きっかけは
昭和40年会と昭和48年会のおなじみの対決イベントに、特別に昭和55年会が加わったのが、すべてのはじまりだった。
昭和40年会といえば、古田池山のヤクルトの両巨頭を筆頭に、山本昌、渡辺久信、小宮山、吉井、武田ら好投手の宝庫で知られる年代。そして、昭和48年会は、逆に、イチローを始めとして、中村紀、小笠原、松中ら超強打者が多い年代として知られる。
そこに、松坂を頂点とする昭和55年会が加わったら、それは90年代から2010年代に突入するプロ野球の歴史といってもいい。
イベントの対決の場として選ばれたのは、スカイマークスタジアム(旧。グリーンスタジアム神戸)。昭和48年会の象徴、イチローの主戦場だった球場であるが、そのイチローは、いつものとおり、イベントを欠席している。
「なんで、イチローさん、出ないですかね?」
いくらイチローだからといって、敬称付けにするのは、年下である昭和55年会に限られる。そして、イチローを世界で一番気にしていいのは、この男、松坂大輔である。
昭和40年会対昭和48年会に飛び降りで入った昭和55年会の選手は両軍にバランスよく配分されている。投手力にやや劣る昭和48年会に、ナンバーワン投手である松坂が配分されるのは、絶妙なハンデ付けであろうか。そして、昭和48年回の4番を務めるのは、松中でも小笠原でもなく、
「知らんわ。あいつはこういうイベントにはよう出んのや。オレの結婚式には出てくれたのになあ」
「へえ、ノリさんの結婚式にイチローさん出たんだ。どんなスピーチをしたか、なんだか想像できますね~」
中村紀が三冠王松中を押しのけて、4番の座をに座るのは、成績とか戦術的の意味よりも、座りのよさとか親分肌の性格が買われたことを意味するだろう。
「まったく、つれんえっちゃのう、イチローは」
昭和40年会先発の渡辺久信の持病のひとつである四球病の顔がのぞき、(他の持病はあえてここでは晒さない)中村紀に走者を二人置いて回ってきたときのこと、中村紀がバットのグリップを握ったその時だった。
夏の日の喉のように乾いた声、それでいてジョーク交じりの冷笑が織り交じった独特のトーンで、中村紀への野次が飛んだのは。
「ノリ、オレが代打に出ようか?」
「は? 誰や、オレをやじったやつは?」
真剣勝負を題しているが、そこはイベントの余興、野次られた中村紀であるが、必死な犯人探しをするわけでないが、彼はやじった主を探し始めた。
「カツノリか? まっちゃんか?」
昭和48年会のムードメーカー的存在のカツノリや5番打者に甘んじる松中を指名手配したが、彼らは揃って首を振っている。
「オレだよ、オレ」
「その声は! なんでお前がおるねん! い、イチロー?!」
「え、イチローさん?」
「イチロー? どこだよ」
「そこです、坪井さんの後ろ!」
「なんで、お前がいるんだ!」
昭和48年会のベンチだけではない、昭和40年会のベンチにも衝撃は走った。いつものように欠席したはずのイチローが昭和48年会のベンチの中にいたのだ。
「いちゃ悪いですかね? 僕も昭和48年会に参加する権利はあるだろ? なあ、ノリ。お前とは高卒同期で、一緒にウエスタンリーグで戦った仲だよな? 僕は首位打者戦線を独走し、ノリは打率最下位ラインをさまよっていたけどね」
「なんや、イチロー。急に同級生、恋しくなったんか? まあええわ、試合に参加したいならしてもええぞ。ただし、カツノリの代走ていどの出番しか用意できんけどな」
「試合に出る? 冗談じゃないよ、僕はシアトルの至宝だよ。断りなしで、試合に参加できる立場じゃないさ」
「それなら、なにしにきたんや?」
「君たち、いや、昭和40年会のみなさんや、昭和55年会の小僧っ子たちに、いいニュースを僕は持ってきたんだ」
