2010-07-27 19:02:11
〜NStory. 3〜
テーマ:ブログ
~NStory.3~
『音』
中学校といったら、
部活.
私はスピードになるんだっなんて夢をずっともっていたもんだから私は部活でバンドをやるって決めていた.
普通だったら、どっかの養成所とか、ダンススクールに通いたかったんだけど
佐藤家にはもぅ先客がいてね…
姉のりぃ.いまじゃ友達みたいに仲良しだし互いを尊敬し合う
超いい関係
でも当時はうらやましくて、本当に本当にずるかった.
りぃは、プロダクションの養成所みたいなダンススクールに通わせてもらっていて
なんでなっちは通えないんだろう
超悔しかったっ
親になっちもやりたいと頼んだ日もあったが、大人の言葉にうまく丸め込まれたのか
『私には塾があるからいい』
なんて強がったセリフをいい
後になって
『なんで私はあんなこといっちゃったんだろう』と後悔をした.
姉は発表会の度にかわいい衣装をきて、髪もメイクもかわいくて、キラキラしてて…
発表会の時は羨ましさMAXだった.なんの嫌がらせか知らないが、毎回のレッスンを親に同行させられていた.
私はりぃのレッスンの一部始終を廊下で見ていた.
いいな.このドアを開けば
スピードになれるのに…
でも
悔しいという思いより
今やってるステップを覚えようと頭にたたきこみ
家に帰ってひっそり練習していた.
そんな過去があるため
私は少しでもスピードに近づきたかった.私が中学生の時にはすでにスピードは解散していたがわたしの中では永遠の憧れ.
バンドをやって歌が上手くなってスピードみたいになる.!っていう考えでした.
ずっとスピードや安室奈美恵さんが大好きだった私がバンドを通して新たな音楽にであった.
椎名林檎さん.
タイトルから、素晴らしい.曲調も歌も、バンドも…..
なにもかもが素晴らしすぎて完全に魅力された.
私はギターボーカルというなんとも目立つパートをいただき、それにあたって親に真っ赤なギターを買ってもらった.
このギター、なんとAKBのステージにも出てるんですよ^^
『友よ』という曲でバンドで私がギターを演奏しているんです.
そんなギターを担いで登校する毎日.正直女子校だったから、目立つのは絶対に嫌だった.なんか後々めんどくさそうだし、人前で歌を歌うということをしてもひっそり過ごそうと思っていた.
まぁ案の定、
そぅ上手くは行かない
(笑)
廊下を歩いては『ヴォーカルの子でしょ?』といわれ
私は佐藤夏希じゃなくて
ヴォーカルの子
になっていた.
当時今が5だとすると0.5もないくらいの歌唱力.
上手くないのに、そぅ言われるのが嫌だった.でも、知らない間にちょっとした自信が出てきていた.
ひょっとして私は歌が上手いのかも?
この自信は、AKBに合格してレッスンが始まる前まで持っていた.
ある同期のメンバーにであって、大きな刺激を受け、一気に
私は下手くそだ
と思うようになった.まぁその話はまた今度^^ここで予断だが
以前MUSIC STATIONに出演させていただいた時、東京事変さんと共演させていただいた.
椎名林檎さんの歌を初めて生で聞いて
鳥肌がたった.
こんな経験をさせてくれたAKBに感謝.
生きていてよかった^^
そして
bayFMさんのラジオに出演させていただいた時に、同い年くらいの方々の外国のグループ『EAST WEST BOYS』さんとすれ違いで会い、なんと合間の時間に私たちAKBメンバー5人程のために
クリスマスが近いということでクリスマスソングをうたってくれたのです.
音楽は万国共通という言葉を
改めて実感した瞬間だった.
音楽は奥が深い.
偶然にもわたしの家族は音楽一家
父は昔バンドをやっていた
母はギター
兄もバンドを
姉はクラリネットを
私は音楽をやれと言われて、バンドをやったわけではない.
あぁやっぱり家族だな.と…
そんなわけで
まぁそんなわけで
バンドを三年やっていたが
中学三年にもなると
『将来何になるか』
『進路』
頭が痛くなるようなことばかり
目の前に次々と大きな壁が現れる.
下からくぐれば簡単なのに
私はあえて上から乗り越える
ただ乗り越えるってことは
簡単なことじゃない.
人生はまるで"ハードル競争"のようだ.
