日本銀行の「独立性」と「透明性」――新日本銀行法の概要
目次
日本銀行法改正の背景は?
新しい日本銀行法は、中央銀行研究会の報告書や金融制度調査会の答申を踏まえて法案が作成され、国会の審議・議決を経て、平成9年6月18日に公布、平成10年4月1日から施行されました。日銀法改正の背景は、以下のとおりです。
1. 金融の枠組み全体に対する見直し気運の高まり
バブルの発生と崩壊という大きな経済変動の経験は、戦時中の昭和17年に制定された旧日銀法の改正を含め、日本の金融の枠組み全体について見直しを行う契機となりました。
2. 諸外国における中央銀行の独立性強化の動き
諸外国の動きを見ても、欧州では通貨統合に向けて、欧州中央銀行が設立されることとなり、その前提として、各国中央銀行の独立性を強化するための制度改革が行われるなど、中央銀行制度をめぐる議論が活発化していました。
3. 市場化・国際化に対応する日本の金融システムの再構築
経済の市場化・国際化という大きな金融経済環境の変化に即し、戦時中の立法であった旧法を全面的に改正し、21世紀の金融システムの中核に相応しい中央銀行をつくることは、グローバル・スタンダードを踏まえて日本の金融システムを再構築していくためにも必要でした。
日本銀行法改正の理念――「独立性」と「透明性」
1. 独立性
平成10年4月の日銀法改正の最大の眼目は、中央銀行としての「独立性」を法制度としても明確にすることでした。
(1)金融政策の独立性
過去の各国の歴史を見ても、中央銀行の金融政策にはインフレ的な経済運営を求める圧力がかかりやすいことが示されています。物価の安定が確保されなければ、経済全体が機能不全に陥ることにも繋がりかねません。
こうした事態を避けるためには、金融政策運営を、政府から独立した中央銀行という組織の中立的・専門的な判断に任せることが適当であるとの考えが、グローバルにみても支配的になってきています。
新日銀法において、独立性確保がはかられているのは、こうした考えによるものです。
(2)業務運営の自主性
日本銀行の金融政策は、銀行券の発行をはじめ、公開市場操作等の日本銀行の日々の業務を通じて遂行されます。
この意味で、金融政策と業務は密接不可分の関係にあります。従って、金融政策の独立性確保のためには、業務運営についても自主性が与えられていることが極めて重要な点です。こうした考え方に基づいて、新日銀法では、日本銀行の業務運営における自主性は十分配慮されなければならないことが明定されました。具体的な仕組みとしても、旧日銀法にあった政府の広範な監督権限は大幅に見直され、合法性のチェック(日本銀行の行動が日銀法に反するものでないかどうかのチェック)に限定されました。
また、日本銀行が、業務・組織運営を行う上で必要な経費の予算については認可制が残りましたが、認可対象の限定、認可プロセスの透明性の確保が図られており、業務・組織運営の自主性への配慮がなされています。
2. 透明性――金融政策決定過程の透明性の向上
日本銀行の金融政策運営の独立性の強化が国民の支持を得るためには、政策の決定内容や決定過程の「透明性」を高める必要があります。この観点から、次のような仕組みが法制度として取り入れられることとなりました。
(1)金融政策を審議する政策委員会の会合(金融政策決定会合)の議事要旨等の公開
金融政策を審議する金融政策決定会合については、議事要旨を作成し、これを速やかに公表することになりました。また、その議事録についても、10年経過後に公表していくこととなりました。これによって、国民やマーケットに対して、政策決定の背後にある議論の内容やプロセスを明らかにし、アカウンタビリティ(説明責任)を確保することになります。
(2)国会報告等の充実
日銀総裁は、これまでも国会で答弁を行うことが少なくありませんでしたが、新日銀法では、日本銀行は、金融政策に関する報告書をおおむね6か月に1回国会に提出するとともに、それについて説明するよう努めることとされたほか、業務及び財産の状況の説明のために、国会から求められた場合には出席しなければならないことが制度化されました。
また、年1回、業務概況書を作成し、財務諸表・決算報告書とともに公表することになりました。
日本銀行の目的
新しい日本銀行法では、冒頭の第1条と第2条において、以下の2つの目的が法文上で明確化されました。
1. 「物価の安定」
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日本銀行の金融政策の最も重要な目的は、「物価の安定」を図ることにあります。物価の安定は、経済が安定的かつ持続的成長を遂げていく上で不可欠な基盤であり、中央銀行はこれを通じて「国民経済の健全な発展」に資するという役割を担っています。
