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理事長交代漏洩で鮮明化した「国がん」の岐路

 「だから、公募じゃ駄目なんだ。本当に生きのいい人材なんてやってくるわけがないでしょう」
 1月中旬の夕刻、その人物はまくし立てた。語ろうとしたのは極秘に進められていた人事について。
 「がんセンター(国立がん研究センター、以下国がん)は迷走してます。嘉山先生の評判も良くない」
 人事とは国がん次期理事長の公募による選考を指す。この人物は選.考委員の一人。ただ、この委員会は委員の総数や人員、開催日時など一切が秘密のベールに包まれている。内部の空気だけは伝わってきた。
 禁を破ったのは朝日新聞だった。2月6日付朝刊のベタ記事で「国がん理事長交代」と打った。情報漏洩である。密室での選考を所管する厚生労働省医政局国立病院課に取材を申し込んだ。「タナカ」と名乗る課長補佐が電話口で応じた。
 ──記事は正確なのか。
 「私からは申し上げられません」
 ──リークの事実は認めるのか。
 「私どもは驚いております」
 ──事務方でなく委員から漏れた?
 「申し上げられません」
 ──調査はしているのか。
 「それも申し上げられない」
 税金の無駄遣いが確認できた。この程度の組織にたかっている従来型メディアも密室を支える身内だ。
 嘉山氏が報道以降、初めて公の場に姿を見せたのは2月14日のこと。2年の任期を振り返り、職員を前に講演。随所に無念さがにじんだ。

「査問」に近い選考の雰囲気

 嘉山氏の国がん理事長就任以来の取り組みについて本誌は毎月ページを割き、時に応じてインタビューや記事の形でもお伝えしてきた。
 本誌は2月3日、都内某所で国.がん次期理事長選考委員会が応募者へのヒアリングを行っていることをつかんでいた。応募者は本誌既報通り、嘉山孝正・現理事長と堀田知光・国立病院機構名古屋医療センター院長、ほか1人。選考委員には金澤一郎・国際医療福祉大学大学院教授や齋藤英彦・名古屋セントラル病院院長、長谷川閑史・武田薬品工業社長らの名が取りざたされている。
 「選考がどうなるかは選考委員の人事に掛かっている。舛添要一厚労相時代や政権交代直後の民主党政権では省庁が持ってきた人選を政治家が上書きした」(国立大学教授)
 2年前の選考では仙谷由人・現民主党政調会長代行が厚労省の人選を丸のみせず、独自の委員を加えた。政権中枢で多忙を極める仙谷氏は今回の選考に関しては前号でも触れた大島一博・内閣官房長官秘書官に丸投げしている。仙谷氏に悪意はないが、政治主導は機能しなかった。

 ヒアリングはさながら嘉山氏への「査問」の様相を呈した。大半の委員は病院の黒字化や内閣府による独立行政法人評価でナショナルセンター中最高だった実績には無関心。
 「中央社会保険医療協議会(中医協)委員を兼任していて本当に改革ができるんですか」──そんな厚労省好みの質問が相次いだ。
 席上、40代の中堅医師が数多く辞めていることが問題視された。冒頭の人物も「嘉山先生は内紛を押さえ切れていない」と口にしている。
 「私の知っている医師は都内大学病院で講座を立ち上げるために国がんを出た。教育者を自認する嘉山氏は戦力ダウンにもかかわらず、温かく送り出しています。人材流出の原因を作っていたのはむしろ一部の幹部。執拗ないじめを繰り返し、権力には日和る人物がいる」(事情通)
 「国がんで人材の層が薄いのは嘉山氏のせいではない。先代までの歴代総長と医系技官の不作為の影響が今も大きい」(前出の教授)
 嘉山氏は理事長就任以来、理事会のメンバーや総合内科創設、連携大学院などを通じ、学界中枢との合従を進めてきた。だが、今回の人事でアカデミアが嘉山氏の救済や支援に動いた形跡は見られない。
 「学界主流は嘉山氏を『がんの専門家』とは見ていなかった。評価はあくまで冷淡です」(同前)
 嘉山氏は結果的に2年間、中央病院長を兼任し続けた。「現場」を失いたくないから、と説明している。これに疑問を投げ掛ける向きがある。
 「2年の任期では酷ですが、国がんにはがん医療の旗艦として全国のがん医療を牽引していく役割がある。その面では道半ばの感は否めません。嘉山先生をもってしても、駄目だったかと言ってもいいでしょう」(医療政策プランナー)
 嘉山氏の前職は山形大学医学部長。あえて国がん理事長という賭けに打って出る必要はなかった。一度は断ったものの、政治の要請に応えて2年間に出馬したのは、独立行政法人改革のモデルを作るためだった。
 特別会計改革や高級官僚の天下り・渡りとも関連してくる問題。嘉山氏が追い風に乗って改革者であり続ければ、国家の病巣にもメスが届いていたかもしれない。それは民主党の理念にもかなうものだったはずではないか。
 理事長就任以来、徹底した情報開示を進め、旧運営局を廃し、厚労省主導の回り人事も断った。
 「ノンキャリア官僚の天下り企業も切った。これが予想外の反発を招いたようです」(国がん関係者)
 6つのナショナルセンターを束ね、現場視点の政策立案を図る「日本版NIH構想」は厚労省の既得権益ともろにぶつかる。嘉山氏の一挙手一投足が省庁にとっては常に「煙たい」ものだったに違いない。
 「厚労省支配の打破だけでも、普通の人間にはできないこと」(同前)
 独法改革の先には「何を国が持ち、何を民営化するか」の議論もあったはずだ。だが、厚労省が巻き返す中、嘉山氏が放逐されたことでそうした機運が減退する恐れがある。
 嘉山氏最大の功績は明確に「患者志向」を打ち出したことだ。独法化以前のよどみきった築地の空気を知る者ならば、誰しもこの偉業は認めざるを得ないのではないか。「すべての活動はがん患者のために」のスローガンは伊達ではなかった。
 「嘉山理事長以前、国がんでは症状の重い患者や合併症の患者は受け入れないことがあった。『1週間あげるから、出ていってくれ』といわれた患者もいます。嘉山氏はそれを知った上で取り組んだ」(同前)

厚労省は「勝ってはいない」

 今回の選考は徹頭徹尾、厚労省医政局、とりわけ医系技官の絵図で進んだ。民主党が野党時代から掲げていた政策や理念は少なくとも国がん改革に関しては大きく後退している。医系技官は「勝った」のか。
 「医系技官は首尾一貫自分たちの『シマ』として国がんを持ち、下りてくる資金をより分けたいだけ。後任はみこしが軽ければ誰でもよかった。短期の利益をあさり、長期的な繁栄を無にしている」(前出教授)
 嘉山氏にこの言葉を贈りたい。
 〈行蔵は我に存す、毀誉は他人の主張、我に与らず我に関せずと存候〉(勝海舟)──この記事も所詮は「他人の主張」かもしれない。嘉山氏の「行蔵」は注目に値する。

2012年3月 1日 09:45 | 厚生労働省・政治・政治報道

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