魔蜘蛛(前編)
と、いうわけで久しぶりに投下してみます。
リハビリテーションがてら書いたのであまりうまくはないかもしれませんが……
とりあえず晩飯食ったら続き書きます。
裏山に蜘蛛の巣があった。
それはユズヒコの部屋一杯に張れそうなほど大きな蜘蛛の巣だった。
「なぁなぁ、裏山にでかい蜘蛛が出たらしいぜ」
友人のヨウイチが唐突に話しかけてきた。
「えー、くもぉ!?」
いかにも気持ち悪そうな表情を浮かべるサキ。
ユズヒコは黙って、ランドセルに荷物をしまいながら話を聞いていた。
「蜘蛛っていっても人間の大人ぐらいの大きさだって。六年生がいってた」
「キモッ! そんなの見に行くほうがどうかしてる」
「でもさ、ちょっとぐらい見に行きたいだろ?」
「……実はちょっと」
サキは苦笑いを浮かべる。
「だったら放課後行こうぜ。どうせそんなの嘘に決まってるし」
「うん、まぁ見に行くぐらいなら」
「決定だな。それじゃあまた後でな、サキ、ユズヒコ」
淡々とした会話の中で、黙っていたにも関わらず、いつの間にか自分も行くことになっていたユズヒコ。
このとき、二人を止めておけばよかったと彼は後悔することになる――。
――あれ、僕は何をしていたんだっけ?
たしか裏山に探検にいって、そして途中で靴紐が解けて、ヨウイチとサキにおいていかれたんだっけ?
必死で追いかけたけど二人の姿はなかった。仕方がないからもう帰ろうと思った瞬間、目の前に大きな蜘蛛の巣が広がっていて……。
ユズヒコははっとした。
今まさに、そのクモの巣が目の前にある。白い糸をハンモックのように、周囲の木々に張り巡らせてあった。巣のあちこちには子ども一人分の大きな団子のようなものがぽつぽつとある。
そして、ようやく自分が置かれている状況に気がついた。
手足を万歳でもするかのように縄のようなもので縛られて、身動きができない状態にさせられている。
「ど、どうなってるんだよ!? ヨウイチは? サキは?」
ジタバタと動くが暖簾に腕押しで全く効果がなかった。
「お目覚めかしら?」
突然、女性の声が聞こえた。今までに聞いたことのない艶やかな声だった。
「だ、誰!?」
声の主と思われる女性がするするとユズヒコの上からやってくる。
それは、非常に美しい女性。長い髪をなびかせ、ユズヒコに微笑みかける。
しかしその瞳をすぐにニッと開き、長い舌をじゅるりとユズヒコの頬に這わせた。
ようやく彼は気がついた。彼女は人間ではない。下半身がぷっくりと大型犬ほどの大きさに膨れ上がり、付け根からは三本の腕が生えている。更には彼女の尻から細長い糸が周囲の木々に向かって伸びている。
「うわあああああ! ば、化け物!」
ユズヒコは大声で叫ぶ。しかし彼女は怯えた表情をものともしないように、再びほくそ笑む。
「うふふ、かわいい。今日はお客様が多いわね」
お客様?
「そろそろかしらね。ほら……」
彼女は視線を団子のようなもののほうへ向けた。
ピキッ!
白い団子にヒビが入る。
そしてそこからするすると人の、いや子どもの腕が出る。
「あれは……」
団子を突き破って、中から顔が出てくる。
その顔にはユズヒコも見覚えがあった。
「ようやく生まれたわ。私の子ども……」
子ども?
何をいってるんだ?
あれはどう見たって……
「さ、サキ?」
同い年くらいの少女の顔。
同じクラスでいつも一緒に遊び、ちょっと気が強いけど誰にでも優しい彼女が、何故か白い団子から姿を現した。
「あら? お友達だったの?」
「サキに何をした?」
「見ていれば分かるわよ。ほら……」
サキにそっくりなその少女は、腕を踏ん張らせて団子から全身を出す。
そしてユズヒコは気が付いた。
彼女の下半身もまた、目の前の女性同様に膨れ上がり、腕も何本も生えている。
これじゃあまるで……
「く、蜘蛛!? サキが、蜘蛛に……」
蜘蛛みたいになったサキが、ゆっくり女性に近づいてくる。
「ほら、私の目を見てごらん。私はだあれ?」
「え、あ、ああ……ま、ママ……」
ママ?
今確かに、サキはそういった。
「どうして、どうしてこんなことに……」
ピキッ!
