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8月29日(一)      台湾に戻ってきました

セントレアで、おばあちゃんが作ってくれた味ご飯おにぎりを食べ、

かっちゃんが車のバックミラーにぶら下げていて、

いつも車に乗せてもらうたびに、泣き声が可愛くて、

いじっていた、モリゾー(振ったら、キュッキュ、キュッキュと鳴く人形)

を買うかどうか迷いに迷い、かっちゃんに電話で相談し、

「買っちゃえっ」と、言われ、思わず買ってしまい、

機内食もしっかり食べ、台湾に到着しました!

日本に遊びに来た友達が迎えに来てくれており、

夜中、10時だというのに、私は、今日

夕飯を2食も食べたというのに、

無理矢理ひとり鍋料理やに連れて行かれ、

みんなで、鍋をつつき、やっと家に到着。

海外に来るといつも感じるのは

空港は殺伐としてるなぁ。。。

と、いうこと。

色んな人が、色んな事情で出入りし、

見た目は異色を放つが、整然としている。

淡々と個々の目的に合わせてことが運んでいっている。

空港を一歩出れば、何の変哲もない日常生活だ。


8月2日(ニ)〜26日(五)    食べくらべ生活 PartW: しょうこうさん

もう1人、ここには名物しごとにんがいる。

その名はしょうこうさん。

Kっちゃん、もう1人のアルバイトたえちゃんが言うには、

ちびまるこちゃんに出てくる野口さん。

低〜い声で、ぽつりと鋭いことをつぶやく。

彼女は、でしゃっぷといって、厨房から仕上がってくる料理を

載せるお盆の上に、小鉢や箸をセッティングする係り。

ある日、おしぼりが凍りすぎていて、お客様に出せない状態だった。

おもむろに、おしぼりの冷蔵庫を開けて、おしぼりを触った、しょうこうさん

「この、おしぼりは、致命傷ですね」

Kっちゃん、たえちゃん、私は、大笑いした。

また、ある日、

茶碗蒸があがってきて、あれ、毎回すっごく熱いの。

厨房からあがってきたら、さっと、お盆に載せたいところだけど、

お盆の上に、だいたい品物が載り、茶碗蒸の置き場所がない時がたまにある。

その時、誰かが、お盆の上で、小鉢を動かしたり、新しい料理を載せようとすると、

「熱いんです、これ、本当に、熱いんです。あの、先に置かして下さいっ!」

と、冷静な声で言われた。

そんな、しょうこうさん、人と話をするときは常に相手の胸の辺りを見て、

あまり目をみてくれない。

小心者なのかなと思ったけど、絶対違う。

しかも、「昔は、けっこう派手でした。」

と、うつむき加減で恥ずかしそうに、でも、スパッと言い切る。

夜の飲み屋街についても詳しい。

そして、その街のことを、

「お正月やお休みの日に、あそこ通るとけっこう楽しいですよ。

酔っ払って寝ている人がいたり、

ごみ箱蹴飛ばして何かぶつぶつ言ってる人がいますし。

人が転がっていることもよくあります。」

と、淡々と、話してくれる。

あぁ〜、面白かったな、食べくらべ生活。


8月2日(ニ)〜26日(五)    食べくらべ生活 PartV: あけみさん

ここに、接客の女王、あけみさんと呼ばれる人がいる。

数十年、アパレル関係で働いていたという、ベテラン。

Kっちゃんの中学の同級生の母親らしい。

そして、Kっちゃんのお父さん、つまり社長の小学校からの友達の奥さん。

その、あけみさんが、なかなか面白い人だった。

最初の印象は、友達のお母さん、どこにでもいるおばさん、

接客に対しては厳しいけど、そんなに無茶を言うわけではない、

顔の堀が深い、化粧が濃い、けっこうお洒落。

で、口が悪い、

でも、それに関して、全く悪いと思っていない。

約25日働かせてもらったけど、けっこういろいろ言われました。

そこで、あけみさん、名言集!!

