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株式日記と経済展望
http://www5.plala.or.jp/kabusiki/kabu207.htm
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/
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耕作放棄地を増大させる減反政策は、「食糧自給力」を低下させた。
モータリゼーションによって在宅勤務が可能になって兼業農家が増加した。
2010年1月10日 日曜日
◆減反政策は歴史上最悪の政策 2009年11月8日 新しい農のかたち
http://blog.new-agriculture.net/blog/2009/11/001019.html
1960年代高度経済成長により工業化が進展して国民所得は急激に伸び、1970年ついに家電の普及率もほぼ100%に達し、豊かさが実現しました。
米の生産は60年代半ばにピークに達し、農村から都市へ人口が移動し、農村は残されたじいちゃん、ばあちゃん、かあちゃんが行う三ちゃん農業へ、そして、農村に残ったおやじも、週末だけ農業をし、他の仕事で収入を支える兼業農家となってゆきました。
一方米の需要は食の洋食化で減少し続け、米余りが深刻になってゆき、70年ついに減反政策が敢行されます。
なぜ、この「減反」という愚作が行われたのでしょうか?今回はこの本質部分を突いていきたいと思います。
【何故こんな愚かな政策をとったのか?】
背景には
@食の洋食化による米余り(一人当たり120kg/年から70年で約100kg/年、現在は60kg/年に。)
A都市労働者と農業従事者との賃金格差の拡大。
B上記Aを是正するための消費者米価吊り上げ要求。
C上記Bを農民に代わって要求する農協の高米価維持による利益の拡大。
D農協組合員(約36万人)、農協会員(約990万人)の選挙票がほしい自民党族議員による農政への圧力。
E主食である「米は一粒たりとも入れない。」という輸入禁止イデオロギーの存在。
がありました。
欧米では、食糧増産のため生じた余剰を農家への直接支払いによって消費者価格を引き下げ、さらに輸出補助金まで付けて他国に売りさばくことによって国内の農業を保護したのに対して、日本がそれが出来ずに減反(生産調整)で対応せざるを得なかったのは、族議員、農協、農家それぞれの利益追求と保身という、集団自我の温存に最大の問題があると思われます。
(欧米には日本のような農協という組織はありません。)
>既に昭和40年代に、自給率100%が達成され米余り現象が続いたのですが、長い間、政府の減反政策(供給制限)と統制価格により、コメの価格が維持されてきたのが分かります。
(『金貸しは、国家を相手に金を貸す』ブログ様より)
【根本原因たる集団自我と個人の自我】
貧困の時代は「豊かさ実現」のために、みんなが私権追及し、みんなが勤勉に働いているだけで全体の方向性とブレが生じなかったのに対して、豊かさが実現し、外圧が低下すると、日本国としての全体の先のビジョンが見えなくなり、それぞれの集団が、己の利益と権益の保身のために、自ら行使し得る権利を使って自己防衛し、暴走し始めます。
農政においてはこの集団自我がより顕著に表出したのではないでしょうか。
国家=農政は「米は日本の主食」を神格化し、口実化する。
自民党=族議員は「米を守る」に摩り替えて己の保身のために権力行使する。
農協は「農家を守る」に摩り替えて己の利益追求に邁進する。
農家は己の利益追求のために「米」と「土地」にしがみつき権利を手放さない上要求のみに突き進む。
今や自国の益だけでは済まされず地球規模での将来ビジョンを考えなければならない時代に突入したにもかかわらず、日本国のビジョンさへ提示できず、閉塞しきった状況のなかで、目に付くのは国家権力の暴走や自己中のわがままばかりです。
【じゃあ、どうすればいい?】
全体を見ず、内向き思考となり、保身に走る原因は、全体の方針が無いからです。
現在の閉塞状況を突破するためには、この状況を作り出した己の利益追求第一の価値観から「みんなの役に立つ」活力を第一に置き換えることに他ならないと思います。
そのためには「自己中は人類の敵」を共認し、「自分からみんなへ」意識を転換し、共認充足を得られる「集団を再生」することが将来のビジョンとなるべきです。
