DOL特別レポート
【第124回】 2011年1月6日 

労働政策の基本は「人は守るが、雇用は守らない」
元スウェーデン財務大臣 ペール・ヌーデル
~スウェーデンはいかにして経済成長と強い社会保障を実現したか。日本そして世界への教訓(第2回)

2004年から06年に、スウェーデンの財務大臣を務めたペール・ヌーデル氏の特別寄稿の第2回を掲載する。

政治・経済とも閉塞感の強い日本に対し、高い成長と充実した社会福祉を実現している国の一つが、北欧のスウェーデンである。スウェーデンは、1990年代にバブルの崩壊で、日本をも上回る金融危機を経験した。日本との違いは、その90年代に税制、財政、福祉、年金制度について、「世紀の大改革」と呼ばれる構造改革を敢行したことだ。もちろん、社会保障も含めた国民負担率は65%と日本の39%を大きく上回るが、国民はこのスウェーデン・モデルを支持している。いまや同国は高福祉・高負担の停滞した国ではない。

前回(2010年12月17日掲載)は、時代認識、改革の狙いと成果を中心に述べたが、今回はスウェーデン・モデルのどこに競争優位性があるのかについて語る。(※本寄稿は昨年11月中旬に日本総合研究所主催で行われたシンポジウムおけるキーノートスピーチを要約した。詳しくはこちらを参照)。

ペール・ヌーデル/1963年生まれ。法務省勤務を経て、94年国会議員に初当選。97~2002年社会民主労働党政権で首相筆頭補佐官、02~04年政策調整担当相、04~06年財務相を歴任

構造改革の結果得られた
6つの競争優位性(続き)

前回の②「開放的な経済政策」に続く

③信頼できるソーシャルブリッジ
スウェーデンの3番目の競争優位性について、話を移していきましょう。それは信頼のできるソーシャルブリッジを、どうやって作っていくかということです。国際競争の結果、企業が破綻しますと、失業が増えます。

 ソーシャルブリッジとは、経済構造の転換によって発生した余剰人員が新しい就業機会をつかむことができるようにしてあげることです。その際、彼らを新しい状況に適応させるためのコストは極力抑えます。重要なことは、このソーシャルブリッジとは、労働者の保護であり、雇用の保護ではないということです。

 ソーシャルブリッジは三つから成り立っています。第1点目は生涯学習です。良い教育というのは、いろいろな産業において、さまざまな職を見つけることができる機会を人々に与えます。私たちはプレスクール(就学前教育)から大学まで、さまざまな教育の機会を提供しなければなりません。しかし、それだけでは答えになりません。

 もう一つは、人々に対して何回かのチャンスを与えなければならないということです。例えば高校を中退したとしても、20代、30代、またそれ以降でも、もう1度高校の勉強をしたいと思ったときに、それができるようにしておかなければなりません。

 また、こういった高等教育は全員に開かれていなければなりません。ほかの多くのヨーロッパ諸国と違い、スウェーデンの場合は、中等教育を修了していれば、大学に入ることができます。スウェーデンの大学においては、女性の移民が今どんどん入ってきています。これは人々を統合する良い方法です。

 教育システムをオープンにする、つまり新規参入者に対して門戸を開くことによって、私たちは経済をより競争力の高いものにすることができます。これから先も、さらに教育と研究に投資し続けていきます。現在、スウェーデンにおけるR&D投資はGDPの4%に達していて、フィンランドなどその他の何カ国かと並んで、世界トップレベルです。

 2点目は、新たな状況に適応していくための保険です。失業、疾病、それ以外の社会的な障害によって、時には財政的な援助を必要とする場合が、人生の中にはあります。そういったときに失業保険、疾病保険といった給付金は、新しい職を見つけるために設計されなければなりません。

 スウェーデンのほとんどすべての社会保障給付は、個人の所得とリンクしています。今、失業中だとしても、これから先また働く意思があることを証明しなければ、この社会保障を受けることはできません。また、シングルマザーにとっても、チャイルドケアシステム(子育て支援制度)がきちんと提供されているので、この方針はシングルマザーにも同じように適用されます。