ある日、朝の掃除をしていると、後ろから声をかけられ、

あ「ルミちゃーん、あんた、痩せとるけど、スタイル悪いな」

あ「何ていうの!?バランスが悪いっていうの!?」

ル「あ、そうですか。。。」

また、ある日

あ「ルミちゃん、また、エプロンの紐、おかしなっとる」

ル「あぁ」

あ「あんた、ええ高校出て、大学出て、頭はええけど、

一般常識は、なんにもできてへんのやな」

ル「あ、あぁ」

また、また、ある日

この時期、店のお金をやりくりしているJさんが、アルバイト時間について、

色々厳しいことを言っていた。

「前、食堂だったときは、パートの人たち、世間話して長居することがあったから、3時まで働いても、2時半で付けて帰ったりしてたのよ」

と。私達も、お茶菓子もらって、休憩している時間もあるから、

2時以降の時間給は、支払わなくてもいいでしょ、言われているようだった。

ここは、毎日、仕事が終わったら、自己申告で、働いた時間を用紙に記入していく。

ある日、人がいないからと、ヘルプで1時半まで呼ばれたあけみさん

お客さんと、話をしたり、なんだかんだと、時間は既に2時。

Jさんから、「もう、あけみさん、帰ってください」、との声が。

J「もう、ラストオーダーも取ったし、片付けるだけなら、ルミちゃんたちでもできるし」

あ「そんなん言うてもな、ルミちゃん、あんたらには、

まだまだ、接客のいろはもわかってへんで、できへんもんな」

と・・・。で、まだ残っている客を回り、

「お味はいかがですか?」とか、

「このネタ、毎朝仕入れていますから、新鮮ですの」

とか、営業トークが始まった。

そして、帰りはきっちり、3時まで時給申請をして帰っていった、あけみさん。

色々なことを言われても、ただ、面白いと笑える。

台湾生活で慣れたのか、母がそうしてくれたのか、

あけみさんの、さっぱりした性格だから笑い飛ばせるのか。。。


8月2日(ニ)〜26日(五)    食べくらべ生活 PartU: 汗だく

2日は、夜で、お客様もそれほど見えず、かなり優雅な時間を過ごしました。

久々にKっちゃんともったので、色々話して、いい時間を過ごせたって、感じでした。

ところが、3日の昼、それは、戦場でした。

11時オープンで、11半頃から、ぽつり、ぽつりと、客が来始める。

で、12時になると、もう、そこは、行列。

もちろん、店内は、てんてこ舞い。

「すみませーん、まだですかぁ?」

「お水下さーい」

「注文お願いしまーす」

「1番テーブル、上がりましたー!」

「こんな時間かかるの、待ってられるかぁい!!」

「お客様〜、すみませんんっ、申し訳ございませんっ。」

「ルミちゃーん、4番さん、おひやぁ」

「は〜いっ」

「お姐さん、注もーん」

…2時。

もう、それはそれは、汗だくです。

数日間、

9時 起床、朝食(朝ごはん食べていかないと、死ぬので、しっかりめに)

10時 出勤

11時〜2時半 汗まみれで、お仕事

2時半〜4時半 休憩、食事(夕ご飯)

4時半〜10時 お仕事

11時半 帰宅、入浴

12時 就寝

と、いう生活が続き、みるみるうちに、痩せていきました。

昼間、汗だくになって、4時に夕ご飯食べたら、それ以降何も食べないからね。

でも、数日後には、慣れて、11時に帰宅してから食べてたから、

ちょっと、逆戻りかも。


8月2日(ニ)    食べくらべ生活 PartU: くっ工藤さん!

2日の昼間、電話があり、いつからでも出勤できることを伝えると、

今日の夜から来てほしいとのこと。

どんなに、切羽詰っているのだ。。。

Kっちゃんが、車を運転してお迎えに来てくれた。

店に到着、厨房の大将に挨拶に行くと、

「ん??」

「久しぶり。」

おおっ!

前、地元出版社で働いている際、何度か取材させてもらった、

丼屋の大将!

ここの丼、ボリューム満点で、けっこう人気のみせだった。

ボリュームだけでなく、海鮮なんて、毎朝仕入れているから、

新鮮そのもの。けっこういいネタ使ってたのだ。

その、工藤さん、

縁あって、ここで働くことになったらしい。

世間は狭いなぁ。。。どうぞ、よろしくお願いします。


8月2日(ニ)    食べくらべ生活

三重に帰ると、勝原上から、パソコンにメールが。

彼女の家で、アルバイトを探しているとの事。

でも、うち、度田舎。

車がないと、何も身動き取れない場所。

父も、兄も車を貸してくれない。

母の車は、車検が切れているとの事。

したら、したら、食品会社の方から、車を貸してくれるとの事。

それなら、と、お店を手伝うことになった。

食品関係の仕事を手広くやっている彼女の実家。

その1部門のレストラン事業で、

今まであった食堂を日本食レストランに改装して、1日からオープン。

店の人たちも、すごくいい人たち。

メニューの中身も、味もいいし、いいお店に仕上がりました。


7月25日(一)    自転車で散策

以前、東京に住んでいたので、特に行きたいところもなく、

りえさんの顔を見に来たくらいだったので、意欲もなく、

で、散策と題して、自転車で近所をいろいろ回ってみた。

東京藝術大学の構内や、学内の美術館や

東大安田講堂と楠、樋口一葉が住んでいた家と周辺

など、ノスタルジックな風景を楽しんだ。

ランチは、十割そばだったかな?とにかく、

そばがとっても美味しい店に言った。

久々にそばがきを頂いた。

旨かった!

日本食最高!

夜は、お母さんの手作り夕ご飯、すごく美味しかった。

まったりとした不思議時間、満喫させていただきました。

とっても、お世話になりました。

ありがとう。


7月24日(日)    地震だけど、優雅

夜は、フランスに留学したりえさん宅にお泊り。

ところが、横浜から山の手でご自宅に向かってる中、地震が!

