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加奈〜いもうと〜
大いにネタバレ エンディクグと感想
エンディングは6タイプありますが、一般系(ED1〜3)知的ルート系(ED4〜6)に大別されます。
◎エンディング考
ED1 はじまりのさようなら
唯一加奈が生存するエンドです。ちょっとベタベタ気味ではありますが、なかなか行き着かないだけあって散々苦しんだ末(何度も加奈を死なせてしまう)
にたどり着くと喜びもひとしおです。兄と愛あふれる暮らしをしていましたが、自立を求めて(兄妹としてでは無く、男女として向かい合うために)加奈は家をでます。
新しい人生に向かって。
ED2 ノーマルエンド
腎臓移植も虚しく加奈は他界します。自分のけじめが付かないまま加奈の墓前に向かう隆道。かってプレゼントしたメッセージキーホルダーを
墓前に置こうとした時に録音機能があった事を思い出し、加奈の死の直前のメッセージを聞きます。加奈の苦しみ抜いた慟哭に心を砕かれる隆道。
でも最後に「愛しています」という加奈の言葉を聞いて号泣した隆道は埋まらなかった心の穴を埋める事ができ、新しい人生にようやく一歩が踏み出せるようになります。
ED3 夕美エンド
腎臓移植後の加奈はずっと昏睡状態が続きます。安否を気遣う隆道には押しつぶされそうな毎日が続きます。そんな時、隆道は加奈の幻を見ます。
8週間後に加奈は他界しますが、隆道はその事実を受け入れることができません。その後も加奈の姿を探し続け、
幽鬼の様な隆道を夕美は懸命に立ち直らせようと努力します。見かねた隆道の両親は精神病院行きを決意しますが、夕美は反対します。
ある日加奈の部屋の物音に気づいた隆道が部屋を開けると加奈がいました。でもそれは加奈では無く、夕美でした。身を呈して隆道の禁断の領域に飛び込んだ夕美。
激しい気迫で現実を突きつけられ、ようやく隆道は自分を取り戻し始めます。
ED4 雪
「私が死んだら雪を降らせてみたい」雪を見たがっていた加奈は隆道に告げます。須磨子さんの生き様を思い出し、
隆道は隠すことなく加奈の運命を共に見つめる覚悟をします。睡眠薬を投与され、最後の時を静かに眠りながら待つ加奈。隆道は夢を見ます。
草原に立つ元気な加奈を・・・(恐らく)自分の一生を綴ったであろう本を楽しそうに読む加奈を見て隆道は言います。
「生きたいなら俺の命をやろうか?」でも加奈は首を振ります。「生きたいけどそれはいい。悔いないから・・大好きな人と過ごせた時間だから」
目を覚ました隆道は外の雪に驚きます。しかし、それは約束どうり加奈の降らせた雪でした。
加奈の死を静かに受け止めた隆道は思いでのウメバチソウ(初めて隆道が加奈に作ってあげた花飾りの花の種類)を持ち帰ります。春になってそれは花をつけます。
ED5 思い出
ほぼED4の続きです。加奈の死の直後、折笠と名乗る女性から、加奈の肝臓移植を告げられ、動転する隆道。しかもレシピエントは香奈でした。
張り裂ける思いで承諾するしかなかった隆道はやがて加奈の日記をパソコンで清書し始めます。そこで生前の加奈の意志にふれる事になります。
加奈は知っていました。自分に残された時間がわずかしか無いこと、実の兄妹では無いこと、自分の本当の気持ち、香奈の事。
死と向かい合って自分の生きている意味は何かを考えていました。「願わくば明日の私が今日の私より優れた人間でありますように」
願いにもにた加奈の強い意志に触れて、隆道はずっと我慢してきた涙を流します。自分も強くなろう、今度は自分の番だと。隆道は大学に復学し、自分の人生を目指します。
ED6 今を生きる
ED5の続きです。加奈の日記は「命をみつめて」という名のエッセイとして出版されます。大学に復学した隆道の前に夕美が現れ、
このエッセイの感想を聞かされ、隆道と加奈への深い理解を示します。その事態に戸惑いながら、夕美の懐かしいペースに心を開く隆道。
