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時論公論 「真価問われる原発賠償の和解仲介」2012年09月24日 (月)
友井 秀和 解説委員
【1】
きょうは、原発事故の被害に対する損害賠償がテーマです。
原発の事故で日常生活を奪われ、今も多くの人が、将来の見通しが立たない状態です。
損害賠償が進められていますが、避難生活を強いられている被害者が強く求めてきた、住めなくなった住宅に対する賠償は、ようやくこの秋から本格化する段階です。
被害者と東電の交渉を仲介するために、国の第三者機関が作られて、今月で1年が経ちました。
金額が大きい住宅の賠償は、被害者にとって、今後の生活設計を左右する重大な関心事で、第三者機関が、期待される役割を果たせるか、真価を問われる場面でもあります。
個人への賠償手続きで何が求められているのか、住宅への賠償と第三者機関の役割について検討していきます。
【2】
原発の事故で、今も15万人以上が仮設住宅や借り上げ住宅などでの避難生活を強いられています。
原発事故の、個人に対する損害賠償では、2回、3回と分けて請求しているケースを含めて、
のべ78万件余り、およそ5000億円が支払われていますが、避難にかかった費用や、慰謝料などが中心です。
加害者である東電が作った賠償基準には納得できないとして請求もしていない人も少なくありませんし、全体として、生活を立て直す元手が得られるような賠償にはなっていません。
特に、避難指示を受けている人たちから強い要望があった、住宅の賠償、土地や建物への賠償は、東電が、この秋から、ようやく受け付けを始める段階です。
【3】
<1>
原発事故の賠償問題では、対象になる被害が前例のない規模になるため、1年前、「原子力損害賠償紛争解決センター」という、国の新しい組織が作られました。
東電に、直接、請求すると、賠償金を早く受け取れる可能性がありますが、交渉にあたって、大きな力の差があります。
裁判という道もありますが、時間も金も労力もかかり、負担が大きすぎます。
そのために、作られたのが、原子力損害賠償紛争解決センターです。
センターに申し立てると、弁護士が中立の第三者として間に入って東電との交渉を仲介し、和解案を示して、解決を図ります。
<2>
去年の9月に受け付けを始めて、1年が経ちました。
紛争解決センターができたことによって、慰謝料が増えるケースが出てきました。
最終的な損害額が決まらなくても、一部でもいいから賠償して欲しいという被害者の要望も実現し、成果として評価されています。
<3>
一方で、解決に時間がかかっています。
センターの利用者は増え続け、先月までの1年間に3800件近い申し立てがありましたが、対応が追いついていません。
和解が成立したケースも増えてはいますが、500件余りにとどまっています。
<4>
センターには態勢の強化が求められ、事実関係の確認や、話し合いを仲介する弁護士を、
130人から280人に増やす方針です。
事務処理が追いつかずに、被害者が賠償金を受け取るのが遅れる事態は許されないことで、対応が急がれます。
さらに、東電が、解決を遅らせているという指摘もあります。
被害者の請求に対して、事細かに反論する態度や、和解案への回答期限を守らなかったケースなどが批判の対象になりました。
紛争解決センターの権限を強化して、和解案の受け入れを東電に義務づけるべきだという意見もあります。
東電は、センターの和解案を尊重する方針を打ち出していますが、言葉だけだと言われないよう、和解案を速やかに受け入れる姿勢が求められます。
<5>
そして、東電が解決を遅らせているという批判は、東電にもっと強い態度で望むべきだとして、紛争解決センターへの批判につながってきます。
被害者の関心が高い住宅への賠償で、紛争解決センターが、被害回復に役立つ組織と受け止められるか、期待に応えられるかということは、第三者機関としての存在意義に関わる問題です。
【4】
<1>
住めなくなった家の、土地や建物に対する賠償は、金額が大きく、生活設計に関わります。