千葉で大きな自身があったらしい。

でも、幸いなことに、私は、新宿で足止め。

30分ほど回復を車内で待ったが、

新宿も久々だと思い、散策することに。

りえさんに、地震で遅れることを伝え、

懐かしい街並みを徘徊してみた。

紀伊国屋で中国語の本も購入し、

カフェで夕飯食べながら、読んでみた。

なかなかいいものを手に入れました。

そろそろ、回復したかなと、言ってみると、まだ。。。

待つこと30分。

ようやく回復、合計5時間ほどの足止めだったそう。

りえさん宅、お父さん、お母さんとは、初めてお会いしました。

おとうさん、りえさんに、そっくり…な、目だった。

おっとりしていて、とってもかわいらしい人だった。

お母さんは、しゃきしゃきしていて、かわいらしい人だった。

この2人の娘かぁと、りえさんをまじまじとみてしまった…納得。

家族全体に、なんだか、とっても上品な空気が流れていた。

古典美術と、音楽を愛する一家だった。

そして、お母さんとりえさんの趣味は俳句。

趣味っていうか、二人で通いつづけている会が、俳句。

いいよね、親子で、でかけられるって。

この家族には、喧嘩はないような気がした。

あっても、もう、嫌だわって、感じで、口に出して、

もう、しょうがないわねぇって、お互いが、譲歩しあっているみたいだった。

丁度この時期が、”世界遺産”の総集編を放送していたからか、

四六時中NHKのニュース以外は、世界遺産が流れていた。

なんだか、優雅な時間がながれるお宅だった。


7月24日(日)    3人目

今日は、昼間、みっちゃんに会いに行った。

何年ぶりだろう?

そして、子供ができたとの事。

3人目。

この家族、子供がみんな、可愛いんだな、これ。

みっちゃんが、色白で、目が大きくてくりくりだから、

旦那様も、目が濃いから、余計に、

くりくり濃い目のお子様達で、かわいい。

今まで以上に痩せていたみっちゃん。

もうこれで最後にしたいからと、出産後に意識して痩せたそうな。

いろいろ、考えるんだな。見習わなくては!

で、子供は、多くても、上の子が下の子の面倒をみてくれるから、

けっこう楽との事。想像では、ひっちゃかめっちゃかな感じだけど、

確かに、そういわれたら、そうかな。。。

でも、しつけがなってるからなんだろうね。

見習わなくては!


7月23日(六)    哲学研究会は永遠です

今日は、久々に東京に行くということで、恥部会会合をセッティングしてもらった。

かなり時間前に着いたので、念願のパーマをかけに行った。

台湾に行く前に日本で、と、思っていたのだ。

ぐるぐるぐるぐる…

なかなかいい感じに仕上がった。

パーマかけても、髪が固くならないという美容液を使ってもらった。

大満足で、いざ、恥部会へ。

今回は、つぅってぃお勧めのメキシカン。

雰囲気もよく、旨かった!

久々に、みんなに会えて、楽しかった!

ものすごく楽しかった!

すごい、すごい、たのしっ…もういい?

