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教育共感インタビュー

学校支援地域本部についての思い
若江

朴木先生をはじめ神戸大学の発達科学部の先生方には、平成18、19年度文部科学省の新教育システム開発事業において、学校支援地域本部事業の礎となる[よのなか]科をひろめる教員研修の評価検証をご指導いただきました。それが20年度から正式に事業化され、今年度からは委託事業と補助事業の併用での実施となり、全国で3,000以上の学校支援地域本部が出来上がりつつあります。3年以上前からその経緯をご覧いただいているのですが、学校支援地域本部についてのご意見や思いをお聞かせください。


朴木

もともと、和田中学校において[よのなか]科と地域本部はセットで成立してきました。どちらかというと私は、地域本部がどういう形で広がるのか、あるいは他の地域でどういう風に受け止められるのかをとても気にしていました。[よのなか]科の方は、学校の授業の一つ、(one of them)あるいはオルタナティブ(alternative)な授業ということで、これは市民(citizenship)教育や総合学習など、名称は違っても広がっていくと思っていました。しかし、地域本部ということになると、今まで学校が持っていた経験とは少し違うものなので、この行方の方が気になっていましたし、興味深く思っていました。そして、文部科学省が学校支援地域本部の実践を広げるという形で、全国展開するというところまでは非常に良かったと思うのですが、実は採択された後にどう広がって、具体的にどういう現実が起こってくるかということは、若干、危惧していました。なぜならば、学校支援地域本部というのは、まさに学校にかかわる地域の共同体ですので、学校支援地域本部をつくることを促進するための精紳ということになると、上から言われて作るということではないはずで、そこには矛盾がでてしまわないか、という意味で心配していました。


若江

それは先生のおっしゃる通りで、だからこそ、その精紳が、本当にそれが必要だと思っていらっしゃるところは、やはり今回の事業にうまく取り組んでおられます。しかし、そうではなくて、やれといわれたからやるのか、という所は、やはり学校と地域の両方ともの理解や連携が上手くいかずに足踏みしているというのは、まさにご指摘の通りです。


朴木

自分の学校ですでに何か実施しているところに、文部科学省の補助金などを上手に使っていただくことができれば、これはとてもいいと思います。ですので、いま若江さんがおっしゃった例では、問題は後者です。「やらなければいけないし、世の中みんながやっているからやるんだ」というような形で始めると、恐らく成功しないですね。後者の学校の方が多いかもしれませんので、学校支援地域本部を作ろうという気になるところまでの前段階に何があればいいのか、これが広げるための課題じゃないかなと思います。


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神戸大学発達科学部の特徴
若江

今回の学校支援地域本部は、学校教育の中にもっと地域の人たちのリソースを活かし、もっと地域の教育力を高めていこうということになります。それは、学社連携・学社融合ということだと思うのですが、多くの大学が「教育学部」で学校教育を中心として、教育にかかわる人たちを育成していることが多いですが、神戸大学の場合は、「発達科学部」ですよね。この学部についてよくご存知でない方も多いとおもいますので、ぜひご説明いただけますか?


朴木

神戸大学発達科学部の特徴

発達科学部は、1992年に教育学部を改組して作った学部です。当初より、「発達科学とは何か?」とよく聞かれたのですが、94~95年頃は、学生たちが就職活動の時に発達科学を説明するのに大変苦労しました。それから10年以上たち、おかげさまで当初のように学生すら説明できないということはなくなってきています。 では発達科学とは何か?ということですが、これは単一の科学ではないですし、私たちもまず定義を作って、それからその定義に従って何かを展開していくということは考えていません。中身を作っていくことを考え、そして10年間でじわじわと中身はできてきたかと思います。具体的な中身ですが、人間個人の発達、そして個人の発達は、当然、自然や社会、家庭などの広い意味での環境に影響されたり、あるいは依拠したり、あるいは逆に個人が影響を与えたりなどの密接な関係がありますので、個人の発達と環境の発達です。英語で言うとhuman developmentとenvironmentの両方をdevelopmentで括っている、という関係にあります。また、個人と環境だけではなくて、人間はとても複雑で矛盾を抱え、発達可能性も多面的なものですので、そこにアートと行動の2つをコンセプトとして配置し、人間の揺らぎ、思い、情念などもすべて含んで発達科学と捉えています。 この本は『発達科学への招待』といいますが、1年生が入学してまず「発達科学とは何か?」を理解するために作ったテキストです。先ほど説明した内容を章ごとに押さえていて、第1章が「個人のダイナミズム」、第2章が「持続可能な社会と人間発達」、そして第3章が「人と科学のあいだ」となっており、人間臭い部分は科学ではとらえきれないが、科学は人間にとって非常に重要なもの、という3つの視点から述べたものです。これで全てを説明できるわけではないですので、この第2弾を来年出すつもりです。教育という1つの行為だけではなく、人間発達全般を捉える学問として作ってきており、そのような学問を学ぶ学部として作ってきたということです。


若江

ということは、卒業生の方々の進路は多様ですよね?


