ様に、そして今自分が言ったことを鑑みれば、これは感想ではないし、こんなところに書くべきものではないと思います。ですので作者様、邪魔だと少しでも感じましたらすぐに削除してください。
シレン    [2012年 11月 29日 (木) 23時 40分 54秒]

全体としてお気持ちは解るような気がしております。


>分かったとしても理解も出来ないでしょう。

これも解るような気がしております。


>そして、そんな存在が蔓延っているのに何もしない答えもしない運営の考えも分かりません。

彼等の考えは簡明でしょう。手持の資源(各種能力を含む)と利益との兼ね合いです。
そこには、兼ね合いを正しく見極める能力も勿論含まれて居ます。


>作者様には分かるでしょうか?
>非難と批判の違いはおろか ~ その行動の訳を。

悲しいかなある程度は理解出来ている心算です。歴史を見れば明らかなことなのです。
信じたくないことでしょうが別に彼等は間違っているわけではないのです。

幼い迷い子が寂しいところで泣いていたときに如何すれば良いのでしょうか?

a)慰め一緒に親を探す
b)近寄らず、離れたところから携帯電話で警察に状況説明する。
c)攫って殺して食べる

どれも正しい行動です。

a)昭和時代の常識です。
  それなりに人望があり怪しまれない風体であれば今でも通用することでしょう。
b) 平成時代の無難な対応です。
  下手に親身になると反ってモンスターペアレントの餌食になってしまう嘆かわしい昨今です。
c) もしも人喰い鬼であればお約束の行動です。勿論ヒーロー達に退治される運命にあることもお約束です。

他人は必ずしも価値観を共有しているわけではありません。
その人の、またその時の状況によって行動は変わります。

彼我の価値観に相違が無いと思うことこそが間違いなのです。
私達が常識とか社会規範と考えているモノは決して普遍的なものではないのです。


飢えた獅子の前で兎が菜食主義の素晴しさをどれほど力説したところで獅子は兎を喰らうのです。
兎は飢えた獅子を前にした時には、説得ではなく文字通りの脱兎となるべきなのです。

では獅子の肉食は間違いですか? 兎の草食は間違いですか?
兎が「獅子にも菜食主義に転向してもらいたい」と思うことは間違いですか?

私はどれも間違いだとは思いません。ですが過酷な現実は厳然と存在するのです。
繰り返しますがそれは人類の歴史を顧れば明らかです。
今私達の過すこの瞬間もその過酷な歴史の一部なのです。

インカ帝国は何故滅びたのでしょうか?
奴隷海岸から連れ出されたアフリカの原住民は何か悪いことをしたのでしょうか?

ネットも所詮人間社会の一部であり、縮図に過ぎません。

ですが、そこで諦観してしまえばそれで終りです。
(ネット)社会を構成しているのもまた我々です。

血反吐を吐きつつ歯を食い縛って何事かを為せなどとは申しませんし、私自身も出来ません。
けれども、出来る限り心に留めて、ふと気付いたときに何事かを為すことは不可能ではないはずです。
諦観し、あるいはニヒリズムに浸るよりは自分に出来る何事かを探すよう心掛けることは出来ると思います。

この駄文は私なりのその「出来ること」なのです。
くろすけさんもくろすけさんなりの出来ることを探して下さればと思います。

投稿者: ノーヴ    [2012年 11月 25日 (日) 04時 05分] ---- ----
▼一言
 このエッセイを読み、他の感想や返信などを閲覧して、思い至ったのですが、
 シレンさんが嫌っているのはつまり、
『読者の批判なくして、作者は成長できない』『批判を恐れるなら書かなければいいのでは?』といった、読み手の放つ暴言、誹謗中傷、理不尽なわがまま、作品の向上にも繋がらない批判(仮に向上を促すものであったとしても、それを差し置いた攻撃的、上から目線な物言い)を正当化・擁護・助長するような考え方、また上記に列挙したような感想・メッセージなのでしょうか?