いいな、哲研、やっぱり、いいなぁっ♪

2次会は、お約束の代官山サティアンへと襲撃。

サティアン、だださまがお住まいになって、もう、10年近く経つんですね。

今や、もう、私の中では、懐かしい場所へと変わっております。

こぐれ妻さま、お初にお目にかかりました。

噂どおりの、すっとぼけた感じ、

あれは、忘れもしない、

だださまが、「○×な人は?」とか何とか言った時に、

「ほいっ!」って、後ろのほうで、欽ちゃん飛びしてるの、

私は、見逃しませんでした。

そして、すかさず、たくちゃんの、

「ここに、飛んでる人がいる」

という、夫婦フォロー。

一瞬しか拝見できませんでしたが、

これは、只者ではないと感じる瞬間でした。

では、これからも、末永く、お願い申し上げます。


7月22日(五)    久々の常ちゃん

日本に帰ってまいりました。

あぁ、なんだか疲れたなぁ。

やっぱり、みんな、それぞれ、生活してるなぁって、

しみじみ感じてしまった。

私も、がんばろう。

で、日本に帰ってすぐは、

常ちゃん家におじゃました。

2人が大好きな焼肉やに連れて行っていただき、

おニューのベッドに寝かせてもらい、

日本人の友達の暖かさを感じました。

ありがとう。


7月11日(一)〜22日(五)    恥さらしのone night stand

後から思い出したら、腹が立つ。

今日は、サンタモニカビーチ以外のところに行きたくて、

朝から違う線のバスに乗った。

そしたら、降りるところで降りられなく、

だんだん殺伐としたところへ連れて行かれた。

で、もういい加減、間違っているだろうと思い、

運転手に聞くと、案の定、違うと。

降りたところは、ビジネス街。

大きな新しいビルがドカンッ、ドカンッと、建っていた。

真っ青な空に、見上げるだけでも疲れるほど高いビルに囲まれ、

サンタモニカビーチに行くことを決意。

バスを待っていると、近くのビルのガードマンに声を掛けられた。

話をしていると、昔の彼女が日本人だと。

週末に、食事に誘われた。

週末は、もうここにいない、残念だねぇ…。

サンタモニカビーチ行きのバスが来た。

有名なビーチなので、分かりやすい。

乗り込むと、また、1人の男性に声を掛けられた。

日本から来たのかとか、今、何をしているとか、

自分には奥さんはいないとか、

アメリカで、奥さんがいるかどうか見極めるには、

左手の薬指を見れば一目瞭然だとか、色々話された。

僕は、別居中だと、左の薬指を見せてくれたが、

指輪の後が、白く日焼けせずに残っている。

そして、今晩食事でもどうかと、誘われた。

友達がいるので、ダメです。と、お断りしたが、

アメリカには、”one night stand”という言葉があると話し始めた。

あまりにしつこいので、友達に聞いてみて、

その子たちがいいって言ったら、みんなで一緒に行きましょう。

と、言ったが、全く聞いていない。

で、さらに”one night stand”とは、一夜だけを共にする、

素晴らしいことだと、話し始めた。

人間にしかない、素晴らしい感情だと。

すかさず私は「たいていの日本人にはそんな感情はない」

と、言い返した。

困っていたみたいだったが、後ろに座っていた客に

ペンを借りると、電話番号だと言って、渡された。

かけなくてもかけてもいい、君次第だと、言われた。

あたり前だ。何で、お前に掛けろと言われて、かけなきゃいけないんだ。

そのくらいの責任は自分で持つ。

あぁ、今思えば、アノ場で、いらないって、思いっきり言ってやればよかった。

彼がバスを降りていった後、近くにいたおばさんに、

「あれが、典型的なアメリカ人よ、恥ずかしい」

と、言われた。

ははははは。

彼は、あの小さなバスの中で、

何人の人に恥をさらしたのだろうか。。。

すごいなぁ、アメリカって。

家に帰って、メリちゃんに報告してみた。

Stevenと一緒に、「おぉ、アメリカ人」

って、おなか抱えて笑ってた。


7月11日(一)〜22日(五)    3人でデート

今日は、土曜日。

みんな仕事がないので、私の行きたかった、Little Tokyoに行って来た。

4年前、社長と、もう1人のスタッフと3人で行って震え上がったのを覚えている。

あの感覚は忘れもしない。

週末のオフィス街だった。

1ブロック行けば立派な日本人街なのだが、

その、ただ1ブロック後ろというだけで、

人っ子1人いなくて、新聞紙がビルの隙間風に吹かれていて、

固まっているところを、社長にみつかり、

「川上、大丈夫か?」

と、声を掛けられ、ハッと我に返ったのを覚えている。

メリちゃんは、大の日本好き。

おみやげ物家を沢山見て回った。

Bum Drinkだったかな???

つまり、タピオカ入りミルクティーなんだけど、

日本人街で今人気の飲み物らしい。

台湾のものなんだけどな。。。

で、しゃぶしゃぶを食べに行った。

一箇所、30分待ちの所を諦め、

少し高目のところに入った。

3人で60元。

これは、まずい事態だろうと、

ここは日本だからと、私がおごることにした。

昨日の今日だったし、メリちゃんに世話になりっぱなしもつらい。

次は、ゲッティセンターに行ってきた。

ここも4年前に来た。

すごく眺めのいい美術館だ。

ゲッティさんが税金対策でやっているっていうと聞こえが悪いが、

だから、っていうか、、、無料。

で、ゲッティさん、すんごいお金持ちだったから、

有名どころの絵画、彫刻、わんさか持ってんの。

描かれた場所や年代によって展示場所が分かれてるんだけど、

それでも、なんだか、整理された気がしないくらいのボリューム感がある。

モネの絵の横に、ゴッホの絵があるって感じ。

何だか、暑苦しい。

見終わった後は、満腹中枢が麻痺した感じだった。


7月11日(一)〜22日(五)    Brazilia

今日は、メリちゃん、センチメンタルになってしまいました!

夕ご飯中、やりにくいのなんのって!

今日は、デリバリーで、タイ料理!

アメリカでは、夕飯をデリバリーすることが多いとか。

で、ご飯食べているときに、メリちゃんと、Stevenの会話の声が、

だんだん荒くなってきた。

で、メリちゃん、泣いちゃった。。。

「別に求めないけど、時々リッチな車に乗って、

綺麗な服着て、美味しいもの食べて、お買い物もしたいだけして、

って、考えちゃうの」

って、・・・。

さっき、デリバリーを待っている間に見た、Braziliaが影響しているみたい。

アメリカで最近流行っている番組らしいんだけど、

BraidalとGozilaが合わさってBrazilia。

…タイトル、違ってるかも、ごめんなさい。

理由は、結婚(Braidal)をマジかに控える花嫁は、一生の一大事だから、

ドレスショップや、料理や式場の至る所に目をやり、全てを完璧にしないと気がすまない。

で、ゴジラ(Gozila)みたいになる。

で、さっき、番組に出ていた人たちは、すごくリッチだった。

ドレスがが一千万円で、そのドレスのビーズが、ほつれてきているって、

すっごい小さなほつれかけだけど、まだそんなにほつれてなくて、

わからない程度なのに、花嫁は目ざとく見つけて、

衣装店に電話しまくって、怒って叫びまくっていた。

でも、本番は、すっごくゴージャスな式で、

館を貸しきって、外で立食パーティ風にするのだった。

さすが金持ちって感じだった。

で、メリちゃんが泣いちゃったわけ。

色々、大変なんだな。。。

20代前半、まだまだピチピチだもんな。

それが、彼氏の分までデート代出して、

お金がないからって遠慮してデートは、公園とか、

たまにならいいけど、1年間ずっとそればかりだったら、嫌だよね。

食事後、ワインの見ながら、またテレビ観賞。

日本や台湾でもテレビの海外ドラマシリーズで放映された

”Sex and City”