人々の成長に触れて今を生きる事の大切さを知ります。
◎加奈褒めちぎりの管理人のつぶやき
18禁に対する偏見が跡形もなく吹き飛んだ作品でした。専門医学的見地では幾つかの問題(腎臓移植成功率、死肝臓移植等)がある事も指摘されていますが、
人間としてこの話を受け止める事に関してそんな些細な事(はちょっと言い過ぎ)はさほどの問題では無いと思っています。
また、ゲームという特性上、確かに視点は兄隆道からのみですから、女性から見れば感情移入できないといった意見もあると思います。
(MOONみたいに主人公が女なら良いってんかい!?)それを別としてもこれほど丁寧に構成されていればピュアな心の持ち主で有れば、
間違いなく心に残る名作と言えるでしょう。加奈にしても“ただ可哀想な少女”というだけならこんなにも心打たれません。兄隆道の気持ちは主人公ですから、
プレーヤーに伝わるか否か等は問題外として、大事なのは加奈という人間が“幼い日から今日までどんな思いで生きてきたか”という事と、
日記に記された“加奈が自分の人生を受け止めて、どう行きようと思ったか”が物語として読みとれるかどうかでしょう。
それが伝わらなければこの話は意味がなくなってしまいます。男だからとか女だからとかでは無く、人間としてどう思うかが大事ではないでしょうか?
ハイキングの一件依頼、隆道は妹の見方を一変する事になります。このあたりの組み上げが非常に素晴らしい。
まず、最初毛嫌いしていた妹の体の異変を知って両親の加奈への保護の意味を感じ、次に気まぐれでちょっと思いやりを見せた事で、
妹に感謝されるむず痒さ(嬉しさ)を知ります。その上加奈が遭難した時はいかにも子供らしく、「放っておこうか」などと自分にとって都合の良い考えとの間いだで
揺れる気持ちを丁寧に描き、考えた末に加奈を探し出し、少しは兄らしい接し方をした後、蜂の危機から身を呈して加奈を救い、
病院で目覚めた時には幼い加奈が自分の手を握りながら泣いていた場面に結ぶという怒濤の構成でこの兄弟の心の変化と深い絆の基礎をつくるという展開になっています。
また、病院生活を体験する事で加奈の辛さを知り、そんな自分が見舞いにくる事を心待ちにしていた妹の気持ちを知って自分のなすべきを知って行く辺りは
素晴らしい組み上げだと思います。
授業参観(ここはちょっとダルい面もある)でも授業中にも関わらず妹の為に飛び出す隆道、この辺りから先々の隆道の行動への布石があります。
幼い加奈の愛情表現と直後の暗示的なネコの死。幼少期には加奈の物語の基礎が全てあります。逆に言うとこの幼少期をちゃんと把握できなければ
今後の展開は平板なものとなり、感動する事は恐らく出来なくなるでしょう。
伊藤勇太が加奈の純粋さに惹かれていきます。しかし、隆道は知っていました。加奈の純粋さは普通の女の子として生きられない“儚さ”故である事を。
隆道にとっては純粋である事よりも普通の女の子としてもっと楽しい思いを、普通の暮らしをさせてやりたいと願わずにはいられませんでした。
隆道が人間“加奈”をこよなく愛していた証拠だと思います。
それにしても夕美は不憫です。加奈の陰に隠れ、しかも敵役の為、大抵のプレーヤーからは嫌われる傾向にある様です。(他のHPの意見を参考)
彼女は誤解されたまま、何年も好きな人に嫌われ続け、やっと結ばれたかと思いきや実は愛する人の妹、加奈の代わりをさせられていた
(隆道は無意識だとは思いますが)訳です。しかもその上、加奈と天秤にかけられて捨てられてしまうのですから、本当に呪われていたとしても(ED6参照)
仕方ありませんよね。でも許してしまうですよね、この人。夕美こそ天使かも知れません。でもある意味男にとって都合の良すぎる女とも言えます。
余談ですが、鹿島という名前。「みゆき」というあだち充の漫画で、血の繋がらない兄妹がいて、兄の恋人と、妹が同じ「みゆき」という名前であるという話がありました。
