2009年10月10日

躍進サムスンと復活日産の共通項−デザイン経営の時代 2005/10/08, , 週刊東洋経済, 88〜91ページ,4433文字

躍進する韓国サムスンは10年前、デザインをすべてに優先させると決断した。復活した日産もまた、デザインをクルマづくりの最上位に置く。デザインは今、最も重要な“経営用語”となった。
本誌:梅沢正邦、野村明弘、山崎豪敏 撮影:大隅智洋
 1993年6月、ホテルオークラの会議室。幹部社員を前にサムスンの総帥、李健熙(イゴンヒ)会長はとうとうと話し続けていた。経営方針、人事、社内文化。朝に始まった演説は、夕方になってもなお終わる気配がない。
 顧問として出席した福田民郎さん(現・京都工芸繊維大学教授)は、話の核心がつかめないでいた。得心できたのは、長い演説が終わり、会長の自室に呼び込まれた時だった。
 「福田さん、これからデザインはどうなるのでしょう。韓国のデザインをどうしたらいいのでしょう」
 「10年遅れています。デザインは形と色だけではありません。アイデンティティ、ブランドを含め、総合的に考えなければいけません」
 李会長とサシで話したのは、このときが初めて。会談は未明に及んだ。
 福田さんは事前にリポートを会長に提出していた。そこには、89年、NEC、京セラを経てサムスンのデザイン顧問に就任したときの驚きと怒りが満載されていた。どの商品もどこかで見たような商品ばかり。「絵を描いてくれればいい、パナソニックのようなヤツを」。担当役員は口を開けば、それしか言わない――。
 翌日、フランクフルトに向かう機上でリポートを読み返した李会長に怒りが乗り移った。「即刻、幹部をフランクフルトに呼び集めよ」。
 「妻と子供以外はすべてを変えよう」――。サムスンの「新経営」がここから始まった。
 アップル、ソニーを凌駕 「左」と「右」を押さえる
 日本人にとって、サムスンはあくまで「サムスン・インサイド」だ。液晶パネル、DRAM(記憶保持動作が必要なメモリ)、フラッシュメモリで世界一。昨年度の利益は1兆円。恐れ入りました。しかし、サムスンの最終製品はどこにあるのか。
 サムスンにとって日本は部品を買ってくれる上得意先。お客様のご機嫌を損なわないよう、最終製品については「日本は最後の市場」という位置づけだ。だから、サムスン製品の存在感は限りなくゼロに近い。
 世界市場では光景は一変する。サムスンの携帯電話の世界シェアは13%。ノキア、モトローラに次いで世界3位だ。米国のハイエンドTV市場もサムスンが押さえている。何よりサムスンの最終製品(部品以外のデジタル機器、携帯電話、白モノ家電の合計)の営業利益率は9%強。ソニー、松下電器が「目標」として掲げる5%に倍する収益性を実現している。その秘密がデザインだ。
 流れるように柔らかな曲線の携帯電話、SGH‐T100(91ページの写真)。発売当初の2002年、多種多様な機能を無理やり詰め込むために、携帯は四角四面がフツーの形。T‐100の清新なデザインは1000万台の大ヒットを生み出した。
 あるいはT字型のリアプロジェクションTV(同ページ参照)。駆動機構を“立てる”ことによって、従来のずんぐり、むっくりのイメージが吹き飛んだ。スリムでシャープなポータブルDVD。米国のベストバイに売り込むに当たって、サムスンは恐る恐る799ドルの売価を提示した。ベストバイは首を振った。「いや、これなら999ドルで売れますよ」。
 サムスンのデザイン・パワーは世界の権威が認めている。米国工業デザイナー協会が選出するIDEA(優秀工業デザイン賞)。04年はあのアップルとサムスンが同着1位。05年はサムスンが単独首位の栄冠に輝いた。そのうえ、英国インターブランド社と『ビジネスウィーク』による「ブランド価値調査」(05年)ではサムスンが20位にランクアップ、28位に後退したソニーに大きく水をあけた。
 500人のデザイナーを率いる鄭國鉉(チョングクヒョン)専務が明快に言う。「ハードで勝負をかける意味は非常に低い。デザインが価値を高める」。
 デジタル時代、部品とインサートマシンを買ってくれば、最終製品は誰でも作れる。いわゆるスマイルカーブの真ん中、ハードの組み立ては儲からない。儲かるのは、左側のキー・コンポーネンツ、そして右側のコンテンツ、ブランド、デザインだ。
 デザインがすべてに優先 経営と一体化
 00年、サムスンのデザイン部門は「デザイン経営センター」と改称した。看板に偽りはない。デザインと経営の距離は驚くほど近い。
 年4回のデザイン会議ではデザイナーが各事業部のCEOと1対1で話し合う。のみならず、「(本来ならデザイナーが出る必要のない会議でも)重要な会議には出席し、CEOたちが言わなくても、彼らの悩みをつかみ取る。それを表現するのがデザイナーの仕事」(鄭専務)。
 始めにデザインありき。大まかな商品企画ができると、デザイナーがいくつかモックアップ(模型)を作って事業部のCEOに提示する。CEOが「これ」と決めれば、そこから設計の仕事が始まるのである。
 日本なら、「こんなもの作れるか」と生産現場から罵声が飛んでくるところだろう。サムスンでは、96年、李会長が「デザインが最後の勝負どころ」と宣言し、生産現場の反乱はあらかじめ封じられている。むしろ、設計部隊はやり直しの負荷を回避すべく、事前にデザイン部門に情報を取りにくる。結果、ますますデザイン主導が確立されることになる。