メリちゃんに、これ好き?って聞かれて、

好き、好き!台湾でも大人気で、今、日本でも深夜に放送されてるの

最近見ていた。って言ったら、大喜びして、

「私もだぁーい好き」って言われた。

NY在住の自立した女性4名がメインなんだけど、

アメリカならではなのかな?みんな、綺麗に着飾って、

ゴージャスなパーティに参加してっていう4人組で…

そのテレビ見ている間、メリちゃん、

「あ、この洋服、ベルサーチの、私、大好き」

「このカフェお洒落ね」

って、私に向かって、ずっと話し掛けてきた。

Stevenはすっかり無視されて。

…。私、板ばさみ状態だよ。

で、すっごい、疲れた。

次の日には、二人仲良く出勤していったけどね。

とにかく、私、すっごい、疲れた。


7月11日(一)〜22日(五)    見慣れた町並み、入れ替わる人々

生活のリズムを付けねば。

と、いうことで、しばらくやってみた。

10時 起床

11時 スーパーに朝食買出し&散歩

12時 ブランチ

13時 LAを散策

18時 帰宅

たいてい、昼間は、バスでサンタモニカビーチに行って、

日本より持参した”智恵子抄”を読みふけった。

サンタモニカビーチも前、よく来たよ。

松阪出身で、Rotaryの奨学金のことを教えてくれたMaiも

ここが大好きで、よくビーチバレーしたり、

海岸沿い歩いたり、しに来たのを思い出した。

彼女は今何をしているのだろう。

ブラジル人のイラストレーターと付き合い始めたというところまでは聞いているが。。。

あれからもう4年だしなぁ、色んなものが、変わってるんだろうな。。。

学校にも行ってみた。

UCLA。

相変わらず日本人と韓国人が多い。

すれ違う人、殆ど、この国の言葉話してる。

もう閉まった学校の空き教室で物思いにふけっている2人に話し掛けてみた。

日本人だった。

1人は、国際会計師の資格を取得するため勉強中。

1人は、父の会社の支店がUCLAの近くにあり、

ゆくゆくは継ぐので、勉強して、環境にも慣れにきた。

ふーん、目的持って、来ているんだなぁ。

えらいなぁ。

だんだん自分が追い込まれていく気がした。

メリちゃんもしっかり働き、自分の城を持っている。

私も、頑張ろう。


7月11日(一)〜22日(五)    メルローズ通り

4年前何度か行ったことのあるメルローズ通りに行ってきた。

幾つかの古着屋はそのままあった。

プリティーウーマンに出てくる店のLA店も当時のままだった。

Stevenにも、とってもクールなカフェがあるから行ってみなと行ってきた。

自分は10年前にNYからここに来たが、そのカフェの店主も同じだそうな。

で、行ってみたが、確かに、大きなカップにコーヒーが入って、びっくりするし、

机も椅子も昔懐かしいおしゃれな感じだが、

最近、そんな店、多いし、あまり、ピンと来なかったが、

よく考えると、彼にとってはクールなのかもしれない。

ミュージシャンになることを夢見て、このLAに来たばかりの頃、

自分と同じように、LAに憧れてNYから来て、カフェを開いた店主。

…。

人には色々想いがある。

何でクールなのか、理由を聞くべきだった。

でも、まぁ、リラックスできて、全く知らないカフェに入るより、

あぁ、ここが彼の言っていたカフェか、何て言って入るのもいいよね。


7月11日(一)〜22日(五)    台湾とは違う

次の日は、ランチを一緒にしようということになった。

彼は、職探し中なので、時間が自由に取れる。

私は、昼間まで寝て、彼と一緒に、いざ、ランチに。

メリちゃんの仕事場近くのメキシカンに行った。

タコスを食べたが、量がめちゃくちゃ多い!

しかも、チップあわせて、1人20ドルくらいした。。。

台湾なら、ランチ、7回分くらいだよ。

でも、そんなもんかな、アメリカ。

かなりボリュームあったしね。

しかも、メリちゃんが、支払ってた。。。カードで。。。

まさかとは、思ったけど、後でメリちゃんに聞いたら、

Steven収入が少ないから、けっこう、メリちゃんのおごりになることが多いんだと。

付き合って、約1年こんな感じで過ごしてきているとの事。

そりゃ、仕事探さなきゃって、気になるわな。。。

台湾なら、今や女性もかなりしっかり稼いでいるのに、

男性がおごることが多い。

っていうか、台湾女性、怖いんだよ。

男性がおごりでないと、怒る。

男女平等の国アメリカでは、その差はないようだ。


7月11日(一)〜22日(五)    思い知らされる

初日は、彼氏のStevenを待ち、夜は家でピザを取ってワインを飲みながら

色んな話をして過ごした。

彼、映画を撮ってるんだって。

でも、安定した収入がないし、彼女と真剣に将来を考えて付き合っていきたいから、

ジャガーのディーラーになりたいと、最近試験を受けてきたことを話してくれた。

受かるといいね。

NY育ちで、20歳後半でLAに来て、今、40歳過ぎ。

メリちゃんとは一回り以上離れてる。

でも、かなり若く見える。

3ヶ月前に今のマンションに二人で越してきたのだとか。

物がすっごく少なくて、おしゃれな部屋だ。

テレビは殆ど見なくて、ろうそくつけて、Stevenの作った料理を食べながら

(メリちゃん曰く「私は料理しない。Stevenは天才で、何でも作ってくれるの」って)

