WiLL20086月号

石破防衛大臣の国賊行為を叱る

渡部昇一 上智大学名誉教授

 

 イージス艦事故が起こってからというもの、自衛隊は弛んでいるということがよく言われています。確かに、この事故の前にはイージス艦の機密漏洩という死刑にしてもいいくらいの不祥事も起こっており、たいした処罰もなく忘れられています。

 この弛みの原因について言っておきたいことがあります

 中国共産党系の新聞「世界新聞報」(129日)に、駐日記者が石破防衛大臣の執務室でインタビューをした内容が掲載されています。これは写真と共に世界中に配信されました。石破防衛相の発言は左記(※下記)の通りです。

《私は防衛庁長官時代にも靖国神社を参拝したことがない。第二次大戦の時に日本の戦争指導者たちは、何も知らない国民を戦線に駆り出し、間違った戦争をした。だから私は靖国神社に参拝しない、あの戦争は間違いだ、多くの国民は被害者だ》

《日本には南京大虐殺を否定する人がいる。30万人も殺されていないから南京大虐殺そのものが存在しないという。何人が死んだかとか大虐殺があったかは別問題》

《日本には慰安婦についていろいろな見解があるが、日本軍が関与していたことは間違いない》

《日本人が大東亜共栄圏の建設を主張したことは、侵略戦争に対する一種の詭弁だ》

《(中国は日本に対する脅威であるから対中防衛を強化せよという人たちは)何の分析もしないで、中国は日本に対する脅威だと騒いでいる》

《日本は中国に謝罪するべきだ》

 現役閣僚がこのような発言を、中国共産党系の新聞において行ったということは信じがたいので、『WiLL』編集部から石破防衛大臣に確認してもらいました。石破事務所からの回答は左掲(※下記)のようなものです。

 この石破事務所の回答からは、発言内容に対して全く悪びれていないということが読み取れるので、驚愕に値します。

 

石破事務所からの回答

石破防衛大臣の「世界新聞報」独占インタビュー記事について、編集部より石破事務所に問い合わせたところ、下記のような回答があった。

問 129日付け「世界新聞報」に石破防衛大臣の執務室での独占取材内容が掲載されているが、この取材は実際にうけたものか。

答 実際に受けたものです。

問 いつの時点で取材を受けたのか。

答 平成191121日(水)に取材受けいたしました。

問 掲載されている内容は、石破防衛大臣が話した事実に即しているのか。

答 インタビューを先方が記事にまとめたものですので、事実に即していないと言うほどではありませんが、事実そのままでもありません。

問 記事が事実に即していない場合、それに対してなんらかの対処をされたか。

答 前の答えの通り、どのマスメディアでも発言を加工することはありますので、特段対処というほどのことはしておりません。

 

国家名誉褫奪罪(ちだつざい)を

 石破発言は世界中に配信されたにもかかわらず、外務省も防衛省も何らクレームをつけていません。

 万が一、幸運にも石破防衛大臣が先のような発言をしていなかった場合、日本政府は全力でクレームを入れ、発言を正さなければならない。

 なぜなら、大東亜戦争に日本が追い込まれた一因は、日本発とされた情報を政府が正さなかったからです。

 戦前、日本が世界征服をもくろんでいる旨の内容が書かれた「田中上奏文」という有名な偽メモが世界中に出回りました。それを見たルーズベルト大統領は何としても日本を叩かなければならないと決意したと伝えられています。

 ご存知のように、このメモには昭和2年に開かれた会議の様子が書かれているのですが、そこに山県有朋が出席しているのです。田中義一は長州閥で首相になった人ですから、その親分格の山県有朋が大正11年に亡くなったことを知らないわけがない。だから「田中上奏文」には信憑性がありません。東京裁判でも証拠として認められませんでした。

 最近の研究では、この偽メモはコミンテルンがモスクワで作って世界中に広めたとされています。日本政府が情報を正さなかったために、世界中から日本の世界征服を疑われるはめになった。

  また、最近の例では「従軍慰安婦」問題を挙げることができます。米下院に日本非難決議を提出したマイク・ホンダ議員が来日した時、「なぜ、ありもしないこ とを非難するのか」と尋ねられ、「官房長官は謝っているじゃないか」と言いました。「河野談話」について言っているのでしょうが、つまりは一度、謝って言 質を取られたら後々まで尾を引くということです。

