米国の圧倒的な教育格差
これ、頭の良い中学3年生だったら十分理解できるよね?
と考えながら丁寧に作ったスライドを、ゆっくり解説する。
学生が退屈しないようにスライドは要点が穴埋め式になっており、
教室のスクリーンには答えが赤字で表示されるようにした。
次のスライドへ・・・、とPCのボタンを押すと、
「先生、ちょっと待って」と、ある学生が進行を止める。
どうも彼には話を聞きながら穴埋めをするのは難しいようだ。
一枚戻って少し時間を取っていると、
今度は突然、ノートPCの画面を見ながら笑い出す別の女子学生。
こちら側からは分からないが、授業のスライドではなく
ユーチューブでも見ているのだろう。
私の勤めるWS大学の「数学が苦手な学生向け」の授業の一風景である。
WS大の学生の質はピンキリだが、
大学の入試統計などから考える限り、
恐らくこの授業を履修している学生の典型は
米国の公立高校をごく平均的な成績で卒業した
数学が若干苦手な学生といったところだろう。
こんな体たらくで、この超大国の将来はどうなるのだろうか?
その答えは、
「大丈夫。米国のリーダーになる人間は別のところで教育されているから。」
ということになるのだろう。
米国の名門私立高校 Choate Rosemary Hall に
在学していた現役女子高生、岡崎玲子氏が書いた
「レイコ@チョート校」を読んだ。
女子高生の体験談を元に書いた本ということで侮っていたが、
ほぼ全寮制のキャンパス生活や授業の様子が活き活きと
テンポよく描かれており、エクサイティングな本である。
プレップスクールでの勉強の大変さや、著者の頑張りと共に、
教員達の情熱、そして、この国のリーダーがどうやって育てられているのかが
手に取るようによく分かる本である。
詳しい内容に興味がある方には実際に本を手に取って頂く事にして、
ここでは、米国の名門私立高校の教育が、
なぜそんなに手の込んだものになっているかという背景を簡単に説明しよう。
米国の私立高校には、日本の私立と大きく違うところが3つある。
1つめは、いわゆる大学入試に備える必要がないこと、
2つめは、その学校数や学生数が少ないこと、
3つめは、授業料が非常に高額なこと、である。
1.大学入試に備える必要がないこと
もちろん米国のプレップスクールも、多くの卒業生を名門大学に入学させる。
その比率は日本の名門高校ほどの比率ではないにしても、
アイビーリーグやそれと同等の私立大学に卒業生の2割程度を
入学させる学校はいくつも存在する。
しかし、名門大学の入学選考に学力考査がないという点が日本とは大きく異なる。
選考はごく易しい共通テスト(SATあるいはACT)と高校の内申書の他は、
数学オリンピックで代表になったとか、
部活のキャプテンを務めた、
スポーツの大会や音楽コンクールで優勝した、
というような「付加価値」の部分で決まる。
その結果、各高校は、
各生徒の付加価値を伸ばすためにはどうすれば良いのか、
各生徒の将来のためにどんな教育をすれば良いのか、
ということを独自に考えなければならない。
これは、経済面でも、熱意の面でも、
膨大なエネルギーを必要とする作業なのだろうと想像される。
例えば、そのためには、各分野の研究者レベルの教員を揃えて
生徒にその分野の研究の仕方を体験させたり、
海外に提携校を探して長期留学プログラムを組んだり
する必要も出てくるだろう。
もし日本で文部科学省が、
「これから大学入試を廃止するので、
各校はその信念に基づいてベストの教育をするように」と言い出したら、
東大合格率の高さが自慢の名門高校の校長も、
その大変さに途方に暮れるのではないか。
2.名門高校の数や学生数が少ないこと
上記のことを踏まえると、
そんなにたくさんの良い私立学校があるわけはないし、
仮に資金力と情熱に溢れた私立学校であっても
そんなにたくさんの学生を受け入れることができないということは
容易に想像できるだろう。
例えば、私が住んでいる富裕層の層が厚いミシガン州南東部においても
都市圏人口が500万人を超えるにもかかわらず、
特筆すべきカリキュラムを持った私立高校は、
Cranbrook, Green Hills, Detroit Country Day (*1)
の3校程度しかなく、
入学定員はそれぞれ百数十名〜二百名ほどに過ぎない。
日本の首都圏に私立の小さな進学校が20校しかない状態、
と表現すれば日本との違いを納得頂けるのではないだろうか。
(*1) Detroit Country Day の "Day"は、
寮制のプレップスクールではなく「通学する学校」
であることを敢えて表す単語である。
3.授業料が非常に高額なこと
カリキュラムを独自に組み立てるということの大変さ、
そして、数少ない資金力と情熱に溢れた学校だけが
そうした教育を提供できるという事情を考えれば、
授業料が極めて高額になることも想像に難くないだろう。
レイコ@チョート校の著者、岡崎玲子氏が通った
Choate Rosemary Hall の寮生の学費は年間5万ドルである。
もちろんこの他に、日用品や旅費、課外活動に関する経費がかかるはずだ。
高校4年間の学費は、米国の中流家庭の家が一軒建つ金額である。
上に挙げたミシガンの私立3校に関しても、
通学の場合の学費で年間2万〜2万5千ドル程度と、
購買力で見て日本の私立高校の軽く2倍以上の額となっている。
こうして見て行くと米国の有名私立学校は、
経済面、能力面の両面で恵まれた限られた子供たちだけが
通う事のできる特別な学校であることが分かる。
米国には、
本当に頭の良い子や自分から勉強してきた子以外は
生き残るのが難しい荒廃した公教育がある一方で、
こうした恵まれた環境で育ったごく一握りの人たちだけが
受けられる別の教育もあるのである。
と考えながら丁寧に作ったスライドを、ゆっくり解説する。
学生が退屈しないようにスライドは要点が穴埋め式になっており、
教室のスクリーンには答えが赤字で表示されるようにした。
次のスライドへ・・・、とPCのボタンを押すと、
「先生、ちょっと待って」と、ある学生が進行を止める。
どうも彼には話を聞きながら穴埋めをするのは難しいようだ。
一枚戻って少し時間を取っていると、
今度は突然、ノートPCの画面を見ながら笑い出す別の女子学生。
こちら側からは分からないが、授業のスライドではなく
ユーチューブでも見ているのだろう。
私の勤めるWS大学の「数学が苦手な学生向け」の授業の一風景である。
WS大の学生の質はピンキリだが、
大学の入試統計などから考える限り、
恐らくこの授業を履修している学生の典型は
米国の公立高校をごく平均的な成績で卒業した
数学が若干苦手な学生といったところだろう。
こんな体たらくで、この超大国の将来はどうなるのだろうか?