2. 「金融システムの安定」
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決済システムの円滑かつ安定的な運行の確保を通じて、金融システムの安定に寄与することも、日本銀行の重要な目的です。日本銀行は、金融機関に対する決済サービスの提供や「最後の貸し手」機能の適切な発揮等を通じて、この目的の達成に努めています。
政策委員会
1. 位置づけと権限
(1)最高意思決定機関としての位置づけを明確化
政策委員会は、昭和24年に日本銀行の最高意思決定機関として導入されました。しかしながら、旧法の下では、日本銀行の内部の機関か外部の機関かが不明確であるとの指摘がありました。また、旧法の下では、政策委員会のほか、定款の定めに基づいて、総裁、副総裁、理事から成る役員集会が組織されていましたが、この役員集会において、事実上重要な意思決定が行われているのではないかとの批判もありました。
こうした指摘や批判を踏まえ、新日銀法の下では、政策委員会が日本銀行内部の機関であることが明示されるとともに、定款上も役員集会は廃止され、政策委員会が名実ともに最高意思決定機関として明確に位置づけられることとなりました。
(2)政策委員会の議決事項の拡大
新法では、公定歩合の変更や準備率の変更のほか、金融市場調節方針の決定や金融経済情勢の基本判断等も政策委員会の決定事項とされました。
また、信用秩序の維持に資するための業務や国際金融業務の実施といった業務運営上の重要事項等についても、政策委員会の議決を経るべき事項であることが明確化されました。
(3)業務執行の監督
以上に加え、政策委員会は、日本銀行役員による業務執行が、政策委員会の定めた業務執行の基本方針の通りになされているかを監督する権限と責務も有することとされています。
2. 構成・任命の改正点
(1)経済金融に関する有識者その他の学識経験者から広く選出される審議委員
旧法下での任命委員については、大都市銀行、地方銀行、商工業、農業のそれぞれの分野について優れた経験と識見を有する人4名が選考される仕組みでした。
これに対し、新法の下での審議委員は、このような分野にとらわれず、広く経済金融に関して高い識見を有する者その他の学識経験者の中から選出することとされ、人数も6名に増員されました。
(2)2名の副総裁をメンバーに
旧法下での政策委員会は、総裁の他、4名の任命委員と2名の政府代表委員の計7名で構成されていましたが、新法下では、執行部からは総裁に加え、2名に増員された副総裁も政策委員会のメンバーとして加わることになりました。
(3)国会の同意を得て、内閣が任命する9名の構成員
さらに、政策委員会の構成員となる9名は、総裁・副総裁を含め全て国会の同意を得て、内閣が任命することとされました(旧法下では、任命委員の任命については、国会の同意が必要でしたが、総裁、副総裁については必要とされていませんでした)。
(4)官庁委員制度の廃止
政策委員会に政府代表が委員として入っていた旧来の制度は廃止され、新法下では、政府からは、必要に応じ、金融政策を審議する政策委員会だけに出席することになりました(ただし、政府からの出席者には議決権はありません)。
3. 運営
政策委員会には、金融政策を審議する会合「金融政策決定会合」とそれ以外の事項を審議する会合「通常会合」の2種類の会合があります。
新法では、そのうち、金融政策決定会合の開催を定例化することとされました。
(1)「金融政策決定会合」開催の定例化
金融政策を審議する会議を定例化し、その開催日を事前に周知することは、政策決定のタイミングを巡る市場の無用の憶測・混乱を防止する効果が期待できます。
このため、政策委員会は「金融政策決定会合」を原則として月2回開催することとし、新法施行前の平成10年1月より実施しています。
(2)開催頻度
「金融政策決定会合」が原則として月2回定例的に開催されるほか、金融政策以外の事項(金融システム・決済システムに関する事項、業務・組織運営等)を審議する会合は、原則として火曜日、金曜日の週2回開催されています。
(3)新旧政策委員会の違い
旧法下
新制度
金融政策決定会合
1. 透明性の強化―― 迅速な議事内容等の開示
日本銀行では、「金融政策決定会合」における決定内容や議事要旨を、迅速に国民やマーケットに対して開示することなどにより、「透明性」の強化を図っています。
具体的には、以下のようなスケジュールで、これは、各国の金融政策の決定開示のプロセスと比べても、高い透明性を確保していると言えます。
「金融政策決定会合」運営の仕組み
