2012年11月29日(木)

パレスチナ 停戦から1週間

イスラム原理主義組織ハマス指導者 ハニーヤ氏
「全てのパレスチナ人に告げる。
我々はイスラエルとの戦闘に勝利した。」

パレスチナのイスラム原理主義組織ハマスと、イスラエルとの停戦が発効してから1週間あまり。
パレスチナではイスラエルとの停戦合意で経済封鎖の解除を引き出したハマスへの支持が高まっています。
停戦後もハマスは反イスラエル感情をあおり、さらなる支持を得ようと情報戦を展開。

ラジオ局アナウンサー
「家族を殺したイスラエル兵を見つけたらどうする?」

少年
「首つりにしたい」

一方、ハマスとライバル関係にあるパレスチナ暫定自治政府のアッバス議長も存在感をアピール。

パレスチナ暫定自治政府 アッバス議長
「パレスチナ国家実現に向けた第一歩を踏み出す。」

アッバス議長は国連に「国家」としての地位を認めるよう求める決議案を提出。
採択される見通しが強まっています。
停戦から1週間。
新たな局面を迎えたパレスチナ情勢を読み解きます。

傍田
「停戦から1週間あまり。
激しかったイスラエルとの戦闘はパレスチナの2つの大きな組織の力関係にも影響を及ぼしています。」

鎌倉
「その1つ、ハマスは、停戦合意でイスラエルからガザ地区の経済封鎖の解除を引き出すなど影響力を増しています。
パレスチナ側の犠牲者が160人以上に上った今回の戦闘を通じてハマスはどのように影響力を強めることに成功したのか。
その背景には、メディアを巧みに利用した情報戦がありました。」

激化する情報戦 ”反イスラエル感情”あおるハマス

8日間にわたって続いたガザ地区での大規模攻撃。
戦闘が停止してからもハマスのラジオ局では、反イスラエル感情をあおる放送が続けられています。

辻記者
「ハマスが運営するラジオ局です。
今収録されている番組にゲストで招かれているのは、イスラエル軍の空爆によって親を失くした子どもたちです。
反イスラエル感情を掻き立てる情報戦がこうした所でも行われています。」

子どもたちの悲劇を利用してイスラエルへの怒りをあおり、武装闘争を続けるハマスへの支持の原動力にするのが狙いです。

ラジオ局アナウンサー
「家族を殺したイスラエル兵を見つけたらどうする?」

子供
「銃で撃ちたい。」

司会者がさらに、たたみかけます。

ラジオ局アナウンサー
「それだけ?」

子供
「首吊りにしたい。」

ハマス運営ラジオ局 番組責任者
「事実をありのままに伝えているだけで、プロパガンダを放送しているわけではありません。」

イスラエル軍に軍事力で劣るハマス。
新たな対抗手段として繰り広げたのが情報戦でした。
イスラエル軍の無人偵察機を捕獲したとして、ハマスが公開したこの映像。

「これが捕獲したイスラエル軍の偵察機だ。」

実は本物とは形がまったく異なります。
ガザ地区の住民にハマスがイスラエルと互角に戦っているという印象を与えるために、ねつ造されたものと見られます。
さらにツイッターでは、空爆によって子どもが犠牲になっていると、繰り返し強調。
傷ついた子どもの写真も相次いで掲載し、国際世論に「イスラエルは残虐だ」という印象を与え、ハマスへの支持を取り付けようとしました。

こうしたハマス側のアピールもあって、アラブ諸国では反イスラエルデモが次々と発生。
アラブ諸国の外相らも相次いでガザ地区を訪問し、ハマスへの支持を表明しました。
孤立してイスラエルと対峙していたハマスにとって大きな外交成果となりました。
弱者の立場を強みに変えて国際世論に訴えるハマス側の戦略。
イスラエル軍は、ハマス系のテレビ局やラジオ局が入るメディアビルを空爆し、情報戦がロケット弾にも匹敵する脅威だと認識していることを示しました。

激化する情報戦 イスラエル正当性をアピール

圧倒的な軍事力を誇るイスラエル軍ですが、国際世論の批判を避けるため、市民の犠牲を最小限に抑えていると訴える必要性に迫られました。
インターネットの動画サイトに、空爆の瞬間を写した映像など50本近くを投稿。
精密ミサイルでハマスの関連施設だけを狙っているとアピールし、市民の巻き添えを避けようとする操縦士どうしのやりとりまで公開しました。

イスラエル軍ビデオ
「西の方角から2人、家の方に向かって歩いている人がいる。

「攻撃を中止した方がいいと思います。

「了解 攻撃中止。」

イスラエル軍の担当者は、ソーシャルメディアはもはや主戦場の一つだとまで言い切ります。

イスラエル軍 報道官
「ソーシャルメディアは我々にとって新たな戦場であり、インターネットを通じて多くの人にメッセージを伝えることができます。
編集者の意図や見出しの大きさに左右されず、写真や映像を伝えられる私たちの手段です。」

激化する情報戦 避けられぬ犠牲

それでも大規模な軍事攻撃で市民の犠牲を避けるのは不可能です。
ガザ地区では8日間で、女性と子どもだけでも、およそ50人が犠牲になり、ハマスはイスラエルへの非難を強めています。
アシュラフ・ヒジァジさん。
難民キャンプにある自宅が空爆され、父親と幼い弟2人を亡くし、母親も重体となりました。
空爆された時、死亡した2歳の弟は、大好きだった三輪車に乗って遊んでいたところでした。

