好きな映画を1本だけ選ぶのは酷ですね。葛藤を経てこれを選んだのは、私が漫画で描きたい世界が映像化されていたからです。
冒頭で連なる山々を延々と俯瞰(ふかん)で映した後。カメラは主人公ホークアイがシカを追って疾走する森の中に入っていく。こんなゆったりした描写は漫画ではできないんですよ。もうこのシーンで十分、すぐに引き込まれたんです。
舞台は18世紀半ば、先住民や開拓農民を巻き込み、英仏による植民地争いが激化する北米。英仏軍の理不尽さも、彼らに追い詰められた先住民の苦悩も、この映画はちゃんと見せています。
その中にアクションあり、先住民モヒカン族と英軍人の娘のほのかな恋物語もあり。何も言わず命がけで助けにいく姿にはぐっときました。王道の物語を娯楽映画としてみせた傑作じゃないかな。
え・谷口ジロー
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元々、この時代の北米先住民の生き方に興味があるんです。自然の恵みに感謝し、山や木にも魂が宿るとする精神。ホークアイは白人ですがモヒカン族の育ての親と共に、殺したシカに対して命をもらったことを感謝する。昔の日本人の死生観と似てるのかな、と。
この主題をいつか漫画でと思っていて、「ラスト・オブ・モヒカン」を見て描いたのが『天の鷹(たか)』。会津藩の侍が海を渡り、先住民と共に米政府と戦う物語です。題名もそうだし、ホークアイが持つ長い銃の形や扱い方も絵になると思った。影響受けてます。
映画には知らない世界を伝える強さがある。学ぶことが多いですね。私も、見たことのないものを漫画で描きたいと思っています。
聞き手・河内奈々