魔王への期待
「大変でしたね」
くすくすと笑いながらそのメイドが話しかけてくる。
彼女は黒髪黒目おとなしそうな顔で控えめな胸をした清楚な容姿をしている。
「まったくだよ。なんだあいつ。かってに召還したくせに、二度と目の前にあわられるなって」
「ふふ。貴族のお嬢様なんてそんなものですよ。でもあんまり貴族の方を怒らせちゃ駄目ですよ。私たちは奴隷なんですから」
にっとり笑いかけてくる笑顔がかわいい。思わず隼人は見とれてしまった。
「……いろいろ質問していいかい?キミの名前は?この学園は?全然判らないんだ」
彼女にすがるような目を向ける
「ここはトーキン魔法学園ですよ。私はユリスといいます。この学園の生徒にご奉仕する奴隷です。今後よろしくお願いしますね」
スカートの両端を持って上品にお辞儀をする。
「この世界にも黒髪の人っていたんだ。でもキミは日本人みたいな顔だな」
改めてユリスの顔を見ると、長い黒髪が似合う和風美少女である。
アイリスをはじめ生徒たちが白人のような容姿をしていたので、日本人のような顔をみて安心した。
隼人の傷を手当てしながら、いろいろと話す。
「ニホン人?私たちは『魔民』と呼ばれています。貴方もそうですよね?お名前はなんとおっしゃいます?」
「荒神隼人だよ。ごめん、その『魔民」って言うのを教えてくれないかな?俺は何も知らないんだ」
そういって頭を下げて頼み込む。
「本当に『魔民』のことをご存じないのですか?どうみても私たちと同じ種族ですよね……」
不審に思うユリスだった・
「俺は……たぶんこことは違う世界からやってきた。その中の日本って言う国からきたんだ」
真剣な顔をしていう隼人。
ユリスはしばらく隼人の顔をじっと見ていたが、ポツリとつぶやいた。
「そういえば、ニホンって名前を御伽噺で聞いたことがあるわ。黒髪魔王スサノオ様の故郷だって……。あの、すいません。背中を見せてもらえませんでしょうか?」
ユリスも真剣な顔をして隼人に頼み込んだ。
「ああ、いいよ。しかし、俺の背中を見たって別に何かあるわけじゃ……」
そういいながら服を脱いで後ろを向く。隼人の背中を見たとたんにユリスは複雑な表情を浮かべた。
「やっぱり……背中に字が浮かび出ているわ。見たこともない字だけど。あの、隼人さん。この文字が読めますか?」
鏡を取って隼人に自分の背中が見えるようにする。
「なんじゃこれ……背中に『闇』の文字が浮かんでいる!!」
自分の背中を見てびっくりする隼人。真っ黒い字で闇という字がうかんでいた。
「やっぱり……貴方は私たちの希望なんだわ。長い間お待ちしておりました。新たな魔王様!!」
そういって隼人に抱きつくユリス。ささやかな胸に力いっぱい抱きしめた。
「く、苦しいよ……なんだってんだ一体?」
美少女に抱きつかれながら、隼人はひたすら混乱するのだった。
「す、すいません。取り乱して」
真っ赤になって離れるユリス。
「べ、別にいいけどさ。一体どういうことなのか、教えてもらえる。まず、『魔民』って何?」
「はい。順を追って話しますね」
ユリスは黒髪の民の間に伝わる伝説を話し始めた。
「私たち黒い髪の人間は、『神法』を何一つ使えません。それは、世界に反逆した魔王に従った者の生まれ変わりだからと言われ、『魔民』と呼ばれて迫害されています」
今までの辛い事を思い出したのか、暗い顔になるユリス。
「でも、私たちは一つの希望があるのです。かつて闇の属性という、神法に相反する『魔法』が使えたと言われています。それを私たちにもたらしてくれたのが『魔王』と呼ばれた英雄だと」
ユリスは澄んだ声で歌い始めた。
光あふれ。火は恵みをもたらし、水は清く、風は優しく、土は命をはぐくむ時代。
人は神の力におごり高ぶるとき。月は歩みを止め、太陽は光で世界を満たす。
森は燃え、湖は干上がり、風はやみ。土は砂となり、人は嘆き苦しむ。
黒き髪の魔王、すべての王を封じ、世界に安らぎをもたらす。
「5000年前から伝えられた伝説なんです。光、土、火、風、水の王を封印し、世界の混乱を収めた闇の王がいたと。彼は『闇属性』という今では失われた『魔法』が使えたと聞いています。彼は虐げられた黒い髪の民たちを率い、『高天原』という国を月面に建てたと言われています」
誇らしげな顔で話すユリス。
