衆議院の解散を受けて野田佳彦首相が先週、演説をした。その中に違法の疑いがある表現があった。本日はこの点について視界良好としたい。その読み解き鍵は「政治家は『政治活動』と『選挙運動』をわきまえるべし」である。
野田総理は演説の中で「民主党の公認候補者には次世代を考えた候補者がそろうことになる。…国民の判断を賜りたい」旨述べている。この表現は公職選挙法が犯罪として禁じている「公示前(事前)の選挙運動」に当たる可能性がある。
「選挙運動」とはそもそも何か。それは(1)特定の選挙を意識しながら、(2)その候補者を当選させるため、(3)直接又は間接に必要かつ有利な行為をすることである。
すなわち、特定の選挙を意識しながらその候補者(予定者も含む)を当選させたいと思って、その候補者を当選させるべく訴える行為が「選挙運動」である。要は、来たる総選挙を意識しながら、民主党公認「候補者」を当選させてほしいとの訴えは選挙運動になる。これを公示前に行えば、事前運動として処罰される。
これに対し、「わが党はこういう政策を実行する」などという表現にとどまり、民主党公認候補者(場合によっては民主党)への投票を訴えるような表現がない限り、それは「選挙運動」と異質の「政治活動」であり、いつでも(公示前でも)当然許容される。端的にいえば「政治活動」と「選挙運動」との違いは、1つに「候補者に○○」という表現が見受けられるか否かである。
野田総理は、民主党候補者へ「1票」との直接的・露骨な表現はしていない。しかし、「次世代を考える『民主党公認候補者に』…国民の判断を賜りたい」旨言及している。「民主党候補者うんぬん」というワードを使っている以上、「選挙運動」と評価されかねない。
議員にも公示前の選挙運動を厳密に知らない人がいる。総理が事前運動と疑われる表現をするくらいなので、推して知るべしである。
確かに、公示後の選挙運動期間が短すぎるので、公示前の選挙運動の一律禁止は問題であり法改正すべきとの意見もある。しかし、公示前の選挙運動が犯罪として法律で禁止されている現状がある以上、総理がそれと疑われるような表現を使って演説を行うことは、法治国家上、問題であろう。
■若狭勝(わかさ・まさる) 元東京地検特捜部副部長、弁護士。1956年12月6日、東京都出身。80年、中大法学部卒。83年、東京地検に任官後、特捜部検事、横浜地検刑事部長、東京地検公安部長などを歴任。2009年4月、弁護士登録。座右の銘は「桃李言わざれども下自ずから蹊を成す」。