農業においては、閉塞の先導的集団であった自民党と「農協」を解体し、農民や地域の人々が主体となって集団を創造できる新たな「組合」ともいうべき集団を再構築することが不可欠となるでしょう。既に農協に頼らないそうした組合結成の動きは出来つつあります。
さらに全体性を持ち続けるためには、そうした個々の集団同士がより良い社会構築のために政策提言できる場が必要になります。国の「政策審議会」と直結したしくみを作るのもよし、ネットを使った統合の仕組みを作ることも、今後の大きな課題になってくるでしょう。
減反政策とはまさに個々の利益に固執する余り、全体を捨象しきってしまった「愚作」といえるでしょう。
【減反政策は歴史上最悪の政策2】 2009年11月15日 新しい農のかたち
http://blog.new-agriculture.net/blog/2009/11/001021.html
◆農民の自助努力→「稲作兼業農家」という実現態
1960年に池田内閣の下で策定された「所得倍増計画」では、農業の工業化で余った農業労働力を工業労働者に振り向けるというものでした。そして、1962年の「農業構造改善促進対策事業」では、数々の補助事業や助成事業、金融制度とセットで「機械化一貫体系」を推進しました。そのことによって、〔農の現場はどうなったか?〕というと、農業は消費の市場と化し、
となりました。集団就職 などにより「農村から都市への大移動」をもたらしたものの、それが一息つくと、皮肉なことに、「A生産基盤の整備」によって整備された(農)道や車の普及によるモータリゼーションによって在宅勤務が可能になって「稲作兼業農家の増加」をもたらします。
それは、〔「地域専業路線」では儲からない〕ので「@生産品目の拡大」路線から撤退し、町場の勤務をすることで生計を立てつつ手間暇を掛けずに成立する「稲作」に回帰したということでもあります。そして、農家自らの工夫による「他産業との所得格差を是正する途」でありました。
それを可能にしたのは、「1942年制定の食糧管理法」による「逆ザヤ」 です。逆ザヤ問題は、1960年代以降の米余りから顕在化し、1969年の減反政策(生産調整に対する補助金と転作誘導の奨励金)開始に至ります。
◆答えにならない「減反政策」
農地改革により不在地主が解体されて多くの自作農家が出来ましたが、それは零細な弱小農家の大量輩出でもありました。高度経済成長によって鉱工業従事者の所得が上昇するほどに、「農⇔工」の所得格差は広がります。
その是正策として打ち出した「農政」は、零細農家の3分の2に農業から退場願うことによる農地集約(=大規模化)であり、機械化によってそれを実現するというのが「B専業農業者の育成」の中身でした。しかし、そうはなりませんでした。
零細農家が自衛策として採択したのは「兼業」でしたので、片手間にでも可能なのは、〔稲作の単作化〕だったのです。
〔食生活の欧米化〕と言えば聞こえがいいですが、正確には「米国の余剰作物の輸出戦略」であったことは、以前の記事(「日本の食文化の破壊」はアメリカの長期戦略として行われた )の通りです。
かくして、〔食管会計の赤字〕が増大し、〔減反・転作誘導政策〕へと移項していくのですが、手間暇の掛かる転作に兼業農家は向かいませんでした。稲作にしがみつき、一攫千金を可能にする「高度経済成長期の農転期待」は、農地の流動化ももたらさずに財政赤字ばかりが増大していきます。
それは、そもそも耕作放棄地を増大させるばかりの減反政策は、「食糧自給力」を低下させるばかりだという根本問題を孕んでいるがゆえに、到底、答えになり得ないことでもあります。
(私のコメント)
民主党の農家への個別所得補償政策は政権交代の原動力となりましたが、今朝のフジテレビでも「報道2001」で農家への戸別所得補償政策が取り上げられていました。個別所得補償政策は農協と農家の分断政策であり、小沢一郎の目論みは見事に成功して、農家の票は民主党に流れて政権交代が起きた。
非農家から見れば、農家=農協と見えるのですが、農家と農協の利害は必ずしも一致していない。国がいくら農業振興のために金を使っても、みんな農協に吸い上げられてしまって農家へは回っては来ない。しかし戸別所得補償は農家に直接カネが配られる。農協は一種の天下り法人となって農業予算を独り占めしている。
欧米でも農家への戸別所得補償は行なわれていますが、自給率を上げる為の戸別所得補償であり、EUでもそれは成果を上げている。「株式日記」でも以前にも取り上げました。報道2001でも農家への戸別所得補償は予算で満額認められましたが、米作農家以外には所得補償の対象外である事に不満が出ています。野菜や酪農や漁業にも対象が広げられるのだろうか?
