赤い月


 22 実力者の欲望


「君が灰原……いや、宮野志保君か」
 男達に促され、入った部屋の奥から、日本語が聞こえてきた。

 海辺に建つ小さな欧風の別荘のような建物のリビング。
 3人掛けのソファが、ガラスのテーブルを囲んでコの字形に3つ。

 窓を背に、ゆったりとソファに座っている年配の男。

「あなた、十条惣太郎さんね」
 哀は、感情のこもっていない声で、さらりと言った。

「驚かないのかね」
「別に……住和が組織と関係したことは、知っていたわ……あなたの会社の現地法人がこの国にはあるし、それにここは、あなたの別荘……違う?」
「さすがだな……そうだ、高校時代、慎太郎がお世話になっていたそうだね。そのことは、礼を言っておくよ」
 惣太郎の言葉に、哀の表情が僅かに歪んだ。

 自分に好意を抱いてくれた慎太郎のことを思うと、少し、胸が痛む。そして、まだ、さして遠い昔のことではないのに、神津学園高校時代が懐かしく感じられた。

「それで?あなたの目的は?……あなたも、あの薬で一儲けしたい口かしら?」
 哀は、息を僅かに吐くと、皮肉を込めて言った。ずっと、惣太郎の目から、視線を外さないでいる。

 日本を代表する企業の社長であるはずの惣太郎の方が、そんな哀の気迫に圧されていた。

(なるほど……慎太郎が興味を持つはずだ)

「いくら大企業といっても、雇われ社長には違いない……それには、もう飽きたからな」
 惣太郎の言葉に、哀の目が険しくなった。

 この男を蔑む気持ちと共に、自分が作った“罪”というものの重さに、改めて考えさせられる。
 いくら拒むことの出来なかった命令だったとはいえ、組織の言うがまま、APTX4869を開発したことを今更、後悔していた。

「君に頼みがある」
 惣太郎がそう言うと、さっき、自分達の乗る車を襲った男の1人が、彼に鞄を手渡した。

 それは、松尾良一が持っていた鞄。

「この中に何が入っているか、知ってるだろう?これを完成させてほしい……そのために、彼の会社の研究施設を使って、な」
 惣太郎の言葉の途中から、足音が聞こえてきた。
 そして、哀の前に立ったのは、体格のいいF国人の男だった。

 鋭い目をして哀の顔を見下ろしている。

「ルクリフ・ジェイ……君のことだ、名前ぐらいは知っているだろ?」
 惣太郎は、言った。

 確かに、哀は、彼のことを知っている。

 F国有数の名門の家であるジェイ家は、この国の主だった企業の経営者でもある。
 その名前ぐらいは、哀も耳にしていた。
 そして、そのジェイ家が経営する会社の中に、薬品のメーカーもある。

「そう……あなた達も、組織に関わっていたのね」
 哀は、ルクリフの顔を見上げていった。

「このF国は、新興国として、発展途上にある。だが、観光にしても、農業や漁業にしても、今ひとつ、他国より抜け出るものがない……だから、これだけは、海外に負けないというモノがほしい……あの薬は、この国の発展を助けてくれるだろう……協力してくれるな」
 流暢な英語だった。

 ルクリフは、低い声でそう言うと、コの字型のソファの一つ、惣太郎が座っている斜め前に腰掛けた。

「あんな薬が国を発展させるわけがないわ……よしんば、発展に寄与したとしても、国民や世界が、それを喜ぶと思う?」
「若さを取り戻すこと、長生きすることは、世界中の人達の願いだろ?喜ばれると思うが、な」
 ルクリフがニヤリとする。
 その顔に、哀は、大きく息を吐き、肩をすくめた。

「嫌だといったら?」
 一旦、目を伏せた哀は、顔を上げると、強い眼差しでルクリフを見た。

「君は、自分の立場がわかっていないな」
 ルクリフは、そう言って、葉巻を取り出すと、火をつけた。

「選択の余地はない、と?」
 哀は、ずっと、ルクリフの目から、視線を外さずにいる。
 その瞳の光は、益々、強くなっているようだった。

「決して、粗略にはしない……優遇させてもらうよ……いろいろと、な」
 しばらく、哀と睨みあった後、ルクリフは、大きくタバコの煙を吐くと、ニヤリとしてそう言った。
 言葉の聞こえはいいが、ルクリフの表情には、有無を言わせない雰囲気が見える。

 その様子には、哀は、フッと息を吐くと、目を細めた。

「……わかったわ」
 哀の鋭い瞳に、ルクリフと惣太郎は、何も言わずに、ただ、彼女の顔を見つめていた。


*****


「それで、あの人は、どうしたの?」
「あの人?」
 哀の問いに、惣太郎は、不審な顔をする。

「松尾良一……私と一緒に、捕まえたでしょう」
 ああ、と、惣太郎が何か言いかけたとき、隣に立っていたルクリフがそれを遮るように口を動かす。
「リョウイチは、やりすぎた……ソウタロウを脅し、私達を利用しようとした……だから、その報いを受ける」