「……しかし、月と太陽がその動きを止めたとき、彼は再び動かすために力を使い果たし、この世界から消えたと言われています」
声のトーンが落ちる。
「……その後、『高天原』に住んでいた魔王の同族である黒い髪の民の生き残りは、王の恩寵がなくなり荒んで住めなくなった『高天原』を捨て、地上へと降りてきたそうです。そのせいで力を失ってしまったため、私たちは奴隷とされるようになってしまいましたが……」
悔しそうにいうが、すぐに笑顔を浮かべる。
「でも、私たちには希望があるんです。私たちの先祖はいつか再び魔王が現れ、『高天原』の無限の財宝を手に入れて魔民を救ってくれるという予言を残しています。その人の背中には、黒い文字を体に持つといわれてます」
キラキラした目で隼人を見つめる。
「なるほど……大体のことはわかった。けど、俺の背中の文字と関係あるのかな」
首をかしげる隼人。
「……私も月と太陽が止まるとか、魔王のお話とかは御伽噺だと思っていました。でも、騎士として召還された人の背中には、それぞれの属性の文字が浮かび、素質を一気に開花させるんです。もしかして隼人さんなら、失われた闇魔法を再び使えるようになって、私たちを救ってくれるかも……」
期待した目で隼人を見つめるユリス。
隼人は期待をかけられて気まずい思いをした。
「でも、高天原か。日本にもそんな伝承があったけど、月面に国を立てるなんて眉唾物だな」
「そんなことありません。私たちはいつも見上げて、そこに帰る日を待ち望んでいるんです」
ちょっとムキになってユリスがいう。
「見上げて……?」
「ちょっと来てください」
ユリスに言われて、窓からそとを見る。
「あそこが私たちの故郷、『高天原』です」
ユリスが天空を指さす。その方向を見上げて隼人は固まった。
「な、なんじゃこらーー」
空には地球の月の10倍はありそうな、巨大な金色の月が浮かんでいた。
まだ真昼間なのにはっきりと見える。
「あそこを見てください。塔のようなものがみえませんか?」
嬉しそうにいうユリスに従ってよく見ると、月の中心に真っ黒な細長いものがある。
「あの塔こそスサノオ様の居城。魔王様。いつか、私たちもつれていってください」
ユリスは嬉しそうに微笑んだ。
隼人がユリスと話している頃、大神殿の会議室では、男と女が深刻な顔をして話し合っていた
「なるほど……ライム公爵家の次女が黒髪の騎士を召還してしまったと……」
豪華なデスクに座って報告を受ける青い髪の少年。
10代後半くらいの美しい容姿と人を包み込む暖かい雰囲気をもつ。
「こまりましたね。『陽光』の別名をもつ光の巫女が、よりによって『魔民』などを……」
報告する大神官ミケーネは暗い顔をしている。
「それで、彼はどのような者ですか?」
「はい。それが……確認したところ、神力自体はかなりのものを持っているのです。もちろん黒髪なので、『神法』を使いこなすことはないと思いますが」
隼人を治療するときに測定した結果を伝える。
「騎士の証は?」
「はい。背中には確かに何かが浮かんだのですが、我々の文字に該当するものはありませんでした」
紙に写し取ったマークを男に見せる。
沈黙して文字を凝視する。
「……他には何かありませんでしたか? 」
「そういえば、一緒に何か妙な品が落ちてきましたね。たとえばこの様なものがありました」
隼人の持ち物を見せる。
「これは……本ですが、この様な精巧な絵を書くとは。しかも、この紙も変わっている」
週刊誌のページをめくりながらつぶやく。
「これはまさか、異世界の品物なのでしょうか? というと、彼は伝説の『魔王』……?」
ミケーネの声が震える。
「これだけでは何とも言えませんね……。私も調べてみましょう。アイリス嬢には気の毒だが、その『魔民』に騎士として勤めてもらうほかはないでしょう。ですが、扱いを間違えるととんでもない事が起こるかもしれません。監視だけは続けてください」
「わかりました。私から彼女に伝えましょう。ソレイユ王子殿下」
ミケーネは頭を下げて退出していった。
「この文字は、古代文字の『闇』……。しかし、殺せない。魔王であるなら尚更だ。いや、まだ悲劇が繰り返されるとは限らない……とりあえず、会ってみましょうか? 」
そうつぶやくと、王子は部屋を出た。
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