別の団子から、また音がした。
「もうひとつも生まれるようね」
彼女も、サキも、そしてユズヒコも、その団子のほうへ目を向けた。
ゆっくりヒビが入り、そして先ほどと同じく腕、そして頭が露になる。
「あ、あれは……」
その顔にも見覚えがある。しかしそれは先ほどとは少しばかり勝手が違った。
同じクラスで、やんちゃで勉強は苦手だけど明るい友達。成長すればさぞイケメンになっていたであろう“彼”
の顔が、今や「可愛らしい」ものになっている。
しばらくして全身が現れる。サッカーをやっているおかげでやや筋肉質だったはずの彼の身体が丸みを帯び、
乳房も年相応のやや膨らみかけのものになっている。
そしてサキと同じく……下半身が蜘蛛になっていた。
「ヨウイチ、なんでそんな身体に!?」
ヨウイチにそっくりな蜘蛛の少女が近づいてきた。
「私の目を見てごらん。私はだあれ?」
「お、おかあさん……」
彼女もまた、そういった。
「なんで、なんでこんなことに……」
ユズヒコは泣き出した。
こんなことになるなら、無理にでも引き止めておけばよかった。自分の弱さをこれほどまでに呪ったことはない。
「サキを、ヨウイチを……元に戻せ」
ユズヒコは弱々しい声でいった。
「残念だけどそれは無理ね。この子たちはもう私の娘」
「うん、ママ……」
「そうだね、おかあさん……」
いつもの二人とは思えないほど、冷淡な声だった。
「そんな、いやだよ、二人とも、元に戻ってよ……」
「あらあら、心配しなくていいのよ。ねぇ、ふたりとも」
サキとヨウイチはこくりと頷く。
「大丈夫だよ、ユズヒコ。私はちゃんとあなたのこと覚えているから」
「俺もだよ。ユズヒコ」
ユズヒコは泣くのをやめて、はっと二人の顔を見た。
姿かたちは変わっても、二人ともちゃんと自分のことを覚えてくれている。
それは彼にとって微かな希望だった。
「僕のこと、覚えているの?」
「当たり前だろ?」
「私たち、いつも一緒に遊んでいたじゃん」
うれしい……。
今度はそのうれしさのあまりに泣き出しそうになった。
しかし、次の瞬間、彼は再び絶望に落とされることになる――。
「だからさ、お前もなろうぜ」
「私たちと同じ、蜘蛛に、ね」
二人の蜘蛛は妖しく笑いかけた。
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リハビリテーションがてら書いたのであまりうまくはないかもしれませんが……
とりあえず晩飯食ったら続き書きます。
裏山に蜘蛛の巣があった。
それはユズヒコの部屋一杯に張れそうなほど大きな蜘蛛の巣だった。
「なぁなぁ、裏山にでかい蜘蛛が出たらしいぜ」
友人のヨウイチが唐突に話しかけてきた。
「えー、くもぉ!?」
いかにも気持ち悪そうな表情を浮かべるサキ。
ユズヒコは黙って、ランドセルに荷物をしまいながら話を聞いていた。
「蜘蛛っていっても人間の大人ぐらいの大きさだって。六年生がいってた」
「キモッ! そんなの見に行くほうがどうかしてる」
「でもさ、ちょっとぐらい見に行きたいだろ?」
「……実はちょっと」
サキは苦笑いを浮かべる。
「だったら放課後行こうぜ。どうせそんなの嘘に決まってるし」
「うん、まぁ見に行くぐらいなら」
「決定だな。それじゃあまた後でな、サキ、ユズヒコ」
淡々とした会話の中で、黙っていたにも関わらず、いつの間にか自分も行くことになっていたユズヒコ。
このとき、二人を止めておけばよかったと彼は後悔することになる――。
――あれ、僕は何をしていたんだっけ?
たしか裏山に探検にいって、そして途中で靴紐が解けて、ヨウイチとサキにおいていかれたんだっけ?
必死で追いかけたけど二人の姿はなかった。仕方がないからもう帰ろうと思った瞬間、目の前に大きな蜘蛛の巣が広がっていて……。
ユズヒコははっとした。
今まさに、そのクモの巣が目の前にある。白い糸をハンモックのように、周囲の木々に張り巡らせてあった。巣のあちこちには子ども一人分の大きな団子のようなものがぽつぽつとある。
そして、ようやく自分が置かれている状況に気がついた。
手足を万歳でもするかのように縄のようなもので縛られて、身動きができない状態にさせられている。
「ど、どうなってるんだよ!? ヨウイチは? サキは?」
ジタバタと動くが暖簾に腕押しで全く効果がなかった。
「お目覚めかしら?」
突然、女性の声が聞こえた。今までに聞いたことのない艶やかな声だった。
「だ、誰!?」
声の主と思われる女性がするするとユズヒコの上からやってくる。
それは、非常に美しい女性。長い髪をなびかせ、ユズヒコに微笑みかける。
しかしその瞳をすぐにニッと開き、長い舌をじゅるりとユズヒコの頬に這わせた。
ようやく彼は気がついた。彼女は人間ではない。下半身がぷっくりと大型犬ほどの大きさに膨れ上がり、付け根からは三本の腕が生えている。更には彼女の尻から細長い糸が周囲の木々に向かって伸びている。
「うわあああああ! ば、化け物!」
ユズヒコは大声で叫ぶ。しかし彼女は怯えた表情をものともしないように、再びほくそ笑む。
「うふふ、かわいい。今日はお客様が多いわね」
お客様?