◆民主党の「戸別所得補償制度」は実質的に食管制度の復活になる。減反政策もそのままで小規模兼業農家への補助金で票を獲得した。 2009年10月23日 株式日記
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/06a94e4e3c837ac1f309cfa2a7fb6203
「株式日記」では農業問題を何度か書いてきましたが、減反政策は止めて米作りの専業化と規模拡大を主張してきました。そのためには農家への個別所得補償政策を大規模専業農家へ適用すれば、大規模専業農家は安心して米を作り拡大していく事が予測されたからだ。しかし昨日の赤松大臣の話では減反政策を堅持して全農家を対象とすると言っていた。
高い関税で日本の農業を守る政策も限界に来ている。主要作物である米を輸出商品に出来るまで競争力をつけるには大規模化と専業化がどうしても必要だ。酪農や野菜農家などは専業化が進んでいますが、米だけは小規模な兼業農家が八割を占めている。様々な国の保護政策が小規模な兼業農家に有利だったからだ。
アメリカでもヨーロッパでも農業の大規模化が進んだのは戦後であり、大型耕作機械が普及した事で農業の大規模化が進んだ。しかし日本では田畑が小規模なまま機械化だけが進んだ。だから1年に二週間しか耕作機械は使われずに後は倉庫に眠っている。数百万円もする耕作機械を二週間しか使わないのでは米作りのコストダウンは進む訳が無い。
フランスでは30年余りで農家の戸数は三分の一に減りましたが、日本も高齢化が進んで農家の戸数が減ってくる状況になっている。だから大規模化と専業化を進めるには絶好のチャンスなのですが、民主党の戸別所得補償制度は小規模兼業農家を増やす結果になるだろう。経費の他に労働費まで認められて他の産業並みに費用を上げていけば米作りほど割りのいい仕事は無いからだ。その前に日本の財政はパンクするだろう。
(私のコメント)
最終的に民主党政権がどのように戸別所得補償制度を実施するのか分かりませんが、もしかして選挙対策用の制度であって、単なるバラマキに終われば非農家からの非難が来て逆効果になるだろう。本来の戸別所得補償制度はFTAなどに対する農家への所得保証制度であるはずだ。アメリカとのFTAを締結すればアメリカから安い米が入ってきますが、その差額を補償する制度であるべきだ。
現状では減反政策もそのままだし、大規模集約化に逆効する制度になって、米作りのコストが下がらず、零細な兼業農家の高い米と市場価格の差額が広がれば予算規模がドンドン広がって国家財政が破綻してしまう。ちょうど農家の世代交代期が始まっており、やる気のある若い農家が農地を借りて集約していって大規模化によるコストダウンを図るべきだ。
戸別所得補償制度は民主党政権を支える根幹の制度ですが、自民党と農協組織が地方の票田を支えてきた。「新しい農のかたち」ブログでは減反政策と兼業農家について詳しく解説されていますが、戦後の農地改革で零細な農家がたくさん誕生した。それは農地解放運動が共産主義活動と結びつく可能性があったためで、小作農民も自前の農地を持たせることで共産化を防ぐ事に成功した。農協組織はその名残りだ。
農協は農家による自発的な組織ではなく、上から作られた組織だ。農協は集票組織として、農家が小規模な兼業農家であったほうが都合がいい。実態としてはサラリーマンであっても農地を少しでも持っていれば兼業農家として国家の補助が受けられた。しかし農業の機械化によって生産性が上がって60年代からは過剰米の問題が発生した。
さらには食生活の洋食化で米離れが進んで米が余るようになり食管制度が維持できなくなった。そして69年から減反政策が実施されるようになりましたが、減反された農地は耕作が放棄されて荒地となった。大豆や小麦などへの生産品目の拡大には繋がらず兼業農家は手間のかからない米のみを作り続けた。
その頃から農家もモータリゼーションの波が押し寄せて、車で行ける工場や公務員などへ通勤するようになって兼業農家のサラリーマン化が進んだ。収入割合からすれば農業収入は50万円ほどであり、サラリーマン収入は700万円もある。これでは農家とは言えないのですが兼業農家として扱われている。
本来ならば日本の工業化に伴って労働者の農業から二次産業や三次産業への転換が進んで、農家世帯は減るはずですが兼業農家として存在し続けてきた。民主党の農家への所得補償制度はこのような兼業農家へもカネをばら撒くようだ。だから休耕田で農業を放棄してきた農家の再開や、農地を他に貸していた農家の貸地契約解除が相次いでいる。これではまさにバラマキだが、アメリカとのFTAの話はどうなったのだろうか?
兼業農家=米作農家であり、野菜農家や酪農農家は兼業が難しく専業化が進んでいますが、これらの農家には保証制度の対象にはならないのは矛盾している。米作りを片手間にやっている兼業農家に保証制度が適用されるのはどうかしている。空くまでの大規模化や専業化を進めなければ、農業の近代化は進まないからだ。
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