松尾匡のページ

12年11月24日 欧州左翼はこんなに「金融右翼」だぞ〜(笑)



 やっぱり、内地留学生活が充実してやりたいこといっぱいで目移りして、エッセー更新とかしている暇はないのですが、そうも言ってられないと思って。

 10月最初の週末に、マルクス経済学の全国学会である「経済理論学会」の全国大会が愛媛大学であったので、松山まで出かけたのですが、終了後の晩は、小谷崇翁と八尾信光さんと三人で連れ立って飲みに行く流れになりました。マル経学会の中では、総需要拡大策を一番目立って唱えているメンツなもので、やっぱりその点でのマル経界とか左派言論の現状へのグチで盛り上がる!
 新自由主義も駄目だけど、ケインズ政策も駄目だとか言って、不況で苦しむ大衆に何の展望も示さないでいいのか。左派側が雇用拡大の展望を示さないかぎり、右翼が必ずその代わりを占めて支持を集めることになる。戦前ドイツ社会民主党のヒルファーデング蔵相が均衡財政にこだわって大不況を激化させ、ナチスの台頭をまねいた轍をまた踏むのか…etc。

 そうしているうちに、バタバタと衆議院解散なんて事態になりまして、気がついたら自民党の安倍総裁が、インフレ目標を約束した金融緩和とか、政府が発行した国債を日銀が市場から買い切ることとか唱えています。要するに日銀がおカネをバンバン作って世の中に出していくということですね。そのために、次期日銀総裁はこれに賛成する人を任命すると言っています。
 私たちの唱えていたことを言い出しているわけですが、これについて、日本共産党の市川書記局長がこんなコメントをしています。

安倍氏の金融無制限緩和に反対/市田氏 経済の土台温めてこそ (2012年11月21日『赤旗』)

 「国民の所得と需要を回復せずして、金融緩和だけやってもだめだ」とのことですが、国民の所得と需要の回復のために、まず金融緩和が必要なのです。例えば、働く人のお給料を大幅に上げて消費需要を増やすことが必要だと思いますけど、賃金が上がったら、同じことをするための事業資金でも必要な金額が膨らみます。金融緩和がなければ、資金繰りがつかなくなって倒産する企業がでたり、設備投資を諦めたりして、結局不況がひどくなってしまいます。
 また、いい悪いは別にして、安倍さんは「建設国債」を日銀に買ってもらえばいい(正確には市場を経由して)と言っているのですから、日銀が作った資金は政府がモノやサービスを買うのに確実に使われます。つまり需要になるということです。そしてそれが人々の所得になり、次の消費需要などにつながります。本当は、福祉支出や震災復興、原発被害補償などの資金をこうやって作ればいいと思うのですが、どっちにしろ、日銀が作ったおカネが需要にまわるわけです。
 だから本来なら、共産党こそが日頃主張している政策を実現するために、こんなことを言わなければならないのに。

 やれやれと思っていたら、こんな評論も!

「金融右翼」が円を卑しめる/「国債の日銀引き受け」は暴論  (DIAMOND online 2012年11月22日:山田厚史 [ジャーナリスト 元朝日新聞編集委員])

 「金融右翼」!
 こんなことを唱えたら「右翼」なのかっ。そうか私は「右翼」かっ!
 「円を卑しめる」などという表現こそ「右翼」のセンスそのものだと思うけど──我が大事な大事な大日本の神聖にして侵すべからざる主権通貨「円」様を卑しめるとは何ごとぞ!