 ですから、間違った情報は即座に否定しなければならないし、簡単に謝るべきではない。

 話を元に戻すと、「中国に対して謝罪すべきだ」と言うような防衛大臣が指揮をする中で、日本の自衛隊が奮い立てるでしょうか。本当にこの内容を話したのであれば、これは国賊行為です。

 真珠湾攻撃から50年経った1991年、私はハワイ在住の日系人の式典に出席したことがありました。その時、アメリカのテレビ番組を見ていたら、ブッシュ(父)大統領が原爆投下について尋ねられ、「Im not sorry.(私は後悔していない)」と発言した。たとえ、ブッシュ大統領が原爆投下についてどのような思いを持っていたとしても、アメリカ政府としてはこう発言しなければならないのです。

 つまり、他国に簡単に謝罪するような人間は、大統領はおろか、閣僚にも絶対になれません。それが諸外国では当たり前です。

 しかし、日本には国賊行為を罰する法律がない。私は「国家名誉褫奪罪」を作るべきだと思います。投獄したり財産を没収するのではなく、国から贈られた名誉を剥奪すべきです。

 石破防衛大臣は現在の自衛隊の装備などの「武器そのもの」には詳しいのでしょうが、防衛大臣どころか日本国民としての歴史観はゼロだと言える。このことを我々は知らなければなりません。

 

洗脳された歴史観 

 この石破防衛大臣のような人を生んだ背景に、戦後日本の一番の問題があります。それは占領軍による日本人へのギルト・コンシャスネスの植え付け、すなわち日本人に罪悪感を与え、日本から正統な歴史を奪うプログラムです。

 そのために占領軍は様々な占領政策を施し、それが日教組を通じて、左翼の教育関係者や言論人に行き渡り、彼らがそれに乗って、戦後の日本を洗脳し続けてきた。

 その結果として、石破防衛大臣の世代があります。

 20年前くらいから、私が出席している様々なシンポジウムで出会う高級官僚らも、石破防衛相ほどではっきりとではありませんが、「昔の日本は悪かった」という方向から発言していました。すると限りなく発想が卑屈になります。

 アメリカに対しては彼らが原爆を落としたこともあり、「アメリカだって悪いではないか」という意見が出ますが、中国に関してはひたすら悪かったと言い続けるような外交官が主流を占めました。

 また、中国に関して謝罪し続ける宮澤喜一氏や加藤紘一氏のような政治家は、日本の政界で失脚しない。河野洋平氏は「河野談話」によって国の名誉を偽りによって売り渡しながらも、現に立法府の最高責任者である衆議院議長に居座ったままです。

 日本を貶めながらも彼らが堂々と生き残っていられるのは、すべて韓国、中国に関係する問題だからです。特に中国に関する問題は、日本はそれが事実無根であっても平謝りに謝るしかなくなってしまっている。石破大臣の発言がよい例です。

 では、日本がなぜ中国に平謝りに謝らなければならない事態に陥っているのか。これは東京裁判史観によります。この洗脳された歴史観を払拭しない限り、日本の対中外交は謝罪し続けるしかなくなるのです。

 

パル判決書、半分は昭和史

 何度でも言いますが、東京裁判は国際法に基づいて行われたものではなく、検事が日本を告発しようと思った項目に沿って、占領軍の参謀部と相談して、いわゆる東京裁判条例を作って開かれました。東京裁判条例自体が日本の昭和史を裁くのに都合のよい項目を立てたものです。

 これに従えば、なんといっても日本の大陸政策が悪だということになる。第一次、第二次上海事変、張作霖爆死事件、満州事変、シナ事変が重要とされ、死刑になった板垣征四郎、松井石根、土肥原賢二、武藤章、大陸に関係した任についていた人たちです。

 東京裁判の弁護団が優秀だったために、アメリカがはじめに告発しようとした真珠湾攻撃などは問題にできなくなった。アメリカは大きく取り上げようとしていたようですが、調べてみるとそれほどの罪を問うことができず、結果、真珠湾攻撃で死刑は出ませんでした。

 ですから残ったのは中国問題、つまり日本の大陸政策だったのです。

 重要なことは、昭和3年以降の日本を理解するための歴史観が二つあるということです。

 一つは、「日本は悪。特に中国、満州などのアジア政策が悪かった。その際、蒋介石を助けるためにアメリカが介入した」という東京裁判史観。

 もう一つは、東京裁判のインドのパル判事に代表されるパル史観です。パル判事の判決書は膨大であるため、なかなか全てに目を通した人がいないようですが、判決書の半分以上は日本史、つまり昭和史です。

