「雲は龍に従い、風は虎に従う」という中国の故事に倣い、虎の威を借りて風を鎮め、火伏せを祈願したのが起源とされる伝統行事。お囃子(はやし)にのって、色鮮やかな山車や虎が練り歩き、各家の防災と家内安全を祈願します。みどころの虎舞を演じるのは、厳しい訓練を乗り越えた、地元の中学生たちです。
約650年前から続く火の用心を祈願する虎舞
シシゾウ:初午まつり 「火伏せの虎舞」は、いつごろ始まった祭りですか?
加藤:今から650年ほど前の文和3年(1354)、戦国大名で陸奥大崎5郡を治めた大崎義隆公の始祖、斯波家兼(しばいえかね)公が奥州探題として当地に赴任し、現在の加美町中新田地区に城を築きました。そして氏神として稲荷明神を城内に祀り、毎年、初午の日に祭礼を行いました。これが初午まつりです。
西北部に高い山がない中新田地区は、早春から初夏にかけて奥羽山脈からの強風が吹き荒れ、それが原因で大火がしばしば起きました。そのため風害と火難から逃れることを切望していた住民のために、城主の家兼公は中国の古典の『易(えき)』に出てくる「雲は龍に従い、風は虎に従う」の文言に倣い、稲荷明神の初午まつりに虎舞を奉納し、虎の威を借りて風を鎮め、火伏せを祈願しました。これが虎舞の始まりとされています。
シシゾウ:東北地方には伝統芸能として虎舞を伝えている地区がいくつかあります。それらの虎舞と中新田の虎舞の違いは何ですか?
加藤:中新田の虎舞はその名の通り火伏せ、すなわち火事を起こさないことを祈願して舞われる虎舞で、火消組、今でいう地域の消防団によって継承されているところが最大の特徴です。消防団が受け継いでいる虎舞は全国でもここ中新田だけです。なお、「火伏せの虎舞」は昭和49年(1974)に宮城県の県指定無形民俗文化財に指定されています。
シシゾウ:消防団による継承はどのように行われていますか?
加藤:加美町の消防団は7分団で編成しております。その中で虎舞を継承しているのは旧中新田町の消防団にあたる第1分団です。第1分団はさらに1部、2部、3部に分かれ、それぞれで虎舞を行っています。例年、2月半ばから始まる寒げいこと呼ばれる虎舞の練習も部ごとに分かれて行います。虎舞の内容は各部ともほぼ共通ですが、使用する虎の面やお囃子の節回しの一部が異なります。
虎舞が地区の家々を門付けして火の用心をPR
加藤:祭り当日は消防団第1分団の1部、2部、3部がそれぞれ山車を1台ずつ出し、朝7時から夕方6時まで中新田地区を練り歩きます。山車を引くのは、引き子と呼ばれる小学生たちで、1台の山車を30人で引きます。桜の花を模した花「バレン」などの飾りで豪華に飾り立てられた山車が、お囃子の「通り」という曲にのって練り歩く光景はとても華やかです。その山車とつかずはなれずで、各部の消防団員は虎子(とらこ)と呼ばれる子どもの虎舞の踊り手を伴って地区内の家庭を回ります。中新田地区は全部で2900戸ほどありますが、その1戸ずつを訪ねて、火の用心の声かけをして火伏せの「御札」を配ります。そして虎子が玄関先で「ドンカドンカ ドン ドンドン」と虎舞の一節を踊って、家内安全、火の用心を祈願します。どこの家庭もお菓子やジュース、赤飯、ご祝儀などを用意して消防団が来るのを楽しみに待っています。
シシゾウ:虎子になるのはどういう子どもたちですか?