「殺したの?」
「あんな男でも、気になるのか?……まだ、生きているよ……報いを受けるのは、これからだ」
 そう言うルクリフは、無表情だった。


*****


 良一のことは、確かに気になる。

 卑怯な方法で、自分を抱いた許しがたい男だが、その命を取るということは、哀の本意ではない。
 しかし、今の哀には、これ以上、彼の消息を確かめるすべはなかった。

 研究所内に一室を与えられ、APTX4869のデータを分析し、あの副作用、自分達が幼児化した作用を主目的とした薬品にする。

 気が進まない、というより、哀は、始めからそんな研究をするつもりは、さらさらなかった。

 ただ、このデータを永遠に抹消するだけ。

 この研究所内に、どれだけ、APTXに関するデータがあるのか、それを確かめ、一切を無き物にする。
 ただ、哀には、ずっと監視がついていたし、自由に動ける時間、場所は、一切ない。
 睡眠をとるベッドも、研究室の繋がっている小さな部屋にある。

 それでも、哀は、監視の目を盗んで、そのデータを破壊するプログラムの作成にかかっていた。


*****


「どうだ?進んでるか?」
 不意に背中の方から声が聞こえ、哀は、ハッとして振り返った。

 ルクリフ・ジェイがドアの前に立っている。
 彼がいつ入ってきたのか、哀は、まったく気づかなかった。

(……どうして?)
 驚かざるを得ない。

 人の気配には、人一倍、敏感な自分が、どうして、声をかけられるまで、彼の存在に気づかなかったのか。
 今の哀は、そういう「感覚」よりも、このデータをすべて抹殺するということの方が優先されているということなのだろうか。

「お久しぶりね」
 ニヤリとして、皮肉を込めて哀が言う。
 こういうときは、自分のポーカーフェイスがありがたい。
 ルクリフは、哀の胸のうちにある戸惑いに気づかなかった。

「昨日まで、南米諸国の会議に出席する首相に同行していてね。アメリカに行ってたんだ」
「そこで、この薬を売り込んできたのかしら?」

 哀の皮肉のこもった質問には、答えず、ルクリフは、哀を監視している中年の女性を外へ出すと、部屋ドアを閉め、鍵をかけた。

 そして、振り向くと、哀の顔を見つめ、僅かに口元を緩め、歯をみせる。

 その目には、男の欲望の色が見える。

「私に触れたら、この研究をやめるわよ。死んでもね」
「……リョウイチの命を助けてやると言ってもか?」
「……あんな男、どうなろうと、私の関知しないことよ」
「そうかな?……君の性格は、よく理解しているつもりだよ……あんな男でも、君は、見殺しにすることはできない」

「……」
「言っただろう?いろいろ優遇させてもらう、と」

 ルクリフは、そう言いながら、椅子に座っている哀の前に膝をつくと、その両手をその肩に置く。
 そして、ゆっくりと、顔を近づけた。

 口づけられても、哀は、僅かに体を震わせ、目を閉じただけで、逃げようとはしなかった。

 その唇を貪りながら、ルクリフの手は、シャツの上から、哀の胸を掴み、蠢き始める。
 ようやく、唇を離したルクリフは、そのまま、首筋へ口づけを落とし、その手は、哀のシャツのボタンを外していく。

 肌蹴たシャツの下に侵入したルクリフの手が素肌に触れたとき、哀は、唇を噛んで、僅かに身を捩った。その時、再び奪われた唇から、ルクリフの舌の侵入を許してしまった。


*****


 ルクリフは、哀のジーンズのパンツを脱がせると、椅子から立ち上がらせた。
 その身には、ブラ、ショーツに肌蹴たシャツしか纏っていない。

 そのシャツを肩から外し、足元落とすと、ルクリフは、哀の背中に回り、彼女のブラを外す。

 後から、大きな手を哀の乳房にまわして、優しく触れ、その先を指で玩ぶ。

「んっ……」
 いきなり、ルクリフの両手で、両方の乳房を強く掴まれ、哀は、思わず声を洩らした。

 彼の手が、指が動くたび、彼女の乳房は何度も形を変える。ルクリフは、その柔らかい感触を楽しみながら、首筋に唇を這わせる。

 彼の欲望が高まり、大きくなってくるのを哀は、腰にあたるそれで感じて、身を震わせた。

「はっ」
 胸を蹂躙していたルクリフの手が、不意にさっと下へ下がったと思うと、ショーツを降ろされてしまった。

「脚を開いて」

 哀の腿を掴み、そう言って、彼女の足元にしゃがみ込んだルクリフが、その脚を開かせる。
 体をよろめかせた哀が、僅かに両脚を開くと、ルクリフは、その足首を掴んだ。

「もっと、大きく開くんだ」
 さらに、その脚を大きく開かされると、哀は、前のデスクに手をついた。

「はあっ……」
 開かれた哀の秘所に、ルクリフの手が伸びていく。

 その太い指は、彼女自身を刺激し、哀の中へ侵入していった。
 もう一方の手の指が、背中の方から、哀の臀部の谷間を伝い、後ろの方へ侵入していく。
 二ヶ所で出入りを繰り返す指に、デスクに手をついた哀は、身を反らし、捩りながら、その屈辱と苦痛に耐えていた。

「君と、俺が一つになれば、この国を牛耳れる……」
 そう言うと、ルクリフは、哀の後へ、身を沈めた。

 指に変って、今度は、唇と舌で、彼女の臀部や腿、そして、秘所を蹂躙していく。
 その時、ルクリフは、ズボンのベルトを外し、それを脱いだ。

 その衣擦れの音は、蹂躙に耐えている哀の心を怯えさせる。

 そして、ルクリフは、後から哀の腰を掴み、自分の方へ引き寄せた。
 そのため、体を後ろに引かれた哀は、デスクについていた手が離れて、慌てて、その端を掴む。

「くっ……」 
 唇を噛んだ哀は、ルクリフの欲望に蹂躙されることを覚悟した。

 
(2010/2/11初)



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