『音』
中学校といったら、
部活.
私はスピードになるんだっなんて夢をずっともっていたもんだから私は部活でバンドをやるって決めていた.
普通だったら、どっかの養成所とか、ダンススクールに通いたかったんだけど
佐藤家にはもぅ先客がいてね…
姉のりぃ.いまじゃ友達みたいに仲良しだし互いを尊敬し合う
超いい関係
でも当時はうらやましくて、本当に本当にずるかった.
りぃは、プロダクションの養成所みたいなダンススクールに通わせてもらっていて
なんでなっちは通えないんだろう
超悔しかったっ
親になっちもやりたいと頼んだ日もあったが、大人の言葉にうまく丸め込まれたのか
『私には塾があるからいい』
なんて強がったセリフをいい
後になって
『なんで私はあんなこといっちゃったんだろう』と後悔をした.
姉は発表会の度にかわいい衣装をきて、髪もメイクもかわいくて、キラキラしてて…
発表会の時は羨ましさMAXだった.なんの嫌がらせか知らないが、毎回のレッスンを親に同行させられていた.
私はりぃのレッスンの一部始終を廊下で見ていた.
いいな.このドアを開けば
スピードになれるのに…
でも
悔しいという思いより
今やってるステップを覚えようと頭にたたきこみ
家に帰ってひっそり練習していた.
そんな過去があるため
私は少しでもスピードに近づきたかった.私が中学生の時にはすでにスピードは解散していたがわたしの中では永遠の憧れ.
バンドをやって歌が上手くなってスピードみたいになる.!っていう考えでした.
ずっとスピードや安室奈美恵さんが大好きだった私がバンドを通して新たな音楽にであった.
椎名林檎さん.
タイトルから、素晴らしい.曲調も歌も、バンドも…..
なにもかもが素晴らしすぎて完全に魅力された.
私はギターボーカルというなんとも目立つパートをいただき、それにあたって親に真っ赤なギターを買ってもらった.
このギター、なんとAKBのステージにも出てるんですよ^^
『友よ』という曲でバンドで私がギターを演奏しているんです.
そんなギターを担いで登校する毎日.正直女子校だったから、目立つのは絶対に嫌だった.なんか後々めんどくさそうだし、人前で歌を歌うということをしてもひっそり過ごそうと思っていた.
まぁ案の定、
そぅ上手くは行かない
(笑)
廊下を歩いては『ヴォーカルの子でしょ?』といわれ
私は佐藤夏希じゃなくて
ヴォーカルの子
になっていた.
当時今が5だとすると0.5もないくらいの歌唱力.
上手くないのに、そぅ言われるのが嫌だった.でも、知らない間にちょっとした自信が出てきていた.
ひょっとして私は歌が上手いのかも?
この自信は、AKBに合格してレッスンが始まる前まで持っていた.
ある同期のメンバーにであって、大きな刺激を受け、一気に
私は下手くそだ
と思うようになった.まぁその話はまた今度^^ここで予断だが
以前MUSIC STATIONに出演させていただいた時、東京事変さんと共演させていただいた.
椎名林檎さんの歌を初めて生で聞いて
鳥肌がたった.
こんな経験をさせてくれたAKBに感謝.
生きていてよかった^^
そして
bayFMさんのラジオに出演させていただいた時に、同い年くらいの方々の外国のグループ『EAST WEST BOYS』さんとすれ違いで会い、なんと合間の時間に私たちAKBメンバー5人程のために
クリスマスが近いということでクリスマスソングをうたってくれたのです.
音楽は万国共通という言葉を
改めて実感した瞬間だった.
音楽は奥が深い.
偶然にもわたしの家族は音楽一家
父は昔バンドをやっていた
母はギター
兄もバンドを
姉はクラリネットを
私は音楽をやれと言われて、バンドをやったわけではない.
あぁやっぱり家族だな.と…
そんなわけで
まぁそんなわけで
バンドを三年やっていたが
中学三年にもなると
『将来何になるか』
『進路』
頭が痛くなるようなことばかり
目の前に次々と大きな壁が現れる.
下からくぐれば簡単なのに
私はあえて上から乗り越える
ただ乗り越えるってことは
簡単なことじゃない.
人生はまるで"ハードル競争"のようだ.
1 ■無題
自信を保つのって大変ですよね…
NStory感動します;