朴木

はい、多様です。それでもやはり「発達」という言葉のイメージや、教育学部から転換したという歴史的な経緯もあるので、教育関係に行く人はそれなりにいます。大体教員が1割、公務員が2割、大学院進学が1割、その他民間も教育系や人材能力開発系など、どことなく人間っぽいところに良く行きます。1、2名ですが、特殊なNPOや法人のようなところなどもあり、極めて多様で、社会の広い意味で人が発達するようなところに学生の関心が向いていて、色々なところに就職しています。


若江

それは楽しみですね。ひとつの所に多くの学生がかたまるのではなくて、学生がそれぞれに人として自分の特性を活かし、やりたいことを見つけて、それに適した就職という環境を多種多様に探しているということですよね。


朴木

ですので、一言で進路を説明することは非常に難しいです。しかし、わかりやすい言葉で言うと、ビジネスの世界で業績を上げてお金持ちになるとか、自分が効率的な働き方をしてナンバー1になるとか、そういう発想を持っている学生は少ないです、それよりもむしろ、社会のためや人のためなどの発想が強く、いわゆるビジネスエリートというイメージとは異なるタイプの学生が入学し、卒業していきます。


若江

なるほど、それはとてもわかりやすいですね。そうなると、学生の学びのあり方も特徴的ですよね。効率的に知識を詰め込んで理論でかためてというよりも、非常に多様な環境や実態を知るということが個人にも呼びかけられていますし、学部全体でもシステマティックな取り組みをしていらっしゃるようなのですが、その点をお聞かせください。


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学び実践と地域連携のためのしくみづくり
朴木

発達科学部の教育のひとつの特徴は、非常に実践的かつ応用的であることです。しかし、実践と応用だけであれば、大学としては不十分ですので、それと理論を結びつけつつ教育をするという風に考えています。私たちが作ってきたのは、地域や社会の実践と従来積み上げられてきた理論をどうつないでいくか、ここを研究しながら、学生もその研究の場に入ってもらい共有していく、そしてそのことが教育につながるというような仕組みを考えてきました。一番端的なのは、2005年に立ち上げたヒューマン・コミュニティー創成研究センターというものです。このセンターで、地域の様々な実践をしている人たちと学生が出会う機会を作り、そして教員もアクションリサーチという形で関わって、学生と一緒に研究的な関与をしていくということにしています。


若江

いくつか事例をご紹介いただけますか?


朴木

学び実践と地域連携のためのしくみづくり

「のびやかスペース あーち」という施設なのですが、ここは子育て支援と障害共生という2つの場を同時に展開していく施設として作ったものです。神戸市灘区の全面的なご協力で、場所を提供していただき、そこで神戸大学発達科学部が事業を展開するという形で実施してきています。ですから、神戸市とも密接に話をして作り上げました。出来上がって4年経ちますが、順調に発展してきました。「あーち」の機能の1つに、地域の人が自由にきて、好きなように過ごして帰る場として「フラット」があります。ここは毎日大変な盛況で、当初はお母さんと小さな子どもがほとんどでしたが、3年経った辺りから、土日にはお父さんと子ども、平日にはおばあちゃんと子どもという方たちも来て下さるようになっています。私自身も、お母さんと子どもだけが「子育ての単位」ではなく、当然そこにはお父さんとか、他の人も関わるべきだと思っていますので、「お父さんも」と言い続けてきましたけれど、じわじわと広まって、今ではお父さんも来て下さっています。


若江

ということは、継続的・恒常的に「あーち」という場があることによって、さらには"ふらっと"寄ってもいいというコンセプトがあることにより、当初はお母さんと子どもだったけれども、多様な子育てに関わっている人たちが少しずつ「あーち」に足を運びだし、皆がこんな人たちも子育てをしているんだということを知りだしたという感じですね。


朴木

そうですね。それに毎週1回、障害を持った人たちの集う時間を持っています。障害を持った人たち同士が自分たちだけで何かをするというのはやめたいと初めから思っていましたので、障害をもっていない人との共生の場として「コラボ」という場も作っています。これも、おかげさまで順調に発展してきており、兵庫県から「平成19年度 ひょうごユニバーサル社会づくり賞(団体部門)」をいただきました。