 なぜならば、検事の論告が「昭和3年以来、日本は共同謀議によって戦争に至った」というもので、日本の政治、軍事にわたるすべての正規の組織を告発しているからです。

  これはドイツのニュルンベルク裁判がナチス党だけを主として裁いたのとは全く異なります。ナチス党の歴史は短く、関係した人物も明確にわかります。しかし 東京裁判の場合、日本の正規の組織すべてが共同謀議を行ったと告発された以上、これを覆すためには全昭和史を知らなければならなかった。

 それをパル判事はやりました。日本に滞在している間、パル判事は帝国ホテルから一歩も外に出ず、日夜勉強されたといいます。

 

西部氏は理解していない

 パル判事は、国際法と事実の両面から論告を覆しました。私はこのパル判事が結論づけた事実、つまり史実の面が特に重要だと思っています。

 このパル史観について、西部邁氏が中島岳志著『パル判事』(白水社)を元に、「パル氏はガンジー主義の平和論者である。その平和論者が東京裁判批判を是とするわけがなく、東京裁判の批判のためにパル判事を利用するのはけしからん」という主旨のことを執筆されています。

 しかし、この文を読めば西部氏がパル判決書を一文も読んでいないことがよくわかる。パル判事の判決書は、検事が取り上げた事実、つまり日本史の検証を一つひとつ非常に丁寧に行ったものです。

 西部氏は保守論壇の方ですから保守の中で喧嘩するつもりはありませんが、影響力の大きい方だからこそ敢えて言っておきます。重要なことは、西部氏は近代裁判の本質をも理解していないということです。

 30年戦争に終止符を打った1648年のウエストファリア条約以来、文明国においては確立された近代国際法、裁判の本質というのは次のようなものです。

 ウエストファリア条約はドイツのミュンスターで締結されました。私はミュンスターに留学していましたが、そこはカトリックの中心地です。ですから、学生の多くもカトリックで、私の寮(コレーグ)もカトリックの寮でした。

 寮の中でたまたま法律専攻の学生と話した時、私は「カトリックでは堕胎に反対で、生命の起源は受胎の瞬間だけれども、もし堕胎してもよいという法律のある国で非常に信仰深い裁判官がいた場合、どういう立場を取るのか」と聞いたことがあります。

 すると彼はあざ笑うかのように、「そんなことは何も問題ない。裁判官は公のものであるから自分の信念、信仰は関係ない。法律によって裁くだけである」と言いました。

 これは啓蒙主義以来そうであるということで、啓蒙主義以来というのはウエストファリア条約以来ということです。

 

裁判はパブリック 

 カントの論文に「啓蒙とはなんぞや」というものがあります。その中に、「いかなる大きな宗教団体に属そうと、宗教とはプライバシーである。これに反し、国政や裁判はパブリックである」という主旨の一節がありました。

  これは確固たる文明国のルールですが、日本だけが例外で、内村鑑三の弟子だったらしい藤林益三という最高裁判所長官までが「日本人の宗教は幼稚で野蛮であ る」という主旨の日本人を侮蔑した発言を裁判官としています。それを受け継いだような裁判官が今でも多数おり、傍論でそういった発言を付け加えることが時 々あります。

 裁判官が個人の信念で、日本人の大部分が二千年もの間にわたって信仰してきたものを侮蔑するような発言をするという文明国にあるまじき風土であるから、西部氏も同じ間違いをすることになる。

 西部氏個人はよい人だということを知っていますが、しかし、近代裁判への無知が一人歩きし、日本の歴史観に影響を及ぼすことは許されません。事実、中島氏がパル判事の伝記を書いてからNHKでも特集され、「パル判事はガンジー主義者であったから原爆に対しては非難したが、日本の戦争を肯定したわけではない」という主旨で放映されました。

 これはとんでもない間違いで、パル判事は「A級 戦犯の被告の全員は東京裁判検事側起訴状のあらゆる点で完全に無罪だった」ということを言っておられます。もちろん、パル判事はガンジー主義者で戦争自体 を憎んでいます。しかし、その信条とは別に、国際法と歴史的事実のものさしだけで、裁判官として東京裁判の起訴状のすべての点について日本の無罪を証明し ているのです。

  ですから、戦後に日本が独立回復を果たした時、パル判事に「非常に公平な裁判をしてくれてありがとうございました」と感謝した人がいたのですが、それに対 してパル判事は「とんでもない。私は日本の味方をしたわけではありません。国際法と事実に基づいて判決を下しただけです」とピシャリと言っておられます。

 