二人で新婚ごっこみたいになってるとか。

音楽聴いて、一日あったことを話して、

あぁ、何て、リラックスした暮らしなんだ。

外には雑音もなく、とっても静か。

いいなぁ〜。


7月11日(一)    大人になったメリちゃん

メリちゃんは仕事があるので、それまで、彼女のマンションの近くの

ビバリービートというところで散歩して待つことにした。

夕方、待ち合わせ場所に、到着!

また、「メリちゃーん」「ルミちゃーん」と、お約束の声を掛け合い、

ぎゅっと、抱き合いました。

でも、待ちあわせ場所までカツカツと、ハイヒールで歩いてくるメリちゃん、

かなりのべっぴんな大人になった。いや、前からかわいい顔をしていたけど、

大人になった!

4年も経つもんね。

で、私の滞在2週間分の予定を話してくれた。

スケジュールもばっちり決めてくれていた。

日本が好きで、言葉や文化の勉強もしたことがあるメリちゃん。

日本人らしいところもちょこちょこ垣間見られるのだ。


7月11日(一)    メリちゃん!

成田から、ロスに向かいました。

そして、4年ぶりのロス!

4年前、ここからいろんなことが始まったんだと、

つばをゴクリと飲みながら、飛行機を降りました。

ロビーまで歩いていくと、どこかで見たような、殺伐とした雰囲気。

メリちゃんの携帯に電話してみると、留守電。。。

すぐ、ネットカフェでメールをチェックしてみた。

メリちゃん、行き先を指示してくれていた。

でも、そこに行く前に、会社の電話も教えてくれていたので、掛けてみた。

「メリちゃーん!」「ルミちゃーん!」

と、叫びあった。ちょっと涙が出た。

4年前、勤めていた会社の支社の先輩と飲みに行ったとき、

一緒に来ていたメリちゃん。

ご飯食べて、飲みに行って、カラオケに行って、

大学生以来じゃないかというくらいカフェでのパンケーキの朝食まで遊んだあの日。

カラオケボックスのソファーの上で

「so much much fun!」

と、大はしゃぎで飛び跳ねていた彼女。

あの時は、若かった。今でも、鮮明に覚えてる。

それから彼女とは、一緒に飲みに行ったり、ご飯食べに行ったり、

一緒に住む話まで出ていた。

でも、私の母の病態が悪くなったり、自分自身、心境が不安定で、

色々回りのことが考えられなくなって、帰国せざるを得なくなった。

あの日以来、手紙で何度かやりとりして、母が亡くなったときも、

お悔やみの手紙をくれたりとか、とっても励ましてくれた。

何だか、あの頃に戻ってきたような気がする。

同じことはできないけど、再スタートできるような気がする。


7月9日(六)〜11日(一)    Aこさん

土曜日にみなさん、帰路に就かれ、私は、お友達の家に泊まらせてもらい、

遊ばせて貰うことになった。

Aこさん、そのお姉さま、そのませた子、家族の方々、大変お世話になりました。

前も泊まらせてもらったことがあったけど、

お母さん、料理が抜群にうまい!

