CCHR長野支部のブログ

長野県飯田市に拠点がある、市民の人権擁護の会(CCHR)長野支部です。近隣市町村での精神医療における人権侵害や向精神薬の副作用による被害報告、告発を受け付けています。
破壊的で悪質な精神医療を根絶するために日々活動中。


テーマ:
先日の長野県飯田のくましろホールでの
「精神科は今日もやりたい放題」講演&討論会において
登壇していただいた…
ご主人が、向精神薬の副作用(特にパキシル、リタリン)で
自殺されたNさんの手記です。
---------------------------------------------


私は自死遺族です。

毎年3万人以上の自殺者がいるとされています。
その人を取り巻く家族が約15万人いるとされています。

私はそのひとりです。

私の主人は、平成14(2002)年に「うつ状態」になりました。
元々、とてもマジメで仕事が大好き、
いつも次のアイデアを考え
とても楽しそうに仕事をしていました。
きっかけはいくつか重なってはいますが
人事異動も大きなきっかけでした。

だんだん怒りっぽくなり、常にイライラ…
家族の中でバクダンのような存在となり、
主人の言動に家族で振り回されて行きました。
困り果てた私達は相談して、家族で治そうと決め、
飯田病院へ行きました。
私は元ナースでしたのでケガなら外科、
風邪なら内科、心の病気は精神科・・・と
医療への疑いは何もありませんでした。

その頃、飯田病院では開業ラッシュで医者不足になっており
新患の受付が無く、県立駒ケ根病院
(現・県立こころの医療センター駒ヶ根)へ回されました。
主治医となった小林医師は、患者が訴えるままに薬を増やし続け
約3年間の通院で、1日26錠になり
身長170cm、80kgあった体重が、
約半分の45kgになってしまいました。

まるでムンクの「叫ぶ人」のようになり、苦しい、つらいと言いつつ
薬を飲み続けていました。
医療を信じていた私も、何とかしたいとあれこれ考えてみましたが
すでに薬に依存しきっていた主人が引き返すには、
とても大変なところまで来ていました。

平成17(2006)年頃には、記憶が途切れてしまい
物忘れも酷く、30分ごとに忘れてしまい、
いつもメモとペンを首からさげて、メモを取りながら
忘れてしまうことと闘っていました。
そのことで、家族もずいぶん振り回されとても大変でした。

ささいなことで不機嫌になり、娘の人格を全否定して、
ものすごい勢いでどなり散らした後、気分が落ち着くと
さっき怒鳴ったことも全て忘れており、そのたびに
娘はひどく傷つきました。

増えすぎた薬をなんとか減らそうと、行ったところが
飯田市桐林の、みかさクリニック 木下医師のところでした。
減薬に対してとても協力的に見え、主人とも話をして
26錠→13錠に減薬が出来て、薬による副作用から少し
楽になったように見えました。
しかし、主人の訴えにあれこれと薬の処方をかえて行き、
なんと最終的にあのリタリンが処方されました。

つづく



ご存じない方のために
リタリン・・・塩酸メチルフェニデート。合法覚せい剤と呼ばれる。合衆国麻薬取締局でコカイン・モルヒネ・アンフェタミン(覚せい剤)と同じ分類の強い依存性のある向精神薬で、日本では乱用が問題になり2007年規制された。
現在では、同じ成分の「コンサータ」がADHDの子供たちに処方されています。
http://jp.drugfreeworld.org/drugfacts/ritalin/what-does-ritalin-look-like-and-other-facts.html

Amebaおすすめキーワード