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野田首相が民主党のマニフェスト(政権公約)を発表した。
政権交代を実現した3年前の総選挙で、民主党が掲げたマニフェストの評判はさんざんだ。
ムダ排除などで「16.8兆円の財源を確保する」構想は絵に描いた餅に終わり、多くの政策が実行不能に追い込まれた。
一方、消費増税に道を開いた野田政権の決断は評価するが、逆にマニフェストに書いていなかったことで、やはり「公約違反」のそしりは免れない。
■自民との対立軸意識
「バラ色の夢」を描いて破綻(はたん)した反省と、政権運営から得た教訓をふまえ、どんな内容に鍛え直したのか。有権者の厳しい評価にさらされることを覚悟せねばなるまい。
まず目につくのが、政権を争う自民党との理念、政策の違いを強調している点である。
憲法改正による「国防軍」の保持や、領土外交での強腰な姿勢、在日外国人に対する地方参政権付与への反対……。
自民党は政権公約に、安倍総裁の持論でもある、右派色の濃い主張を盛り込んだ。
民主党はマニフェストの冒頭で、これを「強い言葉だけが躍る強硬姿勢や排外主義は、国民と国を危うい道に迷い込ませる」と批判する。
リベラルから中道、穏健な保守層まで、幅広い有権者を意識した現実的な主張といえよう。
政策面では、「2030年代の原発ゼロ」を自民党との対立軸に掲げた。公共事業に軸足をおかず、自然エネルギーの普及などで経済再生をめざす方向性にも説得力がある。
ただ、公約の具体的な中身を見ると、はなはだ物足りないと言わざるを得ない。
■姿消した「工程表」
たとえば、目玉の「原発ゼロ」にしても、どのように原発を減らしていくのか、肝心の工程表を示していない。
野田政権は年末までに工程表をつくる予定だったが、衆院解散で宙に浮いてしまった。政権を引き続き担い、本気で脱原発を実現するつもりなら、なぜそれを盛り込まなかったのか。
さらに、核燃料サイクル事業について「あり方を見直す」、電力改革についても発電・送電・小売りの「あり方を抜本的に見直す」とあるだけだ。
原発ゼロへの過程で、電気料金の値上げや立地地域の経済構造の転換、使用済み核燃料の管理・処理などさまざまな課題や痛みが伴う。それらに対する姿勢をぼやかしたままでは責任ある政策とは言えない。
そのほかの政策も、所要額や実行年度をほとんど明らかにしておらず、自民党の公約と同様、項目の羅列が目立つ。
これでは、財源や期限を明示して政権の実績を評価する、マニフェスト本来の意味がない。
社会保障と税の一体改革は緒についた。それでも年金・医療・介護などの財源不足は解消せず、赤字国債を発行して将来世代にツケを回す構造が続く。
国民のくらしを持続可能にするには負担増、給付の抑制の議論は避けられない。
■痛みの分配は盛らず
なのに、マニフェストに盛られた国民に負担を求める政策といえば、一体改革で積み残された所得税・相続税の見直しと、生活保護の不正受給の防止ぐらいだ。
選挙前に有権者の耳に痛い課題を避けたというのでは、責任ある態度ではない。
野田首相が、原発政策と並ぶ自民党との争点と位置づける環太平洋経済連携協定(TPP)でも逃げ腰の姿勢が目立つ。
首相が意欲を見せるTPP交渉参加を明記せず、「TPP、日中韓FTA(自由貿易協定)、東アジア地域包括的経済連携を同時並行的にすすめ、政府が判断する」と政府にゲタを預けてしまった。
党内に多い反対論に配慮してのことだが、これでは自民党のTPPへの姿勢が不明確だと批判はできまい。
前回のマニフェストから後退した記述もある。
日米地位協定をめぐり、前回は「改定を提起」すると明記していたのに、今回は「運用改善をさらにすすめる努力を行う」。米軍再編や在日米軍基地のあり方についても「見直しの方向で臨む」が、「日米合意を着実に実施する」に後退した。
政権を担って、問題の難しさを痛感したということだろう。
だが、普天間移設問題や相次ぐ米兵の事件で、沖縄県民の負担感がかつてなく高まっている折である。本来なら逆にもっと踏み込むべきところだ。
これが民主党がめざす「現実的な外交防衛」だとしたら情けない限りだ。現実主義と敗北主義は違う。
3年前の公約をめぐる手痛い「失敗」が、民主党の重い足かせになっているのは確かだ。
だが、困難から逃げず、現実的で説得力ある道筋を描くことこそ政治の責任である。今後の論戦でそれを示してほしい。