満州独立とチベット

 では、パル判事が国際法と事実に基づいて下した判決、つまりパル史観とはどのようなものか。パル判事の日本の大陸政策に関する判決部分だけを説明しておきたいと思います。

 パル判事がまず指摘したことは、正式な国際法で締結したことを再び国際法で裁いてはならないということです。

  ソ連が日本を侵略国だと言い、検事も判事も送り込んできましたが、「日本は正式な条約によってソ連との関係は清算している」というのがパル判事の判決で す。張鼓峰事件、ノモンハン事件が終結しているばかりか、日ソ中立条約まで締結している。だから大陸に関して、ソ連は発言権がないという主旨のことを言っ ています。

 満州に関しては、満州事変の元となった張作霖爆死事件について、「神秘的な事件である」というリットン報告書に基づくべきだとしています。

 張作霖爆死事件の直後にやってきた五カ国の代表によりリットン調査団は、その五カ国は決して親日ではないにもかかわらず、「張作霖爆死事件は神秘的な事件である」と報告しています。

 だからこそ、パル判事は「我々はリットン報告書を超えて事件を裁くことは出来ない」としているのです。

  張作霖爆死事件は、今ではソ連の秘密警察関係の工作員が引き起こしたということが証明されています。工作員の証言によれば、張作霖が乗っている車両に爆弾 を持って行き、爆発させたという。ですから車両の天井が吹っ飛んでいます。もし、日本軍が仕掛けたのなら、車両の下が吹っ飛ぶはずです。

 ですからパル判事が「神秘的だ」と言うにとどめたのが正しく、今から見れば明らかに日本軍の陰謀ではありませんでした。

 また、満州の独立に関しては、残念ながらジョンストン著『紫禁城の黄昏』が東京裁判の証拠として不当に却下されたため、パル判事はこれを使えませんでした。

 それでもパル判事は、「満州は独立した。それを20数カ国が公式に承認している」と言っています。実際、いまでこそ独立国は160数カ国ありますが、当時の独立国の数は非常に少なかったため、20数カ国の承認であれば世界中のほぼ半分が承認したも同然でした。

 面白いことに、ローマ法王庁やソ連、蒋介石も承認しています。認めなかったのは、大陸に関係がないはずのアメリカやイギリスでした。

 ですからパル判事は明確に、「満州の独立は承認されている」と言ったのです。

  今、チベット問題が起こっていますが、チベット独立と満州独立とが全く異なる状況だと言えるでしょうか。満州の正統な皇帝である溥儀は、生命の危険を感じ て日本の公使館に逃げ込んできたのです。そして、先祖由来の土地に満州族による満州国を建設したいという希望を日本が手伝った。だから、大臣もすべて満州 の人か清朝(満州王朝)の延臣たちでした。世界中がこのことをわかっていない。

 

不戦条約違反ではない

 大東亜戦争中のシナに関しては、「日本はワシントンで締結された9カ国条約違反だ」ということもよく言われます。9カ国条約とは、1922年にアメリカ合衆国、イギリス、オランダ、イタリア、フランス、ベルギー、ポルトガル、日本、中国で締結した条約で、ここではシナ権益の保護をはかったものだと説明するのが適当でしょう。シナのためのマグナカルタと言われたくらい、シナに有利な条約でした。

 後に日本はこの条約から脱退したので、日本は非常に悪いことをしたように言われました。

 これについてパル判事は、「9カ国条約には期限が設けていなかった」ということを指摘しました。普通、条約にはそれを遵守すべき期限が設けられています。日英条約は10年ごとに見直ししましたし、日米安保条約は毎年見直しています。

 しかし9カ国条約には見直しの期限がなく、半永久的で、そういう条約には「事情変更の権利」がある。つまり、事情が変われば見直ししてもかまわないということです。

 パル判事は日本を囲む事情が変わったという主な理由として、9カ国条約に加わっていなかったソ連が強大な陸軍を作ってシナ・満州の国境に派遣したこと、中国共産党の活動、9カ国条約に背いてシナが軍備拡張していること、また日本人に対するボイコットを挙げています。だから日本が9カ国条約から離脱したのは国際法的に罪を犯していることにならないと言っています。

  また、日本が不戦条約に従わずに戦いを始めたことに対しては、この条約(主唱者の名を取ってケロッグ・ブリアン条約とも言われます)の中心人物のケロッグ が、アメリカ議会での説明で、「自衛戦争は不戦条約違反にならない。自衛か否かは主権国家が決める権利がある。侵略とは国境侵犯のみならず、経済的圧迫も 含まれる」という主旨のことを言明していることを指摘して、日本は不戦条約違反ではない、と結論しています。

