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〈論説〉新嘗祭 神恩と勤労に感謝する

平成24年11月26日付 2面

 今年も新嘗祭の季節を迎へた。いふまでもなく、五穀豊穣を願ふ春の祈年祭と対をなす秋の収穫感謝の祭祀である。例年、天皇陛下には宮中神嘉殿において御親ら神饌を奉られ、また、新穀を聞こし召されることで、皇祖・天照大御神をはじめ天神地祇にその年の収穫を感謝されるとともに、国家・国民の繁栄を祈念される。もちろん、全国の神社でも神前に新穀を奉り、神々への感謝の祈りが捧げられる。
 農林水産省によれば、今年度の水稲の予想収穫量を示す作況指数は「一〇二」(平年=一〇〇)になるといふ。地域別に見ると、六月の日照不足や九月の台風十六号による影響が見られた九州を除き、いづれも平年をやや上回る内容となった。東日本大震災の被災地では津波による塩害などのため未だ多くの課題が伴ふことにも心を寄せつつ、まづは全国的にほぼ例年通りの稔りが得られることに感謝したい。

 周知の通り、占領下において定められた「国民の祝日に関する法律」により、この日は「勤労感謝の日」と改称され、その趣旨も「勤労をたつとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう」とされた。この影響からであらう、厚生労働省では現在「勤労感謝の日」を含む十一月を「労働時間適正化キャンペーン」期間と定め、関係機関等では労働問題に関する相談窓口が設けられるなど、「勤労」の言葉に流されるまま、本来の趣旨とは異なる取組みがおこなはれてゐるともいへる。
 確かに労働・雇用をめぐっては、時間外・休日労働やいはゆるサービス残業、長引く不況下における就職率の低下、「ニート」と呼ばれる無業者の増加、若年層の離職など課題も多い。わが国の将来を思ふとき、それは重要な問題ではあるが、収穫に感謝する祭日が、単に勤労に感謝する祝日へと改められ、ややもすれば休日の一つとしか認識されなくなってゐるかのやうな現状があるならば、労働問題もまた、神々への祈りの視点を含めて検討されるべきものであらうと主張しなければなるまい。

 既報の通り、天皇陛下には九月二十四日、皇居内の稲田でお稲刈りをおこなはれた。陛下お手づからの稲作りは、先帝・昭和天皇がお始めになられ、今上陛下にはさらに御播種の新例も開かれた。この稲が神宮の神嘗祭とともに宮中新嘗祭に供へられるのである。
 産業構造の変化は、新嘗祭をはじめ農耕儀礼と深く関はる祭祀の意義を一般には理解しにくくさせたといへよう。さらには食料自給率の低下など、わが国の農業をめぐる課題は多い。だが、米が単なる食料の一つではなく、国の起源を記した神話にまで遡る「斎庭の稲穂の神勅」を由来とすることを忘れてはならない。稲作と国民との絆、そして、その絆の証として連綿と続けられてきた祭祀の意義を、神道人は粘り強く訴へていくことが必要だらう。
 いかに生活が豊かに、そして便利にならうとも、ひとたび台風に見舞はれれば、その営みは少なからず打撃を蒙る。さういったことを見ても、稲作が決して人々の労働のみによって成り立つものではないことがわかるはずだ。
 先の東日本大震災はじめ台風や竜巻などの自然災害は、神々からの恵みに対する感謝だけでなく、大自然の脅威を畏れ、慎みを以て生活することの大切さを慈しむといふ日本人古来の生活観念、何よりも神々への信仰を考へさせられる契機ともなった。さまざまな生業の、その営為が神々に守られたものであることを改めて認識し、それぞれの立場で慎み深く生きることの大切さを共有したいものだ。わが国において「神恩感謝」と「勤労感謝」は分けて考へられるべきものではない。

 十一月十六日、衆議院が解散し、総選挙の日程が十二月四日公示、十六日投開票と決定した。消費税増税、脱原発とともに、わが国の農業政策などとも深く関はる環太平洋経済連携協定(TPP)への参加の是非も争点となってゐる。
 このほかにも農業人口や自給率など、さまざまな課題が浮き彫りとなるなかでの今年の新嘗祭にあたり、稲作との密接な関はりのなかで連綿と受け継がれてきた祭祀に携はる神道人として、古代からの伝統、何よりその意義を継承することの重要性を改めて確認したい。

平成二十四年十一月二十六日

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