 仮にそうだとしたら、同感です……。
 そもそも、自分の好みに合わない作品かどうかなんて、タグや前書き、あらすじなどを読めば、大抵わかるでしょうに。
 『趣味』『自己満足』で書くことさえ許さないような読者様まで見かけるからもう(泣)
シレン    [2012年 11月 25日 (日) 13時 37分 33秒]

先ずご指摘の通りです。同感頂け嬉しいです。

>『趣味』『自己満足』で書くことさえ許さないような読者様まで見かけるからもう(泣)

全くその通りだと思います。元来、趣味とは自己満足のために在るべきものであり。読者の存在はその延長線上で(作者が認めた場合に限り)存在が許されていると云う大原則を理解して頂きたいのです(勿論圧倒的多数の読者には当然のことなのですが……)。

趣味は人夫々の聖域であり、何人も(家族でさえ)濫りに踏み荒らして良いものでは在りません。ましてやネットを介して赤の他人が踏み躙って良い道理など無いはずです(原則として)。


ですがこの機会を得て、極々一部の読解力が無い方々へ向けアリバイ的にこと細かく申し上げておきます。


( ⇒ 印はシレンの認識を揚げ足を取られないように官僚答弁的配慮の元表現したものです) 

『読者の批判なくして、作者は成長できない』
⇒『読者の批判が、作者を成長させる可能性は否定できない』

ですがその可能性を追求するか否かを決めるのは作者であって読者では在りません。
 → §02 §14 辺りに存念を綴っております。

『批判を恐れるなら書かなければいいのでは?』
⇒『批判を恐れるなら上梓(=出版)しなければいい』

何人も他人様の趣味を踏み荒らすような真似は慎むべきことです。
・プロの作家と同等に扱われるべきか?
・原則通りに趣味の延長線なのか?
これを決めるのも作者であって読者では在りません。
 → §23 §20 辺りに存念を綴っております。


殆どの読者が当然のこととして解っていることが解らない一部の身勝手な人達の振舞で作者も読者も細やかな楽しみが奪われる……、本当に理不尽な話だと思っています。



>シレンさんが嫌っているのは

私が憎悪しているのは【自分は平然と人を踏み躙る行為を繰り返しているが、僅かなりとも他人が自分の思い通りに振舞わないのは認めない】と云う類の人達です。その身勝手な言動には時として殺意を覚えることすらあります。これはネットに限ったことではありません。

投稿者: 勇平    [2012年 11月 18日 (日) 21時 13分] 18歳~22歳 男性
▼一言
最近例の人気小説が削除されてからこの手のエッセイが急に増えて、読んでまわっていたらここに行き着きました。シレンさんは一年も前から警告(危惧?)していたのですね。
ぼくが思うにあの小説は主要キャラが容赦なく死んでしまったからハッピーエンドを願う読者には衝撃が大きすぎたのではないでしょうか。それで誹謗中傷していい訳はありませんが。結局読者の多くは無双(ハーレム)を見てスカッといい気分になりたいんだと思います(これは自分のことです。はい、偏見ですね)

すいません、感情の捌け口にしてしまいました。なるほど誹謗中傷している人たちと同じ心理ですね。
シレン    [2012年 11月 25日 (日) 12時 02分 46秒]

>シレンさんは一年も前から警告(危惧?)していたのですね。
無駄にネット暦は長いので色々な場面に遭遇しています。

>ぼくが思うに ~ 見てスカッといい気分になりたいんだと思います
それは良く解ります。基本的に私も爽快感や癒しを求めて物語を読んでいますので、正直「ジャン・ヴァルジャン」の生涯を描いた「レ・ミゼラブル」の様なお話であれば避けたいところです。

>すいません、感情の捌け口にしてしまいました。
お詫び頂く様なことは何一つありません。

>なるほど誹謗中傷している人たちと同じ心理ですね。
仮令心理は似ていたとしても、相手と場所を間違えなければ(今回のように)ありがたい感想であり、相手を間違えれば……、両者の間には大いなる隔たりがあると私は考えています。


感想ありがとうございます。
最新話は感想を頂けていなかったら無かったかもしれません。

投稿者: くろすけ    [2012年 09月 30日 (日) 14時 59分] ---- ----
▼一言
ここの小説……と言うよりエッセイでしょうか? その内容と、ここの感想欄を見ていると、“非難”と“批判”の違いってなんだろう? と考えさせられます。

少なくとも、感想欄に来てた大多数の意見が批判ではなく、単なる“非難”だと感じられました。考え方は人それぞれですが、ちゃんと考察した感想(批判)なら、あらゆる作者には有り難いモノでしょうが、ただ否定するだけの、それも禄に考察もされずに出された“非難”には、私には価値が見いだせないです。


感想ではない感想かもしれませんが、一言言いたくなったので書きました。作者様、ご迷惑でしたら遠慮なく削除をお願いいたします。

失礼しました。
シレン    [2012年 10月 01日 (月) 02時 54分 20秒]

 >“非難”と“批判”の違いってなんだろう? と考えさせられます。

 そのように受け取って下さると報われます。



 “非難”と“批判”の違いってなんでしょうか?