お姉さまは、今、旦那様と別居中だそうな。

最近、この話をよく聞く。

離婚したとか、別居したとか。。。

でも、彼女のところは、夜、旦那様から電話があったり、

手紙が届いたり、けっこうアクションがあるようだ。

両親も、あらまぁ、どうなることやらって、言いながら

様子を伺っているみたい。けっこう幸せな雰囲気に包まれた感じがする。

さ、

私達の遊びはというと、

日曜日、友達の演奏会ということで、名古屋まで行ってきた。

メナード青山美術館だ。

東山魁夷の作品展も同時に開催されていた。

懐かしいポストカードを幾つか購入し、

お友達の演奏も堪能し、帰りに、焼肉を食べに行った。

女4人、よく食べた。

大人の女の休日って感じがしたよ。

翌日は、香りの博物館に行ってきた。

おねえさんと、お子さんも一緒になって、

サンドスプレーで瓶に絵柄を彫って、

その瓶に自分の好きな香りを入れてもらう体験もした。

地味だけど、けっこう楽しめた。

近くには、ガラス工房もあり、これからの季節にちょうどいい

ビールジョッキなんかも作る講座があった。

いいなぁ。のどかで良い町だ。

月曜日には、アメリカへ旅立つため、お世話になった家を出た。


7月9日(六)    見学会終了

今回、みんなが集まってしたことは、工場見学、そして大切な値段交渉と、

今まであった問題点と解決策の話し合い、提案だった。

今まで、この会社は外国営業部として独立した部署があったが、

最近、新体制に変わり、各部署ごとに外国営業のスタッフを置くことになり、

人員が足りない部署も出てきて、英語の殆どわからないスタッフまで

外国営業に回ってきたもんだから、結構たいへんらしい。

で、その新体制の説明などもあった。

今回は、韓国の代理店の方も見えて、ほぼ、英語で行われた。

私は、途中、韓国人や日本人に中国語で説明し始めたり、

台湾人のスタッフに日本語や英語で話したり、

めちゃくちゃだった。

語学勉強、まだまだです。

りっぱなトリリンガル目指して、がんばろうと、

心に誓いました、この時は。。。


7月4日(一)    Tonyさん

友達が台湾に出張に来たとき、食事に呼んでもらって、

会長、社長など何人かとは顔見知りなのだ。

Rさんも、久々に中国語勉強にどうかと、残ってもらっていた。

さっき、Rさんと一緒にご飯食べたばかりだったのに、

みんなで、また、夕食へ。

そして、私達、さっきラーメン食べたばかりなのに、

社長、らーめん(日本のラーメンは台湾で大人気)が食べたいと

また、同じ店に行くことになった。

外国人を見たら英語で話し掛ける癖がついている彼ら、

社長以外は、みんな私達に英語で話し掛けてくる。

Rさんも海外に住まれていたことがあり、英語は達者だ。

なんだか、あわただしいまま晩餐会が終わり、私たちはホテルに、

Rさんは、家に帰った。


7月4日(一)    Rさん

久々にRさんに会った。

台湾で知り合った。

年も近いからか、話をよくした。

久々に会ったけど、やっぱり、色白で、真っ黒なツルツルな髪の毛で、

べっぴんさんだった。

実家のしがらみにからまれながら、何とかやっているそうだ。

私は、彼女の話を聞いて、父を見る眼が少し変わった。

彼女の父親が彼女に対する態度と、私の父のそれと、ほぼ同じなのだ。

そこで、私は、この年代の父親はけっこうソンナ人が多いのだと気づいた。

最近彼女が勉強している通信教育の話や、家族のこと、

懐かしい人たちのこと、いろいろ話した。

夜は、例の、台湾代理店の方々と会う。


6月27日(一)    さて、どうしよう

私、実家の父と顔を合わせると、父から怒鳴り散らされ、

殴り蹴られの大惨事になるのですよね〜あぁ、言っちゃった。

で、地元に帰るときも、できるだけ家にいる時間は少なくしたり、

友達に付いてきてもらったり、していたのだ。

で、今回、自分の家を持っている友達が2ヶ月滞在させてくれるというので、

費用を支払い、滞在させてもらう予定だった。

台湾にいるときにその約束は交わし、すっかりその予定だったのだが、

急にその友達から、「この家、父が建ててくれたし、公共料金も実家の

人が支払ってくれている。母が、友達泊めるのは2,3日ならいいけど、

1週間なんて長い期間はダメ!って言われた。。。と」

私が止めてもらう予定だったのは、2,3日でも、1週間でもない!

2ヶ月だ。

つまり、両親に養ってもらっている手前、両親に従うしかないと、

いうわけだ。

・・・。

これは、困った!

私の実家では、トラブルが既に起きている。

丁度そこに、友人が勤める会社から、台湾代理店で働かないかと打診が。

ホテル代も食事代も出してくれるとの事。

何とか、約束の日まで、だましだまし暮らし、

数日後、本社まで行った。


6月13日(一)〜26日(日)    台湾人ご一行さま来日!