しかし、解決は簡単ではありません。
住んでいた家や土地に対する賠償額について、被害者が期待するものと、東電が示した賠償基準とでは、かなりの差があると指摘されています。
もともと住んでいたところに、いつ戻れるのか、あるいは戻れないのかという問題も関わりますし、時間がかかってでも戻りたい人、別の場所で再出発したい人と、求めるものも違ってきます。
<2>
住宅の賠償で、東電は、事故が起きた時点での、土地や建物の評価額をもとに賠償する方針です。
固定資産税の評価額などを使って計算する方法を明らかにしています。
住宅が古くても、少なくとも新築の時の20%分の価値を認めることにしています。
<3>
これに対して、被害者からは、住宅の評価額をもとにした賠償では、住むところを確保できない、という不安や不満の声があがっています。
古い家は、評価額が低くなりますし、住んでいたところよりも、避難先の方が不動産の価格が高いためです。
これまでに住宅に対する賠償金が支払われた数少ないケースをみても、東京に避難して暮らしている部屋の家賃を支払うと、5年分にしかならない、という実例があります。
東京で仕事をリタイアした後、夫婦で自然の中の生活を楽しもうと、福島県大熊町(おおくままち)に家を建てたのに、住めなくなって、広さが半分以下の部屋に住んで5年分です。
「金が欲しいのではない、ずっと暮らせる家を用意して欲しい」という訴えは切実です。
<4>
被害者を支援している、福島や首都圏の7つの弁護団は、東電に対抗して賠償基準をまとめました。
新しい家を建てるのに必要な金額をもとに計算する考え方です。
弁護団は、福島県大熊町(おおくままち)から神奈川県に避難している人のケースを例にあげています。
築46年とはいえ、300平方メートルの土地に、床面積が100平方メートルある家に住んでいた人に対して、東電の基準では、賠償額は840万円余りにしかならない。土地を買って家を建てる費用の全国平均である、3600万円余りを標準にするべきだと主張しています。
この計算方法がどれだけ認められるかはわかりませんが、それぞれの主張に、大きな隔たりがあることは確かです。
<5>
賠償の進め方も問題になりそうです。
東電は、少なくとも5年間は帰れない「帰還困難区域」では、土地と建物の評価額を、全額賠償します。
一方、帰還困難区域より放射線量が低い地域では、当面受け取れる賠償金が少なくなります。
元の家に戻るのではなく、別の場所で再出発したい人からは、すぐに全額賠償して欲しいという要望が出て、争点になりそうです。
<6>
このような難しさがある中で、紛争解決センターは、賠償問題をリードする役割を果たさなければなりません。
東電が賠償基準を示したと言っても、それは、加害者側の主張です。
紛争解決センターには、東電の考えに引きずられることなく、被害者が生活を立て直すことにつながる賠償の実現が求められます。
東電は、住宅の経済的な価値を計算して賠償しようと考えています。
これに対して、被害者は、住むところとしての価値を重視しています。
元の生活を返して欲しい、それができないなら生活できる場所を確保できるようにして欲しい、という気持ちをくみ取ることができるか、センターに問われます。
住宅への賠償は、原発事故に対する損害賠償全体の中でも、一つの正念場です。
前例のない被害に対応して、住むところとしての価値を、賠償額に反映させることができるかどうかが、賠償問題の行方を左右します。
【5】
住み続けるつもりだった家に住めなくなって、新しい家を確保できないという人に、誰が、我慢しろと言えるのでしょうか。
損害賠償は、金にはかえられないものも、金の形にして被害の穴埋めにしようという作業で、どうしても、被害者が求めるものとはギャップが出てきます。
住むところの確保、生活基盤の再建などは、賠償だけではなく、政策として実現すべき課題にもなりますが、平穏な生活を奪われた人が、元の場所に戻れるにしても戻れないにしても、せめて再出発の一歩を踏み出せる賠償が実現するかどうか、重要な局面に来ています。
(友井秀和 解説委員)