余録:この人は不死身なのかと本気で考えたことがある…
毎日新聞 2012年12月02日 00時42分
この人は不死身なのかと本気で考えたことがある。パレスチナ自治政府の故アラファト議長だ。92年4月に専用機がリビアの砂漠に墜落、操縦士ら3人が死亡したが、議長は奇跡的に助かった▲その翌月、議長と会見した折に事故当時の写真を見せてもらうと、機体は真っ二つに折れ、生存者がいたとは信じ難い。「血のにおいをかぎ付けたハイエナが20〜30匹近づいてきたんだ。恐ろしかったよ」。議長はそんなふうに語ったが、顔にはかすり傷一つない▲それでも身体には響いたらしく、事故の2カ月後、議長はヨルダンの病院で手術を受け、頭蓋骨(ずがいこつ)内から血のかたまりを取り出した。今度こそ危ないという観測もあったが、退院後も世界を飛び回り、12年後の04年に75歳で亡くなった▲さて、その死因に不審な点があるというのだ。議長の遺族は遺品から放射性物質のポロニウムが検出されたとして毒殺説を主張、自治政府は先月末に議長の墓を掘り起こして検体を採取した。フランスなどの科学者が死因を鑑定するそうだ▲ポロニウムはロシアの元情報機関員が06年にロンドンで毒殺された事件で使われた。まさかとは思うが、なにしろ中東のこと、ハイエナのごとく暗殺者が議長に忍び寄った可能性も否定できまい。仮に毒殺ともなればイスラエルの関与が疑われるのは当然だ▲とはいえ「死せる孔明(こうめい)」(議長)を使って「生ける仲達(ちゅうたつ)」(イスラエル)を走らせるようで、カリスマを欠くパレスチナの苦しさが透けていると言えば言いすぎか。国連オブザーバーとして「国家」に格上げされても独立はなお遠い。独立の夢は墜落も失速もさせられまい。