その答えは、
「大丈夫。米国のリーダーになる人間は別のところで教育されているから。」
ということになるのだろう。
米国の名門私立高校 Choate Rosemary Hall に
在学していた現役女子高生、岡崎玲子氏が書いた
「レイコ@チョート校」を読んだ。
女子高生の体験談を元に書いた本ということで侮っていたが、
ほぼ全寮制のキャンパス生活や授業の様子が活き活きと
テンポよく描かれており、エクサイティングな本である。
プレップスクールでの勉強の大変さや、著者の頑張りと共に、
教員達の情熱、そして、この国のリーダーがどうやって育てられているのかが
手に取るようによく分かる本である。
詳しい内容に興味がある方には実際に本を手に取って頂く事にして、
ここでは、米国の名門私立高校の教育が、
なぜそんなに手の込んだものになっているかという背景を簡単に説明しよう。
米国の私立高校には、日本の私立と大きく違うところが3つある。
1つめは、いわゆる大学入試に備える必要がないこと、
2つめは、その学校数や学生数が少ないこと、
3つめは、授業料が非常に高額なこと、である。
1.大学入試に備える必要がないこと
もちろん米国のプレップスクールも、多くの卒業生を名門大学に入学させる。
その比率は日本の名門高校ほどの比率ではないにしても、
アイビーリーグやそれと同等の私立大学に卒業生の2割程度を
入学させる学校はいくつも存在する。
しかし、名門大学の入学選考に学力考査がないという点が日本とは大きく異なる。
選考はごく易しい共通テスト(SATあるいはACT)と高校の内申書の他は、
数学オリンピックで代表になったとか、
部活のキャプテンを務めた、
スポーツの大会や音楽コンクールで優勝した、
というような「付加価値」の部分で決まる。
その結果、各高校は、
各生徒の付加価値を伸ばすためにはどうすれば良いのか、
各生徒の将来のためにどんな教育をすれば良いのか、
ということを独自に考えなければならない。
これは、経済面でも、熱意の面でも、
膨大なエネルギーを必要とする作業なのだろうと想像される。
例えば、そのためには、各分野の研究者レベルの教員を揃えて
生徒にその分野の研究の仕方を体験させたり、
海外に提携校を探して長期留学プログラムを組んだり
する必要も出てくるだろう。
もし日本で文部科学省が、
「これから大学入試を廃止するので、
各校はその信念に基づいてベストの教育をするように」と言い出したら、
東大合格率の高さが自慢の名門高校の校長も、
その大変さに途方に暮れるのではないか。
2.名門高校の数や学生数が少ないこと
上記のことを踏まえると、
そんなにたくさんの良い私立学校があるわけはないし、
仮に資金力と情熱に溢れた私立学校であっても
そんなにたくさんの学生を受け入れることができないということは
容易に想像できるだろう。
例えば、私が住んでいる富裕層の層が厚いミシガン州南東部においても
都市圏人口が500万人を超えるにもかかわらず、
特筆すべきカリキュラムを持った私立高校は、
Cranbrook, Green Hills, Detroit Country Day (*1)
の3校程度しかなく、
入学定員はそれぞれ百数十名〜二百名ほどに過ぎない。
日本の首都圏に私立の小さな進学校が20校しかない状態、
と表現すれば日本との違いを納得頂けるのではないだろうか。
(*1) Detroit Country Day の "Day"は、
寮制のプレップスクールではなく「通学する学校」
であることを敢えて表す単語である。
3.授業料が非常に高額なこと
カリキュラムを独自に組み立てるということの大変さ、
そして、数少ない資金力と情熱に溢れた学校だけが
そうした教育を提供できるという事情を考えれば、
授業料が極めて高額になることも想像に難くないだろう。
レイコ@チョート校の著者、岡崎玲子氏が通った
Choate Rosemary Hall の寮生の学費は年間5万ドルである。
もちろんこの他に、日用品や旅費、課外活動に関する経費がかかるはずだ。
高校4年間の学費は、米国の中流家庭の家が一軒建つ金額である。
上に挙げたミシガンの私立3校に関しても、
通学の場合の学費で年間2万〜2万5千ドル程度と、
購買力で見て日本の私立高校の軽く2倍以上の額となっている。
こうして見て行くと米国の有名私立学校は、
経済面、能力面の両面で恵まれた限られた子供たちだけが
通う事のできる特別な学校であることが分かる。
米国には、
本当に頭の良い子や自分から勉強してきた子以外は
生き残るのが難しい荒廃した公教育がある一方で、
こうした恵まれた環境で育ったごく一握りの人たちだけが
受けられる別の教育もあるのである。