イチローはいつのまにか、ベンチを抜け出し、マウンドの中央に立っていた。もちろん試合は中断され、試合後の野球教室に参加するために招待されていたリトルリーグの子供たちは、突然のスーパースターの登場に沸き返った。
「みなさん、こんにちわ、鈴木一郎です。知っていますか? そりゃ知っていますよね? でも、知らないことがある。あなたたちは、まだ重要すぎることを知らない」
イチローは、マウンドにいた渡辺久信に近づき、ポッコリと出たお腹を指さした。
「いやいや。久しぶりですね、渡辺久信さん。僕とあなたといえば、1996年のノーヒットノーランですよね? 最後の打者となった僕は、野球人生最大の屈辱でしたよ、あのWBCの韓国戦までですけどね。落ち目に入った投手にノーヒットノーランをやられるなんて、僕の野球哲学に反してますから」
「なんだよ、イチロー、なにしにきた」
「いや、そのお腹が出てない、のびあがる快速球を投げていたころの渡辺久信さんにノーヒットノーランをやられたら、僕はやられたと思うだけで、何も感じることはなかったんですけどね、野球選手のくせに、ぽってりと太りだした渡辺久信さんにやられるちゃあいけないんですよ」
「だから、なんだよ」
イライラする渡辺久信であるが、人をいらつかせるマイペースぶりはイチローの真骨頂であるが、返す刀で同期生、中村紀も斬りつける。
「お前もそうだよ、ノリ。お前のようなのがいるから、野球選手は太っていてもできるんだと思われる」
「オレは渡辺久信さんとはちゃうで。太ってても、大活躍やったぞ」
「そりゃまあそうだった。でも、今のノリは全盛期のお前とはほど遠い。もしも、もう一度、あの時のように、腰がはちきるようなフルスイングできたなら? 今のように、引退から10年たった渡辺久信さんと渋い打撃で野球人生の終盤を生きるノリの対決も悪くない。だけど、あの時のように、快速球とフルスイングがぶつかり合うとしたら?」
「だから、何をいうてるんや」
イチローの話はいくらたっても先が見えない。マイペースが持ち味のイチローであるが、度が過ぎると、昭和40年会の番格捕手古田もイチローに割って入る。
「だから、なんやの、イチロー」
「いやいや古田さん、こんちわ! 鈴木一郎です」
「挨拶はええから」
「そして、古田さんです。快速球にフルスイングに、五体満足でぴちぴちのプレーができる体に監督解説者を経験した今の古田さんの頭脳の味付けが加われば、これ以上に興味深い対決はないでしょ。僕だって、どのメジャーリーガーのスーパースター同士の対決よりも、こっちの方がみたくなる」
「だからなんなんだよ、イチロー!!」
「だから、可能なんですよ、その対決が」
「どういうことだよ」
「そろそろ、明かしましょうか? プロ野球オールスターワールドベースボールクラシックの開幕のお知らせですよ」
「はあ、なんやその、プロ野球オールスターなんたらと、80年代のバラエティみたいなノリのタイトルは」
「ノリは80年代ですけど、現代だからこそできるイベントですよ。とにかく、みんな全盛期に戻れるんです。まあ、ピークはいつもその先にある僕、30代よりも40代、50代と、日々素晴らしくなる僕の全盛期はまだ訪れてませんが」
「あほか、そんなん全盛期なんかに戻れるわけがない」
超現実主義の古田ははなから信じようともしない。だが、イチローも古田に負けずおとらず超現実主義だ。そのイチローが、全盛期に戻れるというのなら。
「僕の言う事だから信じるんでしょ? 僕はジョーク好きですが、面白いジョークが好きなんです。こんなセンスのないジョークは言いませんよ」
「そりゃまあそうやが……」
「信じない? 信じないなら実例をお見せましょうか?」
「実例やと?」
「……ブーマーさん、出ておいでください」
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