「そろそろかしらね。ほら……」
彼女は視線を団子のようなもののほうへ向けた。
ピキッ!
白い団子にヒビが入る。
そしてそこからするすると人の、いや子どもの腕が出る。
「あれは……」
団子を突き破って、中から顔が出てくる。
その顔にはユズヒコも見覚えがあった。
「ようやく生まれたわ。私の子ども……」
子ども?
何をいってるんだ?
あれはどう見たって……
「さ、サキ?」
同い年くらいの少女の顔。
同じクラスでいつも一緒に遊び、ちょっと気が強いけど誰にでも優しい彼女が、何故か白い団子から姿を現した。
「あら? お友達だったの?」
「サキに何をした?」
「見ていれば分かるわよ。ほら……」
サキにそっくりなその少女は、腕を踏ん張らせて団子から全身を出す。
そしてユズヒコは気が付いた。
彼女の下半身もまた、目の前の女性同様に膨れ上がり、腕も何本も生えている。
これじゃあまるで……
「く、蜘蛛!? サキが、蜘蛛に……」
蜘蛛みたいになったサキが、ゆっくり女性に近づいてくる。
「ほら、私の目を見てごらん。私はだあれ?」
「え、あ、ああ……ま、ママ……」
ママ?
今確かに、サキはそういった。
「どうして、どうしてこんなことに……」
ピキッ!
別の団子から、また音がした。
「もうひとつも生まれるようね」
彼女も、サキも、そしてユズヒコも、その団子のほうへ目を向けた。
ゆっくりヒビが入り、そして先ほどと同じく腕、そして頭が露になる。
「あ、あれは……」
その顔にも見覚えがある。しかしそれは先ほどとは少しばかり勝手が違った。
同じクラスで、やんちゃで勉強は苦手だけど明るい友達。成長すればさぞイケメンになっていたであろう“彼”
の顔が、今や「可愛らしい」ものになっている。
しばらくして全身が現れる。サッカーをやっているおかげでやや筋肉質だったはずの彼の身体が丸みを帯び、
乳房も年相応のやや膨らみかけのものになっている。
そしてサキと同じく……下半身が蜘蛛になっていた。
「ヨウイチ、なんでそんな身体に!?」
ヨウイチにそっくりな蜘蛛の少女が近づいてきた。
「私の目を見てごらん。私はだあれ?」
「お、おかあさん……」
彼女もまた、そういった。
「なんで、なんでこんなことに……」
ユズヒコは泣き出した。
こんなことになるなら、無理にでも引き止めておけばよかった。自分の弱さをこれほどまでに呪ったことはない。
「サキを、ヨウイチを……元に戻せ」
ユズヒコは弱々しい声でいった。
「残念だけどそれは無理ね。この子たちはもう私の娘」
「うん、ママ……」
「そうだね、おかあさん……」
いつもの二人とは思えないほど、冷淡な声だった。
「そんな、いやだよ、二人とも、元に戻ってよ……」
「あらあら、心配しなくていいのよ。ねぇ、ふたりとも」
サキとヨウイチはこくりと頷く。
「大丈夫だよ、ユズヒコ。私はちゃんとあなたのこと覚えているから」
「俺もだよ。ユズヒコ」
ユズヒコは泣くのをやめて、はっと二人の顔を見た。
姿かたちは変わっても、二人ともちゃんと自分のことを覚えてくれている。
それは彼にとって微かな希望だった。
「僕のこと、覚えているの?」
「当たり前だろ?」
「私たち、いつも一緒に遊んでいたじゃん」
うれしい……。
今度はそのうれしさのあまりに泣き出しそうになった。
しかし、次の瞬間、彼は再び絶望に落とされることになる――。
「だからさ、お前もなろうぜ」
「私たちと同じ、蜘蛛に、ね」
二人の蜘蛛は妖しく笑いかけた。