 拙著『不況は人災です!』では、ヨーロッパの左派政党の金融政策主張を紹介しています。このことは、以前このエッセーコーナーでも取り上げましたので、未読のかたは是非ご覧下さい。元資料への直リンクもつけています。

日欧左派政党の金融政策論

 ヨーロッパの社会民主主義政党の集まりの「欧州社会党」は、完全雇用実現のためにヨーロッパ中央銀行の政策の重心を変えさせることを主張していて、そのためにユーロ圏の財務大臣の会議(Eurogroup)を、ユーロ貨に関するすべてのことの決定機関とすべきだとしています。
 また、ヨーロッパの共産党などの集まりである「欧州左翼党」は、金融政策と財政政策が協調して完全雇用をめざすために、欧州中央銀行を「民主的コントロール」のもとにおくことを主張しています。そして、「欧州中央銀行の役割は、インフレを制御するばかりではなくて、万人のための雇用や雇用水準の増加やエコロジカルな持続性といった政治的目的にそったものでなければならない」と言っています。2008年の経済危機後には、はっきりと「欧州中央銀行の独立的性格を改め、幅広い民主的なコントロールのもとにおくべきである」と表明しています。

 さてそこで今回、もっと最近の主張を調べてみました。例によって、怪しさマンテンの私の訳ですので、信用せずに元資料にあたっていただいて、間違いがあったら指摘して下さい。

 まず、2010年12月に欧州左翼党第三回大会で採択された文書

新しい発展モデルに向けて(For a new Model of Development)

から。
 ここでは、資本の論理丸出しの従来の発展モデルにかえて新しい発展モデルを打ち出しているのですが、その中には例えば、「予防医療、病院の環境改善、学校、新型のグリーン公共交通といった集合的ニーズに応えるための、大規模な投資計画」という項目が入っています。また、「質の高い雇用の創出プログラムへの果敢な取組みがともなわなければならない」として、「このことは、我々がたたかい取るべき新しい生産的モデルの要に位置するものである」と強調しています。
 そして一連の提案項目の最後に、「これらの提案は、多額の資金の動員を必要とする」として、税制上の提案をしたあと、銀行与信の振り向け先変えや公的補助金政策の提案に続いて、次のように述べています。

欧州中央銀行の役割と地位を転換すること。欧州中央銀行は欧州議会に対して責任を負うようにされなければならない。そして、雇用と社会的環境的進歩のための新しい発展のあり方を促進するように行動するのでなければならない。それゆえ、「安定協定」は撤廃されなければならない。

 また、欧州左翼党の加盟各党党首は、2012年7月2日に欧州首脳会議を批判する共同名声を発表しています。これは、次の「ドイツ左翼党」サイト内ページで読めます。

欧州首脳会議/銀行だけが勝者だ (European Summit: Only Banks are Victorious)

 この最後に対案項目をいくつか提案しているのですが、その中には次のようなものがあります。

 つまり、欧州中央銀行が作ったおカネを、公共的な支出にまわすということですね。それによって職を作り出すのだと。

 さらに、フランス共産党系の新聞「リュマニテ」2011年12月1日の記事を見てみましょう。共産党系の写真誌「月刊Regards」の共同編集長の主張が載っています。これは、次のページで英訳が読めます。

今、唯一の本当に現実的な解決は、現存システムを打ち壊すこと (The Only Truly Realistic Solution Now Is To Break With the Existing System)

 ここで、著者は、緊縮策をとる欧州リーダーたちを次のように批判しています。

 さて、我々の国と欧州のリーダーたちがしていることは何でしょうか。彼らは、いいかげんな格付け会社が国々の信頼性を測るのに任せています。で、国民投票が明白な意思を示すのを思い煩う。彼らは、ネジを逆回しにして緊縮政策をとることで経済成長を刺激できるなどと請け合っていますが、成長をますます低下させることだけは間違いありません。
 要するに、我々の国と欧州のリーダーたちは、常識が示すのと正反対のことを飽きもせずに一生懸命やっているということです。そうすることで、彼らは失敗したということを単に示しているだけです。彼らは退場して、もっと違う方法で、もっと違う選択肢をとらなければならないと大声で言うべきときがきました。

 そして、「左派と呼ばれるに値する左派政権は、ただちに次の方向を押し進めるべきです」として、いくつかの提案をあげていますが、その中に次のようなものがあります。

 …フランスはもはやリスボン条約の枠組みを遵守するつもりはないことを、政府は厳粛に宣言すべきです。この条約は本当の景気刺激が可能であることに矛盾するからです。この条約が主に念頭においているのは、安定協定を守らせることです。安定協定は、均衡予算や、インフレとの戦いの名の下に、国有企業を禁止して、欧州中央銀行が国家に直接の貸付をすることを禁じているのです。
 第三に、欧州中央銀行が各国の国債を買い支えるのをEUが認めることを提案すべきです。政府は、フランス中央銀行自体が同じことをするよう直ちに要請すべきです。…

