京都新聞 記者コラム 「点」
移転10年 湖西支局 箕浦 成克

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 福井県小浜市で水揚げされた、体長1メートルを超す巨魚・シイラを奉納するシイラ祭=写真=は、滋賀県今津町の西部、北生見(きたうみ)と南生見の両地区に伝わる、長寿と豊作を祈る神事だった。ここは、陸上自衛隊饗庭野演習場に隣接。砲弾の爆発音や振動に悩まされ、10年前、北、南の全27戸が町の中心部に集団移転した。

 南生見を代表して移転契約に署名した井上浩一さん(59)は移転に反対した住民の1人でもあった。全戸移転が条件だっただけに、自問した。「住み慣れた故郷を捨てることは、自身を否定することにならないか。過疎で稲刈りや除雪の人手がなくなるなら、移転する方がいいだろうか」。

 移転後、住民の生活は一変した。爆発音から解放され、過疎からも逃れた。田んぼを耕さずに済むようになった。買い物にも不便がなくなった。その代わり「草花の芽吹きを感じなくなり、シイラ祭が途絶えた」。

 2年前、郷土史研究者らから、祭の再現話しが持ち込まれた。生見の出身者たちが話し合ったが、いい返事はできなかった。「いまは百姓をしていない。移転先で、生見の出身者だけの祭ができるか。イベントではないんだ。そもそも生見にいてこその祭ではないか」。

 シイラ祭の祭日は10月9日。いまも、毎年神社跡を訪ねる住民がいる。望郷の念を抱えながら、生見の象徴だった祭は復活しそうにない。(03.7.3)



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