 これを考えることは有意義なことでしょうし、技術的にその違いを突き詰めてゆくことも出来るとは思います。仮令個々人の間で解釈に揺らぎがあろうとも……


 ですが私は、多くの問題はそれ以前のところで解消すると考えています。

 その行為が、

 ・他人に迷惑をかける行為か否か?
 ・迷惑をかける場合、その行為に妥当性(※)はあるのか?
 ・その妥当性の判断は相手あるいは他者の理解を得られるか?

 この程度でよいと思っています。


 もの心がついた時分より私達は「他人さま(社会、世間)のご迷惑とならないように」と躾けられます。それは(ネットを含む)実社会共通の理だと私は固く信じています。そして私に限らず多くの人は、日々その理を違えてしまったことを省みて、すこしでもマシな明日であるようにと心掛けている(出来ないことも多いけど、それでも出来るようにと努めている)と思うのです。

 ですが、(極)一部の方々はネット社会においては、その理から解き放たれ得ると信じているのか、果敢に挑んでいるようです。その信仰が不幸を生み出す源なのだろうと私は考えています。

 ことは極めて簡単で、

 「それ相応の理由無く自ら進んで『他人様のご迷惑となるようなこと』をしなければ良い」

 ただそれだけのことだと私は考えています。


 
それが応援であれ、非難であれ、何物であれ、その原則を違えなければ良いのだろうと私は思うのです。
 


 私自身は、「他人様に対して意見を申し上げている以上他人様からのご意見についても極力受け入れるように心掛けて行かねばならない(因果応報)」と考え忍受の方針を表明しています。ですがその忍受は忍従とは全く別物ですし、ましてや他の作者へ忍従を求めるなど論外だと思っています。

 一時同様の嗜好をもつ方(々?)が連投されたためご指摘の感想が目立ちますが、それ以外の(特に作者の)方々がお寄せ下さった感想はまた異なった方向を指し示しているように私は考えています。他の方々の感想もご覧下されば幸いです。



 
 感想ありがとうございました。



※ 妥当性
 ここで用いた「妥当性」は、所謂「一理ある」ではなく、「それに及ぶに足る、相応の(充分な)理由がある」の意味としています。
投稿者: 里桜    [2012年 09月 11日 (火) 07時 46分] ---- 女性
▼良い点
番外編にあったURLの小話と感想を読んで、今まで自分の中でモヤモヤと蟠っていたものが、見事氷解できました。

まさしくその通りと頷けるものでした。

やはり数学のできる方は、理論にも長けているのですね。

私の貧相な言葉では、ただ単に「あげ足をとっている」としか表現できなかったもの。見事に代弁してくださっています。
投稿者: 里桜    [2012年 09月 02日 (日) 07時 50分] ---- 女性
▼一言
>里桜 9/1 10:59さんへのお返事です

>ニコニコ大百科にSS用語と言うものがありますそれに二次創作について色々と書かれています。
良かったら一度目を通して見て下さい。

わかりました。せっかく教えていただいたので、後で目を通してみます。
ですが、一言だけ申し添えさせていただきますと、シレンさんのエッセイでは、二次創作については言及されておりません。
お言葉を借りるのならば「魚屋(シレンさんのエッセイ)」では「野菜(二次創作)」は取り扱っていないということなのです。
これ以上、この場において、この件について議論することは、正直言って心苦しく思います。
ですので、今後二次創作についてのお話しは、この場をお借りしてお返事することは、終わりにしようと思います。

シレンさん、心広くも場所を提供してくださり、ありがとうございました。
そして一点、私もエッセイの読み違いをしていた点について、謝罪させてください。
「§03」を読んで、てっきり誤字脱字の指摘がだめなのだとばかり思っていましたが、「§02」では、「作品や活動報告、感想への回答等へアンテナを高く掲げ作者さまの嗜好に思い及ばせ、その意に副う形で感謝の表現を考えましょう」と書かれています。
つまり、相手の側が望んでいる場合は、その範疇ではないということなのですよね。
読み違いに今の今まで気づかず、申し訳ありませんでした。

そして皆様へ。
このように、シレンさんは説明をしない方です。
エッセイに、自分の考えを込めて書いてあるのだから、読み手がわからないのならば、それでかまわないと思っている方です。
好意的にエッセイを解釈している私に対してすら、その誤解を解くことは、いっさいいたしません。
それゆえ、これまであるような誤解、行き違いが生まれております。