台湾でとてもお世話になった、施兄弟が日本を訪れました。

姐、弟、妹の合計3人。

弟は仕事があるので、一週間で帰国だけど、

姉妹は、プーなので、飛行機チケットFIXいっぱいいっぱいの

2週間、滞在されていきました。

日本人とは違い、台湾人、ある程度は英語が話せるので、

旅行は全く問題なし。

とはいうものの、日本人の英語が心配。

空港なら、大丈夫だろうと、

英語と日本語と地図を書いたしおりを事前に作ってあげ、

それを手がかりに、名古屋のホテルアソシア、ロビーで待ち合わせた。

セントレア空港から一番安く近いのはバスで、アソシア前行きがあるからだ。

後から聴いた話では、空港で英語が流暢な日本人に会い、

彼もアソシアまで行くと言うので、連れてきてもらったとの事。

危ない、危ない。

今後誰かが来たら、空港まで迎えに行った方が良さそうだ。

アソシアでは、万博関係の外国人が沢山いた。

頭にターバン巻いた人や、欧米人や、日本じゃないみたいだった。

ホテルは、そのまますぐ離れ、

まずは、チケットを購入しに行った。

最近、セントレアから伊勢市直行のフェリーが開通し、

1,500円と、格安なのだが、それを使わなかったのは、

他でもない、チケット交換はここ、名古屋駅前でしかできないからだ。

このチケットも、台湾で事前に購入しておいたもので、

外国人割引の電車チケットで、日本に来たら、

提携の旅行会社で日本のチケットに交換しないといけない。

…面倒臭い。。。

でも、ありがたいことに、旅行会社は、アソシアの目の前のビル。

さっさと交換して、高島屋など観光して、我が家に向かった。

台湾にも高島屋はあるけど、かなりの高級百貨店だ。

日本でも、まぁ、同じかな。

彼女ら、道路を見ても、電車を見ても、

「わー清潔、清潔」

と、言い続けていた。

…台湾は何で、あんなに道路も空気も黒ずんでるんだろうね。。。

さて、実家に到着、「あぁ〜きもちいい〜」

と、言ってくれました。

みんな、片言の日本語ならわかるからね。

初日は、父と一緒に、お寿司を食べに行きました。

妹妹(メイメイ;中国語で妹のこと)は、大食い。

ばっかばっか食べます。

でも、おもてなしの大好きな父は、その上を行き、

新鮮なネタを一通り食べたら、

あぶり物に移った。

トロのあぶり、牛肉を少しあぶったタタキ、海老を殻ごとあぶったもの。

みんな、はちきれそうになっていた。

でも、自分の国でもしょっちゅうあること。

胃は丈夫そうだから、心配ないだろう。

翌日は、伊勢神宮&おかげ横丁、天岩戸など神聖な場所を沢山見て回ったを。

メイメイは「あぁ、きもちいい」と、連発していたが、

歩いている時と食べている時以外は、ひたすら寝ていた。

都会っ子の彼らには、少し退屈に思えたようだった。

お金にうるさい弟は、無料無料と、喜んでいた。

…みんな、何か、感じるものが違うんだけどな。。。

翌日は、京都1泊2日の旅。

ここも、台湾にいるときに安い宿を予約しておいた。

大正時代の洋館といった感じで、

なかなか風情のあるホテルだった。

清水寺、その周辺の寺、竜馬の墓、ねねの里など、

有名所をいろいろ回った。

私も、かなり楽しかった。

やっぱり、京都はいいなぁ。。。

2日目は、みんな、買い物をしたいとのことで、

金閣寺、銀閣寺を見た後で、

京極辺りをうろうろしました。

みんな、「値段が高い」を連発してました。

そりゃ、そうだよね。。。

親孝行者の台湾人は、家族に、日本の湯飲みを

買おうかどうか、値段と、品物をじっくり見て、悩んでおりました。

「2,000円で2個の湯のみ、どぅ思う?」

と、聞かれたが、ちょっと高いけど、

思い出にいいんじゃないかと、言ってみた。

買ったかどうかは、不明。

彼らは、食べ物も満喫してたみたいだった。

中でも、クレープ。

日本のものではないのだが、

台湾にある”おたべ”みたいな固い皮のクレープと違い、

食感がもちもちしていて、気に入ったみたいだった。

そして、さすが若者。

和菓子より、洋風なものが好きよね。

次の日は、USJに行ってきた。

一般的に台湾人、テーマパークが大好きだ。

私は、どっちかっていうと、あまり好きではない。

でも、USJ行ったことなかったし、こんな機会でもないと行かないので。。。

久々に遊んだよ。

台湾、電車代金2時間くらいなら300円くらいだから日本は、10倍以上はする。。。

感覚が習慣になるって、恐ろしいね。

かなり痛かったけど、まぁ、まぁ、ね。。。

でも、久々に遊園地で遊んだよ。

台湾でも何回か行ったけど、今にも壊れそうな感じだったし。

USJでは、案内のおにいさんもおねえさんも、

みんな、素敵な笑顔で、すごく丁寧だし、

レストランも乗り物も清潔そうだし、ごみ1つ落ちていない、

すごく綺麗なテーマパークだったし、

日本のサービスの素晴らしさを目の当たりにして、

私は、もう、大満足でした。

弟は、これで日本を去り、後は姉妹。

友達が、焼肉パーティを開催してくれたり、

ご飯に連れて行ってくれたり、色々してくれた。

ありがたや〜。

ご飯食べたとき、台湾では、男の子が支払うのが

一般的だけど、ここは、日本。

割り勘だと聞いた彼女らは、不満気だった。

でも、寿司は父のおごりだし、本物の松阪牛も食べれたし、

(台湾で松阪牛はすごく人気。店の看板の至る所に”松阪牛”の文字がある)

本物か偽物かはわからないが、私は固くて美味しいとは思わないのは事実だ。

途中、2日間彼女らには東京に行ってもらった。

しかも、2人で。

これも、台湾にいるときに既に予約すみ。

せっかく日本に来るんだから、中心を見ておかないとね。

私は、申し訳ないが、かなり疲れるだろうと思ったし、

これから、お金、たくさん使うところがあるので、断念した。

お金を使わずに遊べる地図などを書いて渡したが、

彼女ら、まったくそれには従わず、気のむくまま歩き回って、

まぁ、それなりに満喫したようだった。

途中、車が使えなかったり、実家で家族喧嘩が勃発したり、

いろいろハプニングはあったが、まぁ、それなりに、過ごせた。

最終日、フェリー乗り場までお見送りして、お別れ。

お疲れ様でした。


6月12日(日)    1年間お疲れ様でした

ひっちゃか、めっちゃか、もうあれから1年が経ちます。

いやぁ〜、色々ありましたねぇ。

今でも体にずっしり重みとなり、残っています。

これから、どうしようかな???

どうとでもなるんだけど、どうしようかな???