 さらにパル判事は、昭和16128日のパールハーバーが起こるまで、日本もシナも宣戦布告をお互いにしなかったことを指摘しています。

  宣戦布告をお互いにしなかったのは、宣戦布告をして戦争状態に突入すると中立国との貿易ができなくなるからです。日本は貿易できないだけでしたが、蒋介石 はアメリカからもイギリスからも武器の援助を受けられなくなるから、もっと差し迫った状況でした。だからお互いに宣戦布告しなかった。

 そもそも宣戦布告していない中で、中立国であるアメリカが蒋介石に武器の援助をしてはならないのですが、それをアメリカはやっていました。

 シナ事変が始まったのは昭和1247日の盧溝橋事件だと言われていますが、厳密に言えば、蒋介石が日本に宣戦布告した昭和16128日です。

 パル判事は、このようなことを指摘し、日本に無罪判決を下したのです。このパル史観から見れば日本が謝り続けなければならないという根拠は全くなく、むしろ満州国の正当性さえ出てきます。

 

石破大臣は辞任すべき

 石破防衛大臣は、先に述べたような日本の大陸政策の他に、「南京大虐殺」について認める発言をしていますが、これについては勉強してくださいとしか言いようがない。

 すでに、あらゆる厳密な資料が発掘されて、市民虐殺はゼロに近いことがわかっています。また、大量虐殺をするためには、上からの命令がなければなりませんが、松井石根司令官の命令は明確に厳格に「軍規を乱すな」ということでした。

 南京入城後もシナ兵が市民に化けて便衣兵となっていた混乱の中ですから、命令から逸脱する者が幾人か出たこともあったでしょうが、組織的に虐殺したということはない。

 そして石破防衛大臣は、当時の政府の調査で正式に認めなかった「従軍慰安婦」までも認めています。

 この「従軍慰安婦」については、困ったことに安倍前総理までもが認めたかのようになってしまっています。これは、当時の外務省が悪い。

 外務省のアドバイザーたちは、「売春などというのはどのみち、今の世の中では通用しないのだから、弁解しないで謝ることで穏便にすましたほうがいい」と言ったようですが、結果、穏便どころか首相が謝罪した形になり、日本民族の重大なる恥として固定化しつつあります。

 ここからわかることは、外務省のアドバイザーは重要なことを認識していないということです。「従軍慰安婦」問題は「戦場での売春」ということではなく、「日本軍は20万人もの若い朝鮮の女性を拉致し、セックスレイブにした」ということを問題にしているのです。拉致して奴隷にしたことが問題にされている。この認識が全くなく、事なかれ主義を地でいっている。

 石破防衛大臣にしても、外務省にしても、東京裁判史観に侵されているからこそ、中国に対してひたすら謝罪し、日本を貶める発言を続けているのだと言えます。

 中国軍幹部は先日、米太平洋軍のキーティング司令官に上院軍事委員会で、「空母を開発するから、太平洋のハワイから東部を米国がとり、西部を中国がとるというのはどうか」と提案しています(312日付け朝日新聞)

  ここに日本の存在は全く無視されている。このような中国という国を相手に、石破氏のような防衛大臣率いる自衛隊がどうやって奮い立てるのか。中国共産党系 の新聞の独占インタビューを受け、「謝罪すべき」という言質を取られれば、中国政府のプロパガンダに使われることは疑う余地もありません。言質を取ること で相手国の首を締めていく中国がこれを見逃すわけがない。

 自衛隊は謝罪しながら国防に当たるのか。そんなアホなことを防衛大臣は部下に要求するのか。

 しかも、石破氏は現役の防衛大臣です。10年 以上、軍事費を二桁成長させている中国に対して、朝日新聞も驚くような「謝罪外交」をする人物に日本の防衛は務まらない。辞任すべきでしょう。石破氏が防 衛大臣では「日本が“自分が悪い”と思っているなら尖閣を寄こせ」とばかりに中国軍が出てきて東シナ海、果ては沖縄まで獲られる可能性がある。

 日本の対中外交における諸悪の根元は、すべて東京裁判史観にあります。対中外交を正常化させるためには、日本の政治家や高級官僚たちがパル判事の判決書に沿った歴史認識を持つことが重要です。

 パル判事は後に、「東京裁判は原爆よりも永く日本人を傷つけるであろう」という主旨のことを言っていますが、今回の石破発言を見ると、正にその通りですね。 inserted by FC2 system