イスラエル軍の空爆を受けたアシュラフ・ヒジァジさん
「私の家にはロケット弾もないし、ここから発射されたわけでもありません。」

残された兄姉6人と親戚の家で暮らすヒジァジさん。
空爆で肉親を奪われた悲しみが、イスラエルへの憎しみに変わるのに時間はかかりません。

イスラエル軍の空爆を受けたアシュラフ・ヒジァジさん
「父親を亡くして寂しい。
安らかに眠ってほしいです。
一般市民を狙ったイスラエルに復しゅうしたいです。」

戦場で犠牲となる市民たちの怒りと悲しみ。
ハマスはそれをも吸い上げながら支持を広げ、勢いを増そうとしています。
        

鎌倉
「戦闘で親を失った子どもたちの言葉、非常に胸に刺さりますよね。
一方でそういった遺族たちの悲しみや怒りが政治的に利用されて、これがその憎しみの連鎖をまた生み出してしまうとしたら、これもやりきれないですよね。」

傍田
「現代の戦闘、戦いってのは情報戦の出来がカギを握ると言われますけれども、これはその、典型的な例かもしれませんよね。
ですから今後もハマスはやっぱり、既存のメディアだけではなくてインターネットも駆使してみずからの存在感を増すための戦術っていうのをやっぱり強めていくことになるんでしょうね。」

鎌倉
「そのハマスがパレスチナでの影響力を強める中、ハマスとライバル関係にある暫定自治政府のアッバス議長はこれに対抗するかのように、国連でのパレスチナの地位を『国家』に格上げする決議案の採択を目指しています。
パレスチナ内部での主導権争いについて、黒木さんから伝えてもらいます。」

黒木
「パレスチナは今、分裂状態に陥っています。
暫定自治政府のアッバス議長率いるファタハが支配していますのがこちらのヨルダン川西岸。
そしてここ、ガザ地区は2007年にハマスがファタハのメンバーを武力で追放し、実効支配を続けています。
双方のイスラエルに対する政策は大きく異なります。
ファタハは交渉で解決しようという和平路線なんですが、アッバス議長が主導するイスラエルとの和平交渉は中断状態が続いていまして、行き詰まっています。
一方のハマスはイスラエルに対する武装闘争を掲げ、強硬姿勢をとっています。
このためイスラエルはガザ地区を経済封鎖し、ハマス側に圧力をかけてきました。
こうしたなかハマスとイスラエルの戦闘が起きました。
ハマスは停戦合意で経済封鎖の解除を引き出すことに成功し、パレスチナでのハマスの評価が高まりました。
一方、停戦交渉では蚊帳の外に置かれたアッバス議長ですが、今週、国連に『国家』としての地位を認めるよう求める決議案を提出し、存在感をアピールしています。
イスラエルとアメリカは一方的な決議は、和平交渉の妨げになると反発していますけれども、このあと日本時間の未明に開かれる国連総会で採択される見通しとなっています。」

パレスチナ“国家”へ 決議案提出の背景は

鎌倉
「ヨルダン川西岸のラマラで取材にあたっている辻記者と中継がつながっています。
国連総会ではこのあと決議案が採択される見通しですけれども、アッバス議長率いるファタハが支配しているそちら、ヨルダン川西岸、現在どういった様子ですか。」

辻記者
「私のうしろの広場では、さきほどまで、決議案を支持する大規模な集会が開かれていました。
今も多くの人が残っています。
採択が行われる今日11月29日は、65年前に国連で、パレスチナを分割し、ユダヤ人とアラブ人、それぞれのために国を造るという決議が採択された象徴的な日でもあります。
それから半世紀以上経た今も占領下にあるパレスチナ人にとって国の独立はまさに悲願で、会場からは大変な熱気が感じられました。

集会参加者
「パレスチナには自分の独立国家を持つ権利がある。
大きな一歩です。」

アッバス議長が、国連に『国』としての承認を求めた背景には焦りがあります。
ハマスはイスラエルとの戦闘後、経済封鎖の解除という譲歩をイスラエルから引き出して、存在感を強めました。
ところが武力を放棄したアッバス議長の和平路線は、これまで成果を挙げられていません。
むしろお膝もとのヨルダン川西岸は、ユダヤ人入植地に浸食され続けているんです。
このため、アッバス議長は、アメリカとイスラエルの反発を押し切ってでも、国連に訴えるしかないという状況に追い込まれていました。
まもなく行われる国連総会ではヨーロッパも含めて多くの国が決議に賛成すると見られているんです。
非暴力路線を貫いてきたアッバス議長が政治力を失えば、和平プロセス自体が崩壊しかねないという懸念があるからです。
今回の国連決議は、象徴的な意味合いが強いものですけれども、採択によってパレスチナの独立に対する国際社会の支持が示されれば、イスラエルに対する一定の圧力になるものと見られています。」

ハマス ファタハ 激しい主導権争い

傍田
「そういう状況だとハマスと、それからアッバス議長が率いるファタハ、この2つの勢力の力関係というのは今後、どうなっていきそうなんですか。」

辻記者
「今回の戦闘でハマスは非常に多くのものを得ました。
まずは、中東諸国からの支援です。
戦闘中にもかかわらず多くの中東諸国の高官がガザ地区を訪れたことは、以前では考えられなかったことです。
さらに経済封鎖の解除が実現すれば、困窮状態にあるガザ地区の住民のハマスへの支持はさらに強まるものと見られます。
ガザ地区では、『やはり武力行使のほうがイスラエルに対しては有効なんじゃないか』という皮肉まじりの声まで聞かれるんです。
武力闘争を通じて成果を出したハマスが一層勢いを増す中で、アッバス議長が国連に『国家』としての地位を認めさせることで支持を取り戻して、停滞しているイスラエルとの和平交渉を前進させることができるのか。
パレスチナでは2つの勢力の主導権争いが、激しさを増しています。」

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