 「その昔、グッドデザインでもグッドビジネスにならなかったのは生産中心だったから。ユーザー重視、市場重視なら、グッドデザインはグッドビジネスになる」(鄭専務)。
 サムスンのデザインは、マーケティングにも優先する。マーケティングのリサーチとは別に、デザイン部門は独自にリサーチする。鄭専務は「デザインは子宮的。マーケティングや技術は精子的」と言う。マーケッターや技術者は自分の思い込みに走りがちだが、デザインは消費者の内面を観察し、「次」を形にできるという自負である。
 「福田リポート」からここまでわずか10年ちょっと。脱帽するほかないのは、計算された戦略性である。
 ブランド価値調査でソニーを“超えた”のは偶然ではない。日本サムスンのデザインセンターの吉田道生センター長は「自分たちの完成度がソニーを上回ったとは思わない」と言う。だが、続けてこうも言う。「これまでの(ランキングの)上がり方からすると、上に行くんじゃないかとは思っていましたけど」。
 IDEAのトップ賞も、勝手に転がり込んできたものではない。“取りに”いったのである。「海外のデザイン賞を狙え。考えられる作品は全部出せ、と。効率の悪さは、覚悟のうえですよ」(福田教授)。
 IDEAの審査は、製品のデザインだけでなく、将来の製品をイメージしたコンセプト・デザインも対象になる。この分野は点数を稼ぎやすいせいか(?)、サムスンは組織的にエネルギーを注いできた。
 究極の“青田刈り” トトロが見えるか
 賞にこだわったのは、デザインの成果を“可視化”するためだ。93年(福田リポートの年)、サムスンが初めてIDEAに参加したときの順位は90番台。少しずつでもランクが上がれば、デザインへの投資が正当化され、予算が増える。予算が増えれば、長期的視野からの戦略投資も可能になるという好循環である。
 戦略投資の最たるものがSDM(サムスン・デザイン・メンバーシップ)だ。毎年、50人の大学生を選抜し、ソウル・江南のワークショップで課題の制作に取り組ませる。サムスンの課長代理職2人が専任で張りつくワークショップにはCADなどの機材、世界中のデザイン誌がそろえられ、24時間いつでも使用可。倍率40倍の狭き門を突破した学生たちがここで競い合い、学び合う。自分の学校では習得できない発想、スキル、工夫を身につけるのだ。
 “卒業生”の中から希望者は再び選抜されてサムスンに入社する。現在、500人のデザイナーのうち20%がSDMの卒業生。
 「即、即戦力になる。あれでサムスンのデザインが一気に上がった。学生同士が情報交換するから大学の先生も焦った。韓国全体のデザイン教育の水準向上にも貢献したと思う」(福田教授)。
 02年に松下電器から分社したパナソニックデザイン社の植松善行社長の口癖は「デザインはとなりのトトロ」だ。その心は、見える人には見える。うまくやれば、デザイン投資は技術開発の100分の1のカネで同じ効果を上げることができる。が、見えない人には理解できない。
 とりわけバブルが崩壊し、価格競争一辺倒の90年代。松下電器だけでなく、日本メーカーのデザイン部門に出番はなかった。松下電器も02年まではデザイナーは事業部に付属し、IDEAのような海外のデザイン賞に挑戦することもなかった。
 サムスンの李会長にはトトロが見えた。結果が彼我の格差である。
 しかし、李会長を開眼させた福田さんは「この10年、うまくいきすぎた」と言う。「プレミアム級の商品はいい出来だが、波がある。90年代に準備したことが今、実を結んだ。次の準備はできているのか」。
 キヤノン出身の吉田センター長も、今のサムスンに「EOS20D」が作れるだろうか、と思う。「設計とデザインが一緒に一段ずつ上がっていって、EOSができる。サムスンはスピード感はあるんだが――」。
 が、問題の発見は、半ば問題の解決だ。サムスンは「次の準備」に取りかかっている。
 東京、上海、ロンドン、サンフランシスコ、ロサンゼルス。五つの海外デザインセンターと本社の「融合」である。日本はモノづくりの現場にもまれているから、仕上げのデザインが抜群。英国はリサーチ能力、米国はユーザーインターフェースの開発に優れている。
 各地のデザイナーを2年間、みっちり交流させ、「長所」を融合させ、常時、「プレミアム級」のデザインを実現しよう、という作戦だ。
 作戦を成功に導く秘密兵器がある。“しつっこさ”だ。「変えていこうという、しつっこさ。私が入社して5年、つねに変わっているのに、まだ変えようというんだから」(吉田氏)。
 サムスンのデザイン部門には、話し出したら2週間も3週間も話し続けるカリスマ、李会長のスピリッツが乗り移ったようである。
[写真]フェアレディZ(日産)、2ガーデニングプロダクト(メタフィス)、3ポータブルDVDプレイヤー(サムスン)、4リアプロジェクションTV(サムスン)、5FX45(日産)、6サイクロンクリーナー(メタフィス)、7ムラーノ(日産)、8X−BOX360(マイクロソフト)、9ナップスターHDDプレイヤー(サムスン)
[写真]サムスン電子 専務 鄭 國鉉
[写真]日本サムスン デザインセンター長 吉田道生
[写真]京都工芸繊維大学教授 福田民郎
[写真]デザインで勝負! サムスン自慢の商品群
[表]世界のブランドランキング(2005年)

posted by 電機業界研究所 at 16:49| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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