FUTURE DESIGN and NAVI
FUTURE DESIGN 最新号 ELEVATOR NAVI 最新号 NAVI-Library Back Number
 
 
Project member 建築家 太田浩史氏 × 東芝エレベータプロジェクトチーム
 
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低重力のメリット・デメリット merit de-merit  
■メリット ■デメリット
・従来のような釣り合いおもりが不要に
・モータ出力が少なくなる
・ロープ本数を減らせる
・安全装置のランクダウン
・かご構造(強度)のランクダウン
・大容量エレベーターの実現
・メンテナンス性が良くなる
・据付が楽になる
・ドア開閉速度を速くできる(モーターの負担減)
・乗り心地が悪化(フワフワ感、振動大)
・加減速に6倍時間がかかる
・手すりが必要になる
・ホール呼びに対し通過してしまう可能性がある
・降りる階を早めに指定する必要がある
 では約上下1kmの月面都市の垂直交通手段となる月面エレベーターはどのようなものになるだろうか。まず太田氏から、ケージが建物の内部でなく壁面を移動する案が提示された。市街を水平移動してきたケージは、建物外壁にぶつかったところで垂直方向に切り替わり、上下の階層に向けて垂直移動する。壁には多数の垂直移動用のガイドがあり、目的の階層に着いたケージはふたたび水平軌道にリリースされていくというものだ。
 水平移動と違い、エレベーター部分は各階層間を行き来するだけなので、運行速度はすべて同じでいいと考えた。動力はやはりレーザー推進とするが、各階層当たり240m(サンシャイン60と同程度)を昇降しなければならないため、安全のためにガイドシャフトを設けてケージをしっかりと保持することになった。シャフトを透明にすれば、壁面の景観に表情を加えることもできる。
 こうして月面交通の大まかな姿が見えてきたところで、プロジェクトチームは低重力環境のメリット、デメリットを検討してみた。
 まずメリットとしては、ドア開閉など各種モーターの負担減、据付やメンテナンスで発生する機材の運搬などが楽になることなどが考えられた。「治工具が軽くなるのはいいですね」(長谷)。「現場で工事をする人は、片手に100kg、両腕で200kg、これで歩けるようになって一人前という話もあるくらいですから(笑)」(前田)。シャフトの建設にしても、大部分をモジュール化して軽々と運搬・設置することが可能になりそうだ。
 しかし一方で、低重力はエレベーターにとって決定的な問題点を持つことも予想された。通常のエレベーターでも振動が大きくなると、乗り心地が悪くなることもあるが、より問題になるのが加減速のスピードである。結論を先に言えば、月面で地球と同様のエレベーターの乗り心地を実現しようとすると、加減速に6倍の時間がかかってしまうということだ。
 例えば、地球で不快感を与えない一般的なエレベーターの加速度は0.85m/秒とされる。これは重力加速度(9.8m/秒)の約10分の1。もしも重力が地球の6分の1の月面で、地球と同じエレベーターの加速度で運行すると、乗客はスタート時には必要以上の負荷を感じ、ストップ時には「急ブレーキ」状態となってふわりと浮いてしまうことになる。すなわち加減速に地球の6倍の時間をかけなければ、重力加速度とのバランスがとれないというわけだ。
 このようにケージの乗客の快適性を考えると、急な加減速はできなくなる。短い上下移動の場合、エレベーターが定常速度に達する前に減速しなければならない場合も出てくる。技術陣の試算によれば、通常の6分の1の加速度(0.14m/秒)でエレベーターを運行した場合、1階床(階高6m)の移動には13秒かかることになり、この時、最高速度は分速約60m(3.6km)となる。また都市の1階層分(240m)の移動には83秒かかり、最高速度は分速約372m(時速約22km)となる。
 運行時間が地球上に比べて約2倍かかることを考えると、だいぶ遅く感じられるはずだ。
 加減速に時間がかかるということは、一方で希望の階で乗り降りするためには、ホール呼びも、降りる階の指定も、かなり早めに指定しなければならないことになる。速度自体が出せない上に、なかなか希望の階で停まらない……意外なところに問題点が待ち構えていた。
 待ち時間と運行時間が長いということで、定期的に複数のケージを1枚のスラブ(床板)に格納してまとめて移動させる「マルチケージエレベーター」の案も出た。スラブには展望台のようにテーブルやベンチを設け、運行中は各ケージから外に出てコーヒーを飲んだりできるようにする。「その間に手もみマッサージなんていいかもしれない(笑)」(渡部)。いずれにせよ、月面での「乗り心地」の問題は、地球とはまったく別の視点が必要になることが判明したことになる。
「こういうことを一所懸命やっていると、映画会社から引き合いが来るかもしれませんね(笑)」と太田氏。結局、最後にプロジェクトチームが直面した問題は、「低重力」という月面の生活にとって最も基本的であるはずの条件だった。
 G(重力)が少ない分、水平移動と垂直移動を融合させたフレキシブルなエレベーターを構想することができる。しかし、それは同時に多くの新たな課題を抱え込むことになる。もちろん、近未来のエレベーター技術者たちはそうした課題に斬新な回答を編み出しているはずだ。

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