加藤: 1部、2部、3部あわせて虎子は総勢90名で、小学校の高学年から中学生までの子どもが務めます。希望者が多い場合は選考会を行います。誰でも虎子になれるわけではなく、山車を引く引き子を務めた経験があることが条件になる場合もあります。合格者は初午まつりの10日ほど前から連日夜7時から9時まで練習します。熱心な子になると自宅でも、段ボールで虎の面を作ったりして練習しているようです。
火伏せの虎舞保存会では虎舞を将来に向けて継承していくために、踊り手の指導養成に取り組んでいます。現在は引き子、虎子を経験した後、高校生でお囃子の太鼓を打ち、社会人になったら消防団に入るというのが虎舞継承のひとつの大きな流れになっています。
シシゾウ:「火伏せの虎舞」のみどころはどこですか?
加藤:虎舞は2人1組で、虎の幕と呼ばれる虎柄の布を頭からかぶり、虎柄のももひきを履いた足を虎の足に見立てて踊ります。前の人は虎の面を両手で持って顔の位置に構え、後ろの人はシッポに見立てた竹の棒を立てながら、息を合わせて前後左右に動いたり、身体を大きく振ったりして勇壮かつ機敏に舞います。虎が地面に寝転がってあくびをしたり、前足で顔を洗ったり、寄ってくる虫を追い払ったりする仕草もみどころです。横になって寝ていた虎が起き上がるところは目覚めの虎、通称「寝虎(ねどら)」といい、一番の見せ場とされています。
高屋根の上で風をはらんで舞う勇壮な虎たち
加藤:初午まつり「火伏せの虎舞」の最大のみどころは、屋根の上に数匹の虎が上がって舞う屋根舞です。屋根舞の舞台は、地区のメインストリート、花楽小路に置かれる祭典本部前の「寅や」という旧酒造店の建物です。屋根舞を行うのは消防団員で、1部、2部、3部がそれぞれ披露します。屋根の上には踊り手だけでなくお囃子を演奏する笛と太鼓も上がります。虎舞の踊り手は布をかぶっているので前が見えませんが、屋根の上には虎舞用の足場が設けられているので、これまでに転落等の事故が起きたことは一度もありません。
屋根舞の演舞は20分ほどです。お囃子の曲が「本調子」から「岡崎」に移ると、上半身を前後左右に振る虎たちの動きは最高潮に達します。
屋根舞は数回行われますが、特におすすめは陽が西に傾きかけた頃です。夕陽に映えながら哀調を帯びた笛の音と勇壮剛健な太鼓のお囃子にのって虎たちが虎の幕いっぱいに風をはらませて舞う光景はとても情緒があります。屋根舞終了後には、家内安全、火の用心を祈願して紅白の餅がまかれます。それを楽しみにされる方も大勢おられます。祭典本部では記念品として火の用心の「纏(まとい)」や、虎舞をモチーフとした「のれん」を販売していますので、おみやげにいかがでしょうか。
加美町は酒どころ&湯どころ
シシゾウ:加美町でおすすめの特産物や観光スポットを教えてください。
加藤:米どころの加美町は酒どころでもあります。現在、町内には3軒の酒蔵があります。田中酒造店の「純米酒真鶴」、山和酒造店の「酒一筋わしが國」、中勇酒造店の「純米吟醸天上夢幻」など銘酒ぞろいです。加美町にはいい温泉もあります。温泉保養施設「やくらい薬師の湯」、「ゆ~らんど」は私も大好きでよく利用しています。イベントは初午まつり以外にも、8月の「鳴瀬川大花火大会」や2月の「うめえがすと鍋まつりin加美」をはじめ四季折々に楽しい催しがありますのでぜひ加美町にお越しください。
防火の願いを込めて一生懸命舞います
・東北新幹線仙台駅より車で約60分
・東北新幹線仙台駅より「小野田支所前」行き「中新田停留所」下車 バスで約75分
・東北新幹線古川駅より車で約20分
・東北新幹線古川駅より「色麻町役場前」行き「中新田西町」下車 バスで約25分
・陸羽東線西古川駅より「色麻町役場前」行き「中新田西町」下車 バスで約10分
・宮城県加美町商工観光課
TEL:0229-63-6000(直通)