時期 | |
金融政策決定会合の開催 | 原則として毎月2回(各月最初の会合は2日間にわたって開催) |
決定内容の公表 | 会合の終了後直ちに公表 |
「金融経済月報」の公表 | 各月最初の会合の翌営業日 |
「経済・物価情勢の展望」 (注)の公表 | 毎年4月と10月の2回目の会合で審議・決定の後 |
総裁記者会見 | 会合の終了後 |
議事要旨の公表 | 次回または次々回の会合の3営業日後(概ね1か月程度を目処) |
(注) | 2003年10月以前は「経済・物価の将来展望とリスク評価」として公表していました。 |
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(参考)主要国の金融政策決定会合の枠組み(2005年10月末現在)
日本 | 米国 | 英国 | ECB | ||
会合の名称 | 政策委員会・金融政策決定会合 | 連邦公開市場委員会(FOMC) | 金融政策委員会 | ECB政策理事会 | |
会合の開催頻度 | 原則月2回(常例) | 約 1月半に1回(年8回) | 月1回 | 月1回 (注1) | |
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会合の構成 | 審議委員(6) 総裁 副総裁(2) |
議長 副議長 理事(5) 地区連銀総裁(5) ―― 12地区連銀の輪番(但しNY連銀は常時出席) |
総裁 副総裁(2) 理事(2) 委員(4) |
総裁 副総裁 理事(4) 各国中銀総裁(12)(注2) |
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議事要旨の公表 | ○ | ○ | ○ | ―― | |
(公表のタイミング) | 約1か月後 | 3週間後 | 2週間後 | ―― | |
議事録の公表 | ○ | ○ | ―― | ○ | |
(公表のタイミング) | 10年後 | 5年後 | ―― | ―― | |
政府の関与 (注3) | ・出席権 ・議案提出権と議決延期を求める権利 |
――(政府はFOMCに出席することを認められていない) | ・出席権 | ・出席権(閣僚理事会議長および欧州委員会委員1名) ・議案提出権(閣僚理事会議長) |
(注1) | 2001年11月以降、金融政策に関する決定は月2回開催される理事会のうち、第1回目の会合のみで行うこととなった。 |
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(注2) | ドイツ、フランス、イタリア、ベルギー、オランダ、ルクセンブルク、スペイン、ポルトガル、フィンランド、オーストリア、アイルランド、ギリシャの計12か国。 |
(注3) | いずれの国も金融政策に関し、政府が指示する権利はない。 |
2. 中央銀行の独立性を尊重しながら、政府との意思疎通を制度的に確保
中央銀行が独立して金融政策を運営するに当たって、政府の経済政策の基本方針と整合的なものとなるよう、政府と連絡を密にし十分な意思疎通を図る(新日銀法第4条)ことは必要です。
そのための具体的な仕組みとして新日銀法では、政府は必要に応じ金融政策を審議する政策委員会(「金融政策決定会合」)に出席できるほか、議案を提出することができ、また議決の延期を求めることができる(新日銀法第19条)、という制度が採用されました。
このうち、「議決の延期を求める権利」という制度は、政府が議案の1つとして政策委員会に対し議決の延期を求めることが出来るということであり、議決を延期するか否かはあくまで政策委員会が決定する仕組みです。
こうした制度は、中央銀行の独立性を尊重しながら、政府との意思疎通を制度的に確保するため明確かつ透明性の高い仕組みとして取り入れられたものです。
新日本銀行法の目的実現に向けて
今回の法改正で、「物価の安定」と「金融システムの安定」という日本銀行の目的が明確化されると同時に、それらの目的を達成していく上での独立性も確保されました。
独立性の明確化に伴い、日本銀行の責任はいっそう重くなりました。
もちろん、日本銀行が、内外のマーケットや国民からの信認を得て、21世紀の金融システムの中核に相応しい中央銀行として、その使命を十分果たしていくには、こうした制度改革だけでは十分ではありません。日本銀行自身が、その独立性の強化に伴い、国民に対し重大な責任を負っていることを深く自覚し、不断に自己変革の努力をしていくことが求められています。
私たち日本銀行は以上のような認識に立ち、新日本銀行法によって課せられた目的の実現のためにあらゆる努力を重ねて参りたいと考えております。