エッセイにある、ほんの一部分の言葉だけを切り取って判断するのではなく、大筋を踏まえたうえでのご判断をお願いいたしたく、この場をお借りして皆様にお願い申し上げます。
投稿者: >里桜    [2012年 09月 01日 (土) 10時 59分] ---- ----
▼一言
>里桜さんへ
原作の改悪は原作ファンのオレにはきついです。
特に原作キャラの性格を劣化や改悪などが。
最近の二次創作はそういった作品が多い。
例えば原作の主人公が敵キャラを倒す場面とかでその敵キャラが美少女だったとします。
原作では普通に美少女敵キャラを原作主人公が倒して終わりですが。
アンチ・ヘイト小説に登場するオリ主がいる場合は美少女敵キャラに攻撃する原作主人公をオリ主がアンチとかしてそしてアンチされた原作主人公はどういう訳かブチキレてオリ主に襲いかかるのですよそしてオリ主が原作主人公を返り討ちにするパターンが二次創作には良くあるのですよ。
そしてオリ主がその助けた美少女敵キャラに惚れられたりなど。
他にも不殺を貫く原作主人公にオリ主が「殺す覚悟」とか言ってSEKKYOUを噛ましたりなど。
正直言って原作ファンの人にはたまった物じゃないです。
今の二次創作は当たり前のようにこういった二次創作が蔓延しています。

ニコニコ大百科にSS用語と言うものがありますそれに二次創作について色々と書かれています。
良かったら一度目を通して見て下さい。
シレン    [2012年 09月 15日 (土) 04時 24分 56秒]

 ご自身が此処の感想欄で行っていること(行為)と、其方が否定されている所謂「ヘイト」との間に本質的な違いを私は見出せません。

 この際言明しておきますが、この駄文は(如何に取るに足らない存在にせよ)オリジナルです。

 その著者(と主張するのも烏滸がましいのですが一応法的には著者になります)の最も身近な感想欄で繰り広げられた一連の言動と、所謂「ヘイト」作品に対する其方の思いを如何やって折り合いをつけられてるのか? 教えていただけると助かります。

 「自分の好きな作品のヘイトは許せないが、そうでない作品に対しては、自ら積極的にヘイトを行っても良い」

 と云う主張と(現時点では)理解しておりますがこれでよろしいのでしょうか? であればそれはそれとして私は其方の価値観を尊重します。ですがせめてその(気に入らない作品に対するヘイト)行為は私のようにそれを許容している相手に限られることを切にお願いいたします。

 加えてそのように論理の(自分は良いが他人は駄目という)対称性を著しく欠く主張やその主が評価されることは希であるかもしれないと云うことに留意下さる様、其方と、其方にヘイトををぶつけられるであろうとも私には知る術とて無い何処かの作者、の為にお願いいたします。



 以上、一連の書き込みに対して一言申し述べました。




投稿者: 里桜    [2012年 09月 01日 (土) 07時 28分] ---- 女性
▼一言
>里桜 8/31 21:59 さんへのお返事です。

気分が悪くなるほど酷い作品だとは、お気の毒ですね。


「作者が神」という考えは、言いたいことは分かるのですが、私自身が書いている側のせいか、いまいちしっくりこないのです… 。
私は、ごく普通の人間にすぎず、しかも、趣味で書いているだけですから。
趣味だからこそ、多少下手くそな部分があっても、ちょっとくらいなら大目に見てほしいです。


そして二次小説についてですが、
そもそも二次創作自体が認められているのか、認められていないのか、この時点で私には判断が難しいのです。
なろうのガイドラインを見ても、作品ごとに許可があるくらいです。「二次創作」という大枠で統一した見解が出せない状況なのでしょう。

お言葉を借りるのならば「神の物を借りてるだけ」なのですから、「神」のほうで具体的に書いていいのか悪いのか、また、禁止事項などを示してくれると、読者も安心して読めるのかもしれませんね。

私だったら自分の書いたもの、改悪はされたくないです。「神」の側が許す範囲の二次創作ならば、おそらく作品を「アンチ・ヘイト」することはなくなるでしょう。
投稿者: >里桜    [2012年 08月 31日 (金) 21時 59分] ---- ----
▼一言
>里桜さんへ
胃が痛くなりますか…オレは酷いアンチ・ヘイト小説には気分が悪くなります。例えとかではなく本当にね……。
大半のアンチ・ヘイトの二次創作の作者は嫌いな作品を二次創作にはしないと言うのですよね。
一次創作に関しては読んでも気分を悪くすることはないのですが……二次はもう……。
作者が神なのは間違いないと思います一次創作はね。
ただ二次創作はどうなんだろうか?
二次創作の作者は神と呼べるのだろうか?
神の物を借りてるだけだしなぁ……。

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