若江

子育て世代と障害を持っている人たちの接点の場が継続的にあり、障害を持っている子どもたちの集う時間を週に1回、定期的にもってこられたことで、いつの間にか色々な人が触れる機会ができてきたということですね。そして、それを運営することそのものが学習の過程であり、そこに学生が演習としてかかわっているわけですよね。


朴木

これは学生に大変良い影響を与えていて、あまり興味のなさそうな学生がいつの間にかボランティアとして行っているということがよくあります。学生にとっては自分が興味・関心を開いたり、疑問を持ってそこに行ってみたり、何かをしたいけれど何をしたらいいのかわからないので行ってみたりなど、実行できる場がいつも開かれているということになります。また、地域の方も大変楽しみにしてきてくださいますので、「フラット」も「コラボ」も予約なしでよいですが、「昔遊び」や「筆で遊ぼう」とか、「アートで遊ぼう」などの様々なプログラムがありますので、それらのプログラムを目がけて楽しみに来てくださる方もあります。大変利用者数も多く、昨年度は年間約2万5千人の方に来ていただき、約400のプログラムを実施しました。


若江

今、先生のお話をうかがっていて、学校支援地域本部もその様にならないといけないのではないかと感じました。学校支援地域本部の場合には、子育て支援という大きなテーマと同時に、授業を支援や授業以外の学習にかかわるいろいろな支援、そして、地域交流という3つの大きな目的があります。何がきっかけであってもよいので、親や地域の皆さん方が継続的に活動に参加することによって、興味が深まっていったり、実施できる活動が広がっていったりする、というようなことが大事なのです。しかもそれを1回や2回のイベントではなく、継続的にやり続けることが大切で、いつ来てもいつも誰かが何かをしているということが、入りやすさなのです。


朴木

そうでうね、そのためには最初のきっかけ作りが必要かもしれませんね。


若江

学生さんが演習で行ったりとか、地域の方々もご自分の好きなプログラムだから、来たりだとかというような最初のきっかけですね。


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"きっかけ"となる第一歩の大切さ
朴木

きっかけとなる第一歩の背中を押してあげないと、場所があるからいらっしゃいというだけでは、人は来にくいし、集まりにくいですね。


若江

最初は学校側からの助けてください、手伝ってくださいという呼びかけに答えるのがきっかけでもいいかもしれないですね。


朴木

きっかけとなる第一歩の大切さ

学校支援地域本部は、どうしても先生が主体で、先生の何かを地域の人が聞いて動くというイメージを持つ人が多いと思いますので、そういうイメージで捉えられると、先生が上で、地域は下請けということになってしまいます。そのため、「そうではないよ」というメッセージも出さないといけないですね。地域の人にとってはやはり学校は敷居が高くて、自分が持っているノウハウなどがあっても、「学校に行く」ということとすぐには結びつきません。そうすると、最初の背中を押すために、特別なプログラムが必要かもしれないですし、あるいは何かすでに地域で積極的に実施している所に呼びかけて、最初は意図的に何かを共同でするなども必要かもしれないですね。


若江

先ほど先生のおっしゃった、発達科学部での学びへの取り組みは、できるだけ自分たちが体験し、その中から理論に結び付けていこうということでした。だから、アクションリサーチという言葉を使われたのですね。学校支援地域本部の地域コーディネーターの人たちも、そこまで明確な目的はなくても、何か活動しているうちに、自分の良さや足りないことに気がついたりすることで、理論化まではいかなくても、更なる自分自身の学びや生涯学習みたいなところにはつながってくのだと思います。 発達科学部で学んでいる学生は、「あーち」などで活動する中で、4年間かけて自分の理論を構築していくということなのでしょうか。


朴木

そうですね。学部生は最後に卒論を書きますから、卒論につながればいいですよね。


若江

普通は、卒論を書くためにギリギリになって無理やりテーマを決めているというのをよく耳にしますが、発達科学部の学生の場合は、早くから現場体験などをしているので、早い時期に自分の研究テーマなどを見つけているという傾向はありますか。