 そういった意味では、われわれは社会福祉システムというよりは、「ワークフェアシステム」を持っていると言った方がいいでしょう。また別の言い方をしますと、この適応のための保険は、歩いてまた別の仕事に就くために提供される「ブリッジ(橋)」であり、その上にずっと立ち止まっていていいというものではないわけです。

 ソーシャルブリッジの3番目の考え方は、働く人生への再復帰の支援です。長い間、仕事をしてない人たちは、再就職をするにしても、それに必要なスキルをなくしてしまっています。就業に必要な魅力的なスキルを身につけさせるためには、「積極的労働市場政策」によって、労働市場への再参入ができるように支援する必要があります。再訓練のために、われわれはOJT(オン・ザ・ジョブトレーニング)から学校における教育まで、さまざまな機会を提供しています。

 この考え方は、「人」を守るのであって、「雇用」を守るのではないということです。私たちは、その業界を生き残らせるためにお金を提供するのではなく、個人が自分の身を守るために使うことができるお金を提供するという考え方です。つまり、競争が激しくなって、自分の働いている会社が例えば倒産したとしても、自分の人生は崩れないという自信を、人々に持たせなければなりません。

 人々を古い競争力をなくした仕事から、新しい競争力のある仕事に移動させるためのソーシャルブリッジを提供することによって、われわれが変化とオープンな経済を受け入れることが、容易になっているのです。ただ、スウェーデンが変化を好んでいるといえば、それは嘘になります。しかし、おそらくほかの国よりも変化を受け入れることが、可能な土壌となっているでしょう。

労働組合の高い組織率が生む
先進性と社会への責任

④協業の文化
4番目の競合優位性、つまりスウェーデンが持っているコラボレーション=協業の文化に、話を移してみたいと思います。

 数年前、私どもの大手企業の一つ、エレクトロラックスが掃除機を作っている工場を閉鎖することを決めました。ここでは400名が仕事をしており、人口が2万2000人の小さな町の工場でした。ですから、この町に対しての影響度は大変なものです。

 多くの国において、こんなことになると、大変な騒ぎになったでしょう。ストライキがあって、その工場は戦闘的な労組メンバーによって、多分のっとられてしまうでしょう。これはスウェーデンでは起こりませんでした。労組の人たちは、最終的にはその決定を受け入れました。なぜスウェーデンの労組は、このような変化を受け入れることができるのでしょうか。

 二つの理由があると思います。ソーシャルブリッジがあることはもう申し上げました。

 2点目として、労働組合の組織率が高いことによって、組合が非常に先進的であるということです。労働組合に参加していることと失業保険がリンクしているという理由だけではありません。

 現在、労働組合の組織率は80%くらいです。このことによって、非常に強力で、非常に大きな責任を持った労働組合が生まれることになります。別の言い方をしますと、労働組合のメリットを最大限にすると同時に、社会のメリットも最大限にしようという責任が労働組合には生まれてくるわけです。だからこそ、実質的に賃金がほとんど上がらなかったとしても、それによってインフレが低く抑えられるのであればよいといった形で、労働組合は非常に大きな責任を担っているわけです。これによってコラボレーションという伝統が生まれているのです。

⑤ジェンダー平等政策の経済への影響
5番目の競争優位性は、ジェンダー(性)の経済への影響です。いま多くの国々は人口動態的な課題に直面しています。日本もそうです。高齢化により、もっと多くの人が働かなければいけないし、出生率を高めないといけません。

 スウェーデンは、他のヨーロッパ諸国より、高い雇用率を維持しています。その理由の一つとして、女性の労働市場への参加率が高いことが、とても重要な役割を果たしていると思います。これはたまたまこうなったのではなくて、政策の結果です。男女ともに親であることと、それから仕事と育児の両立をしやすいようにした政策の結果なのです。

 最も重要な政策は、1970年代に、公的なチャイルドケアセンター(保育センター)を作り始めたことです。働く親の子は全員そこに入れます。質も高く、保育時間も長くて、母親も父親もフルタイムで働くことができます。フルタイムで利用して、月に200ドルが保育料の上限です。