この時、結局妹に恋人を取られてしまう彼女の名前が「鹿島みゆき」といったのですが・・・偶然って怖い。
加奈の日記。(ED5/6)破壊力抜群です。日記が無ければ“ただ可哀想な少女”になってしまう可能性もありますが、
これによって加奈が強い意志で精一杯生きた事が解ります。先にも述べましたが、ゲームというメディアの特性上、視点は兄隆道からのみとなっている訳ですが、
この日記が加奈の意志をプレーヤーに直接伝える事ができ、加奈というキャラクターの存在感を「兄から見た儚い妹」から「意志を持った一人の人間」として位置づけています。
「幼いときから変わることの無い想い」加奈こそ最初からから最後まで姿勢の変わらなかった登場人物です。
まぁ悪い見方をすれば他に愛がなかったからとも言えるかもしれませんが・・。日記に記した事、「想いを伝えることができれば悔い無く幕を引くことができる。」
それはそう思いたいという意味に違いないでしょう。死ぬのが怖くない筈はありません。現に加奈自身も日記を書いた後でも「生きたい」と告げています。
でも加奈はその恐怖と闘いながらどうしたらせめて自分らしく生きられるかを模索していたに違い有りません。でも加奈は自分が幸せだったと信じている様です。
現実に幸せの基準は人それぞれです。人目には不自由ないと思われる人でも、「自分は不幸だ」と考えたら確かにその人は不幸だと思います。
たとえそれが自分の思いこみであったとしても。
反対に加奈の様に傍目には不幸な人生であったとしても、自分の人生が愛情にあふれていて幸せだったと思えるなら確かに幸せだったのかも知れません。
人間にとって陰々滅々として長生きする事は必ずしも幸せとは言えません。
「願わくば明日の私が今日の私より優れた人間でありますように」
久しぶりに一言で感動させられました。見事な言葉です。限られた時間だと知っていたからこそ、加奈は振り返らずに前を見て生きられたのかも知れません。
「海を見た。もう怖くない。」
加奈が後悔なく、幸せに生きる事ができた事を知って、隆道は自分にケジメをつける事ができます。
その後確かに変わりつつある隆道の前に現れた夕美の優しさにプレイヤー自身も救われます。総てに決着がつき、
心のよりどころをもっているED6は一番完成度が高いと思います。(ED4、5は6の中途版的イメージは拭えません。知的ルートはED6が集大成でしょう。)
でもED1は捨てがたい・・・・
ED3は恐ろしいエンディングでした。主人公のこわれっぷりが凄いです。でも、これってちょっと解りたくは無いけど解るかなぁて思います。
野島伸司脚本の「世紀末のうた」で死んだ奥さんを仕事場の巨大冷蔵庫にそのまま保存していた話があったのですが、その話の中で
、あるエピソードとして旦那さんが亡くなった時、奥さんがその事実を認めた瞬間に発狂したというのが語られていて、
不意にそのドラマを思い出したりしました。それが本当の愛かどうかは解りませんが、そういう愛もきっとあると思います。
加奈〜いもうと〜という話の怖さは、最初に悲劇を知った時(大抵は悲劇)に、「マルチエンディングだからきっと幸せなエンドもある筈だ」
とばかりに繰り返しプレイしては玉砕するという無限地獄の様な構造にあると思います。これにハマらないで済んだ人はいいですが、
一度このリングに取り込まれると体中の水分を涙にしてしまう様な状況に陥ってしまいます。そんな中でED1にたどり着く。
それは砂漠のオアシスの様でもあり、荒んだ心を癒してくれる話として映ります。ED1自体は取り立てて素晴らしい話ではありません。
でも苦しんで苦しんで行き着いたこの話は、プレイヤーにとってはまさに宝。「本当によかったね」と思わずいってしまいたくなる話なのです。
でももし、最初にED1に行き着いていたら・・・・これほど感動はしなかったかも知れません。