 そう。ヨーロッパでは「債務危機」を解決するためと称して、あちこちで緊縮財政や増税が押し付けられたために、生活が苦しくなった労働者大衆が全欧州で闘いにたちあがっています。「左派の名に値する左派」がなすべきことは、この闘いの側に立って別の解決を示すことです。欧州中央銀行がおカネを作って債務を引き受けるという道は、ここから出でくる当然の帰結です。

 ちなみに通貨価値を「卑しめる」ことが「右翼」とする言い方について。
 スウェーデンでは90年代冒頭に経済危機に見舞われて社会民主党政権が退場したのですが、替わって政権についた保守・中道連立がやろうとしたことこそが、まさに通貨価値の防衛でした。スウェーデン・クローナの下落を食い止めようとしたのです。
 その結果は散々でした。大不況になって失業率は8%を超え、税収は減って、もともと財政赤字削減を掲げた政権だったのに、かえって財政赤字が膨らんでしまったのです。金融危機を抑えるために銀行への税金投入を大規模にした(これは必要なことだった)のに、庶民はこんな目にあったので、結局保守・中道連立は選挙に負けて、また社民党が政権に復帰することになりました。
 で、社民党がやったことは何だったかというと、通貨価値の下落を放置したことだったんですね。
 そしたらそのおかげで輸出が増えて景気がよくなって、税収も増えて、結局財政赤字は解消されてしまった。いやあ、卑しめてよかった。

 もちろん、よく知られているように、この90年代後半の景気拡大には、社民党政権復帰の前年の93年から始まったインフレ目標政策も効いています。
 90年代のはじめには、スウェーデンの重福祉国家モデルは破綻したとよく言われました。しかし、最近言われていることは、スウェーデンの高度福祉社会はしっかり再生して持続しているということです。左派系文献の中で耳にタコができるくらい聞かされる。
 しかしこれを支えているのが、このかんの金融緩和政策だったということは、あまり知られていないように思います。2010年には保守・中道政権が復帰していますけど、もはや、新しいスウェーデンモデルには手をつけることができなくなっています。もちろんインフレ目標政策も持続しています。

 2008年のリーマンショックのあとの、スウェーデンの果敢な金融緩和は有名ですね。高橋暗黒卿を引用したりするとまた叩かれそうですが、わかりやすくまとまっているので、是非次のリンク先をお読み下さい。

新聞が書かない「経済成長がなければ増税しても税収は増えない」という基本的事実

 見てわかるとおり、一瞬デフレになったのから、このおかげですぐ抜け出しています。実はこの緩和の最中の2009年7月には「負の名目金利」まで使っています。

 安倍さんはおそらく選挙で勝って総理になりますが、一連の発言の経済政策をとれば、間違いなく景気は回復します。
 冒頭に、ドイツ社民党が均衡財政にこだわって大不況を悪化させ、ナチスを招いたということを書きましたが、この歴史には続きがあって、政権についたヒトラーは、大規模な公共事業と軍需で不況を克服して完全雇用を実現し、国民から盤石の支持を得ることになります。
 今、左派やリベラル派が、安倍さんの経済政策をののしればののしるほど、いざこれが成功して好景気がもたらされたあかつきには、彼のカリスマ性が高まることになるでしょう。そして、「ハイパーインフレ」「金利暴騰」「国債暴落」などと妄想を垂れ流していた勢力への大衆の信頼は失墜します。
 好景気実現の成果をひっさげて、盤石の支持率のもとで安倍さんが解散に打って出たりしたならば、その先に待っているのは「改憲」「国防軍」「核武装」…。
 このときこれに立ちはだかるべき勢力が生き残っているでしょうか。


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