橘玲の日々刻々
2012年11月27日 橘玲

作家・橘玲×増原義剛対談
改正貸金業法は失敗だった!
ポピュリズムに毒された政治の敗北

弁護士の質を下げた
「利息返還請求」

 総量規制等の法改正の副作用と並行して、「利息返還請求」が頻発し、これも市場を大きく縮小させる要因となりました。

増原 これほどまでの影響は想定してなかったと思います。最初にも言いましたように、多重債務問題を何とか解決する必要があったことは確かです。しかし、過去の物については、これまでの法律で処置するしかなく、いわば判例に従ってやるしかない。立法府としては遡及適用はできませんから、将来に向けて新たな多重債務者を生まないようにするしかありませんでした。

 しかし、完済者までもが請求を行っている過熱ぶりを見るにつけ、もし遡りができるなら、完済者については、貸金業規制法第43条でいうところのみなし弁済で「任意性、書面性を満たしているものとみなす」という1行ぐらい入れておきたかったと思いますね。完済している人は多重債務者でも何でもないのですから。

 理屈が通らないですよね。

増原 通りませんよ。あそこまで弁護士や司法書士の方々が掘り起こしを始めたことには驚きました。

 利息返還請求で弁護士バブルが起きて、大儲けした弁護士が豪邸を建て高級車を乗り回したり、さらには過払い専門の弁護士が脱税で国税庁から摘発を受ける事件も相次いでいます。こうした状況では、司法制度の信用は失墜するばかりです。

データ検証をせずに
決定された政策

 政策をつくる時は、当然データに基づいた検証作業が行なわれるものだと思っていました。貸金業法にしても、諸外国が採用している金融制度はいわば巨大な社会実験ですから、それらを検証すればそれぞれの制度の良し悪しを比較ができ、日本の現状に合致する最適な政策を決めることができたはずです。しかしお書きになった本を読む限りそうではなかった。感情的な議論の中で、ほとんど一方的に決まっていったことに愕然としたわけですが…。

増原 おっしゃる通りです。党内には「やはりこれは政治主導でやるのだ」という意識がありました。一方で、規制法ですから、役所には業種業界と手を携えてやらなければならないという認識はありませんでした。もちろん検察庁も積極的に取り組んではいなかった。違法業者を検挙してもポイントが上がるわけではありませんから。その意味で、エアポケットだったのだと思います。そうした状況の中で、当時のマスコミの社会正義的な雰囲気に、政治家が大きく振り回されてしまった、ということだと思います。

 とにかく、当時は正論が通らないあまりにも異常な雰囲気であったため、完全施行までの3年で、熱を冷ましてから再度検討をしたいと考えていました。その間に施行の影響に関するデータを蓄積し、それを検証して、利息制限法の金額区分や金利も含めた見直しを行うつもりでした。それで「見直し条項」を入れたのですが、「既存の債務者の5割が総量規制に抵触する」というデータが出てきた時には、われわれはもうバッジをつけていませんでした(笑)。

政治に求められている
「持続可能性」

 〝政治主導”が言われるようになった背景には、高度経済成長期のような官僚主導型の国家運営システムに、皆が閉塞感を感じ始めるようになったという現状がありました。だから大蔵省にいた増原さんも官僚を見切って政治家になられたのではないかと思います。ところがその政治主導も機能しないとなると、いったいどうすればいいのでしょうか。

増原 おっしゃるように、官僚当時、どうして政治は早く財政健全化に舵を切らないのか。政治はなぜ決断しないのか、という歯がゆさを常に抱いていました。行政官として、A案がベストだと思うのに、政治が選択するのはいつもC案だったというような状況が続きまして、これはやはり政治でないと世の中を変えることはできないと考えたわけです。

 高度経済成長期までは、とにかく先進国に追いつき追い越せという国家目標に向けて、最も効率的に日本の官僚機構は動いていました。しかし、いざキャッチアップしてみると、〝先例がない”という理由で次に進めることができない。

 政治も今、同様の負のスパイラルに陥っているといえます。今政治に必要なのは「持続可能性」を探りながら問題解決を図ることです。これは多重債務者の問題も然りです。また、国が多重債務の状況では恒常的にやっていけるはずがありませんから。

 日本は、世界に類を見ない最速度で少子高齢化社会に突入したため、政策の前例がどこにもないという理由で政治が迷走状態に陥り、〝持続可能性”に向けた解決策を打ち出すことができずにいます。これが大きな問題だといえます。

 大蔵省、財務省の中では、そういう問題をいつ頃から自覚し、議論していたのでしょうか。

増原 私が大蔵省に入省したのは昭和44 年ですが、その時の大蔵省事務次官が村上孝太郎さんで、大蔵大臣が福田赳夫さんでした。この村上さんは「このまま行くと日本は必ず高齢化社会を迎え、社会福祉関係で財政が硬直化するから、歳出を削るなり、増税するなりして、早め早めに手を打たなくてはいけない」と財政硬直化を懸念する発言を当時からしておられました。

 60年代から気づいていて、半世紀たってもこの体たらくでは、今さら何をやっても無駄という気もしますが。

増原 今の野田政権で、8~10%の消費税増税案を通しましたが、実はこれではまだまだ財政の健全化は図れません。国・地方の借財が少なくともGDPの2倍はあるのですから。これはギリシャの財務状況よりも悪い数字です。従ってうまくやって20%、下手したら25%の増税が必要です。ただ、日本の場合には経常収支が黒字なのでまだもっていますが、最近、貿易収支が赤字化し始めていますので、このままではかつてのイギリスやアメリカと同様に、国際収支の発展段階説に陥り、救いようがなくなってしまいます。