 二つ目の重要な改革というのは、育児休暇です。親は子どもの育児に13ヵ月の育児休暇が取れます。その間給料の80%が、3400ユーロを上限として、政府から給付されます。

 しかし、その13ヵ月のうち11ヵ月をこえて、1人で受け取ることはできません。となると、父親が少なくとも2ヵ月育児休暇を取らなければいけないのです。父親と母親の間で、子育ての責任をより平等に負担させようということです。

 育児休暇制度は、コストがかかります。大体GDPの1%ほどのコストが、税で賄われています。しかし、この制度の結果、男女の平等が成り立って、高い雇用率が達成されているわけです。

 人口動態的なチャレンジに対して、男女の平等を達成することによって、成長につなげていくわけです。私の考えでは、男女の平等というのは、もっと純粋に経済的な面から議論するべきだと思います。

 それは正義の問題としてのみ論議するだけではなくて、経済的な面から議論するべきだと思います。エコノミストの使命はここにあります。そのメッセージは明快です。男女の平等は、収益性を高め、競争力を生み出します。

⑥環境政策
最後の競争優位性は、環境です。スウェーデンでは非常に早い時点から、政策として、省エネルギーと環境に優しい生産方法に変えてきました。

 この10年間、成長率が高いにもかかわらず、温室効果ガス排出量は、今日のレベルの方が1990年よりも低くなっています。「グリーン」であることは、持続可能な社会の創造の重要な方法であると同時に、経済成長の駆動力であると考えています。グリーンな製品、グリーンな技術の市場は、非常に高い成長を示しています。

 われわれは新技術の研究を支援するだけではなくて、例えば、環境に優しい燃料を使う車には減税をしています。燃料に対する減税だけではなくて、都市部に入る場合には、駐車料も通行料も無料にしています。これによって政府はコストをそれほどかけていないのに、バイオ燃料車や環境対応車が、急速に増えました。

高い成長と
社会正義は両立できる

 ここで、まとめに入りましょう。開放経済、高い教育・研究、強い財政、高い雇用率、男女平等、持続可能な開発、労働市場における協業の伝統、そしてソーシャルブリッジによって、変化を是とする社会ができてきたわけです。

 それが、過去10年の間、スウェーデンがヨーロッパの平均を上回る成果をあげた説明の一端です。しかし、スウェーデンもパーフェクトな社会ではありませんし、問題点はあります。

 一つの問題を申し上げますと、失業率は世界的に見るとスウェーデンのレベルは低いのですが、スウェーデンの基準で見ると、まだ高すぎます。多くのスウェーデン人たちも、本当に今後競争力を維持していけるのかと心配しています。

 親たちは、子どもたちが自分たちより生活水準が下がるのではないかと心配し、低コストの国とその労働者たちが、仕事を奪い取るのではないかと心配しています。しかし、スウェーデンは競争力を維持し続ける必要があります。それ以外に、国際経済の中で成功する方法はないからです。

 その競争力の「レシピ」は何かというと、賃金を引き下げ、減税し、社会保障を削減するしか道はないと、主張する人もいますが、私はそうは思いません。

 スウェーデンはこの10年、高い税で賄われた非常に大きな福祉部門があるにもかかわらず、あるいはそのおかげで、他国よりも高いパフォーマンスをあげてきました。そしてグローバル化によって、このスウェーデン・モデルがさらに強固なものになってきたと信じてます。グローバル化は下方への競争ではなく、上方を目指す競争です。そして、われわれは競争力を維持するために、常にスウェーデン・モデルを発展させなければなりません。

 スウェーデンの経験が示すように、高成長と所得の公正な分配は、両立しないというのは、間違いだと思います。反対に、われわれの経験は、グローバル化の時代にあっても、成長と社会正義は両立できるということを示しています。

 われわれが実行してきたことのすべてが、どこでも同じようにできるとはもちろん思いませんが、ある一部の要素は、普遍性を持っていると思います。より多くの人々が、勇気を持ってもはや競争力を失った仕事から、新しい競争力のある仕事に移ろうとするならば、それだけ国の競争力は高まっていきます。そのために、信頼できるソーシャルブリッジが、社会正義と経済的成功にとって、必須の条件なのです。(了)