法医学講義 窒息 (縊死、絞死、扼死)
Hanging, Strangulation, Throttling


目次窒息 (総論)窒息 (溺死)


<縊死 hanging>

 一端を固定した索状物を頚部にかけ、自分の体重で締めて死亡すること、「首吊り」
 索状物:適当な長さと強さのあるもの、ひも状、帯状、木の枝なども可能。
 8〜15 kgの力がかかると生命に異常:足が地面から離れていなくても死亡し得る。

体重のかかり方足が地面から離れる 100%60 kg いずれの場合も縊死し得る
足がつき膝が曲がる70〜80%42〜48 kg
膝がつく20%12 kg

○分類
  1. 結節係蹄 closed loop:頚部に巻いた索状物を結んで首を吊る。
    開放係蹄 open loop:索状物を馬蹄形のまま結ばないで首を吊る。
  2. 定型縊死 typical hanging:係蹄が後頚部正中線上、足が地面から離れている。
    非定型縊死 atypical hanging:左右不対称、地上に足がついている。
○死の機序 (定型縊死は即死である場合が多く、3の機序が主?)
  1. 気道閉塞 (外窒息):舌の基部が押し上げられて咽頭後壁に密着
  2. 頚部血管閉塞:頚静脈、頚動脈、椎骨動脈→頭顔部蒼白、脳の内窒息死
  3. 神経圧迫:迷送神経、頚動脈洞圧迫→心停止
  4. 頚椎離断骨折 (頚髄離断):まれ
○死体所見

 ●外部所見
  1. 索痕 ligature mark
     索状物が頚部表面に残した損傷、索溝
    走行:定型縊死…前頚部正中線上で最低位 (甲状軟骨〜舌骨間)
     →側頚部で後上方向 (下顎角下)→耳後部→後頚部
    非定型縊死…係蹄部が最高位、対側が最低位
    幅:索状物の幅
    深さ:最低位で最も深く、最高位に近づくと浅くなる。
    損傷:索溝…表皮剥脱、上下縁に皮下出血
     →時間とともに革皮様化して暗赤褐色調に変色 (特に硬い索状物でなりやすい)
    2重の索溝…間の皮膚に皮内出血、水疱など
  2. 顔面:定型縊死ではうっ血・溢血点なし。
  3. 死斑:身体の下の部分…手先、足先など。死後4〜5時間でおろせば死斑が移動する。
 ●内部所見
  1. 頚部の筋肉内出血、挫滅、舌骨大角・甲状軟骨上角骨折は殆どない。
  2. 窒息の三大徴候 (暗赤色流動血、内臓うっ血、粘膜漿膜下溢血点)
○自他為の別
 99 %自殺。
 事故死 (子供の「首吊り」のまね)、他殺の偽装はまれ。
  →殆どが検屍のみ
<絞死 strangulation>

 頚部に索状物を巻きつけ、体重以外の力で引いて圧迫して死に至ること。

○死の機序
  1. 気道閉塞 (外窒息)
  2. 頚部血管 (頚動静脈) 閉塞。
    ただし椎骨動脈は閉塞しない。

    椎骨動脈から頭部に血液が送られるが、
    頭部から心臓に帰る頚静脈が閉鎖。
     →頭顔部に血がたまる。

    →頭顔部うっ血著明


○死体所見

 ●外部所見
  1. 索溝、絞溝 ligature furrow
     ほぼ水平、深さ一様 (頭髪、衣類が巻き込むところは浅い)
    損傷:索溝…表皮剥脱、上下縁に皮下出血。
     時間とともに革皮様化して暗赤褐色調
    2重の索溝…間の皮膚に皮内出血、水疱など
  2. 爪痕:他殺の場合、ひもを外そうとして自分の爪痕がつく (防御創)
  3. 顔面:うっ血・溢血点著明
 ●内部所見
  1. 索溝直下の皮下・筋肉内出血あり。舌骨大角・甲状軟骨上角骨折はまれ
  2. 窒息の三大徴候
○自他為の別
 他殺 (絞殺):大部分。爪痕がある場合もある。
 自殺 (自絞死):まれ…意識を失っても索状物がゆるまない工夫が必要
   (ぬれたひも、荒縄で多重に巻きつける)
  索状物の下に頭髪を巻き込まない
 災害死:まれ (マフラーが車にひっかかって締められるなど)
縊死と絞死の死体所見の相違(まとめ)

定型縊頸絞  頸
 前頸部正中(舌骨と甲状軟骨との間)から下顎角の下を通って耳の後まで斜方向に索溝が走り、最低位で索溝は最も深く、最高位に近づくほど浅くなる。

 索溝の上下で皮膚の色に差がない (顔面のうっ血がない)。

 頸部内部で皮下筋肉内出血や舌骨・甲状軟骨の骨折はほとんどない。

 吊るされた状態で放置されていれば、死斑は手先や足先に出現。
 ほぼ水平方向に索溝が走り、深さは一様 (締め方などで差が出ることもある)。

 索溝より上部でうっ血著明 (椎骨動脈が閉塞しないから)。皮膚や眼瞼結膜に溢血点も認められる。

 交叉した索溝や防御創 (自分の爪痕) が見られることもある。

 頸部内部で皮下筋肉内出血が見られるが、舌骨・甲状軟骨の骨折はほとんどない。

 死斑は体の下部に出現 (体位による)。

<扼死 manual strangulation, throttling>

 手または前腕で頚部を圧迫して死に至ること
 被害者:弱者 (年少者、女性、老人)。成人男性は無抵抗時のみ (泥酔など)。
 扼頚後、絞殺することもある。

○死の機序
  1. 気道閉塞 (外窒息):喉頭部が脊椎に向かって圧迫。
  2. 頚部血管閉塞:頚動静脈のみ (不完全のことが多い)→頭顔部蒼白〜うっ血
  3. 神経圧迫
○死体所見
 ●外部所見
  1. 扼痕 throttling mark
    手、指、爪による強圧部にその大きさ以下の皮下 (皮内) 出血。
    加害者の爪痕 (鋭い三日月型) が見られることもある。
    被害者の防御創:皮下出血など
  2. 顔面:蒼白〜うっ血
    (扼頚後、手を離すので、うっ血があまり残らない)
 ●内部所見
  1. 索溝直下の皮下・筋肉内出血あり。
    舌骨大角・甲状軟骨上角骨折を伴うことがある。
  2. 窒息の三大徴候
○自他為の別
 全て他殺 (扼殺):扼頚後、絞殺することもある。
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