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生活の中からの実践の大切さ
朴木

実際にテーマを決めるのはギリギリで、それは変わらないと思います。ただ、発達科学部の特徴でいえば、「あーち」だけではなくて、他の色々な所に、学生たちが社会に目を開き、社会とのつながりを考える仕掛けが作ってありますので、テーマをテキストの勉強だけから拾ってくることは少ないです。学生ですから、もちろん本は読まないといけないですし、先行研究はもちろんしなければいけないのですが、いわゆる机上の学問をして、そこからテーマをイメージするということよりも、むしろ自分の生活の中から気になるテーマをじわじわと考えつくようです。 また、「あーち」だけではなくて、障害を持った人と持っていない人が共に暮らすとはどういうことかということを、学生に理屈ではなく、いつの間にか身体化するために、大学の中に「アゴラ」というカフェを作りました。「アゴラ」は、障害を持った方がマスターとして来ていて、知的障害のある青年男女が、ジョブコーチの下でウェイター、ウェイトレスをし、カフェを運営しています。このカフェの位置づけは、教職員・学生の福利厚生施設ですから、学生はお茶を飲みながら話をしたり、1人で静かに本を読んだり、自由に利用します。自然な形で障害を持つ人が働いているのが見えますので、理屈ではなく身体化できるような、そんな仕組みを作りました。実践的研究ということは、特別に実践的な何かを設定して研究するということばかりではなく、生活の中にある実践をいかに豊かにしていくかが必要で、その中で学生たちが自然に自分の専門と結び付けてテーマ化していく、こうなると一番いいですよね。


若江

生活の中からの実践の大切さ

生活の中からの実践をできるだけ多様にして、その中から自身の関心やりたいことを見つけていくというのは、ぜひみなさんに伝えたいメッセージですね。いま小学校や中学校で取り組まれているキャリア教育は、本来そのようであるべきだと思います。社会を生きるスキルを身につけるためには、総合的な学習の時間などの学習機会だけではなく、先生がおっしゃったように"生活の中からの実践"ですね。


朴木

アメリカで「サービスラーニング」と言われているやり方は、学校が子どもをどこかに連れて行って「お願いします」というやり方とは違い、地域の中にすでに大人たちの実践などがあり、そこで子どもや青年たちが共同して何かを行うという形で広がっています。そうなると一番いいですよね


若江

だからこそ、大人たちが学び、何かに取り組んでいかなければならないですし、そこで子どもたちは大人が学んでいる姿を見ながら学んだり、ともに学んだりするのでね。


朴木

往々にして、学ぶというと、何か学習プログラムがあるという風に想像してしまいますが、学ぶというのは、何かの課題や気になることに一緒に取り組んでいくということなんですね。ですので、課題とまでは言わなくても、これをこうすればもっと良くなるのではないか、新たにこんなものを作りたいなど、そういうことを大人が試みていると、その場に子どもと青年も加わって一緒やっていく、そして、その一緒にやっていくというのが、[よのなか]科の発展形だと思います。[よのなか]科は、学校の中で行う授業形式のものと考えられていますが、学校の中だけではなくて、学校の外や地域でナナメの関係を持つことができれば、もっとダイナミックに広がっていくと思います。


若江

ありがとうございました。発達科学部で学んだ学生さんが、自治体を育成していく教員に、今は1割ということですが、もっとたくさんの先生になっていただければと、そんな期待を持ちました。今日は本当にお忙しいところを有難うございました。


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神戸大学 発達科学部 教授
朴木 佳緒留 氏

地域と連携した学びの大切さについて

1949年島根県生まれ。
広島大学教育学部大学院教育学研究科修士課程修了。
鹿児島女子短期大学、金沢大学教育学部を経て、1983年に神戸大学に赴任。現在、神戸大学大学院人間発達環境学研究科教授、副研究科長。神戸大学男女共同参画推進室長。
伊丹市男女共同参画施策市民オンブ"ド、大阪市「クレオ大阪研 究室」運営委員、豊中市男女共同参画審議会委員など男女共同参画に関わる社会的活動を行っている。

プロフィール詳細

主な著書:『「ジェンダー文化と学習」理論と方法』明治図書、1996: 女性行政と住民のパートナーシップ」日本社会教育学会編『日本の社会教育 第45集 ジェンダーと社会教育』東洋館出版、2001:「女子特性論教育からジェンダー・エクィティ教育へ」『ジェンダーと教育の歴史』川島書店、2003:「ジェンダー・エクィティ実現のための教育戦略」『叢書 現代の経済・社会とジェンダー 第4巻 福祉国家とジェンダー』明石書店、2004:「『シティズンシップ』の視点から家庭科を再考する」日本家庭科教育学会編『シ リーズ 生活をつくる家庭科 第3巻 実践的なシティズンシップ教育の創造』ドメス出版、2007:「大規模自治体の職場のジェンダー問題(1)(2)(3)」神戸大学発達科学部研究紀要第13巻第2号(2006)、14巻第2号、2007(2007)、神戸大学大学院人間環境学研究科研究紀要 第1巻第2号(2008):「見えない『発達制限』」『発達科学への招待』かもがわ出版、2008:『なくそう!スクール・セクハラ 教師のためのワークショップ』かもがわ出版、2009 など多数。


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