日経サイエンス  2007年8月号

やってみよう!“量子消しゴム”実験

R. ヒルマー P. クワイアット(イリノイ大学)

 簡単に手に入る道具を使って,世にも奇妙な量子効果を自宅で体験できる。「量子消去」を見る実験法を紹介しよう。

 

 量子力学の理論はこの世界の最も基本的な奇妙さを暴いてみせる。日々の実体認識を中核で支えている私たちの常識が,そこでは覆る。1つの物体が同時に異なる経路をたどるなど,相容れぬことが共存しうる。物体の正確な位置と速度を,同時には確定できない。私たちが観測する事象は,ぬぐい去ることのできない不確定性を伴う。
 
 ビリヤードの玉が緑の台の上でどう動くかは正確に予測できるが,原子などの粒子になると,そうした確かな世界は消えてしまう。これらの粒子は時として波のように振る舞い,ある範囲の領域に広がって,互いに重なり合うと干渉パターンを生じることもある。
 
 こうした奇妙さを日常生活で目にすることは普通はないが,ここでは「量子消去」という現象を見る簡単な実験法を紹介する。量子消去効果は量子力学の最も風変わりな側面に関係している。過去の事象で何が起こっていたのか,その解釈が事後の私たちの行為によって変わってくるのだ。
 
 実験に必要なのは,真っ暗な部屋,偏光フィルム,レーザーポインター,細くて真っ直ぐな針金,アルミ箔と針,固定用のスタンド,スクリーン。
 
 レーザー光が針金の両側を通過した後にスクリーンに達すると,干渉縞を形成する。ところが,針金の両側に偏光フィルムを配置して「光子が針金のどちら側を通ったか」を区別できるようにすると,干渉縞が消える。さらに,針金とスクリーンの間に別の偏光フィルムを加え,「光子が針金のどちら側を通ったか」の情報を消去すると,干渉縞が復活する。
 
 個々の光子は量子力学的な奇妙さそのままに振る舞っている。実験で生じるパターンを観察し,個々の光子が干渉パターンを生み出した意味を考えることによって,量子世界の奇妙さを実感できるだろう。

 

 

再録:別冊日経サイエンス別冊161 「不思議な量子をあやつる 量子情報科学への招待」

著者

Rachel Hillmer / Paul Kwiat

クワイアットはイリノイ大学の物理学のバーディーン記念教授。研究分野は量子非干渉測定,量子消去,光学系を用いた量子情報プロトコルの実現など。余暇にはスウィングダンスに関する古典論的研究も行っている。ヒルマーはクワイアットの研究室で学ぶ学部生で,量子情報を光に乗せる方法を勉強中。

原題名

A Do-It-Yourself Quantum Eraser(SCIENTIFIC AMERICAN May 2007)

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