召還されし黒髪
プロローグ
黒い闇の中、地の底奥深く。太陽の光など、一片も差し込まない。
周囲には絶望した表情の子供達。みんな汚い首輪をはめられている。
俺もその様な表情をしているのだろう。
ここは奴隷を閉じ込めている牢獄の中。むせびなく声かそこらじゅうから聞こえている。
「餓鬼ども!うるせえぞ!静かにしやがれ!!」
奴隷達を監視している筋骨たくましい男がムチをふるい、泣いていた少女を打つ。
中学生くらいのその子は痛みに耐え、泣き声を喉の奥に押し込めた。
どうしてこうなったのだろう。生まれて18年は幸せだった。そう、ほんの1年前までは。
(はあ……。友達から異世界召喚のことは聞いたことがあるけど、まさか俺の身にもこんなことが起こるとは……。あいつもひどい目に遭ったって聞いたけど、今の俺よりましだろうな)
絶望に沈む一人の若い男。首には奴隷がはめる首輪がつけられている。
辛い現実から目をそむけるように、過去へと思いをはせた。
日本の某所
「すまないが、今期で君たち派遣社員の契約を打ち切らせてもらう」
メガネをかけた社員から言われる衝撃の言葉。
「ま、待ってください。更新してもらえるって話でしたよね」
「うちの会社も苦しいんでね。とくに中国向けの商品がまったく売れなくなった。残念だが、我社が存続するための必要な措置なんだ」
冷たく響く言葉。取り付く島もない。
「そ、それじゃ俺たちは……」
「今月の末までは寮に住んでいてもいいが、きちんと退去してくれ」
言うだけいってさっさと出て行く社員。
あとは呆然とする派遣社員たちが取り残された。
「それじゃな。またどこかで会おうぜ」
友人の一人が会社の寮を去っていく。
「ああ」
簡潔に挨拶をして、荒神隼人は自分の部屋に戻った。
「……どうするかな。伯父さんの所に戻って迷惑かけるのは心苦しいし……。くそ!あと数日でホームレスかよ。ここまで追い詰められるとはな……」
部屋の中でゴロゴロしていてもいい知恵は思い浮かばない。
「そう言えば、高校時代のダチで異世界に召喚されて王様になったと言ってたやつがいたな……。俺も喚ばれたいぜ! こんな世界はもう嫌だ!! 」
ベッドに転がってそう喚いた時、周囲の光景がいきなり白くなった。
部屋の雑多なものが白い光に包まれて消えていく。
「な、なんだ!!うわわ!」
そのまま下に落ちる感覚が全身を襲った。
光の国トーキン王国
大神殿では、この国の貴族にとって一生を左右する大事な行事が行われていた。
国立トーキン神法学院入学時に行われる『騎士召喚』の儀式である。
巨大な鳥居のような形をした門を中心に、複雑な文様が書かれている。
その周囲に集まっている白いゆったりとした巫女や神官のような服を着た10代の少年少女。
「皆様。ようこそおいでくださいました。私は大神官ミケーネです。皆様の一生のパートナーを選ぶこの機会に立ち会えたことを、神に深く感謝いたします」
大神官が祝福を与えると、少年少女たちは深く頭をさげた。
「すでに皆様ご存知とおもわれますが、この『騎士召喚』の儀式によって喚ばれた者は、貴方がたを一生守り支える忠実な騎士となるでしょう。中には、生涯の伴侶となった例も珍しくありません」
大神官の言葉を聞いて期待に胸を膨らませる生徒たち。
彼らの前には対になった神法陣が描かれている。
「それでは、今から始めます。心を落ち着けて騎士となるべき者を喚んでください。一番、ウォール伯爵家、ミランダ・ウォール」
「はい!!」
青い髪の少女が緊張して一方の神法陣に入る。
「あなたの騎士を想いなさい」
「はい。この世のどこかにいる私の騎士よ。求めに応じ、この場にきて!!!」
少女が念じると、もう一方の魔法陣が光に満たされ、一人の赤髪の美少年が現れる。
「あれ?ここは?」
何が起こったかわかってない少年。
「あの、えっと、貴方の名前は?」
頬を赤らめて聞くミランダ。
「えっと、俺はコンホーク村のカインだけど……」
「その髪の色だと祝福は炎?」
「そうだけど……もしかして『騎士召喚』? 」
とたんに笑顔になる少年。
「そうよ。私はウォール伯爵家長女、ミランダよ。これからよろしくね。私の騎士様」
「こちらこそよろしくお願いします!!お嬢様!!」
カインと喚ばれた少年はミランダと手を取り合って神法陣から出た。
「おめでとう!!」
「『水』のミランダの召喚に応じたのは『炎』の騎士ですか。相反する属性の騎士が喚ばれた場合、その騎士はとてつもない潜在能力を持っていると聞きます。よかったですね」
大神官の言葉に満面の笑みを浮かべるミランダ。
「最高のカップル誕生だ!!!」
周囲に祝福され、少年も照れ笑いを浮かべた。
この世界、ジャポニア世界においては、神力の強さがすべてに優先される。
貴族がその強大な神力を背景にすべてを支配し、神力が弱い者は平民や奴隷として虐げられている。そして、その優位性を維持し、平民の中にまれに存在する神力が強い者に反抗心を持たせないためにある奇妙な儀式が行われていた。
『騎士召喚』である。
思春期を迎えた貴族の子弟が自分に最も合った従者として、潜在的に神力が強い平民を召喚して「騎士」に取り立てるのである。喚ばれた平民は騎士階級となり、貴族階級の権力を支える力として平民を実質的に支配する。
平民の不満をある程度和らげ、貴族の権力基盤を磐石なものとするこの習慣は何百年も行われてきた。
次々と喚ばれる騎士たち。彼らは喚ばれると同時に自分の主に絶対の忠誠を誓っていた。
「次は……。ライム公爵家次女のアイリス嬢。神法陣に」
「はい!!」
緊張をした顔で神法陣に入る少女。
少し釣り上がった気の強そうな目をしているが、整った容姿に豊かな金髪。国中でその美貌を称えられている美少女である。その家柄の良さに加え、凛々しい立ち居振る舞いは神法学園のアイドルとして大人気だった。
「『陽光』のアイリス様だ!!」
「どんな騎士さまが来るんだろう……」
期待にざわめく生徒たち
「お静かに!では!」
「はい!わが騎士よ。私のもとに……」
アイリスは手を胸の前に組んで、必死に祈り続ける。
すると、わけのわからない品物がたくさん現れた。
「これは? 」
本のようなもの。家具らしきもの。さまざまな奇妙な服。意味不明の箱。
「これは……箱の中に紙がはいってるの?でも柔らかい紙」
目に付いたものを拾い上げて首をかしげるアイリス。
「まだ終わっておりませんぞ。危ないから動かないように」
ミケーネの声に慌てて元の位置にもどる。
しばらくすると、鳥居の中心に一人の青年が現われた。
「……これはたぶん異世界へ呼ばれたんだな。やった……これで俺も異世界で力を振るえるぜ」
喜びながら現れた男をみてアイリスの顔がこわばる。
「黒髪……」
桃色の唇から絶望の声が漏れた。
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